2015年度

2015年度第7回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2016年2月23日(火)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:平岡光太郎(同志社大学・研究開発推進機構・研究企画課
                  一神教学際研究センター・特別研究員)
          「現代ユダヤ思想における統治理解について-神権政治を中心に-」

  • ◆報告2:今野泰三(大阪市立大学院都市文化研究センター研究員)
          「入植地問題とパレスチナ/イスラエルの和平」


2015年度第6回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年11月29日(日)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:小阪裕城(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)
          「イスラエル建国直後のアメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)の対外活動 1948-1951」(仮)

  • ◆報告2:鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)
          「PLOとヨルダンの同盟:被占領地との関係の新展開、1982~1987年」


2015年度第5回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年11月18日(水)17:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 使用言語:英語(通訳なし)

  • 17:00~17:10 趣旨説明:鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)

  • 17:10~17:50 講演:ヨースト・ヒルターマン(Joost Hiltermann)
               (ベルギー国際危機グループ(ICG)中東北アフリカ研究部長)
                報告タイトル:"Israel and Palestine: Heading to a Third Intifada?"

  •  In English


  • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    共催:日本エネルギー経済研究所・中東研究センター

■講師紹介:ヒルターマン氏はInternational Crisis Group (ICG)中東・北アフリカ部門のプログラム・ディレクターです。2002年よりICGでディレクターとして研究、分析、政策提言をされ、それ以前はヒューマン・ライツ・ウォッチの武器部門の事務局長や、パレスチナの人権団体アル=ハックの研究コーディネーターを務めておられました(1980年代)。パレスチナに関してはご著書『Behind the Intifada: Labor and Women's Movements in the Occupied Territories』(1991年)の他、たくさんの論考を書かれています。

報告

 ヨースト・ヒルターマン(Dr. Joost Hiltermann)氏の報告は、第一次インティファーダ(1987年に発生)、第二次インティファーダ(2000年に発生)との比較のもとで、2015年現在のヨルダン川西岸地区およびガザ地区で見られる蜂起の状況に分析を加える興味深いものであった。
 まず、ヒルターマン氏は、第一次インティファーダに対して、発生の理由(causes)と直接の理由(proximate causes)に分類したうえで、前者が占領そのものであると指摘する。そのうえで、後者ではイツハク・ラビン国防相のもとで1985年に開始された鉄拳政策(iron fist policy)の影響、および入植地の拡大を挙げた。この第一次インティファーダでは、①偶発的に始まった点、②多くの人々が参加した点、③非暴力の蜂起であった点、④指導部が形成された点、の4点を特徴として挙げた。特に最後の点は、氏が偶然にも研究を続けていた労働組合と女性団体の関係者が深く関わっており、この点を初著のBehind the Intifadaにまとめている。氏の言葉を借りれば、抵抗のインフラ(infrastructure of resistance)が存在した点が、第一次インティファーダの展開では重要であった。
 一方で、第二次インティファーダの直接の理由として、オスロ・プロセスの行き詰まり、キャンプ・デーヴィッド会談の決裂、アリエル・シャロンの神殿の丘訪問の3点を挙げた。そして、この蜂起に関しては、①偶発的ではなかった点(トップダウン型の組織活動があった点)、②暴力が使用された点が指摘された。この背景として、氏は自身が第一次インティファーダの背景として指摘した抵抗のインフラが、自治の開始とともにPLOによって支配の道具に変えられ、機能しなくなっていた点などを挙げた。
 最後に、現状の西岸・ガザの蜂起状態について、その直接の理由として、パレスチナ政治におけるリーダーの時代の終焉(政治的真空化)、パレスチナ社会の状況悪化、ユダヤ暦の祝日とイスラームの祝日が重なり、エルサレム旧市街での衝突が頻発した点を挙げた。そのうえで、①いくつかの偶然に生じたグループが観察され、②暴力の使用を限定する動きがあることを指摘し、ソーシャル・メディアを利用した活動が見られる点にも言及がなされた。しかし、ヒルターマン氏は、現在の蜂起が継続するか否かについては2つの点で懐疑的であると述べる。つまり、指導部と抵抗のインフラの双方が存在しないため、今回の蜂起は長期化しないとの分析を述べた。そのうえで、イスラエルとパレスチナの両者の力関係があまりに不均衡であること、さらにイスラエルがパレスチナ人の指導者を逮捕や拘禁などで排除していること、そして両者をむすぶ「誠実な仲介者」が存在しないことから、将来の見通しは厳しく、数年以内にガザ地区に対する新たな戦争の可能性も否定できないと指摘した。
  質疑応答では、第一次インティファーダにおけるハマースの評価、直近のイスラエル選挙の影響、エジプトのクーデターの影響、入植者の暴力に対するイスラエルの対応などについて応答があり、非常に活発な議論が行われた。

(文責:鈴木啓之 日本学術振興会 特別研究員PD)

2015年度第4回パレスチナ研究班定例研究会

概要

報告

 アリー・クレイボ氏(Ali Qleibo, al-Quds University)による報告は、カナーン人の豊穣神バアル信仰や女神アシーラトへの信仰が、形を変えつつ現在のパレスチナにおける聖者信仰などに息づいていることを指摘する興味深いものであった。
 氏の報告は「アブラハムの木」といわれる古い木の物語から始まる。氏はこうした聖人にまつわる場所や廟が、本来的にはカナーン人の頃からの連綿たる信仰の「地層」のうえに成り立っていると力説したうえで、パレスチナにおいて石、木、洞窟、湧き水などが聖なるものとして受け継がれてきたことを写真を交えながら紹介した。例えば農村部の住宅の構造として、洞窟の近くに家屋が建てられ、たとえ建て増しをする場合でも洞窟を壊すことがない点、ベツレヘムのミルク・グロット教会に代表される洞窟のある教会や神聖なものとされる巨石が存在する点、そしてパンへの敬意などが指摘され、これらがカナーン人の信仰の名残であると提起した。特に氏が指摘したのが、パレスチナのベツレヘム周辺で家屋に掲げられる聖ゲオルギオス(通称「アル=ハディル」)とバアルの連続性であり、竜退治の伝説に豊穣神としての干ばつや水害と闘う姿が認められるという。また氏は、現在のパレスチナの農村部で、スーフィー信仰が廃れている現状を述べ、パレスチナ人自身によって聖者廟などの重要性が忘れられている現状を訴えた。
 この報告に対し、エルサレムで行われていた最大の聖者祭であるナビー・ムーサーの祭りの現状や、エルサレム周辺の聖者廟を持つ村の状況、またこうした豊かな信仰体系をまとめた博物館の有無などが質問された。応答の中でクレイボ氏は、現状においてパレスチナ暫定自治政府はこうした歴史的な多様性を裏付けるようなものに関心を払わず、また歴史の語りがナクバ(1948年のパレスチナ人の故郷喪失)やイスラーム黎明期以前にさかのぼらない点に批判的に言及した。

(文責:鈴木啓之 日本学術振興会 特別研究員PD)

Rethinking Jerusalem as the Crossroads of the 'East' and 'West'

in NIHU Program for Islamic Area Studies 5th Interntional Conference, Tokyo, 2015 "New Horizons in Islamic Area Studies: Asian Perspectives and Global Dynamics"

概要

  • 日時:2015年9月11日(金)16:30~18:30
    Date: September 11: Session 2-2(on Jerusalem)

  • 会場:上智大学四谷キャンパス
    Venue: Sophia University, Yotsuya Campus, Tokyo, Japan

  • 使用言語:英語(通訳なし)
    Language: English

  • 参加ご希望の場合こちらのサイトから事前の参加登録が必要です。
    prior registration is required for participation from this link

  •  
  • プログラム Program
    1. Session 2-2
      Rethinking Jerusalem as the Crossroads of the 'East' and 'West'

      ■Convenor : Akira Usuki (Professor, Japan Women’s University, Japan)

      ■Speakers
      • Ali Qleibo (Professor, Al-Quds University, Palestine)
      "El-Khader /Mar Jiries: The Triumph of Order over Chaos"

      • MiJung Hong (Assistant Professor, DanKook University, Korea)
      "Palestine Mandate and Zionists Project in the British Strategy of the Middle East"

      • Nur Masalha (Professor, St. Mary’s University, the UK)
      "“Facts on the Ground”: Israeli Biblical Archaeology and the Palestinian Heritage of al-Quds (Jerusalem)"

      • Yoshihiro Yakushige (Research Fellow, Osaka City University, Japan)
      "Uchimura Kanzo's Perception of Nations and Jerusalem"

      ■Discussants
      Eiji Nagasawa (Professor, University of Tokyo, Japan)
      Aiko Nishikida (Associate Professor, Tokyo University of Foreign Studies, Japan)
      詳しくはこちら専用サイトを参照(for more detail, visit conference's site)

2015年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年6月27日(土)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 使用言語:英語(通訳なし)
  • 報告
    1. 13:00‐15:00 エフラート・ベン=ゼエヴ(Efrat Ben-Ze'ev)(関西学院大学客員講師)
                  "Why do maps matter? The British Mandate Cartography of
                   Palestine"

    2. 15:15‐17:15 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
                   "The Bantustan system: Pass Laws, Labour Reservoir,
                   Whiteness"

      総合討論(17:15~18:00)

    3. *ベン=ゼエヴ氏はイスラエルのルピン学術センター行動科学学部での講師が本務の
        社会人類学者で、ご著書に『Remembering Palestine in 1948: Beyond National
        Narratives』(Cambridge University Press, 2011)があります。

      For English...

報告

 エフラート・ベン=ゼエヴ(Efrat Ben-Ze’ev、関西学院大学客員講師)氏による第一の報告は、同氏の著書の内容をもとにしたものである。報告では、ある土地の地図に記載されるもの/されないものによって、ある特定の風景を表象することについて、具体的には英国委任統治政府がパレスチナの土地をどのような意図で地図に示したのかを、地図に記載されている項目などから考察した。また、そうした様々な地図がどう活用されたのかについても言及した。そして、こうした地図を用いることで、シオニズムによるユダヤ人国家の建設が「奇跡的な偶然」によるものではなく用意周到に進められていたことを1930年代に地図作成に関わったユダヤ人からの聞き取りから明らかにした。さらには、アラブの指導者たちが地図を利用するのは1940年代に入ってからで、ユダヤ人勢力に遅れをとったことがその後の歴史を決定づけたのだとも述べた。質疑応答では、ディアスポラのユダヤ人にたいしてパレスチナの魅力を伝えるツールとしての地図利用の有無や、現在のオスロ合意以降の分離政策における地図利用についてなど、各質問者の専門に引きつけた興味深い質問が多数あった。
 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)氏の報告は、自身の博士論文で扱うイスラエルの経済政策と比較するものとしての南アフリカのバントゥースタン政策に関して、パス法、労働力、白人主義という項目ごとにその内容を歴史的に概観したものであった。
 今回の報告は自身も言及した通り、論文の準備段階のものであり、特に論点がはっきり提示されている訳ではなかった。そのため質疑応答では、鈴木氏の博士論文への展望として、イスラエルと南アフリカを比較対象とする意義を問うもの、これをふまえた上での今後の方向性について確認するものが多数あった。

(文責:細田和江)

『オスロ合意から20年』合評会

概要

  • 日時:2015年5月24日(日)14:00ー17:20
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。


    イスラーム地域研究東京大学拠点では、以下の論集を出版いたしました。

    今野泰三・鶴見太郎・武田祥英編
    『オスロ合意から20年―パレスチナ/イスラエルの変容と課題』
    (NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点、2015年)

    市販されない拠点出版物(入手方法後記)ですが、
    オスロ合意やその後の体制をさまざまな側面について、
    各執筆者によるものを含むこれまでの諸研究をまとめ、
    今後の研究課題を提起した論集となっています。
    今後、これをさらに本格的な共同研究にまとめていくにあたって、
    さまざまなご批判やご提案をいただきたいと考えております。

    つきましては、以下の合評会を開催いたしますので、
    みなさま万障お繰り合わせのうえご参加ください。

    <評者>
    立山良司氏(防衛大学校名誉教授、日本エネルギー経済研究所客員研究員)
    臼杵陽氏(日本女子大学教授)

    <主催>NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点

    <事前申し込み>不要

2014年度

2014年度 第7回パレスチナ研究会 定例研究会
シンポジウム「イスラエル建国以前のパレスチナをめぐるナショナリズムの諸相」

概要

  • 日時:2015年3月13日(金)13:00ー18:20
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • 【プログラム】
    1. 13:00~13:05 開会挨拶:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
    2. 13:05~13:10 趣旨説明:菅瀬晶子(国立民族学博物館)

    3. 第一セッション 司会:奥山眞知(常磐大学(元))
    4. 13:10~14:00 田村幸恵(津田塾大学)「『ナショナリズム』揺籃:第一次世界大戦下の
                  パレスチナにおける『臣民』(仮)」
    5. 14:00~14:50 赤尾光春(大阪大学)「ディアスポラ・ナショナリズムとシオニズムのはざまで
                   ――S・アン=スキーの思想的遍歴における精神的力と身体的力」

    6. 14:50~15:10 休憩

    7. 第二セッション 司会:奈良本英佑(法政大学(元))
    8. 15:10~16:00 菅瀬晶子(国立民族学博物館)「ナジーブ・ナッサールのアラブ・ナショナリズム
                  観―『シオニズム』とカルメル誌における活動から―」
    9. 16:00~16:50 田浪亜央江(成蹊大学)「パレスチナにおけるB-P系スカウト運動と
                  『ワタンへの愛』」

    10. 16:50~17:10 休憩

    11. 17:10~18:10 コメント・総合討論
    12. 17:10~17:20 コメント1 臼杵陽(日本女子大学)
    13. 17:20~17:30 コメント2 藤田進(東京外国語大学(元))
    14. 17:30~18:10 総合討論

    15. 閉会挨拶: 長沢栄治(東京大学東洋文化研究所)

報告

 田村報告は、オスマン帝国末期のパレスチナにおいて、イベリア半島出身のユダヤ人(セファルディー)が果たした役割について論じるものだった。帝国末期の近代化政策は中央集権的に進められたが、そこにはセファルディーおよび商工会議所とのせめぎ合いがあった。また第一次世界大戦期においては、ユダヤ人の間でオスマン帝国下での臣民化をめぐり議論が展開された。報告後のコメントでは、当時のパレスチナにおける宗教行政とその中での様々なユダヤ人の位置づけを明確にする必要が指摘された。
 赤尾報告は、ユダヤ啓蒙主義(ハスカラ)からロシア・ナロードニキ運動、ユダヤ文化復興運動に傾倒した後、シオニズムとディアスポラ・ナショナリズムの間で揺れ続けた文学者S・アン=スキーの思想的遍歴を明らかにするものだった。近代ヘブライ文学では離散ユダヤ文化や、ユダヤ国家像、性や身体について様々な態度がみられたが、なかでもアン=スキーの示した両義的態度は独特のものであった。質疑ではアン=スキーの作として著名な戯曲『ディブック』や、民族資料収集について補足説明がなされた。
 菅瀬報告は、レバノン生まれのジャーナリストであるナジーブ・ナッサールが、パレスチナで発行したアラビア語新聞『カルメル』とその中での連載「シオニズム」について、背景と記述内容の分析を行なうものだった。ナッサールは早い時期からシオニストによる土地の買収に対して警鐘を鳴らし、またパレスチナとヨルダン各地を旅して地方の現状を記事で伝えた。とはいえアラブ/パレスチナ・ナショナリズムに関する記述はないことから、質疑では英語のナショナリズムをアラビア語圏にどう取り入れて解釈するかが議論された。
 田浪報告は、英委任統治期前後におけるパレスチナでのスカウト運動の浸透と、それに関する記述を当時の雑誌等のテキストに見出し、運動とワタン(郷土)概念の関連について究明するものだった。B-P系のパレスチナ・ボーイスカウト教会は、英国委任統治の初期段階で設立された。スカウト運動での自然観察や訓練は、実践的であるとともにワタンに対する愛を与えるものと記述されている。質疑では、スカウト運動とその他の自然に関わる植林運動、ワンダーフォーゲル等との比較が議論された。

(文責:錦田愛子)

川上泰徳氏 退社記念・講演会(2014年度第6回パレスチナ研究班定例研究会) 

概要

  • 日時:2015年1月31日(土)14:00-16:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/access/index.html
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • 【プログラム】
    1. 川上泰徳氏・講演「私の中東取材」(1時間半)
    2. 質疑応答・コメント(1時間)

     朝日新聞記者として長年、中東報道に健筆を揮ってこられた川上泰徳氏が2015年1月に新聞社を退職され、今後はフリーランスのジャーナリストとして、東京やエジプトを拠点に、さらに中東報道を続けていかれることになりました。
     川上さんに、長年の記者生活を振り返って思う存分語っていただきます。同時に、これから新たな道を歩かれる氏を激励する会にしたいと思います。ぜひご参加ください。

    【共催】NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点パレスチナ研究班
        土井敏邦 パレスチナ・記録の会

    【参加費・要予約】無料(定員65人)

    【懇親会・要予約】(定員30人)
    <時間>午後5時~
    <会場>棲鳳閣 (せいほうかく)(地下鉄「本郷三丁目」駅近く)
    http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131004/13041040/

報告

「川上泰徳氏 退社記念・講演会」報告/役重善洋

 1994年以来、オスロ・プロセス、第二次インティファーダ、イラク戦争、エジプト革命等、激動の中東を取材し続けてこられた川上氏による報告は、それらの現地取材記事がどのような問題意識やプロセスによって活字となったのかを伝える興味深いものであった。例えば、イラク戦争の際、バグダードのフセイン像を倒した若者たちを探し出すのにタクシー運転手を動員する様子や、エジプトのベリーダンサーへのインタビューを成功させるまでバーに通い詰める努力などは、現地社会の深層にまで切り込もうとする川上氏のユニークな視点を伝えるエピソードであるように思われた。
 また川上氏は、「横文字を縦文字に変換するだけ」で、現場での取材をおろそかにする多くのメディア特派員にありがちな姿勢を厳しく批判された。そして、欧米にはできない、日本だからこそできる中東取材や貢献のあり方があるはずだと力説された。
 質疑応答ではイスラム国についての質問が相次いだ。川上氏は、タハリール広場に終結した人々の中に、サラフィー主義者が多数いたことを写真で示し、「アラブの春」の失敗が、イスラーム国の台頭へとつながったとの持論を展開された。また、宗教思想とそれを体現する手段としての暴力とを分けて考えるべきであり、前者を内在的に理解することと、後者をしっかりと批判することの重要性を強調された。
 講演翌朝には後藤健二さんの殺害が明らかになるなど、緊迫した昨今の日本・中東関係において、欧米/中東/日本という区分の意味や、植民地的状況下における暴力/非暴力、思想/手段の区別等々、多くの考えるべき論点が提示された講演であったように感じた。

2014年度第5回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年11月1日(土)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 報告
    1. 大伴史緒(筑波大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程)
      「パレスチナ経済の成長要因分析」

    2. 武田祥英(千葉大学博士課程/日本学術振興会特別研究員DC)
      鈴木啓之(東京大学博士課程/日本学術振興会特別研究員DC)
      「パレスチナ/イスラエルにおける資料調査:現状と課題の共有」

報告

 大伴報告は、パレスチナ経済の成長要因を、Total Factor Productivity(TFP、総合要素生産性)の観点から説明しようと試みるものであった。
 1967年の第三次中東戦争による占領以降のパレスチナ経済はこれまで、構造的従属の観点から、経済発展を妨害する要因の分析が中心であった。そのため、本報告はこれまで十分に分析されてきたとは言えない、経済成長の説明変数を主な論点として俎上に上げた。まず経済成長率の説明変数として、資本と労働の移動、経済政策の変化が説明変数として措定された。次に分析の前段階として1967年以降の資本と労働の移動、そして経済政策の歴史ならびに傾向が明らかにされた。そして、労働と資本が所得をつくるという新古典的な生産関数を想定した上で、労働と資本による生産性の増加以外の部分を、TFPに対する技術進歩の貢献部分とした。その上で、パレスチナにおける経済成長は、オスロ合意以前は資本投入の貢献が大きいマルクス型、オスロ合意以降はTFPの貢献が大きいクズネッツ型である、すなわち技術進歩による貢献が経済成長のドライブ要因として大きいと結論づけた。
 以上の報告に対して、パレスチナ実体経済の考察にある、農工業の縮小という分析と、技術進歩が経済成長のドライブ要因であるという結論は矛盾するのではないか、またTFPにおける技術進歩がブラックボックスとして措定される結果となっていないかといった論点が提示された。またそもそも、通常の新古典派経済学が占領下パレスチナにおいて成立するのかどうか、適用が適切か否かについても議論が行われた。
文責:鈴木隆洋(同志社大学博士後期課程)


 武田祥英氏、鈴木啓之氏報告
「パレスチナ/イスラエルにおける資料調査:現状と課題の共有」
 本報告の目的は、パレスチナ/イスラエルにおける現地調査において、書籍・文書資料の調査に伴う課題や現状を共有し、パレスチナ/イスラエル研究会メンバーの今後の研究に役立てることであった。
 鈴木氏の報告は、パレスチナ研究における現地調査と資料収集に関して、自身の体験に基づき、現状と課題の共有がなされた。具体的には、アラビア語現地資料の探し方買い方に始まり、行政機関・大学および地方資料館・図書館における設備や利用上の問題点、そして、ラーマッラーやナーブルスを中心に各々の書店の特徴等が提示され、実際に現地で経験しなければ分からないことが共有された。また、パレスチナ関連の一次資料が、ビールゼイト大学・アル=クドゥス紙・WAFAのウェブサイトで公開されていることも紹介され、パレスチナの情報はインターネットでかなり収集可能であることが示された。課題として、パレスチナでは、日本のCiNiiのような横断検索可能な文献情報サイトがなく、各研究機関のOPACで検索を繰り返す必要があること、ISBN未取得書籍の把握が難しいこと、書店での出版年度の古い書籍の確保が困難であることが提起された。鈴木氏報告は、資料調査を行う上で、知っておくと大変有益で参考になる情報で溢れており、資料にアクセスする入口を大きく開いてくれるような報告であった。
 武田氏の報告は、今夏パレスチナ/イスラエルで現地調査を行った際の、史料館調査、宿泊施設などの生活情報、現地の状況等について提示された。イスラエルの史料館(イスラエル国家公文書館・中央シオニスト文書館)を利用された経験から、役に立つ情報や注意事項などが明瞭に示された。双方とも、利用時間が短いこと、史料館のデータ検索においては現地で調べるのが一番良いこと、また、史料内容が英語であっても、史料館のリスト・表紙の表記がヘブライ語である場合があり、検索が難しいことなどが共有された。さらに、エルサレム、ベイト・ウンマール、ヘブロン、ハイファを訪れた体験が報告され、イスラエル占領下に生きるパレスチナ人の現状が提起された。エルサレム旧市街アラブ人地区で、拳銃と無線で武装した私服入植者をよく見かけ、「エルサレムのユダヤ化」が進行している事態に直面したこと。ベイト・ウンマールで、農耕地の隣に建設された入植地から、催涙・傷痍・音響などの各種手りゅう弾が撃ち込まれていたこと。ハイファを再開発すべく、そこに住むパレスチナ人に対して家屋破壊・追い出しが行われており、それに抵抗する若者の共同体運動Al-Mahataの人たちと交流されたこと。武田氏報告は、資料収集とともに、現地に足を運んだからこそ見えてくる、パレスチナ/イスラエルの実情が提示され、現地調査の重要性が改めて強調された。

 両者の報告は、将来的にはウェブサイトでの公開が予定されており、研究会メンバー以外の研究者・学生にも利用できる形となるそうだ。一学生として大変待ち遠しく、心底期待している。
児玉恵美(日本女子大学文学専攻科史学専攻博士課程前期)

ラジ・スーラーニー弁護士の講演会とガザ映画上映会

概要

  • 日時:2014年10月11日(土)14:00-19:30
              10月12日(日)13:00-20:30
  • 会場:東京大学・経済学部 第1教室(本郷キャンパス)
      *会場は、東大の本郷キャンパスですが、いつもの東洋文化研究所ではなく、
       経済学部の建物となります。

    当日は、ご講演とともに、ガザ地区を中心にパレスチナで長年、撮影を続けてこられたジャーナリストの土井敏邦氏の映像上映も一緒に行われます。 貴重な歴史的映像も含まれますので、ふるってご参加ください。

    【主催】土井敏邦 パレスチナ・記録の会
    【共催】科学研究費基盤研究(A)アラブ革命と中東政治構造変容に関する基礎研究/
        NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点パレスチナ研究班

    詳しくは、こちらのサイトもご覧ください。

報告

 第一日目は、土井敏邦氏の取材による2014年ガザ戦争の現状報告と、ラジ・スラーニ氏(弁護士、ガザ地区より「土井敏邦 パレスチナ・記録の会」が招聘)、川上泰徳氏(朝日新聞社記者)による講演が行われた。土井氏の映像報告では、発電所や食品工場といったガザ地区のインフラが意図的に破壊されたなか、汚水処理の問題や野菜価格の高騰、住居の不足などに多岐にわたる諸問題が指摘された。この報告を受ける形でラジ氏は、自身の法律関係者としての視点を交えながら、自身も経験したガザ戦争の被害の甚大さと、それに対する国際社会の責任について強く訴えた。
 第二日目は、土井氏のドキュメンタリー映像にラジ氏がコメントを加える形で議論が展開され、臼杵陽氏(日本女子大学)による解説とラジ氏との対談がなされた。このなかでは、ガザ地区の置かれた現状のみならず、パレスチナ社会の抱える課題や国際支援のあり方の問題点など、多くの視座が提示された。
 なお、両日ともにラジ氏の発言は通訳者の中嶋寛氏によって日本語に同時通訳され、会場とも活発な質疑応答が展開された。ラジ氏の両日の詳細に関しては、中嶋氏のブログ〈http://noraneko-kambei.blog.so-net.ne.jp/〉で参照することが可能である。
(鈴木啓之)

2014年度第3回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年7月23日(水)14:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 報告
    1. 武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)
      「戦間期におけるパレスチナ/イラクにおける英国の石油政策の展開プロセス」

    2. 今野泰三(日本国際ボランティアセンター パレスチナ事業現地代表/大阪市立大学院 都市文化研究センター研究員)
      「パレスチナ・ガザ地区における国際援助とNGOの機能」

報告

 武田報告の目的は、委任統治領パレスチナ開発政策の中でも重要な位置を占めた石油資源政策を、第一次世界大戦以前から継続する英国の石油政策との連続性のなかで検討することであった。第1部では、英国の石油政策および委任統治領パレスチナの形成と第二次世界大戦期までの現地開発に関する先行研究とその課題が概観された。続く第2部から第4部では、外務省および海軍省の文書に基づく形で、第一次大戦後まで継続する中東石油利権確保の基本計画策定、第一次大戦と拡大する石油資源利用、ハイファ石油精製所建設計画と石油産業優遇政策がそれぞれ検討された。
 質疑応答では、英国の石油政策の動機が商業よりも軍事にあったという解釈を本研究から引き出すことの妥当性、英国パレスチナ統治の石油以外の動機、英国支配下の諸都市の中でのハイファの重要性などが問われた。本報告は、これまで第一次大戦中の政策として捉えられがちであった英国の石油政策の起源を見直す機会として示唆に富むものであった。
(文責: 清水雅子 上智大学 博士後期課程)

 今野報告は、封鎖に伴う人道危機が続くガザ地区での実地調査をもとに、国際援助機関とNGOがいかに機能し、台頭するイスラーム主義運動との関係を構築すべきかといった問題を提起した。調査結果からは、軍事占領に加えハマースとファタハ政府による弾圧、ハマース系受益者を排除しがちな欧米系ドナーからの制圧による「恐怖の文化」、そして利権をめぐる党派間対立による「差別の文化」がうまれつつある現状が提示された。質疑では、1993年オスロ合意前後の対パレスチナ国際援助をめぐる動きの変化や、党派主義の社会的役割、自治政府によるNGO法の制定、また市民社会論の概念を適応することの是非など包括的な議論が交わされた。
(文責:南部真喜子 東京外国語大学博士課程)

2014年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年6月3日(火)16:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  • プログラム
  • 「紛争の記憶とオーラルヒストリー ~キファー・アフィフィによるパレスチナ抵抗運動の語り~」

    講師:キファー・アフィフィ


  • *講演はアラビア語ですが、日本語逐次通訳がつきます。
    通訳:森晋太郎(東京外国語大学非常勤講師)

    入場料:無料

    司会:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

    【講師紹介】
    パレスチナ難民としてレバノンのシャティーラ・キャンプに育つ。
    1982年のサブラー・シャーティーラー難民キャンプでの虐殺事件を生き延びたが、
    家族の多くをイスラエル侵攻やレバノン内戦で失った。
    18歳の時、抵抗運動に参加するが、イスラエル国境で逮捕されてヒヤム刑務所に拘留される。
    解放に向けては広河隆一氏やその友人であるユダヤ人弁護士らが尽力し、6年後に釈放される。
    その後彼女は、親を失ったパレスチナの子どもの救援運動「ベイト・アトファール・アッスムード(子どもの家)」の活動に参加している。

    主催)NIHU「イスラーム地域研究東京大学拠点」
    科研費基盤研究(A)「アラブ革命と中東政治の構造変容に関する基礎的研究」
    DAYS JAPAN(月刊誌)
    キファーさんとともに難民問題を考える会

    ※関連イベントは こちらを参照ください。

    報告

     本研究会は元パレスチナ・ゲリラであったキファー・アフィフィ氏の経験を聞き、紛争下の個人の経験をいかにオーラルヒストリーの観点から受けとめるべきかを考察するものであったといえる。また本研究会は、質疑応答を通して、今後のパレスチナ問題への取り組み方に対する考察を深める機会としても機能したといえよう。
     幼くして家族をイスラエルとその同盟勢力の手により奪われた彼女は、ゲリラに加わり、そして捕虜となって初めて歴史的パレスチナの地を踏んだ訳であるが、その際に嬉しさの余り歓喜の声を上げ続けたという。この体験談は、パレスチナ難民として内戦下レバノンに生きるということがいかに人間を疎外し、その尊厳を奪うものであったのか、また自らの力でパレスチナに帰るという選択がいかに彼女の阻害からの脱却と自尊心の回復につながるものであったのかということを端的に示しているといえよう。同時に獄中での体験、特に強姦の脅しを含む拷問、すなわち拷問との自らや仲間の闘いは、過酷な条件下で人が尊厳を保つことの難しさ、そしてそれでも折れることの無い、アイデンティティと個人史に由来する力の強さを参加者に強く印象づけた。また獄中経験の話は、抑圧は抑圧者自身の人間性をもまた壊すものであるというフランツ・ファノンの言葉を同時に想起させるものでもあった。
     発表後は、武装か非武装か、あるいは闘争の持つイスラエル人への心理的作用をいかに考えるのか等を巡り、質疑応答が活発に交わされた。

    文責:鈴木隆洋

    2014年度第1回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2014年5月18日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 金城美幸(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)
        「パレスチナ/イスラエルにおける歴史学的知の生産――生成・変容とその基盤」

      2. 鶴見太郎(埼玉大学研究機構・教養学部准教授)
        「シオニズムの『国際化』――帝国崩壊と極東のロシア・シオニスト」

    報告

     金城氏は、歴史記述研究とパレスチナ/イスラエル地域研究という二つのアプローチの方法論的な総合を目指し、イスラエル側の歴史記述を前史・正史構築期・〈他者〉研究の芽生え・ポスト・シオニズム期などに区分、またパレスチナ側の展開をアラブ・ナショナリストの言説からイスラエルの新しい歴史記述の反論などに整理し、歴史記述における国家制度の問題を提起した。質疑では、イスラエル内/出身のパレスチナ人の問題、シオニストの多様な構成など単純な二項対立の構造ではない、など多くのコメントや質問がなされ活発な議論が行われた。
    (記:長沢栄治)

     鶴見報告ではロシア帝国内のシオニストについて、特に極東での言論活動に注目してその主張の変遷が検討された。分析の主な対象とされたのは、イルクーツクで発行されたシオニスト週刊紙の『エヴレイスカヤ・ジズニ』とハルビンで発行された機関紙『シビル・パレスチナ』である。両紙の論説を通しては、シオニストの主張がロシア国内でのユダヤ民族の自治から、次第にパレスチナにおける建国に比重を移していく様子がうかがわれた。質疑では、扱われた両紙の関係や、シベリア・シオニズム運動に対するブンドの位置づけ、などが問われ、1920年代の状況について多面的な議論が交わされた。
    (記:錦田愛子)

    2013年度

    国際ワークショップ「分割統治の政治学―中東、東アジア、南アジア比較の視点から」
    TIAS International Workshop "Politics of Partition from a Comparative Perspective"

    概要

    • 日時:2014年2月3日(月)15:00~18:15
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム

    • 15:00- Session(1)
      Prof.A.F.Mathew  "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"
       Associate Professor, Indian Institute of Management(IIM), India
       Report (40min), Discussion (20min)
    • 16:00- Session(2)
      Yu SUZUKI  "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
       Ph. D. Candidate, Department of International Relations, London School
        of Economics, UK 
       Report (40min), Discussion (20min)
    • 17:00-17:15  Tea Break
    • 17:15- Session(3)
      Hideaki TAKEDA  "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"
       Ph,D. Candidate, Graduate School of Humanities and Social Sciences,
        Chiba University, Japan
       Report (40min), Discussion (20min)

    報告

    "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"/A.F.Mathew
     マシュー氏は、1947年のインド・パキスタン分離独立以降のカシミールの歴史を概説され、「インド対パキスタン」という文脈で語られることが支配的言説となっているカシミール問題について、カシミールの人々を主体とする視点から見直す必要を提起された。インドとの間に交わされた政治的地位をめぐる住民投票実施の約束が反故にされるなど、印パ対立やヒンドゥー・ナショナリズムの興隆のなかで、この地域の住民の意思が無視されてきたことが指摘された。

    "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
    /Yu SUZUKI

     鈴木氏は、20世紀末、日清戦争に至る時期におけるイギリスの東アジア政策を外交文書や最新の研究動向から得られた知見をもとに分析された。従来の研究では、この時期のイギリスは清よりも近代化により素早く適応した日本を重視したという見解が強かったのに対し、対ロシア戦略の観点から場合によっては清の宗主権を認めるケースもあったことを指摘するなど、グローバル戦略のなかでこれまで考えられていた以上に臨機応変の判断を行っていたことが示された。

    "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"/Hideaki TAKEDA
     武田氏は、第一次大戦後のオスマン帝国分割案を議論したド=ブンセン委員会の議事録を分析し、イギリスの「勢力圏」に含むべき地域としてハイファが重要視されるようになった過程を明らかにされた。そこでは、モースルの油田地帯とハイファ港とをパイプラインでつなぐ構想が決定的な意味を持っていた。イギリスの石油政策が中東分割に際してもった重要性を再確認する報告であった。
    (役重善洋/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)

    2013年度第6回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2014年2月2日(日)15:00-19:10
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
        「重複する政治経済の転換点と転向方向:イスラエルと南アフリカ2つの新自由主義経済改革とその政治」
      2. 今井静(日本学術振興会特別研究員・立命館大学)
        「ヨルダンのシリア難民受入とその背景―社会経済的インパクトと国際規範をめぐって―」

    報告

     鈴木報告は、第二次世界大戦後のイスラエル政治経済と南アフリカ政治経済の発展、政策、制度の歴史を、世界経済のメルクマールを参照しつつ振り返り、もって両国の差異の比較のための分析視角を検討するものであった。
     しばしば比較されがちな両国であるが、その体制や政策はけして静的なものではなかった。本報告は、被抑圧民族の統合と分離をめぐる政策の決定要因の一つとして、両国経済を構成する各産業の比率や業種等各種特徴と、各種産業に対する、また経済全体に対する政府の政策・制度と、経済界=国家の相互作用を重視するものである。
     鈴木報告は、両国経済政策の、共時的通時的な共通性を指摘する。それにも関わらず明確な、統合と分離に関する、鮮やかなまでの落差の原因として、両国経済それぞれ固有の歴史ゆえの経済的特徴と社会的諸特徴、ならびにそれから影響を受けて策定される国家の産業政策が、示唆された。
     以上の報告について、参加者からは、両国政治に関する、先行する比較研究も参照すべきこと、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の統治に関しては67年以前と以降を明確に分けて分析の俎上にのせるべきこと、特にイスラエルに対しては外部から注入される、国家や各種団体からの資金に関し追求する必要があること等、本報告の目的を達成するために必要な作業の提起があった。あわせて用語の精緻化や、経済危機の要因と時期を明確にして行くことが必要であることが、指摘された。
    (文責:鈴木隆洋 同志社大学 博士後期課程)

     今井報告は、ヨルダンにおけるシリア難民受入のプロセスを追いながら、それが中東地域システムおよび国際システムの動態とどのように関わっているのかをコンストラクティヴィズムの国際関係論における規範の概念を用いて検討するものであった。
     1948年のナクバ以降、難民保護というかたちで地域政治に関わってきたヨルダンにとって、シリア難民の流入はどのようなインパクトや問題があり、それを解決するためにヨルダン政府がどのような対応を取っているのかが主な論点となった。そこでは、シリアにおける紛争の展開や難民流入の規模の変化に沿って、ヨルダン政府の関心が紛争の解決から難民問題への解決へとシフトしていること、UNHCRとの協力の下で保護政策が推進されていったことが明らかにされた。そして、難民保護のための人権規範や内政不介入の原則といった国際規範の遵守を表明することで、特定の立場を表明することなく諸外国からの協力を取り付け、自らの存立を危うくする可能性のあるシリアにおける紛争の拡大を防ぐという目的を達成しようとしていると結論付けられた。
     以上の報告について、参加者からはシリアからのパレスチナ難民の入国拒否といった保護政策の基本方針とは矛盾する対応の実態や、国内の社会的経済的インパクトの詳細、イラク難民との比較といった論点が提示された。また、本報告において規範の概念を適用することの是非やその手法についても議論が行われた。
    文責:今井静(日本学術振興会/立命館大学)

    国際ワークショップ「オスロ合意の代案とは何か―パレスチナ/イスラエルをめぐる一国家・二国家論争―」 International Workshop on Post-Oslo II"Alternative Plans for Oslo– Discussion over One-state and Two-state plans –"

    概要

    • 日時:2013年10月14日(祝)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  • プログラム
  • *《10月14日(月・祝)》(12:30 開場)13:00-17:00
     司会:鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程)

    • 趣旨説明:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)
    • 講演「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)
    • 講演「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)
    • 総合コメント
      錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)
    • 総合討論

    報告

    「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
    ライラ・ファルサハ氏は、一国家案を理想主義ではなく、現実的に導入可能な解決策として論じた。一国家案は、イスラエル建国以前からある発想であり、歴史的に、誰からの支持があり、どのように提案されてきたのか述べた
    。 ファルサハ氏の提案する一国家案では、イスラエル・パレスチナ双方をまとめ、1つの民主国家として、全ての市民の平等な権利を保障する国家となる。国家の形態として、アメリカを例に挙げながら、各州が独自の法などを持つが、全体として1つにまとまることを目指す。そして、パレスチナ人の帰還権を認める。これは、必ずしもパレスチナ難民が帰還することではなく、パレスチナ人、イスラエル人双方の移動の自由、権利を認めることが重要であると主張した。
    ヨルダン川西岸やガザにおける抵抗運動で、求められているのは、独立国家そのものではなく、移動の自由など彼らの権利の保障である。ファルサハ氏は、権利の保障に単一民族の国家は必要ではないと論じる。そして、パレスチナの現状に関して、短期的に抑え込む事は可能だが、長期的解決にはならないとした。

    「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
    一方、ロン・プンダク氏は、二国家案が唯一の解決策であると論じた。
    始めに、彼は現在のイスラエル国家の存在が、迫害されてきたユダヤ人の心の拠り所となっていることを、彼の祖父が経験したポグロムや、プンダク家が辿った歴史を通して語った。
    プンダク氏の提案する二国家案は、国連決議242号を原則としている。国境は1967年ラインに設定、イスラエルによる占領を終結させ、西岸にある入植地は全て撤退する。彼は、ガザと同様、入植地の撤退は可能であるとする。二国家の形態として、例にベネルクスを挙げ、それぞれ独立した国家だが、協調して動くことができるものとした。
    二国家案を支持する理由として、境界がはっきりしているため、双方にとり脅威がなくなる、二つの国家として、通常に生活できる、一国家案は、イスラエルは建国の根本的な理念に反しており、代案には成りえない点などを挙げた。プンダク氏は、仮に一国家案が導入された場合、アナーキーに陥り戦争を招き、その結果二国家案に戻ることになるとした。そして、二国家案導入のための時間は限られており、可能な限り早く導入すべきとした。
    (文責:小井塚千寿 東京外国語大学 博士前期課程1年)

    総合討論
    当初の予定とは違い、プンダク氏の講演終了後すぐさまファルサハ氏が登壇し、プンダク氏の議論に疑問を投げかけることから全体討論は開始された。二民族の共存不可能性や国家が維持すべき(同質的)ナショナルアイデンティティの問題を理由に、ユダヤ人、パレスチナ人を単位とした民族国家建設を、パレスチナ紛争解決のための最良の方法とするプンダク氏の議論に対し、ファルサハ氏は、他国では両者が特に問題なく共存している現状について述べ、住民の多様な文化やアイデンティティへの尊重と自由が保障されるか否かが重要な問題であり、それを否定するシオニズム的思考こそが紛争解決の一番の障害であると論じた。さらに、既に不均衡な力関係が存在するパレスチナ/イスラエルの「一国家的現実」を鑑みるに、別々の国家ではパレスチナ人の権利や民族間の平等の達成は困難であるとするファサルハ氏に対し、プンダク氏は、一つの国家になることでパレスチナ人への差別が増大することへの危惧を示す。
    一方、コメンテーターの錦田氏は、プンダク氏のいう政治家本位の政治的「リアリズム」について民主主義の観点から疑義を呈するとともに、現実にはパレスチナ人難民が希望しているのは帰還という選択ではなく第一にその権利自体を求めていることを指摘した。その上で、住民の生活を包括的に保障する市民権概念などを基盤とした難民の権利保障についてまず議論すべきである。そのために、二国家論/一国家論という抽象的な論争ではなく、まず二民族共存のための具体的な個々の政策で両者の主張に共有できる部分を探ることはできないか。という建設的な共通の議論枠組みの構築に向けたコメントが寄せられた。これを受けて、議論は将来の国家像やパレスチナ難民の帰還を巡るテーマ等へと向かった。その中で、問題解決のための現実的・具体的議論を阻むシオニズムを批判するファルサハ氏に対し、今日のイスラエルの世論や政治状況を考慮した「現実的判断」からプンダク氏はパレスチナ難民の帰還について悲観的な見方を示すのであった。
    その他、フロアからも二人の講演者に対し、多数の質問が寄せられ、経済と占領政策や和平を巡る世論の関係、マジョリティの政治によらない民主主義、教育問題と社会意識などそのテーマも非常に幅広くまた深いものであった。このように講演者の二人を中心にコメンテーターやフロアを巻き込んだ非常に白熱した全体討論をもって、「オスロ合意再考」についての一連の国際ワークショップ最終日は締め括られた。
    (文責:一橋大学・社会学研究科・助手 吉年誠)

    国際ワークショップ「オスロ合意再考 ―パレスチナとイスラエルに与えた影響と代理案―」 TIAS International Workshop"Post-Oslo Process – Its Developments and Alternative Plans for Palestine and Israel –"

    概要

    • 日時:2013年10月12日(土)-13日(日)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  • プログラム
  • *《第一日目:10月12日(土)》(12:45 開場)13:00-17:00
     司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
    • 講演「オスロ合意から20年―成功か失敗か?当事者からの視点」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)
    • 講演「オスロ和平プロセス―解放なき革命」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)
    • 講演「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
      立山良司(日本エネルギー経済研究所客員研究員、防衛大学校名誉教授)
    • 総合討論

    *《第二日目:10月13日(日)》(12:45 開場)13:00-16:30
     司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
    • 講演「オスロの失敗後―帰還への闘いは続く」
      サルマーン・アブー=シッタ(パレスチナ土地協会代表)
    • 講演「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
      藤田進(東京外国語大学名誉教授)
    • 総合コメント 臼杵陽(日本女子大学教授)
    • 総合討論

    報告

    「オスロ合意から20年―成功か失敗か?当事者からの視点」
     一つ目の講演は、オスロ合意において実際にイスラエル側の交渉担当者であったロン・プンダク氏によるものである。プンダク氏の講演全体を貫く根本的な主張は、オスロ合意の原則はパレスチナ・イスラエルの和平にとって、今日でも重要な役割を果たしうるということであった。加えて、オスロ合意を雛形とした二国家解決案もまだ十分に可能であるという立ち位置を明確に表していた
    。  このような主張を唱えるプンダク氏は、まずオスロ合意以前の紛争の状況について言及し、パレスチナ、イスラエル双方が歴史的パレスチナ全土を領土とした自らの国民国家を形成するというナラティブを持っていた時代と表現した。そして歴史的パレスチナ全土を手に入れようとする二つのナラティブの対立から、それを二つに分けるという発想を明確化した段階として、オスロ合意を位置付けている。
     そして次にプンダク氏は、オスロ合意以降のいわゆる「オスロ・プロセス」について言及した。プンダク氏は、オスロ・プロセスの失敗の主因として、和平を実行する役割を担ったイスラエル政府が合意内容の履行を遅々として進めなかったことを挙げ、実際にオスロ合意締結以降のイスラエルの首相がオスロ・プロセスにどのような形で関与していったのかについて言及した。なかでも2006年から2009年まで首相を務めたエフード・オルメルトを、和平への情熱、その実行能力の両面から高く評価しており、和平の実現に最も近づいた時点であったという興味深い指摘を行った。
     このような形でプンダク氏は、オスロ合意そのものをある程度肯定的に捉え、その履行の段階において障害が生じたことが、オスロ・プロセスの失敗であったと明確に主張した。その上で、二国家解決案を急がなければ紛争を終結させることは出来ないとして、危機感も述べていた。発表後はフロアからの質問に答える中で、自身の兄弟が1973年の第四次中東戦争において亡くなったことに言及し、二つの国家と互いの信頼関係に基づいた和平の実現のために現状を変革することが重要であり、憎しみの過去を乗り越える必要が有ることを述べ、講演を締めくくった。
    (文責:京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 山本健介)

    「オスロ和平プロセス―解放なき革命」
     二つ目の講演はマサチューセッツ大学・ボストン校の准教授であるライラ・ファルサハ氏によるものである。ファルサハ氏は、オスロ合意について、特にヨルダン川西岸地区の情勢やパレスチナの祖国解放運動の文脈から講演を行った。
     ファルサハ氏は、これまでナショナルな単位としての「パレスチナ人」を承認してこなかったイスラエル政府が、PLOを正統な代表として承認したという点でオスロ合意は、1948年の第一次、1967年の第三次中東戦争に並ぶ大きな歴史的意義を有していると述べた。しかし、他方でオスロ合意はイスラエルによるパレスチナ人への占領政策を制度化(Institutionalize)するものであったとして強く批判した。特にオスロ合意以降、文字通り倍増した入植地をはじめ、分離壁、入植者へのバイパス道路、検問所などによって、パレスチナ自治区の領土的な分断が進行している現状を指摘した。
     そしてファルサハ氏の講演は、パレスチナの祖国解放運動の現状やパレスチナ/イスラエル紛争の解決へと展開していく。まずパレスチナの祖国解放運動については、パレスチナ自治区の外に住むパレスチナ難民の間でPLOの意思決定機関であるPNCの力を強化することを望む声があることに言及した。その上で祖国解放によってパレスチナ人が何を得ようとしているのかという点については、独立国家の設立よりも尊厳(dignity)の回復であると指摘した。
     そしてこのような祖国解放運動の現状から、パレスチナ/イスラエル紛争の解決については、先に述べたイスラエルの占領政策の結果として一国家の現実(One-state reality)が存在しているとし、一国家解決案の実現に一定の可能性があることを述べた。そしてこの一国家解決案を妨げる障害としてイスラエル国家の存続を譲らないシオニストと、一民族一国家の原則に固執し、二国家解決を和平の雛形とし続けている国際社会の存在に言及した。
     このようにファルサハ氏の報告では、パレスチナ祖国解放運動からパレスチナ/イスラエル紛争の現状を考察するという形を取っていた。イスラエルによる占領政策が現状としての一国家を形成しているという指摘は、現在アカデミアの分野で特に注目が高まっている一国家解決案の議論の前提として重要な指摘であろう。発表後はフロアからPNCを強化するための実際の手段やパレスチナ人の祖国解放運動への期待感などについて質問が集まり、前発表者であるプンダク氏からイスラエル政府の占領政策への立場等についての指摘もなされ、議論は盛り上がりを見せた。
    (文責:京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 山本健介)

    「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
     立山良司氏は、オスロ合意後に暴力のレベルが激化した事実に言及した上で、その背景を4つの観点から議論した。それらは、第1にオスロ合意に埋め込まれた構造上の非対称性とパレスチナの治安部門の機能不全、第2にイスラエルの安全保障ドクトリンと政軍関係、第3にユダヤ人入植者による暴力、第4に米国主導のパレスチナ治安部門改革の消極的影響である。そして、こうしたオスロ和平プロセスにおける問題から学びうる点として立山氏は、第1に強固な保障を伴う和平プロセスの明確な目標の設定、第2に頑健な国際社会のプレゼンス、第3に包摂的な和平プロセス、これらの重要性を指摘した。質疑応答では、特にロード・マップ和平案は目標を明確に設定したにもかかわらず和平に結び付かなかったのではないかとの問いが寄せられ、立山氏からは、この3点は和平プロセスを実効的なものとする十分条件ではなく、また、この3点をどのように実施するかが重要であるとの返答が行われた。和平プロセスにおける暴力の問題を、各要因の相互作用に着目しながら多角的に分析した本報告は、オスロ合意から20年を機にこれまでの交渉の教訓や今後について考える本シンポジウムにとって非常に貴重な報告であった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    総合討論
     シンポジウム1日目の全体討論では、報告者に対して多岐にわたる内容の質問が寄せられた。まず、ロン・プンダク氏への質問として、和平プロセスにとってオルメルト・イスラエル政権時が相対的に良好だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、カーター米政権が他の米政権より中立的だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、二国家解決のイメージはエリートのレベルの議論ではないか、西岸の壁はイスラエル側でテロ対策と言われることもあるがその考えでは理解できない側面があるのではないか、などの質問が寄せられた。ライラ・ファルサハ氏に対しては、パレスチナ人内部の水平的・垂直的な分裂が大きくなる中でイスラエルとの交渉を続けることはいかにして可能か、などの質問が投げかけられた。また、立山良司氏に対しては、パレスチナとイスラエルの国際法上の地位の違いや占領の問題はどのように論じられうるのか、などの質問が寄せられた。全体として、フロアからの質問はオスロ和平プロセスにおける問題の多様な側面を捉えており、また報告者同士での補足や反論も行われ、オスロ合意から20年を機に和平プロセスのこれまでの経緯や今後を考える本シンポジウムにとって非常に意義深い討論となった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    「オスロの失敗後―帰還への闘いは続く」
    アブー=シッタ氏の講演は、まず前半で、難民一世としての自身の経験およびこれまでの調査研究で集積してきたデータにもとづき、パレスチナ人にとってナクバのもつ意味が語られた。とりわけ、虐殺をともなった周到な追放作戦によって、イスラエル建国前にすでに多くのパレスチナ人が難民とされていたことが強調された。後半では、難民の帰還が物理的に実現可能であることが、現在のイスラエルの土地利用状況にもとづき、説明された。パレスチナ難民の故郷の村の土地の多くが、軍用地とされている以外には、現在もほとんど利用されていないため、パレスチナ難民の多くが帰還したとしても、イスラエルに暮らすユダヤ系住民の生活に大きな影響を与えずに済むという結論が示された。100~150万世帯の難民の帰還を実現するための住宅建設に要する年数を試算したところ、6~7年で完了できることが分かったとも言う。もちろん、こうした計算の前提には、政治的条件が許せば、という高いハードルがあることは言うまでもない。しかし、破壊された村の家一軒一軒の所有者を、難民コミュニティのネットワークを頼りに特定していくという膨大な作業データの蓄積が、アブー=シッタ氏の言葉に強い説得力を持たせていることは否定できないように感じた。

    「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
    続いて藤田氏は、パレスチナ難民の記憶の中に生きる「共存の歴史」に焦点を当てた講演をされた。ガザのジャバリア難民キャンプに暮らす画家ファトヒ・ガビンによる1983年の作品「Legacy」(http://www.palestineposterproject.org/poster/heritage)に示された牧歌的なイードの様子に、1948年以前の伝統的な生活とその継承を見るだけでなく、ジャバリア・キャンプの住民の多くがヤーファー出身であることから、イスラエル建国直前まで、両民族の「共生」が持続していたヤーファーのマンシーヤ地区における「平和」の記憶を読み取ろうとする解釈は、とりわけ印象深いものであった。この解釈は、パレスチナ難民の帰還要求を、「民族的要求」としてだけではなく、イスラエルのユダヤ人との共生を求めるパレスチナ人の未来へのヴィジョンとして捉えるものとして重要であるように感じた。藤田氏は、ガビンの絵と共に、破壊されたガザの難民キャンプの写真を示し、共生の可能性がオスロ合意以降、ますます難しくなっていることを示唆しつつも、イスラエルやアメリカのユダヤ人活動家が、被占領地を訪ね、パレスチナ人とともに、占領に抗議する行動に参加していることにも触れることで、新しい世代による「ポスト・オスロ」の可能性にも触れられた。 (文責:役重善洋(京都大学人間・環境学研究科博士後期課程))

    総合コメントおよび総論
    <臼杵氏によるコメント>
    結論から先に述べると、オスロ合意は失敗であった。ノーベル平和賞を受賞するほど世界的に注目を浴び、一時的に人びとに希望をもたらしたものの、当初から現実にそぐわない一方的な内容に終始し、内部からの批判の声も多く挙がっていた。失敗に終わった最大の原因は、恒久的な平和構築のためにイスラエルが努力を払わず、双方向の対話が成り立たなかったことであろう。 合意締結から20年を経た今、和平の前提とされた二国家解決案についても再考の必要がある。本ワークショップはパレスチナとイスラエル双方の生の声を聞くよい機会であり、一部の研究者の間で提言されている一国家解決案の可能性についても、模索すべてきであろう。
    <総論>
     オスロ合意自体、和平交渉としては失敗であったことはあきらかであるが、対話のきっかけを作ったという点は評価できる。また、忘れてはならないのは、オスロ合意が失敗したとはいえ、そこからはじまった和平交渉はまだ続いているのだという事実である。ただし、和平交渉を今後も続けてゆくためには、いまだにパレスチナ自治区をイスラエルが実質上占領し、植民地主義的支配が再生産されてゆくという悪循環をいかにして変えてゆくのか、国際法に照らして考える必要がある。入植地問題の解決や、現在権力が二分されてしまっている自治政府の統合など、今後パレスチナ・イスラエル双方に課せられた課題は多い。入植地問題を解決するには、西岸のみならずエルサレムの帰属を明確にする必要がある。イスラエル政局におけるリーダーシップの欠如も、和平交渉の大きな妨げとなっている。また、政教分離のありかたや、難民帰還権の是非、民主国家の定義も再考すべきであろう。そしてなによりも重要なのは、同じ人間同士として、平和に共存するためのシステムづくりを、ともにおこなわなければならないということである。日本人は公平な第三者として、その手助けをいかにしてゆくか、引き続き考えてゆかねばならない。

    2013年度第3回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年7月20日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 濱中新吾(山形大学地域教育文化学部准教授) 「アラブ革命の陰で:パレスチナ人の国際秩序認識に反映された政治的課題」
      2. 武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)「第一次大戦期英国における「ユダヤ教徒」像と自由党の変容のパラレルな関係について」

    2013年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年5月19日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科 博士後期課程) 「パレスチナの抵抗運動における暴力と非暴力-第一次インティファーダとアル=アクサー・インティファーダの比較から-」
      2. 江崎智絵(防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)「オスロ・プロセスの政治過程分析―和平交渉の挫折とそのインパクト」

    報告

    オスロ・プロセスの政治過程をスポイラーの要因から分析した江崎智絵報告と二つのインティファーダを 暴力と非暴力の観点から比較した南部真喜子報告は広い意味での政治学的な研究の新たな世代の登場を予感させる報告だった。 そもそも、日本におけるパレスチナ研究にしろ、イスラエル研究にしろ、 政治学的な分析は若干の先行者を除いてこれまで相対的に弱体であった。 しかし、江崎報告はスポイラーという分析概念を使ってモデル化にそれなりに成功しており、 さまざまな事例への適用の可能性を示唆するものであった。 また、南部報告は抵抗運動というコンテクストにおける武装闘争を含む暴力の政治的な意味を再考させてくれる絶好の機会を提供してくれた。 インティファーダ研究は若手研究者の間で徐々に盛んになりつつあるが、これまで一テーマ=一研究者という、 ある種の「独占」状態が崩れつつあり、いい意味で競争の原理が導入されることになり、パレスチナ研究自体の深化を感じさせる。 いずれにせよ、両報告は政治学的なアプローチからの現代パレスチナ研究の最前線を示す刺激的なものであったし、 また活発な議論からも多くのことを学ぶことができたことを最後に特に記しておきたい。(臼杵陽/日本女子大学)

    2013年度第1回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年4月20日(土)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程) 「紛争後の制度構築における国際社会と国内政治の力学:パレスチナ自治政府の制度改革と分裂をめぐる政治過程」
      2. 近藤重人(慶應義塾大学法学研究科政治学専攻博士課程)「サウディアラビアの石油政策とパレスチナ問題、1945年―1949年」

    報告

    新進気鋭の若手研究者による研究報告2本であった。清水報告は現在のパレスチナ自治区における国家建設の問題に対して政治理論的アプローチを行ない、 近藤報告は第二次世界大戦直後のサウジアラビアのパレスチナ問題への対応を石油問題との関係で論じたものであった。 二つの報告はその研究対象の性格を反映して実に対照的な論じ方であった。前者は政治理論に傾き、後者は実証的研究への志向性が顕著であった。 質疑応答もおのずから、清水報告では利用されている諸概念がパレスチナの現実の具体的事象にどのように対応しているのかが焦点となり、 近藤報告ではより具体的な事実関係に質問が集中した。清水報告では欧米地域の分析で提唱された理論的枠組みが中 東政治にどのように適用できるのかという抜本的問題を提起したわけであるし、近藤報告では大戦後のサウジ王家の政治における 政策決定過程がいかに行われたかという未知の領域への研究の可能性を示唆したという意味で、 実に楽しい「頭の体操」になったというのが率直な感想である。(臼杵陽/日本女子大学)

    2012年度

    2012年度第7回 パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年3月16日(土)13:00~18:00、3月17日(日)9:00~12:00
    • 会場:京都大学 吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階第1講義室(AA401)
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第3回)

    報告

    今回の研究会では、通常のように特定の報告者による研究報告にもとづき質疑を行なうのではなく、 CIAS共同研究会としてこれまで実施してきた二年間の成果を踏まえ、異分野融合型の研究方法論をメンバー全員で議論する形式で行われた。

    異なる方法論やディシプリンから得られる刺激や、それぞれ方法論の利点・欠点、相互の連携・補完の可能性などについて、 記述式で回答する形式のアンケートを事前に参加者に配布し、集計したものを題材に議論を行なった。 議論では、各自の専門とこれまで行なってきた研究の経緯に基づき、調査データの共有により異なる専門の研究者が 新たな視覚で分析を加えることの可能性や、逆に近似の研究手法の研究者の間で異なる対象地域について行なう研究成果の比較が 生み出す成果への期待など、今後の展開への可能性が積極的に提案された。また学問と実社会との関係について、 あるべき姿や、実際のあり方がどう理解されるか、といった点についても、様々な意見が交わされた。 パレスチナ研究の文脈においては、地域像に関連して、論じられる国家の像が歴史的に大きく変容してきたこと、 そうした変化が現実による理念の裏切りに基づくものだったことなどが指摘された。また6月に開催された議論専用会に関連して、 日本人としてパレスチナを研究することの意義についても、現地への貢献、日本国内での中東文化についての紹介、 など更に広い範囲の内容が議論された。地域研究自体のディシプリンとしてのあり方についても、 その来歴についての紹介とともに、研究会参加者各自からの認識が論じられ、欠点を克服するための共同研究のあり方について、 積極的に評価する意見が出された。最後に、本研究会の成果を受けて、今後共通で取り組むべき課題の模索がおこなわれ、 共通の問題関心として「パレスチナ/イスラエルにおけるコミュニティの変容と国家」について次年度以降、取り上げていくことが合意された。 (錦田愛子/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

    2012年度第6回パレスチナ研究班・定例研究会報告

    概要

    • 日時:2013年2月16日(土)12:00~18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第2回)
    • 報告
      1. 鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科(博士課程)・日本学術振興会特別研究員DC)
        「抵抗の軌跡と1987年インティファーダ:キャンプ・デーヴィッド合意(1978年)以降を中心に」

      2. 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
        「パレスチナ政治指導部の変容と二つのインティファーダ」
    • 趣旨
    • パレスチナ/イスラエルという地域をめぐっては、さまざまな関わり方があり得る。 この度の研究会では、パレスチナにおけるインティファーダ(民衆蜂起)という共通のテーマを扱いながら、 研究と報道という異なる分野の専門家の間で、方法論の異なるアプローチによりどのように事象を分析可能か、 その比較を試みる。また各々の知見を深め合い、ネットワークの共有により情報資源を活用する可能性について考える。

    報告

    鈴木啓之ならびに錦田愛子による研究発表の後に、パレスチナ/イスラエルに長年かかわり、ジャーナリスト、 映画監督としても著名な土井敏邦氏よりコメントを受ける形をとった。

    鈴木報告では、1987年の大衆蜂起インティファーダにいたる歴史的過程とインティファーダの変容に関して、 一次資料をもとに考察を加えた。このなかでは、被占領下で活発化した組織活動(福祉団体や労働組合、学生団体など)が 大衆蜂起へ至る過程を述べ、指導部の存在によって1987年のインティファーダは、それ以前の短期間の蜂起と区別されることを論じた。 会場からは、イスラーム主義学生団体の台頭の詳細に関する質問や、1936年のアラブ大反乱との類似性を指摘するコメントが付された。

    錦田報告では、1987年のインティファーダ(以降「第一次インティファーダ」と記述)と2000年に開始された 第二次インティファーダを運動として比較し、それぞれの特徴に分析を加えた。第一次インティファーダが非武装抵抗を中心とする 大衆蜂起という性格を持つものであったのに対し、第二次インティファーダは武装組織が運動の中心を担ったことで、 武装闘争が全面に押し出されたとの事実が提起された。会場からは、「テロとの戦い」と第二次インティファーダとの関連性などに ついてコメントが付された。

    土井氏によるコメントは、それぞれの報告に関して別個に付されたが、共通して3つの点に注意が喚起された。 第一に、「この研究を現地のパレスチナ人に聞かせられるか」という視点が提起された。研究者としての簡潔な記述に努める裏返しとして、 現地の人びとが聞いた際に違和感を覚えるような論理展開をしてはいないかとの問いが投げかけられた。 第二に、現地で生きる人びとの姿を記述する必要性が説かれた。例えば、1987年のインティファーダでは、 多くの子どもが催涙ガスなどによって命を落としているが、その母親たちの声を取り上げるような姿勢が研究にも 求められるのではないかと提起された。 第三に、個人の顔が見える記述を心がけるべきであるとの見解が示された。組織や政治構造の議論に終始することで、 現実離れした分析を行ってはいないかと自戒を求めるものであった。
    これらの観点を踏まえ会場からは、研究者としての文章記述にいかなる特徴と限界があるかについての意見や、 逆に研究者として現地を見る利点の提起、異業種間の情報交換フォーラムの設置の提案などが発言され、活発な議論がなされた。 (鈴木啓之/東京大学大学院総合文化研究科)

    国際ワークショップ“「アラブの春」後のパレスチナ/イスラエルはどこへ行くのか?” TIAS-JSPS International Workshop “Whither Palestine/Israel after “the Arab Spring”?

    概要

    • 日時:2013年1月14日(月)13:00-17:30
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. Walid Salem (the Director, the Palestinian Center for the Dissemination of Democracy and Community Development in East Jerusalem)
        “The Changes in the Region and their Impact on the Prospects of Comprehensive Middle Eastern Peace”
      2. Adam Kellar (Spokesperson, Gush Shalom)
        ”Wrestling on a Shaky Ground - Israelis, Palestinians, the Arab Spring and a Declining Superpower”
      3. Yakov Rabkin (Professor, Montreal University)
        “Three Non-Western Nuclear Powers (China, India, Russia) and the Israel/Palestine Conflict”
    • コメンテーター
      1. Hong, Meejeong (Research Professor, Dankook University, Seoul)
      2. Yoo, Si-gyung (Sub Dean, Seoul Anglican Cathedral, Seoul)
      3. 小田切拓 (ジャーナリスト) 

    パレスチナ研究班・研究会「エルサレムの現在とイスラエル/パレスチナの新しい未来像 (Contemporary Jerusalem and New Vision for Israel/ Palestine)」

    概要

    • 日時:2012年10月31日(水)16:00~19:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所 第一会議室
    • 主催:NIHUプログラム「イスラーム地域研究」東京大学拠点パレスチナ研究班
    • 共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・基幹研究「中東・イスラーム圏における人間移動と多元的社会編成」 /MEIS「中東イスラーム研究拠点」

    • 趣旨
    • 講師略歴:バシール・バシールDr. Bashir Bashir
            (エルサレム・ヘブライ大学講師)

      アッカー在住のパレスチナ人研究者で、ロンドン大学LSEで修士および博士号(政治理論)を取得し、 現在、エルサレム・ヘブライ大学政治学部の講師で政治理論を教える。ヴァン・リア・エルサレム研究所フェロー。 専門は、民主的包摂の理論、熟議民主主義、マルチカルチュラリズム、パレスチナのナショナリズムと政治思想など。 編著は『多文化社会における和解の政治』W.キムリッカと共編(オックスフォード出版、2008年)、 「シオニズムの正義/不正義を問いなおす:パレスチナ・ナショナリズムへの新たな挑戦」Ethical Perspectives 18(4): 632-645(2011年)など多数。

      This lecture seeks to contribute to thinking differently, namely out of the box on the question of Israel/ Palestine through focusing on the city of Jerusalem. More precisely, this talk argues that a closer examination of the realities in Jerusalem and the city's symbolic capitals demonstrate the failure of the logic of partition and separation to bring to a historical reconciliation in Israel/ Palestine. Jerusalem stands there calling a different ethics that should guide the future of historic Palestine. According to this ethics, the rights and identities of the Arabs and Jews in Palestine are inseparable practically and ethically.

      この報告ではイスラエル/パレスチナ問題について、特にエルサレムに注目しながら新たな思考を試みる。 エルサレムにおける現実や、この街のもつ象徴資本としての価値は、イスラエル/パレスチナの歴史的和解に向けて、 分割・分離の論理は通用しないことを示している。エルサレムは歴史的パレスチナの未来を導くにあたって、 異なる倫理を必要としており、この倫理に従えば、パレスチナにおけるアラブとユダヤの権利やアイデンティティは、 倫理的にも実際上も分離不可能といえるのである。*エルサレム在住のパレスチナ人であるバシール氏による、 こうした問題提起を受けて、研究会では参加者との間で活発に議論を戦わせていきたい。

    報告

    本報告では、不可分な都市エルサレムを象徴としてとりあげ、パレスチナ/イスラエルをめぐり展開されてきた分割のロジックの限界について論じられた。 現在のエルサレムでは、アラブとユダヤそれぞれの権利およびアイデンティティが相互に不可分なものとなっており、 分割は倫理的に擁護できない状況となっている。分割は、道徳的にも非人道的な結果をもたらす。 こうした状況は、エルサレムのみならず、鳥瞰的にみると歴史的パレスチナの全土に対していえることである。 これはつまり、相互承認や互恵性を前提として二つのネイションの共生を図る、バイナショナル政治が不可欠であることを示すものである。 こうした考えは、実際に流離(exile)を経験した双方の知識人の間から導きだすことができる。 エドワード・W・サイードや、ハンナ・アーレントはその一部だ。彼らは流離を強いられたことにより、 自身の難民としての経験をもとにコスモポリタンな流離の倫理を抱くに至った。パレスチナ/イスラエルにおいて二国家を語ることは、 それ自体が暴力的なことである。パレスチナのナショナリズム運動は、こうした状況を避けるため、 1960~70年代までは領域的ナショナリズム(領域内の住民すべてをひとつのネイションとみなす)であったが、 その後はエスニック・ナショナリズム(エスニック集団ごとのナショナリズム)に変わってしまった。 サイードは前者の支持者だった。パレスチナとイスラエル双方の政治家は、後者にもとづき分割の議論を進め、 現実に進んでいるアラブとユダヤの不可分に結びついた生活の実態を無視している。しかし今後は、 これまでのような分割のロジックを越えた発想が重要となる。

    以上の報告をふまえ、質疑ではパレスチナ/イスラエルといった表現を用いることの意義、 「アラブのエルサレム」と言った場合に何が含意されるのか、サイードによるバイナショナリズムの支持などをめぐって議論がなされた。 報告者は政治哲学が専門であり、自身がパレスチナとイスラエル双方の実務者を招いた対話のプロジェクトを主催しておられることもあり、 近年議論が盛んになっている分割を超えた新しい未来像について、生き生きとした話を聞くことができた。

    (錦田愛子/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

    2012年度第2回(通算第18回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2012年7月28日(土)・29日(日)
      各13時00分~17時30分(15時前後に約10分の休憩)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第2回)

    • プログラム <7月28日>
      • 報告
        1. 佐藤寛和(岡山大・院)「パレスチナ問題の相克と政治的解決―UNSCOPの活動を事例として―」
          コメンテーター:池田有日子(京都大CIAS)
        2. 今井静(京都大・院・学振特別研究員)「中東和平プロセスの展開とヨルダンの経済外交―対イスラエル関係を中心に―」
          コメンテーター:錦田愛子(東外大AA研)

      <7月29日> ※2つ目は英語によるセッション(通訳なし)
      • 報告
        1. 鈴木隆洋(同志社大・院)「貨幣・権力・占領」
        2. Esta Tina Ottman(京都大・准教授) “History’s wound: To what extent does the concept of collective trauma contribute towards understanding of Israeli and Palestinian positions in the Israel/Palestine conflict?”

    28日分報告

    第1報告者の佐藤寛和氏(岡山大学院)からは、国際連合の特別委員会UNSCOPのパレスチナ分割決議案の成立過程について報告がなされた。 佐藤氏によれば、分割決議案に至る議論では、アラブ・パレスチナ人側の交渉における非妥協的姿勢や「拒絶」とシオニストの側の 「現実的」な交渉戦略が、ユダヤ人難民問題の解決が一方で念頭にあったUNSCOPの決定を左右した。 UNSCOPの分割案提示に至る過程へのこうした考察に加え、佐藤氏は、当時分割案とともに提示され否決された連邦制案に注目し、 分割案に基づいて行われてきた政治交渉が停滞している現在において連邦制案に改めて注目する必要性が主張された。

    これに対し、コメンテーターの鶴見太郎氏は、国際連合に内在する国際社会での権力の問題、 その非中立的な存在としての側面についてふれることの重要性を指摘した。さらに、 「民族」を単位とする政治を構想する点では分割案と同じ連邦制は、パレスチナにおいて成功するのだろうかという疑義が示された。 また、フロアからも同じくイギリスや国際連盟から続く分割案の歴史的背景とそこに存在するコロニアルな問題についての指摘が出された。 今後そうした批判がくみ取られつつ、パレスチナ分割案というものがいついかなる文脈で生まれてきたのか、 アラブ・パレスチナ側が最終的になぜその「拒絶」に至ったのかについての考察が踏まえられた上で、 現実政治の問題解決に向けた佐藤氏の研究が進められることを期待したい。

    第2報告者の今井静氏(京都大学院)からは、中東和平プロセス下でのヨルダンの貿易政策の転換とそのイスラエル、 パレスチナ自治地区への影響について報告がなされた。今井氏によれば、経済的資源に乏しいヨルダンは、 80年代まで主要な経済的パートナーだったイラクの代替国としてイスラエルを90年代に新たなパートナーとする政策がとられていった。 輸出加工免税特区の建設などを伴ったそうした貿易システムは、和平プロセス停滞以後の現在も継続している。 一方で、両国の間でヨルダン川西岸地区の存在が埋没してくという指摘がなされた。 こうした今井氏の視点は、パレスチナ/イスラエルとそれを取り巻く中東地域での複雑な政治経済状況の一端を明らかにしようとしている点で興味深い。

    文責:吉年誠(一橋大学)

    29日分報告

    鈴木隆洋氏による報告は、イスラエルによるヨルダン川西岸・ガザ地区の占領について、 貨幣および金融制度から占領体制の構造の一端を明らかにすることを目的としたものであった。 鈴木氏は、以下の二点を現在のパレスチナ自治区における金融制度の問題として取り上げている。 一点目は、パレスチナ自治区が独自の通貨を持っておらず、イスラエルの通貨である新シェケルの使用を続けていることで、 例えばイスラエルのハイパーインフレに巻き込まれるといった不利益が生じることである。 二点目は、現行の決済システムの下では自治区が手形交換所を持たないために、 手数料や強制預金の発生によってパレスチナ系銀行からイスラエル系銀行への資本流出が発生していることである。 これら二つの問題を明らかにすることで、報告者は金融制度がイスラエルによる支配を強化しており、 パレスチナ自治区の経済的自立を阻害していると結論付けた。

    これに対して、参加者からはパレスチナ自治区における金融制度についての研究が少ないことから、 まずはその重要性が指摘された。一方で、かつて西岸地区を併合していた隣国ヨルダンの銀行が自治区の全預金額の半分以上を保有していることや、 自治区内の銀行による貸し付けの大部分が企業ではなく個人を対象としていること、 そしてイスラエルによる占領下で銀行が閉鎖されていた間その代替機能を果たしてきた両替商が現在でも数多く存続していることから、 自治区内のパレスチナ系銀行による経済活動のインパクトそのものについての検討の必要性が指摘された。 さらに、ヨルダンや自治区外に居住するパレスチナ人との関係から、 いわゆる「パレスチナ資本」はパレスチナ自治区という領域に制限されるものなのか、 といった本報告を対象とするにとどまらない示唆的な課題も提示された。

    Esta Tina Ottman氏の報告は、ナクバとホロコーストというパレスチナおよびイスラエルの双方が抱えるトラウマが、 各集団内で共有され互いに相手を非難する言説を作り出していることで、パレスチナ問題の解決が困難となっていることを指摘するものであった。 そのためにOttman氏は、戦争や暴力による精神的なダメージの把握に関する現在までの歴史的推移を心理学的な観点や社会的、 政治的側面から明らかにした後、パレスチナおよびイスラエルにおける集団的なトラウマがどのようなものであるかを、 先行研究を基に明らかにした。 これに対して、参加者からは主に普遍的な論点として個別のトラウマが集団性を獲得する過程や、 世代を超えて受け継がれる経緯といった点について関心が集まった。とりわけ、日本における広島、 長崎への原爆投下と平和祈念館における記憶の試みとの比較的な視座が提示され、たとえば、双方においてトラウマを表象するシンボルを形成することの 意義といったテーマを中心に議論が行われた。また、これらの議論の過程で、イスラエルにけるシオニストによるホロコーストの記憶占有といった、 イスラエル国家の在り方をめぐる問題も提起された。

    文責:今井静(京都大学大学院)

    パレスチナ/イスラエルに関する基本的な視点について議論するための研究会報告

    概要

    • 日時:2012年6月10日(日)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:イスラーム地域研究東京大学拠点/京都大学地域研究統合情報センター地域研究方法論プロジェクト共催

    • プログラム
      1. 趣旨説明(鶴見太郎)
      2. 議論の題目
        1. 「『和平』をどう捉えるか-イスラエル/パレスチナ紛争における言説の錯綜」 (論題提供者:錦田愛子・東外大AA研助教、中東現代政治・移民・難民研究)
        2. 「ナショナリズムという用語は普遍的か」 (論題提供者:鶴見太郎・明学大・東大非常勤講師、社会学・ロシア東欧系ユダヤ史・シオニズム史)
        3. 「歴史学の語りと近代的自己像はいかに関連するか」 (論題提供:武田祥英・千葉大院、歴史学・英国委任統治前史)
        4. 「日本で研究する/日本から研究する:その意義と課題、そして発展」 (論題提供者:鈴木啓之・東大院・学振DC、地域研究・パレスチナ抵抗運動史)

    報告

    錦田氏は「『和平』をどう捉えるか-イスラエル/パレスチナ紛争における言説の錯綜」というタイトルで報告を行った。 最初に対象との関わりから自分が何を行いたいのかという提起が行われた。研究者は純粋中立ではあり得ないが、 日本から来た者でありいわゆる「直接の当事者」ではないという立場性を研究上どう用いるかについて論じた。 最後に「和平」をめぐって各グループ(立場の異なるパレスチナ人、シオニスト)間にある齟齬についての分析を発表した。 それに対し会場からは、「和平」を巡る齟齬は元より在り、今出す意味は何なのか、ここから何をするのかと声が上がった。 また各グループ内の分岐点の指摘(例えば階級か、宗教か)もされた。最終的にはグルーピングの必要性と それが分断の固定化という政治へつながりかねない危うさについて話者質問者双方が同意した。

    次に鶴見氏が「ナショナリズムという用語は普遍的か」というタイトルで報告を行った。 「パレスチナ人など存在しない」とゴルダ・メイールは発言したが、シオニストの民族観は各民族の居住地は広がりが在ったとしても 民族的本拠地が必要だというもので、本拠地内の他民族はマイノリティとして処遇されるべきであるというものだ。 氏は反批判の三類型として「パレスチナ人独自民族論」「ユダヤとは民族ではなく宗教」「個人しか存在しない」を挙げた。 しかしそれぞれ「「民族対立」論に嵌まる」「キリスト教的宗教概念をユダヤに適応してしまう」 「当事者自身がなんらかの集合性を前提としている」という問題が在ると報告した。 そしてナショナリズムはそれぞれ固有の文脈とスタイルを持っており、ただ一つの物として理解するのは無理が在り、 パレスチナ人の運動は社会運動としてみるべきだと結論づけた。それに対し会場からはナショナリズムは思想だけではなく、 運動と組織という面も持っていると指摘された。また分析用語と政治用語の重なりと質的相違、 また現場の課題と研究上の課題の異同についても指摘があった。

    三番手として武田氏は「歴史学の語りと近代的自己像はいかに関連するか」というタイトルで報告を行った。 その内容は、肉体に縛られた存在としての人間精神の限界を知り、集団形成や世論形成における無意識的な精神作用を知り、 自らを社会集団内に位置づける事によって得られる安心を歴史学が提供してしまう事への自戒を求め、 「安心を提供しない歴史学」を提起するものだった。

    それに対し会場からは、歴史とは一人一人がまた主体的に選び取る物でもあるという指摘や、 個人・集団に取って忘れた振りやねつ造が必要になるときがあるという指摘、 またこの問いを進めるためには武田氏自身が考える「近代自己像」を自己解体する必要があるのではないかとの提起もなされた。 これに応えて武田氏からは各人の認知への介入という観点からプロスペクト理論を 学ぶことは人間精神を理解する上でやはり意義がある旨を説明した。

    最後に鈴木氏が「日本で研究する/日本から研究する:その意義と課題、そして発展」というタイトルで報告を行った。 その内容は、「日本人」が研究する以上「地理的/時代的/言語的な制約・拘束」があり、 それは例えば言語の翻訳の問題であり、また何らかの現地とつながろうとする試みにおける用語選択(連帯から世界革命戦争まで)の問題である。 続けて鈴木氏は制約を転じて強みにする方法として、「外国人」による地域研究を参照する。 翻訳や提言、フィールド調査、時刻への還元なき研究は無意味なのかとの問いを提出した後、 鈴木氏は生い立ちやトラウマまで含めた個人的関心が研究に入り込む事を自覚した上でそれを文字化する事によって、 「制約・拘束」を強みへ転化できるのではないかとして論を締めた。

    それに対し会場からは、研究対象を世界の同時代性の中で理解する必要もあるという指摘や、 日本の院生・研究者が日本において研究するという事と日本人が研究する事は同義ではない (例えば在日コリアン、アイヌ民族)という指摘や、先進国日本の研究者であるという事が制約ではなくバイアスや知的権力性へ転化する恐れ、 また現地の文脈を捉え損ねる恐れ(例えば階級の違い)が指摘された。

    文責:鈴木隆洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・博士課程)

    シンポジウム「土地とイデオロギー:大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」

    概要

    • 日時:2012年6月9日(土)12:00開場、12:30開始、18:30終了
    • 会場:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー10階1103番教室
    • 主催:イスラーム地域研究東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:明治大学文学部地理学専攻、京都大学地域研究統合情報センター(CIAS)地域研究方法論プロジェクト (「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による分野融合型方法論の構築」)

    • シンポジウム趣旨
      大岩川和正(おおいわかわ かずまさ)氏は、1959年から逝去する1981年まで、イスラエル入植村に数度にわたって長期滞在し、 調査を行った。だが、大岩川氏の問題意識はユダヤ人入植村内部の社会経済構造に留まらなかった。 大岩川氏は、イスラエルとパレスチナを単一の地域として捉える視点を提示し、現代イスラエル独自の「ネーション」が、 パレスチナ地域でいかに歴史的に形成されてきたかを実証的に明らかにしようとした。 入植村のイデオロギー的意義への関心は、現代イスラエルの再生産体系や 「土地」と「血」を基盤とする民族意識の発展過程を明らかにするためのものであった。

      大岩川氏の周到な現地調査と緻密な分析は、没後31年を経た今でも色あせることなく、私たちに多くのことを語りかける。 では、パレスチナ/イスラエルに関心をもつ現在の私たちは、大岩川氏の研究から何を学び、 今後どのような問題意識を発展させていけばいいのだろうか。

      本シンポジウムでは、3世代に渡る地域研究者、社会学者、地理学者が一堂に会し、大岩川氏の現代イスラエル研究を起点として、 土地とイデオロギーをめぐる問題を議論したい。

    プログラム
    第1部
    • 挨拶・趣旨説明:長沢栄治(東京大学教授)
    • 共催者からの挨拶:長岡顯(明治大学教授)
    • 大岩川氏の業績紹介:鈴木啓之(東京大学・院)
    第2部
    • 基調講演1  板垣雄三(東京大学名誉教授) 「イスラエル研究のあり方を問う――大岩川和正さんの立脚点をヒントに」(仮題)
    • 基調講演2  児玉昇(龍谷大学名誉教授
    • 質疑応答
    第3部(若手による研究発表、発表各15分)
    • 発表1 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD)
    • 発表2 吉年誠(一橋大学)
    • 発表3 役重善洋(京都大学・院)
    • 発表4 池田有日子(京都大学)
    • 発表5 今野泰三(大阪市立大学院)
    • 質疑応答
    第3部(若手による研究発表、発表各15分)
    • 総合コメント1 早尾貴紀(東京経済大学専任講師)
    • 総合コメント2 臼杵陽(日本女子大学教授)
    • 全体討論・質疑応答
    • 閉会の挨拶  長沢栄治・東京大学教授

    報告

    写真
    質問に応じる板垣先生と児玉先生
    第二部の基調講演では、大岩川氏と親交のあった板垣雄三と児玉昇の両氏から、それぞれ、「イスラエル研究のあり方を問う 」、 「イスラエル研究の方向舵を求めて」との表題で話をされた。

    板垣氏は、大岩川氏の現代イスラエル研究を、「イスラエル研究」「地理学」といったディシプリンを 超えた問題意識において取り組まれたものと評価され、「イスラエル研究」における「transdisciplinary」の心構えの重要性を指摘された。 そして、その際、根幹となるのは、パレスチナ/イスラエルにおける「特異なコロニアリズム」の 「生成・展開・持続・消滅」にかかわる研究であること、日本においてこの問題を考える上で 「満州国」が大きな意味をもつことなど、重要な問題提起をされた。

    続いて、児玉氏は、まず、修正シオニストのイスラエル・エルダドによる議論を紹介しつつ、 シオニズムの多元性とその把握の難しさを指摘された。その上で、特にその経済的側面について、 ご自身のイスラエル滞在時の経験などを交え、パレスチナ人排除のイデオロギーと現実との矛盾について話をされた。 その矛盾の究極的な表現としての「隔離壁」にも言及されるなど、大岩川氏の議論とパレスチナの現状とをつなぐ問題意識を垣間見る講演であった。

    質疑応答では、パレスチナ問題の未来構想にまで話が及び、日本人自身の歴史認識や国家観を見直す中で、 パレスチナ/イスラエルの今後のあり方を再考する必要について、両氏それぞれの視点から語られた。

    (文責:役重善洋/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)

    第三部では、パレスチナ/イスラエルに携わる5人の若手研究者による研究報告がおこなわれた。 それぞれの研究者が大岩川氏の現代イスラエル研究を受けて、それに応答する形で出された報告である。

    エルサレム都市研究をおこなう飛奈は、エルサレムの都市計画・開発を通じて表れるイスラエルのシオニズム的論理が、 大岩川氏のいう共同体としての「ユダヤ民族」の正統性の確立にかかる問題であるとして考察した。 吉年はパレスチナ経済史の観点から、大岩川氏の提起する「イデオロギーとしての入植村」とその社会の「自己矛盾」に関する議論を考察し、 入植者がパレスチナ人排除へ向かう論理を示した。そして日本におけるシオニズム研究の報告として役重は、 戦間期の矢内原忠雄のシオニズム論を検討し大岩川氏の研究視座と比較することで、 日本人研究者のもつ歴史認識におけるイデオロギー的バイアスの相対化を図った。国際政治を専門とする池田は、 ヨーロッパのユダヤ人問題とパレスチナ問題・中東問題をつなぐ回路の俯瞰的なモデルを提示して、 アメリカやヨーロッパの文脈と関連させてその両者の接合を試みた。最後に、今野の発表は本シンポジウムの根幹に迫るものであり、 今野は大岩川氏の全研究論文を読み返し大岩川氏の関心・方法論・理論的背景などの観点から分解・分析し、 大岩川氏の研究の集大成としての「地域研究論」を再構築しようと努めた。この第三部は、 パレスチナ地域のさまざまな文脈を体系的に捉え地域社会の視点から世界を記述していく大岩川氏の地域研究論が、 後代の研究者に如何に培われているかを示すものとなった。

    (文責:塩塚祐太/一橋大学大学院社会学研究科修士課程)

    第四部では、早尾貴紀氏と臼杵陽氏からまず総合コメントを話していただいた。 早尾氏からは、この研究会の主旨に即して言うならばイスラエル建国以前から展開してきた入植村を、 大岩川氏の研究に即して再検討するべきではなかったか、という論点と、複数の報告者が使用していた 「植民地主義」という言葉に関して腑分けが必要ではないのか、という論点が提示された。前者に関しては、 ナショナルなものや、「血と土地」などのイデオロギー、さらには政治経済的な要因など建国以前から現在までの ユダヤ人社会形成要素は大きく変遷したが、いずれの段階でも入植村の存在は不変であり、 ここにイスラエルの本質があると見抜いた大岩川氏の視座をどう受け止めるのか、という指摘であった。

    これらの論点を引き継ぐ形で、臼杵氏からは大和川氏から引き継ぐべきものとして弁証法的思考法を挙げ、 更にイスラエルにおいてそれまで無視されてきた、1880年代から始まる「第一波アリヤー」の再評価が 90年代ころから始まってきたことなどの変化が指摘された。しかし大岩川氏は、現在のこの再評価を先取するような形で研究をしていた。 こうした研究を可能とした背景には、大岩川氏の議論の進め方が必ず対立するもの、 対になるものから分析していくという戦略をとっていたことにある、と指摘された。 臼杵氏は、こうした思考法によって大岩川氏は社会の矛盾こそがその社会の発展を説明するものであるということを見出し、 入植村や「血と土地」のイデオロギーに注目することになったのではないか、我々はこうした大岩川氏の思考法を学ぶべきではないのか、 とコメントしている。また、板垣氏からの指摘のなかで、 現在のパレスチナ研究と聖書研究があまりにかけ離れているということをどのように考えるのか、 一般市民の問題関心と研究者のそれの間の隔絶をどのように埋めていくのか、というものがあったが、 これらの問題をどう考えていくのか、さらにはパレスチナとイスラエルという二項対立を乗り越える上で アラビア語やヘブライ語を利用することがどの程度有効なのか、ということをもう一度再検討すべきではないかと指摘していた。

    このコメントに対して板垣氏からは77年に開いたシンポジウム(<パレスチナ問題を考える>シンポジウム)の想起から、 何百人もの人が参加し、研究者とか一般という区分けや立場の差を超えて討論を重ねることができた当時と、 それがほとんどできない現在の間にある問題は一体何か、これは非常な危機的状況なのではないか、という論点が提示された。 また児玉氏からは現在資料が簡単に手に入るようになった、といわれるが、むしろそこにアクセスできる要件というものが 際立つ結果になってしまっているのではないか、研究者だけでなく広く資料を利用できる環境を整えることがじゅうようではないか、 という指摘がされた。

    登壇者からは、今野氏と役重氏から板垣氏の論点に関して、世代間の問題やそれに起因するそれぞれの世代における 「植民地主義」などのイデオロギーへの関心が異なるのではないか、という応答があった。しかし板垣氏からは、 世代の問題ではなく時代の問題としてとらえてほしい、という提案があった。それは、77年の時がよく、今がダメ、 ということではなく、77年当時の人々も、現在の状況はもうわからなくなってしまったのではないかということであった。 その背景には、人や社会全体を騙す技術やその情報を流布させる情報が発達して、「事実」というものが わからなくなってしまっているのではないか、と指摘されている。

    最後に長沢氏から閉会の言葉があった。大岩川氏が亡くなられて30年経ったことを回顧し、 故人の志を継ぐということは言うことは易く実行は非常に難しいが、 今回のシンポジウムをひとつの起点としてパレスチナ研究が更に発展するような努力を積み重ねよう、という提案で会を締めくくられた。

    (文責:武田祥英/千葉大学大学院 人文社会科学研究科博士後期課程)

    シンポジウム「土地とイデオロギー:大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」 第2回準備研究会

    概要

    • 日時:2012年4月22日(日) 13時~18時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所3階大会議室

    プログラム

    • 発表1 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD、専門はエルサレムの政治と法)
    • 発表2 吉年誠(一橋大学、専門はパレスチナ/イスラエルの土地制度)
    • 発表3 役重善洋(京都大学・院、専門は日本のキリスト教シオニズムと植民政策論)
    • 発表4 池田有日子(京都大学、専門は米国のシオニストとユダヤ人の研究)
    • 発表5 今野泰三(大阪市立大学院、専門は宗教シオニズムと入植地)

    報告

    本研究会は、来る6月9日「土地とイデオロギー―大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」に向けた第二回準備会として開催された。] 当日は約5時間に渡り、シンポジウムで登壇する若手研究者の発表内容を精査し、 その後シンポジウムの準備や当日進行にかかる事務調整がおこなわれた。全体討論では、 シンポジウムの骨格となる「大岩川和正のおこなった研究」と「土地とイデオロギー」という2つのキーワードと、 各発表者の専門領域の擦り合わせに焦点が置かれ、第一回よりもさらに厳密な討論が行われた。 準備会を重ねる中で、会参加者個々人が自らの研究関心の中にこのシンポジウムを位置づけ、 その開催の意義への理解と関心を深めただけでなく、シンポジウム全体の方向性や内容もより緻密かつ興味深いものになった。 その意味で、本研究会は、本シンポジウムの開催のみならず、シンポジウム開催にいたる過程を踏まえても、 パレスチナ/イスラエル研究の将来を見据える上での貢献は大きいだろう。

    塩塚祐太(一橋大学大学院社会学研究科修士課程)

    2011年度

    JCAS次世代ワークショップ
    「折り重なる境界、揺れ動く境界――比較の中のパレスチナ/イスラエル複合紛争」

    概要

    • 日時:2012年1月21日(土)、22日(日)
    • 会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 7号館414号室

    プログラム

    *第一日目:1月21日(土) 14:00~17:10(開場13:30)
     パネル1 「越境と抵抗」 (14:20~17:10)
    • 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員) 「多元都市エルサレムの境界がもたらす紛争のローカル性とグローバル性――土地支配をめぐるポリティクスの事例から」
    • 鈴木啓之(東京大学・院) 「占領と抵抗の相克――被占領地のパレスチナ人市長を事例に」
    • 北川眞也(大阪市立大学) 「ポストコロニアル・ヨーロッパにおける闘争の場としての境界――移民によって横断されるイタリア・ランペドゥーザ島」
    • 岩浅紀久(ITエンジニアリング研究所研究員) 「占領政策おける境界がもたらすパレスチナ経済の課題と展望」
    • コメント 金城美幸(立命館大学・院)
    *第二日目:1月22日(日) 10:00~18:00(開場9:30)
     パネル2 「揺れ動く境界、越境する植民地主義」 (10:00~12:30)
    • 浅田進史(首都大学東京) 「植民地権力と越境のポリティクス――膠州湾租借地におけるドイツ統治を事例に」
    • 武田祥英(千葉大学・院) 「「パレスチナ」の輪郭。その帝国主義的起源について――英帝国の東方政策の危機とその対応の検討から」
    • 役重善洋(京都大学・院) 「移住植民地建設をめぐる技術とイデオロギーの伝播――矢内原忠雄のシオニズム論・植民政策論をめぐって」
    • コメント 久保慶一(早稲田大学)
      パネル3 「ナショナリズムと文明の境界」 (13:30~16:00)
    • 鶴見太郎(日本学術振興会特別研究員) 「研究者が境界をずらしてみる――シオニズムの世界観の来歴をめぐって」
    • 今野泰三(日本学術振興会特別研究員/大阪市立大学・院) 「宗教シオニズムの越境――イデオロギーと神学の相克」
    • 長島大輔(東京経済大学・非常勤講師) 「ムスリムかムスリム人か――旧ユーゴスラヴィアにおける宗教とナショナリズム」
    • コメント 富樫耕介(日本学術振興会特別研究員/東京大学・院)
    •  
    • 総合議論 (16:15~18:00)
    • 総括コメント 臼杵陽(日本女子大学)

    報告

     一方の側は、数千年前の神の命令を根拠に、自らの土地の権利と生活を主張する。他方の側も、同様に神の名の下に非合法活動を行う者もいれば、一見するとちっぽけかもしれないが、生活に根ざした公的活動を、信仰に基づいて着実に拡大しつつある私的グループもある。
     民族、信仰、国家、そして各国の思惑を巻き込んだ政治……錯綜するパレスチナ問題を考えるにあたって、同じく複雑な紛争や歴史的な背景に根ざした軋轢を抱える他の地域の研究者との協同によって、新たな研究上の視点や方向性を生み出したい。
     そんな企図から行われたワークショップだったが、報告者各氏、特に企画立案側の力不足が露呈していたようだ。目に見える明らかな境界、他方で明確になっていない境界が、各人の研究対象のなかにどう絡み合っているのか、紛争にかかわりあるいは苦しむ当事者たちにとっても、それらの複雑な層をなす境界を解きほぐす一歩は何か?
     むしろコメンテーター側からいくつかの提案があったものの、それを次のステップへとつなげるべく積極的に取り上げられることは残念ながらなかった。今後、ワークショップの内容を文字化して公表する予定があるために、企画立案側の奮起を期待したい。

    阿久津正幸(イスラーム地域研究東京大学拠点特任研究員)

    2011年度第5回(通算第16回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:11月23日(祝)13時00分~18時30分
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第5回)

    プログラム

      1. 報告1:臼杵悠(一橋大学大学院経済学研究科修士課程)「ヨルダンにおける都市社会:アンマーンを中心とした都市空間の発展」
      2. 報告2:役重善洋(京都大学人間・環境学研究科博士後期課程)「矢内原忠雄の植民政策論とシオニズム

    報告

    臼杵悠氏の「ヨルダンにおける都市社会:アンマーンを中心とした都市空間の発展」、役重善洋『矢内原忠雄の植民地政策論』について、趣旨と質疑応答について簡単に紹介し、最後に若干のコメントを述べたい。

    臼杵報告
    臼杵氏は、ヨルダンの首都アンマーンの急速な人口増加と経済発展に伴い、経済格差が指摘されていることに着目し、裕福な地域と貧しい地域の住民の特徴を明らかにするための分析枠組みの構築に向けた試論的な報告を行った。そのためにまずアンマーンを行政区分に分け、人口動態について調査するという手法を採用しアンマーンのリワー(県)を経済特徴ごとに分類することを試みている。  会場の方からの質問・コメントとして、先行研究については、参考文献を一次資料、二次資料に分けて書く必要があるとのコメントがなされた。次に歴史的背景について、例えばヨルダン幹線道路とオスマン帝国期におけるヒジャーズ鉄道との関連、また1994年のヨルダン-イスラエル和平合意のヨルダン側に対する経済的インパクトと格差との関連を調べる必要があるのではないかとのコメントがなされた。加えて、研究の手法について、ヨルダンについての研究とアンマーンについての研究が混同されているといった指摘や、人口動態の調査のうえで行政区のインフラやサービスなどのプル要因についても調べるとよいのではないかとのコメントもなされた。

    役重報告
    役重報告は、矢内原忠雄の、無教会キリスト教徒・平和主義者などとして通常流布しているイメージ・思想と彼のシオニズム支持との相互内在的連関を明らかにしようとするものであった。矢内原の経歴の紹介ののち、北大植民地政策学の影響のもと、小農救済の側面を有すドイツ内国植民への彼の積極的評価と、ドイツ・シオニストであるアルチュール・ルピンやフランツ・オッペンハイマーらとの思想的類似性を指摘し、農業植民という技術・イデオロギーが異なる植民主体(シオニズム、日本帝国主義)に参照・共通している点を描きだした。また矢内原が、植民は政治的経済的非搾取の原則に基づいて行うべきであり、事実上パレスチナにおける「二民族国家」を提唱していた点も明らかにした。さらに、帝国主義時代の農業入植の二面性として「イギリス理想主義的植民論」と「ドイツ国家主義的植民論」との概念区分を試みていた。

    会場からの質問・コメントとして、まず先行研究において帝国主義研究がないこと、それとの関連で植民地主義の全体像におけるドイツ植民地主義の位置づけがわからないことなどの指摘がなされた。さらに、「中東和平」との関連でキリスト教シオニズムと植民地主義を再考・位置づける必要があるのではないかとのコメントもなされた。

    両報告に関するコメント

    まず両報告に共通していえるのは、日本ではいまだ十分な研究が行われておらず今後ますます発展・深化させていかなければならない研究領域であり、その意味で極めて重要な研究報告だったということである。しかし同時に、未発展な領域であるからこそだと思われるが、両報告とも関連する歴史的背景についての抑え方が不十分だった点についての指摘が散見された。
    内容についてであるが、臼杵氏の最終的な研究目的は、人口移動、経済格差とエスニシティあるいは出身地との相関性の抽出ということであるように思われた。人口移動、経済格差については様々な統計データで検証することは可能であろうが、最後のエスニシティ・出身地との相関性については、別のアプローチ、例えば人類学的なアプローチなどを組み入れることも検討の余地があるのではないか、と思われる。
    役重報告については、矢内原のキリスト教者・平和主義者、植民地政策研究者としての思想とシオニズム支持との内在的論理連関を抽出するという大胆かつ興味深い研究であるが、彼の「現状認識」やそれぞれの思想・イデオロギーに対する「理解」のレベルと、植民地主義、シオニズムの「実態」のレベルとの区別が曖昧なところがあったように思われる。このことは、ひいては、この研究が「一体何を目的としているのか」という広い意味での問題関心を明確に打ち出していないことと関連しているように感じられた。
    文責:池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター・研究員)

    2011年度第4回(通算第15回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年10月23日(日)13時00分~17時00分
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第4回)

    プログラム

      1. 報告1:西園知宜「パレスチナ・ナショナリズムをめぐる考察――1936年アラブ大反乱を事例に」
      2. 報告2:大岩根安里「ハダッサの抱いたアラブ人観の重層性―1930年代後半からイスラエル建国にかけてのH・ソルドとthe Committee for the Study of Arab-Jewish Relationsの見解を中心に―」

    報告

    2011年度第4回(通算第15回)パレスチナ研究班定例研究会では2つの発表がなされた。以下、両氏の発表の内容と会場からの反応、報告者のコメントを挙げる。

    前半の西園氏からは「パレスチナ・ナショナリズムをめぐる考察――1936年アラブ大反乱」と題し、これまで1948年以後、とくに抵抗運動期を中心に語られることの多かったパレスチナ・ナショナリズムについて西洋のナショナリズムの枠組みにとらわれぬ視点から、1936年大反乱をひとつの題材としながらその構造を考察する試みについて発表がなされた。
    発表に対して会場からは、固定化することのできないパレスチナ・ナショナリズムについて検証する際には、具体的な事象から歴史を追う必要性があり、議論の展開としてはナショナリズムという形のないものに対してどう語ることができるのかという議論を提起するコメント、革命のアラビア語訳がサウラであることから用語を訳する際に抜け落ちる本来の意味について考えさせられるコメントが寄せられた。

    後半の大岩根氏の発表は「ハダッサの抱いたアラブ人観の重層性―1930年代後半からイスラエル建国にかけてのH・ソルドとthe Committee for the Study of Arab-Jewish Relationsの見解を中心に―」の題で、アメリカ・女性シオニスト機構=ハダッサとAJR委員会のアラブ人観の相違をあげられ、またアラブ/ユダヤ問題に関するハダッサ内部の見解の多様性について示された。パレスチナで諸事業を行ったハダッサのこれまでの論じられかたはこれまで積極的ではなかったというが、アメリカのシオニストの中でもユダヤ人であり女性であるという二重のマイノリティ状態に置かれたこの組織は周辺的であるが、アメリカのシオニストの中での特徴的な位置づけについて等、ハダッサをめぐる議論は会場でも活発に行われた。

    質疑応答では前半・後半ともに「なぜこの研究をするに至ったのか」という研究動機を追及する質問があった。なぜその研究に意義があるのか、また自分の論を展開する上ではなぜそうすることになったかを主張する強さと、自身のこだわりは失えないものだと、今回の発表を聴衆としていながら再認識させられた。
    文責:成田矩子(お茶の水女子大学)

    2011年度第3回(通算第14回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年7月18日(月)12時~17時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第3回)

    プログラム

      1. 報告1:今野泰三(大阪市立大学院博士後期課程)「イスラエルの入植『政策』とマルチ・スケールの地政学:レヴィ・エシュコル政権(1965~1969年)を中心に」
      2. 映像上映:菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)「食べさせること、生きること:イスラエルに生きる、あるアラブ人キリスト教徒女性の半生」
      3. 報告2:藤屋リカ(慶應義塾大学看護医療学部専任講師)「パレスチナ・ヨルダン川西岸地区において、紛争、経済的要因が出産場所に及ぼした影響」

    報告

    報告者の今野氏は、第三次中東戦争終結時からレヴィ・エシュコル首相の死去までの期間に焦点を当て、占領地でのユダヤ人入植地の建設が一貫したイデオロギーや政策のもとに進んだものではなく、多様な社会的・政治的・地理的なアイデンティティや利益をもった様々なアクターが矛盾した様相で対立や協力をしながら関与するプロセスであったことを示すことを報告の目的とした。入植地建設に関する先行研究は、「一貫論(構造論)」「転換論」「偶発論」などの潮流に分けられるが、いずれも不十分であるとし、多様なアクターが関与する矛盾や対立を内包したプロセスとして分析する必要性を提議した。まず、「植民」と「植民地主義」の定義と類型を提示した上で、入植の政治過程を、第3次中東戦争の原因と開戦の意図、1967年6月19日の内閣決定、東エルサレムの併合と「グッシュ・エツィヨン」への「植民」、シリア高原への「植民」、青写真としての併合計画の乱立・競合、イスラエルが置かれていた国際環境と植民の公式化と題して分析をおこなった。結びとして、イスラエルの入植「政策」は、政策として呼ぶにはお粗末なものであり、それぞれの時期の政治社会環境を反映して「植民地主義の中の植民」と同時に進められた「植民による植民地主義」が占領のシステムとなり、「決定しない決定」の中で進んだ植民と植民地主義の土台は第3次中東戦争直後から得修コル首相死去までの2年間に形作られたと論じた。

    フロアからは、植民と植民地主義に関する類型が妥当であるかどうか、特に近代と前近代を区別することなく概念化された類型によって分析は可能であるか否か、先行研究の3分類はいずれもイデオロギーをべースにした議論であり、イデオロギーがベースになっている限り3つ以外の結論は導けないのではないか、といった質問や問題定義がなされた。

    報告者の菅瀬氏は、「イスラエルで生きているアラブ人の生の生活を映像で描写する試み」として、ハイファーに住むファッスータ出身の女性ウンム・アーザル(68歳)に焦点を当てた映像を上映した。ウンム・アーザルは、生活のために修道士のまかないをする母親であり、アイデンティティは出身の村にあるが都市で働く女性として描かれている。イスラエルで生きるアラブ人の歴史を反映して数々の仕事と移動を経験し、今の仕事に就いた彼女は、あまり働かない夫にかわって賢明に働き、子供たちを立派に育ててきた。報告者は、映像について、アラブ人の生活ということはわかるものの、「イスラエルに住む」という点が映像からはわからないと振り返った。フロアからは、イスラエルの中にいることを強調する必要はむしろ無いのではないか、強調することで苦しい生活をしていると強調してもあまり意味はないため今の映像でよいのではないか、色々な仕事に就く機会を持つことができた彼女の例は特異な例なのではないか、何か背景があるのではないか、といった質問や問題提議がなされた。

    報告者の藤屋氏は、占領地における健康と人間の安全保障をとりまく状況を概観した上で、出産場所に経済的要因と紛争の要因のそれぞれが与えた影響を明らかにすることを目的とするとした。分析を行う上での従属変数は出産場所であり、政府系の病院、非政府系の病院、民間診療所、産院、家がその選択の可能性として挙げられた。独立変数は、社会人口学的要因、健康保険の有無、出産の年、出産場所の選択の理由とした。またベツレヘムの聖家族病院を例に観察を行ったとした。データの分析から得られた洞察は、西岸における出産場所には、経済的要因と紛争の両方が影響を及ぼしたということであった。家での出産の数は自由な移動の制限から、そして政府系の病院での出産の数は新たに導入された健康保険の制度から説明しうるとし、紛争による直接の影響として、家での出産が増加したとした。経済的要因の影響として、経済状況が悪化した時には、非政府系の病院での出産が減少したこと、新たな健康保険の導入後は政府系の病院での出産が増加したことを指摘した。ここから、自由な移動の制限が出産場所への唯一の理由であったかと言えばそうではなく、2001年には政府系病院での出産が増えたことを示した。最後に結論と提言として、報告者は、新健康保険の制度のような経済支援プログラムは移動の制限による女性の健康への消極的効果を相殺することができるという点、国際社会は国際法を尊重して人間の安全保障への脅威を取り除くために努力すべきという点について述べた。  フロアからは、私立病院の料金は一般化できるのか否か、助産婦などの伝統的な仕組みについてはどうなっているのか、病院関連の充実を求める声はどれほどあるのか、データの解釈について自宅出産の2割減というのは大きな違いではないか、自治政府結成以前からの政治組織系の病院が自治政府結成以後にどのように変化したかについて説明が必要ではないか、西岸の特殊性をどう捉えるか、といった質問や問題提議がなされた。

    この日行われたいずれの報告においても、詳細に準備されたペーパーや映像に基づいた各報告とフロアからの参加によって、非常に活発な議論が行われ、極めて意義深い研究会となった。
    文責:清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    2011年度第2回(通算第13回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年6月26日(日)12時~17時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第2回)

    プログラム

      1. 報告1:鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科博士前期課程)「パレスチナ・動員基盤としての学生組織:インティファーダ以前を中心として」
      2. 報告2:金城美幸(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程) 「イスラエルの「独立戦争」の集合的記憶―「新しい歴史学」以降の展開」

    報告

    発表者は社会運動論において提起される学生運動の類型(Gill and DeFronzo[2009])を出発点としてパレスチナ被占領地における学生運動の発展の過程を分析し、これによってインティファーダ(1987年発生)へと至る背景の一つを明らかにしようと試みた。分析のなかでは、被占領地において初めて四年制大学が設立された1972年を出発点とし、1987年のインティファーダ発生までを検討した。特に1985年および1986年に学生とイスラエル占領当局が衝突することで短期間の「蜂起」が行われていることに注目し、これをインティファーダへの布石として考察を加えた。

    会場からは、既存の類型に時間軸を加えることによって発展段階に置き換えることの問題性や、パレスチナにおける学生の政治活動を「新しい社会運動」の立場から捉えることに対する疑義が提起された。他国による占領とそれに対する住民の抵抗という構図のなかで行われる大衆運動は、通常の社会運動論が中心的に扱う一国内における運動とは分けて考えられるべきであり、この点においてより綿密な一次資料の読み込みと分析によってパレスチナ独自の学生運動のあり方を検討することが必要なのではないかとの示唆的なコメントがあった。  (文責:鈴木啓之)

    本報告は、1980年代に登場したイスラエルの新しい歴史記述が、その後の歴史研究におよぼした影響を、近年台頭を見せる「ネオシオニズム」の研究潮流との関連から考察するものであった。具体的には、エルサレムのシャレム・センターなどの研究シンクタンクを中心とし、「ネオコン」的な思想とも親和性のある「ネオシオニスト」たちのユダヤ人国家観についての言説を中心として分析が行われた。新しい歴史家の登場以降、イスラエル建国時にパレスチナ人に対する追放が行われたことは、今やイスラエルでは広く受け入れられることとなったが、そのなかで本報告は、近年のネオシオニズム的潮流のなかで顕在化しているパレスチナ人の追放を合理化する言説とその論理構造を扱った。

    会場から、本報告はネオシオニストとポストシオニストの連関を論じるものだったが、ネオシオニストが仮想敵とするのは第一義的にはパレスチナ人の言説であるとの指摘や、住民移送を合理化する20世紀以降の国際関係のなかでイスラエルの言説の転回を理解する必要性など闊達な議論が行われた。また近年のイスラエル社会内の対立をイデオロギー的次元だけでなく、民営化やグローバリゼーションといった経済的観点からも捉えなおす必要性も提起された。  (文責:金城美幸)

    2011年度第2回(通算第13回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年4月25日(月)10時~16時
    • 会場:京都大学吉田キャンパス本部構内総合研究2号館4階第1講義室(AA401)
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第1回)

    プログラム

      1. 報告1:田村幸恵(津田塾大学国際関係研究所研究員) 「パレスチナにおける開発援助――「NGO」からみるパレスチナ社会の伝統と変容(和平プロセスから2005年まで)」
           コメンテーター:鈴木啓之
      2. 報告2:塩塚祐太(一橋大学院社会学研究科博士前期課程)「パレスチナにおける国際援助?1993年前後の国際援助の状況とパレスチナ開発援助研究の試み?」
           コメンテーター:臼杵悠

    報告

    報告では、2005年半ばまでの政治的変化を背景に、オスロ合意以降「NGO」の語で括られ市民社会的として評価されたパレスチナの社会組織の実態・型と再評価が報告された。報告者の先行研究整理は、(1)オスロ合意前後の開発援助と2001年後は様相が変遷しているためNGO機能の再評価の必要性、(2)「NGO」のうち青年組織及び慈善団体など草の根型が半数を占め、かつ2000年以降有効な活動を展開している点から「NGO」分類の必要を指摘した。

    最初に「NGO」は、持続可能な発展を求めるいわゆるNGO型と、慈善団体など草の根ベース型の団体とに組織を大きく二分した。具体的には前者の方のPNGOネットワーク傘下のNGO調査に基づき、前者の変革機能は潰えて社会維持機能の示唆にとどまった。後者の草の根慈善団体型のザカート委員会などが「NGO」の大半を占めの活動からは実際の伝統維持機能が紹介され、変容に関しては研究途上であり論証はされなかった。オスロ合意以降の援助が途上国援助に見られる「NGO」の自律的性格と政治性の剥奪よりも、異なる状況での社会維持機能に注目した。

    質問では、PNGOの機能、イスラームNGOという語の明確な定義の必要が問われた。占領下の社会サービスの提供に貢献したNGOが機能の変遷を強いられた以上、PNGOのインタビュー調査から慈善団体の貢献を論じる事に疑問が投げかけられた。また、主旨一貫性の不足があり報告者は二つの調査を利用したがまだ調査が完成していない旨を説明した。慈善団体側の社会維持機能における観点の必要性が指摘され、また市民社会論との相違性についての質問があった。   (文責:田村幸恵)

    本報告では、パレスチナにおける国際援助のこれまでの経緯を概観するため、1993年のオスロ合意前後のパレスチナ援助の先行研究のまとめを行った。パレスチナにおける国際援助においてもオスロ合意は転換点となり、それを機に膨大な援助金がパレスチナの開発に投入されるようになった。それ以前のパレスチナにおいてはアラブ諸国による資金援助が、また現場においては国際NGO、現地NGOの活動が中心的なものであった。しかしドナー間の調整機能を果たすような組織は存在せず、援助プロジェクトは個別的なものに留まった。

    1993年を機に、国際的にパレスチナを援助する合意がとられ、その額はオスロ合意直後のドナー会合で暫定期間中に20億ドルがプレッジされるに至った。また各国の政府援助機関や国連機関がパレスチナで援助介入するにあたって、援助をより効率的効果的に実施するための援助構造も同時に構築されていった。世界銀行はこの調整と指揮に中心的な役割を担い、援助に関する政治的枠組みを議論するアドホク調整委員会とプロジェクトの重複と無駄を省くための技術的枠組みを議論するコンサルテーティブ・グループを中心に、様々な調整委員会、作業部会が開かれた。そしてこれら援助のパレスチナ側の受け入れとしてパレスチナ経済委員会が組織された。

    このような援助調整作業の一連を反映して条文としてまとめられたのが1994年4月のパリ・プロトコルであり、これは翌月のカイロ協定の付録としてまとめられる。パリ・プロトコルはパレスチナの経済促進のために必要な財務、金融、貿易といった分野におけるパレスチナ側の権限を明確に取り決めたもので、またそれらに必要な議論をイスラエルと執り行うための合同経済委員会の設立があげられている。

    これら援助に関する一連の動向において、研究者の間では様々な批判がなされており、パリ・プロトコルについても占領を維持したいイスラエルの姿勢を反映させたものだと分析されている。また世界銀行など援助機関の性質に対する分析では、官僚主義的、成果主義的な組織文化が援助を進行する上で遅延と取り組みの不適切さを招いているとの指摘がなされている。このような先行研究の上で、報告者はこの援助機関の組織文化に着目した開発分野における人類学的アプローチによって、パレスチナにおける援助構造のより詳細な理解に寄与できるのではないかとの研究方針を示した。

    質疑応答では、報告者の基礎的な発表形式の不備に対する指摘も受けた。また本報告では援助構造の資金投入や政策決定といった言わば援助行程の上流部分に範囲が留まったために、その後それら政策等がプロジェクトへどう反映したかや現地への影響についても研究を進める必要があるとのコメントを得た。さらに、世界銀行を中心とした援助機関の持つ新自由主義的側面と、それによる現地社会への弊害といった点にもより注意していかなければならないとの指導を得られた。 (文責:塩塚祐太)


    2010年度

    「パレスチナ研究班」第6研究会(JCAS次世代ワークショップ)

    概要

    • 日時:2011年1月22日(土) 14:00~18:00 , 23日(日) 10:00~16:00
    • 会場:京都大学吉田キャンパス本部構内総合研究2号館4階会議室

    プログラム

      1. 鶴見太郎(日本学術振興会特別研究員) 「「ユダヤ的かつ民主的国家」の起源・序説――シオニストのパレスチナ/イスラエル紛争観をめぐって」
      2. 池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター研究員) 「中東和平をめぐる新たなパースペクティブ構築のための試論― 1920年代から1940年代に至るアメリカ・シオニスト運動における「パレスチナ」をめぐる議論を通じて―」
      3. 細田和江(中央大学政策文化総合研究所準研究員)「『ユダヤ人』への挑戦:『カナン運動』とシオニズム」
      4. 奈裕美(日本学術振興会特別研究員)「オスロ合意以後のエルサレムにおける空間のコントロールをめぐるポリティクス」
      5. 吉年誠(一橋大学社会学研究科)「イスラエルにおける土地制度改革を巡る議論から」
      6. 岩浅紀久(ITエンジニアリング研究所研究員)「パレスチナ西岸地区における中小零細企業実態調査報告」

    報告

    JCAS次世代支援ワークショップ「いま、『中東和平』をどう捉えるか―パレスチナ/イスラエル問題の構図と展開―」が、 2011年1月22、23日に京都大学にて開催されました。

    1日目のテーマは「シオニズムの世界観とパレスチナ」でした。まず、日本学術振興会特別研究員の鶴見太郎氏が、 「『ユダヤ的かつ民主的国家』の起源・序説―シオニストのパレスチナ/イスラエル紛争観をめぐって」と題して、 イスラエル国家の「ユダヤ的かつ民主的国家」という自己定義とシオニストの紛争観の起源をロシア出身のシオニストの経験と 観念と関連づけて検討しました。次に、京都大学地域研究統合情報センター研究員の池田有日子氏が、 「中東和平をめぐる新たなパースペクティブ構築のための試論―1920年代から1940年代に至るアメリカ・シオニスト運動における 『パレスチナ』をめぐる議論を通じて」と題して、アメリカ・シオニズム運動指導部の「パレスチナ」への対応とアメリカ・シオニズム運動に 存在していた「共存派」の議論を考察しました。中央大学政策文化総合研究所準研究員の細田和江氏は、 「『ユダヤ人』への挑戦:『カナン運動』とシオニズム」と題して、シオニストとは別の思想的基盤から新しい国家像を求めた 「カナン運動」について報告しました。各報告の後、大阪大学人間科学研究科特任助教の赤尾光春氏が総括コメントを行いました。

    2日目のテーマは「パレスチナ/イスラエルにおける土地と経済をめぐる政治」でした。まず、日本学術振興会特別研究員の飛奈裕美氏が、 「オスロ合意以後のエルサレムにおける空間のコントロールをめぐるポリティクス」と題して、東エルサレムでの土地・地下・上空の支配、 空間表象、生活空間をめぐるポリティクスについて報告しました。次に、一橋大学社会学研究科の吉年誠氏が、 「イスラエルにおける土地制度改革―土地の『私有化』を巡る議論を中心に」と題して、 90年代以降イスラエル社会で大きく取り上げられた土地制度改革とその問題について報告しました。 最後に、ITエンジニアリング研究所研究員の岩浅紀久氏が、「パレスチナ西岸地区における中小零細企業実態調査報告」と題して、 JICA プロジェクトとして実施した調査結果をもとに、イスラエルの占領政策がパレスチナ経済にもたらす影響、 特に中小零細企業の現状と課題およびその発展を支える国際支援の現状について報告しました。 2日目後半では、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教の錦田愛子氏が各報告に対してコメントした後、 2日間の成果を踏まえて会場を巻き込んだ白熱した議論が行われました。 最後に日本女子大学文学部教授の臼杵陽氏の総括で本ワークショップは閉会しました。 会場では、各報告の要旨とレジュメの他、ワークショップのメンバーが作成したパレスチナ/イスラエル関係のキーワード集と 年表を掲載した資料集も配布されました。

    「パレスチナ研究班」第5回研究会

    概要

    • 日時:2010年12日23日(木) 13:00~17:00 
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室
    • JCAS次世代ワークショップ「イスラエル/パレスチナ地域をめぐる総合知の育成  ―次世代研究者による知の蓄積と発信に向けて―」第二回準備研究会
    • 共催:地域研究コンソーシアム(次世代支援プログラム)、京都大学イスラーム地域研究センター (人間文化研究機構(NIHU)プログラム「イスラーム地域研究」京都大学拠点)

    プログラム

      1. 田浪亜央江(成蹊大学非常勤講師)「「中東和平」とイスラエルのアラブ系政党における承認/不承認の政治学」
      2. 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD、京都大学人間・環境学研究科) 「オスロ和平プロセスとエルサレム問題―空間と人口のコントロールをめぐるポリティクス」

    報告

    田浪は本報告で、イスラエルにおけるアラブ政党の政治理念からイスラエル国家に対する態度をケース・スタディとして抽出し、 イスラエルのアラブ人のユダヤ国家に対する承認/不承認が中東和平といかなる関連をもつのかを検討した。 イスラエルのアラブ政党としては長年ユダヤ人との共存を前提としたイスラエル共産党がアラブ人の民族的権利を代弁する役割を果たしてきたが、 オスロ合意後に成長したのは、むしろユダヤ人との共存を掲げず、ユダヤ国家不承認を(明示化せずとも)織り込んだ、 イスラーム運動やタジャンモウ(民族民主連合)だった。後者はイスラエルの公認政党でありながら実質的には シオニズムを否定する理念を正面から掲げてきたものの、設立者アズミー・ビシャーラが去って以来求心力を弱め、 ユダヤ国家を容認するかのような姿勢を見せ始めている。イスラエル国家を承認するかしないかという政党の存在理由にもかかわる大問題は、 現実政治のなかで抽象化し、言葉の上で操作可能なイデオロギーとなっている。質疑では、シオニスト政党へのアラブ人の投票率が高まっているなか、 アラブ政党の理念や動向だけを対象としてもイスラエルのアラブ人の政治的な立場はクリアにならないのではないか、といった指摘や、 タジャンモウの政治理念の変化の背景が不明であり説得力がないとの指摘がなされた。今後の検討課題としたい。

    飛奈は、イスラエル/パレスチナ紛争の中でもとりわけエルサレム問題に注目し、1967年にイスラエルが「併合」した (しかし国際社会は占領地の一部であるとの立場をとっている)東エルサレムにおいて、パレスチナ人の土地の収用・ ユダヤ人入植地の建設・特定の都市景観の形成を可能にしてきたイスラエルの国内法制度を明らかにするとともに、 被占領者であるパレスチナ人が占領者であるイスラエルの国内法制度を用いながら自らの土地と生活空間を守ろうとしてきたプロセスを議論した。 従来、エルサレム問題に関する議論は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームという三つの一神教の聖地として、あるいは、 ユダヤ人・パレスチナ人のナショナリズムにおいてシンボリックな意味を賦与された場所として、 研究者自身が過剰な意味づけを行ってしまう傾向があったが、本研究は、以上のような象徴的意味が付与された場所であることを前提にしつつも、 人間が日常生活を営む空間としてエルサレムを捉えなおし、その空間のあり方を強制的に変更するものであるイスラエルの占領政策が具体的に いかなるプロセスで施行され、生活者であるパレスチナ人がどのように対応してきたのかを明らかにすることを目指した。  質疑応答では、イスラエルの国内法とその適用の詳細に関する質問や、法律の適用のあり方の変遷と時の政権の性格や国際政治の動向などを 結びつけることによってより深い議論が可能になるという指摘がなされ、また、東エルサレムにおけるイスラエルの支配の 正統性を承認しない立場をとってきたパレスチナ人がイスラエルの国内法制度を利用することによって抵抗を行なっていることを どのように理解すべきかについての議論が行われた。

    「パレスチナ研究班」第4回研究会

    概要

    • 日時:2010年11月27日(土)13:00~19:00, 11月28日(日)10:00~17:00
    • 会場:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所3階306
    • JCAS次世代ワークショップ「イスラエル/パレスチナ地域をめぐる総合知の育成  ―次世代研究者による知の蓄積と発信に向けて―」第一回準備研究会

    プログラム

      1. 細田和江(中央大学政策文化総合研究所準研究員)「「Ani Israeli運動」とイスラエルにおける「国籍」を巡る議論の変遷」
      2. 今野泰三(大阪市立大学文学研究科博士後期課)「ラビ・イェフダ・アミタルの思想と政治スタンスの変遷」
      3. 役重善洋(京都大学大学院人間・環境学研究科D1) 「「中東和平」プロセスにおけるキリスト教シオニズムとイスラエルの「ノーマライゼーション」」
      4. 吉年誠(一橋大学社会学研究科)「イスラエルにおける土地制度改革を巡る議論から」
      5. 武田祥英(千葉大学大学院修士課程)「第一次大戦初期英国における中東分割構想の検討」

    報告

    細田和江による報告は、「ウズィ・オルナン(Uzzi Ornan: 1923- )の活動とイスラエルにおける「国籍」を巡る議論: 独立宣言における「ヘブライ」と「ユダヤ」というタイトルであった。 報告はまず、イスラエルの「ユダヤ人」言語学者にして 活動家のウズィ・オルナン(1923− )の生い立ちとその活動を追い、彼の主張の変遷とその活動がイスラエル社会に与えたインパクトなどを整理した。 またイスラエルの独立宣言において「ユダヤ」と「ヘブライ」という、ユダヤ人を表すとされている用語の意味を考察し、 社会主義シオニズム思想が本来持っていた「ユダヤ」観と現代イスラエル社会の「ユダヤ」観の矛盾を問いただした。  発表後のディスカッションでは、イスラエルにおける「国籍」と「市民権」の法的定義や用例に関してより厳密かつ詳細にまとめるべきだ、 などさまざまな角度からの貴重な指摘を受けた。こうした指摘は京都で行われる公開シンポジウムでの発表に向け、非常に有意義であった。

    今野は親族や仲間の死が宗教右派入植者のイデオロギーを再考する契機となる可能性を考察する必要性を指摘した。 この問題意識に基づき、本報告では、「ラビ・イェフダ・アミタルの思想と政治スタンスの変遷」と題して、 宗教右派入植運動グッシュ・エムニームの指導者で、1980年代後半以降、領土返還を支持するようになったラビ・アミタルに着目し、 彼の思想と遍歴を考察する必要性を論じた。参加者からは、方法論上のアドバイスや質問があったほか、 ラビ・アミタルがグッシュ・エムニームに参加した経緯や、彼が創設したメイマド運動の活動方針や支持層の分布等も考察していく 必要があるとの指摘があった。

    役重は本発表でアメリカにおけるキリスト教シオニズムを植民地主義イデオロギーの一形態として歴史的に位置付け、考察した。 アメリカ自身、イスラエルと同様、「聖書」の民族主義的解釈を建国イデオロギーの不可欠な要素とし、西洋文明の前衛として、 自らの「征服」の歴史を位置づけている。そのことがイスラエル国家への自己同一化をもたらしていると考えられる。そのことが、 アメリカ主導の「中東和平」プロセスにおいて、パレスチナ人の民族自決権の形骸化と、イスラエルの「ノーマライゼーション」が 進められてきたことの背景にあると考えられる。そのなかでアメリカのキリスト教シオニズムが果たした役割について、 具体的な事例を通じて考察した。そこでは、キリスト教シオニストの政治的影響力が、 ユダヤ人シオニストとの協力関係のなかで発揮されてきたことが確認された。数千万人のオーダーで組織化されていると考えられる キリスト教シオニストは、「イスラエル・ロビー」の大衆動員という側面において中心的役割を果たしていると考えられるのである。

    吉年は本報告では、1990年代以降のイスラエルの土地制度とその改革を巡る議論、中でも土地の「私有化」の議論について、考察した。 その際、それらの議論が、パレスチナでの近代的土地制度の歴史的発展過程の中に位置づけられうるものであると同時に、 その制度の存在自体が生み出す多様な社会集団の意図や利害関係の中から結果として生まれたものであることを明らかにした。 出席者からは、「オスマン法からイスラエル法への転換の要因についてより深く論じるべき」、 「法自体ではなくその適応のされ方をより重視すべき」といった指摘がなされた。

    武田は本研究会で第一次大戦期の英国における対中東政策について報告を行った。これを扱う研究の多くは、 英国がパレスチナの確保を決めたことの背景に、シオニストの国家建設への努力が英国政治家たちに影響を与えたことがある、と強調してきた。 しかし報告者は本発表において、英国政府首脳がシオニズムへ関心を向ける以前に、オスマン帝国における戦後処理の仕方を巡って、 想定しうる諸事態とそのそれぞれに合わせた緻密な戦後構想が存在し、中でもオスマン帝国の領土的な解体と境界線の再画定を含む戦後処理政策案に おいては、実際に行われた「委任統治」政策に非常に近しいものがすでに存在していたことを指摘した。 こうした戦後構想を策定した大戦期初期の英国首脳の議論からは、1915年6月の段階で英国政府は戦後イスラームを中心とした民衆の結束に 大きな懸念を抱き、解体後のオスマン帝国諸地域の分断統治を行う方向に大きく舵を切っていたことが明らかとなる。 当時の政策諸案は、当然のことながらいずれも戦後における英帝国全体の利益を保持するために最適化されている。 本発表では、パレスチナ統治政策案が形成されるにあたって重要なファクターとなった、大戦期の英国政策担当者たちの対アラブ観、 対イスラーム観との相互関係から、シオニストに割り当てられた役割を再検証することの重要性を指摘した。

    2010年度第8回パレスチナ研究定例研究会

    概要

    • 日時:10月11日(月・祝)12:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所 大会議室(3F)

    プログラム

      1. 今井静(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程) 「パレスチナ問題におけるヨルダンの役割―湾岸危機からオスロ合意、対イスラエル和平条約まで」

    報告

     本報告は、パレスチナ問題の転換期であるオスロ和平前後の中東地域の状況について、ヨルダンの動向を中心に考察したものである。  ヨルダンは、パレスチナ問題の主要なアクターでありながら、オスロ合意によってPLOとイスラエル政府が相互承認を果たした後は、  パレスチナ問題の当事者としての研究の対象からは外れていた。そのため、本報告ではパレスチナ問題におけるヨルダンの役割が  どのように変化したのか、またその動向を決定した要因は何かという二つの問いを基に、  1990年の湾岸危機から94年のイスラエル・ヨルダン和平条約締結までの状況を考察の対象とした。

    報告者は、①PLOがパレスチナ人の代表機関として国際的な承認を得るようになったことで、 ヨルダン政府が西岸地区およびパレスチナ人に対する働きかけの正当性を失ったこと、 ②パレスチナ問題の存在を理由とする反イスラエル(または反米)の姿勢が、アラブ諸国の統一的な行動をもたらす要因としては 機能していないことが湾岸危機によって明らかとなったこと、の二点が1990年代前半のヨルダンの動向を決定したことを指摘した。 そのうえで、ヨルダンの役割がパレスチナ問題の当事者から仲介者に変化したために西岸地区よりも国内の統合に目を向ける必要が生じたこと、 そして、イスラエルに対する前線国家というそれまでアラブ諸国の中で担ってきた役割の重要性が低下したことで、 新たな役割を模索する段階にあると結論付けた。



    以上の報告に対して、出席者からは地域情勢におけるヨルダンの重要性はイスラエルとの友好関係を結んだ現在でも以前とは別の形で 継続していることや、対パレスチナ関係に加えて対イラク関係についても考察することで、当時のヨルダンの動向についてより深い分析が 加えられることなど、多数のコメントが寄せられ活発な議論が行われた。

    2009年度

    「パレスチナ研究班」第7回研究会

    概要

    • 日時:2010年3月21日(日) 12:00~17:00
    • 会場:早稲田大学早稲田キャンパス9号館9F、917号室アジア研究機構会議室

    プログラム

      1. 臼杵陽(日本女子大学教授) )「委任統治期パレスチナと周辺地域の共産主義運動」
      2. 長澤栄治(東京大学教授) )「エジプト共産主義運動とパレスチナ問題」

    報告

    臼杵教授の報告はパレスチナおよび周辺諸国における共産主義運動の展開を、 ユダヤ人とのかかわりに注目しながら明らかにしたものである。 対象時期としては英国委任統治期を中心に、1980年代にかけての変化が扱われた。 アラブ諸国において共産主義は、マイノリティ問題を映し出す鏡として機能し、 宗教・宗派を超えた連帯を生む可能性としての意義をもつ。だが一方で、資本主義が未発達な地域であるがゆえに、 運動の担い手は労働者や農民ではなく、一部の知識人層に限られがちである。 報告では映画『忘却のバグダード』(2002年)の冒頭部分が上映された。 そこに登場する4人のイスラエル在住イラク系ユダヤ人共産主義者と、在米アラブ系ユダヤ人研究者もやはり知識人だが、 彼らのプロフィールからは、イスラエルおよびイラクにおける共産主義運動とアラブ・マイノリティのあり方と変遷をうかがい知ることができる。 質疑では、パレスチナの抵抗文学における共産主義の位置づけや、イスラエル国内左派と共産主義者との関係、 パレスチナの他のマルクス・レーニン主義組織(PFLP、DFLP等)と共産党の関係、などが質問された。 また共産主義運動につらなるものとして、反シオニスト連盟の地域的広がりなどについてコメントがあった。 関連する論点としては、中東イスラーム世界での共産主義における無神論の問題、 また反シオニズム運動のなかでのイスラーム主義と共産主義の関係などが議論された。

    長沢教授の報告は、エジプトのユダヤ教徒知識人であるヘンリ・クリエルとアハマド・サーディク・サアドの思想と活動を通して、 エジプトにおけるパレスチナ問題と共産主義運動の展開を明らかにしたものである。報告は、近刊予定の著書の章立てに従い、 両氏の人物像とエジプト思想界における位置づけを紹介した後、活動歴を詳細に追う形で展開された。 クリエルはEMNL(Egyptian Movement for National Liberation)の創設者で、長期の国外追放生活を余儀なくされながら、 スーダンやアルジェリア独立闘争等ともつながって生涯を活動にささげ、エジプト共産主義運動に大きな影響力をもった。 これに対してサアドは、ナセル政権などによる長い投獄生活の後、共産主義、民俗学、イスラーム経済思想を含めた広い分野で多くの著作を残した。 エジプトでは1920年にエジプト社会党が結成されるが、すぐに政府の弾圧を受け、コミンテルンからの指示も受けられなかった。 1940年代に独ソ戦が始まると、イギリスの黙認のもと共産主義運動は復活するが、パレスチナ分割決議をめぐり1947年に運動は大分裂を起こす。 再統一を見るのはナセル革命後の1955年だが、その10年後にはエジプト共産党の解党宣言が出され、運動の国有化が図られた。 これら一連の流れの中で、議論の軸であり続けたのは、シオニズムへの解釈と、アラブ民族主義への対応の問題であった。 質疑では、一般の人々にアラブ人意識が芽生えた時期と契機や、運動を浸透させていく上でのエジプトの知識人層のあいだでのアラビア語使用能力、 エジプト社会におけるユダヤ人の位置づけなど、幅広い面からの質問が出された。(錦田愛子)

    「パレスチナ研究班」第7回研究会

    概要

    • 日時:2010年2月21日(日) 13:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室

    プログラム

      1. 錦田愛子(早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手) 「ヨルダンの国籍付与政策とガザ難民――パレスチナ難民の高等教育をめぐる現状と課題――」
      2. 飛奈裕美(京都大学アジア・アフリカ地域研究科博士後期課程) 「Meron Benvenisti(エルサレム市元助役)研究紹介」

    報告

    最初の報告は、ヨルダン・ハーシム王国在住のパレスチナ人のうち、例外的に国籍を付与されていないガザ難民に注目して、 ヨルダン政府による対パレスチナ政策、国籍付与政策、また中東における国籍・市民権概念について検討を加えたものである。 またその中でも社会的差別として大きな影響力をもつ教育という側面に焦点を当て、現地調査の結果に基づく現状分析をおこなった。 報告者はまず、在ヨルダンのパレスチナ人について、異動の時期に基づき分類・整理を行ったうえで、 それぞれのおかれた法的地位が異なる点を指摘した。次にそうした枠組みの中でガザ難民の位置づけを示し、 彼らが享受している人権の範囲を政治的、経済的、社会的側面に分けて明らかにした。 続いてガザ難民が集住するジャラシュ難民キャンプを事例としてとりあげ、 そこでUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)がおこなった調査結果に基づき、人々の生活状況や教育をめぐる困難な状況について説明をこころみた。 これらの内容を踏まえ、質疑では、ガザ難民の存在がヨルダン国内でどの程度知られているのか、 ガザ難民とムスリム同胞団やハマースとのつながり、UNRWA登録をめぐり経済的な条件は関係ないのか、 といった点について質問が出た。また1980年代半ばに日本外務省が難民支援の柱として、ガザ難民についての調査をおこなっていたというコメントなど、 今後の研究の展開に有益な論点・参照点の指摘が行われた。(錦田愛子)

    本発表では、2010年3月12~16日に来日する元エルサレム市助役のメロン・ベンヴェニスティ氏の著作を元に、 彼の経歴や思想を紹介した。1934年にサブラ(イスラエル生まれのユダヤ人)第1世代として生まれたメロン氏は、 イスラエル建国者のひとりであり地理学者としてヘブライ語の地図や教科書を作成した父親の影響を強く受けて成長した。 1971~79年にエルサレム市の助役を務め、その後、ハーバード大学で政治学の博士号を修めた。 1980年代以降、「西岸地区データ・プロジェクト」を主導し、イスラエル紙ハアレツのコラムニストとして活動した。
    メロン氏の思想は、サブラとしてのアイデンティティと父親の仕事の影響を大きく受けている。 メロン氏は、パレスチナ/イスラエル紛争を、同じ土地をホームランドとしてその排他的な支配を求めて争う親密な敵同士である 2つのコミュニティ間の紛争と定義している。彼は、イスラエルの左派は地理的境界線を引くことによってパレスチナ人とユダヤ人を 分離することを目指し、右派は圧倒的な力でパレスチナ人を抑圧あるいは追放することによって パレスチナ/イスラエルの地の支配を目指していると議論したうえで、自身は、左派とも右派とも距離をとり、 パレスチナ/イスラエルの地における2つのコミュニティの共存を目指すべきとする立場をとっている(二民族一国家案)。
    質疑応答では、(1)イェシーヴァ教師・イスラエル建国過程で重要な役割を果たした地理学者・シオニストである父親の思想的影響、 (2)二民族一国家案の実現に向けた具体案の有無、(3)イスラエル国内のパレスチナ人の問題解決に関して、 「存在する不在者」の由来と実態、(4)メロン氏がエルサレム市助役に選任された経緯や彼の思想とエルサレム市政の関係、 について議論が行われた。 (飛奈裕美)

    「パレスチナ研究班」第4回研究会

    概要

    • 日時:2010年1月9日(土)13:00~17:30
    • 会場:東京大学 東洋文化研究所 大会議室

    プログラム

      1. 清水雅子(上智大学)「パレスチナ政治の動態とハマースの政治参加」
      2. 武田祥英(千葉大学)「第一次大戦期のイギリス政府におけるパレスチナ政策の検討」

    報告

    本報告では、オスロ合意に反対の立場を取ってきたハマースが、なぜ合意に基づいて設立されたパレスチナ自治政府(PA)に 正式に参加したかを説明することで、「ハマースの全体的なビジョンの中で政治参加はどのような位置づけであり、 いかなるロジックで成立しているのか」という前回の研究会の議論での最後の問いに対しアプローチすることを目指した。 2006年1月の立法評議会(PLC)選挙は、反対派の参加による競争的選挙の成立に特徴づけられるとした上で、 ハマースの選挙への参加が決定した「カイロ宣言」に着目し、その締結に至る交渉過程(「カイロ対話」)をPA在任者と反対派(ハマース)による 交渉ととらえて分析を加えることとした。

    第1部では、PA設立以降のパレスチナ政治の動態、カイロ宣言に至る政治過程、宣言の内容を概観し、分析を加えた。 つづく第2部では、ハマースにとっての政治参加の位置づけ、不参加であった第1回PLC選挙の際の内部の争点、 その文脈でのカイロ宣言の意義について分析を加えた。第3部では、PA設立と国家・社会関係の創出、 国家に平行したハマースの社会事業と正統性の獲得、アクサー・インティファーダのダイナミクスに焦点を当て、 PA在任者とハマースの間のパワー・バランスの変化が、いかに交渉の開始と帰結を導いたかを分析した。 最後に、ハマースは、PA設立以降のパレスチナ政治の動態の中でPA在任者とのパワー・バランスが変化したことで開始された対等な交渉の中で、 ハマースの論理と一貫し、運動の分裂につながらない有利な合意を結ぶことができPLC選挙に参加したと結論づけた。 また、パレスチナ内部のダイナミクスの重要性を指摘した。

    質疑応答では、選挙への参加を選んだことにより政治部門以外のハマース内部でいかなる影響があったか、 ]国家を持たないにもかかわらず「パレスチナ政治」なるものは存在しうるのか、といった点に関して問題提議がなされ、 個人と組織の政治参加、ファタハ・ハマース関係でなくPA・ハマース関係として分析することの妥当性、 それらを議論する際の前提を提示する必要性、方法論的問題に関して指摘がなされた。(文責:清水雅子)

    この発表では、”Jew”を集団概念として捉えるシステムが構築されたプロセスを検証した。 大戦期の英国では、苛烈な排外主義による反ユダヤ主義の高揚があった。英国において大きな影響力を行使していた ”Anglo-Jewish Association”(以下AJA)の指導者たちは、差別的に”Jew”と呼ばれた人々-英国人やロシア・東欧系の移民-を団結させることで、 ”Jew”の英国への忠誠心を示し、差別に対抗しようと考え始めた。この際彼らは、内務省の監督の下、 長年嫌悪し続けたシオニストと協力体制を構築することすら厭わなかったのである。しかし長年指導的な役割を果たしてきたAJAが、 差別的状況への応答として”Jew”の団結を喧伝したことによって、皮肉なことに、人々の多様な在り方は排除されて ”Jew”という概念に包摂されてしまった。集団概念としての”Jew”-AJAが長年反対し続けてきたもの-の創出は、 AJAの存在無しには英国では成立しえなかったと考えられる。

    質疑において、当時のユダヤ人口はロシア帝国、東欧に集中しており、 英国やアメリカの既存のユダヤ人から見ればこれらの全く異質で貧しいユダヤ人たちが、 大挙として自分達の国にくるかもしれないということこそが脅威であるはずで、この点をどう議論に組み込むのか、 とご指摘いただいた。今回の発表では抜けてしまっていた所であり、今後の検証に反映していきたいと思う。(文責:武田祥英)

    「パレスチナ研究班」第3回研究会

    概要

    • 日時:2009年11月20日(金)16:00~18:00
    • 会場:東京大学 東洋文化研究所 大会議室

    プログラム

      1. 鈴木啓之(東京外国語大学)「オスロ平和プロセス概観ー内包された危機と残された問題ー」

    報告

    オスロ和平プロセスについて、その具体的な内容(1.)、開始や崩壊の要因やポスト・オスロと呼ぶことができる時期における和平交渉(2.)、 そしてオスロ和平プロセスに対する批判(3.)を具体的に見た。

    1.においては、1993年9月のオスロⅠ(原則宣言)署名から、2001年のタバ交渉までを概観した。 この箇所に関しては、オスロ和平プロセスはいつを終わりとして捉えられるかについて、 2000年勃発のアル=アクサー・インティファーダや1999年のシャルム・アル=シェイフ交渉を終結点として示すことができることの指摘が 会場よりなされた。

    2.においては、オスロ和平プロセス直前のマドリード和平プロセスにイスラエルやPLO、そしてアメリカを向かわせた要因を確認し、 さらにオスロ和平プロセスの崩壊について、プロセスそのものに内包された崩壊の要因、交渉当事者たちの抱える問題、 社会に蓄積された不満の3点から検討した。会場からは、入植地が建設された際にパレスチナ自治政府の警察はどのように動いたのかといった 質問が出された。また、被占領地に対する資金援助においてファタハのアブー・ジハードが果した役割、 1980年代にすでにイスラエルが被占領地において自治区への準備を行っていたとの事実、 パレスチナ自治政府が外交権を持っていないことなどについて指摘がなされた。

    3.においてはエドワード・W・サイードやマドリード和平プロセス関係者、 ハマースやなど和平プロセスの外に置かれた組織の代表からなされた批判について見た。 この箇所においては、パレスチナ人として個人を見ることに加え、その背景にある各組織としてのオスロ和平プロセスに対する 姿勢を見る必要性について指摘がなされた。

    全体を通しては、オスロ‘和平’プロセスという呼称についての指摘やこのプロセスにおける諸取り決めが未だに効力を保持していること、 占領の定義、国際社会におけるPLOの承認の時期などについて指摘がなされた。(鈴木啓之)

     「パレスチナ研究班」第2回研究会

    概要

    • 日時:2009年10月6日(火)16:00~18:00
    • 会場:

    プログラム

      1. 今野泰三(大阪市立大学文学研究科)「西岸地区とガザ地帯におけるイスラエル入植地の類型学」

    報告

    研究会の目的: 本研究会は、NIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点・研究グループ2・中東社会史班のメンバーを中心とする定例研究会として、 外部参加者を迎えて新たに発足された勉強会である。中東和平交渉における展望と新たな可能性を探るため、 若手や中堅研究者を中心に、基本的な問題の所在や論点について知識と考察を深めていくことを目的とする。

    本初回の報告では、シオニスト入植史という観点からシオニズムを理解するためのスタート地点として、 1967年戦争以降に、ヨルダン川西岸地区とガザ地帯に建設されてきたイスラエル入植地の、 戦略上の位置づけと性格別の類型化が行われた。報告者はまず、1980年代初頭の政治地理学者による研究の論点を整理した後、 それらの研究の問題点として、1967年戦争直後に始まったヨルダン渓谷での入植フェーズにおける、 宗教シオニストと修正主義シオニストの役割が十分に論じられていない点を挙げた。 その上で報告者は、これらシオニスト諸潮流の入植者グループが建設したヨルダン渓谷の入植地を調査し、 これらシオニズム諸潮流と当時の労働党政権の関係性を見直していきたいと述べた。 質疑応答では、水利問題、米国のキリスト教右派からの支援、ロシア系移民の流入、第一次インティファーダ、オスロ合意、 「壁」建設、大イスラエル主義イデオロギーなどの重要事象と入植地の関係性等について質問が投げかけられた。 さらに、政治状況などのコンテクストを踏まえて入植地問題を捉えることの重要性や、 グッシュ・エムニームの影響力や変質の過程を踏まえた議論をすることの重要性、 また、1947年分割案以降の入植地建設と1967年戦争で新たにイスラエルが占領した領土での入植地建設との比較検討の必要性などについて、 コメントがあった。

    「パレスチナ研究班」第7回研究会 ヤコヴ・ラブキン教授連続セミナー

    概要

    • 日時:7月16日(木)16:00~18:00, 7月19日(日)14:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室

    プログラム

      1. 7月16日(木): Is Judaism an Obstacle to Peace in Israel/Palestine?
      2. 7月19日(日): The Use of Force in Jewish Tradition and Zionist Practice

    報告

    ご自身も信仰深いユダヤ教徒であるラブキン教授は一般的に「ユダヤ人の国家」として報道されているイスラエルと宗教との関係が “逆説的なもの”であると説いている。ラブキン教授によると、ナショナリズムが強くなったヨーロッパで世俗ユダヤ人によって 提唱されたシオニズム運動はイスラエルという国家の誕生過程において重要な役割を果たしたものの、 この運動は当初から伝統ユダヤ教徒や西欧社会に高いステータスを得ていたユダヤ教徒に受け入れられなかったという。 そして以上の流れを汲む思想潮流は現在、イスラエルの在り方およびパレスチナ人との和平においてそれぞれ独自の見解を持ちえている。

    ラブキン教授は恒久平和の実現のために「二国家」解決ではなく、イスラエルが「シオニスト国家」から脱皮し、 ユダヤ人とムスリムとの共有の国家として再構築されるべきだと力説する。 しかしそれを妨げているのは特に1967年以降強力になったユダヤ人の「宗教ナショナリスト」勢力だけではなく、 米国に大きな政治力を誇示し、イスラエル「宗教ナショナリスト」を強く支持するエバンジェリカン派(福音派) キリスト教徒も同様に重要な役割を果たしている。逆に、伝統ユダヤ教徒はイスラエル国家像の再定義に大きく貢献する ポテンシャルをはらんでいると教授は強調する。