2013年度

国際ワークショップ「分割統治の政治学―中東、東アジア、南アジア比較の視点から」
TIAS International Workshop "Politics of Partition from a Comparative Perspective"

概要

  • 日時:2014年2月3日(月)15:00~18:15
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム

    • 15:00- Session(1)
      Prof.A.F.Mathew  "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"
       Associate Professor, Indian Institute of Management(IIM), India
       Report (40min), Discussion (20min)

    • 16:00- Session(2)
      Yu SUZUKI  "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
       Ph. D. Candidate, Department of International Relations, London School
        of Economics, UK 
       Report (40min), Discussion (20min)

    • 17:00-17:15  Tea Break

    • 17:15- Session(3)
      Hideaki TAKEDA  "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"
       Ph,D. Candidate, Graduate School of Humanities and Social Sciences,
        Chiba University, Japan

       Report (40min), Discussion (20min)

    報告

    "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"/A.F.Mathew
     マシュー氏は、1947年のインド・パキスタン分離独立以降のカシミールの歴史を概説され、「インド対パキスタン」という文脈で語られることが支配的言説となっているカシミール問題について、カシミールの人々を主体とする視点から見直す必要を提起された。インドとの間に交わされた政治的地位をめぐる住民投票実施の約束が反故にされるなど、印パ対立やヒンドゥー・ナショナリズムの興隆のなかで、この地域の住民の意思が無視されてきたことが指摘された。

    "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
    /Yu SUZUKI

     鈴木氏は、20世紀末、日清戦争に至る時期におけるイギリスの東アジア政策を外交文書や最新の研究動向から得られた知見をもとに分析された。従来の研究では、この時期のイギリスは清よりも近代化により素早く適応した日本を重視したという見解が強かったのに対し、対ロシア戦略の観点から場合によっては清の宗主権を認めるケースもあったことを指摘するなど、グローバル戦略のなかでこれまで考えられていた以上に臨機応変の判断を行っていたことが示された。

    "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"/Hideaki TAKEDA
     武田氏は、第一次大戦後のオスマン帝国分割案を議論したド=ブンセン委員会の議事録を分析し、イギリスの「勢力圏」に含むべき地域としてハイファが重要視されるようになった過程を明らかにされた。そこでは、モースルの油田地帯とハイファ港とをパイプラインでつなぐ構想が決定的な意味を持っていた。イギリスの石油政策が中東分割に際してもった重要性を再確認する報告であった。
    (役重善洋/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)

    2013年度第6回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2014年2月2日(日)15:00-19:10
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
        「重複する政治経済の転換点と転向方向:イスラエルと南アフリカ2つの新自由主義経済改革とその政治」

      2. 今井静(日本学術振興会特別研究員・立命館大学)
        「ヨルダンのシリア難民受入とその背景―社会経済的インパクトと国際規範をめぐって―」

    報告

     鈴木報告は、第二次世界大戦後のイスラエル政治経済と南アフリカ政治経済の発展、政策、制度の歴史を、世界経済のメルクマールを参照しつつ振り返り、もって両国の差異の比較のための分析視角を検討するものであった。
     しばしば比較されがちな両国であるが、その体制や政策はけして静的なものではなかった。本報告は、被抑圧民族の統合と分離をめぐる政策の決定要因の一つとして、両国経済を構成する各産業の比率や業種等各種特徴と、各種産業に対する、また経済全体に対する政府の政策・制度と、経済界=国家の相互作用を重視するものである。
     鈴木報告は、両国経済政策の、共時的通時的な共通性を指摘する。それにも関わらず明確な、統合と分離に関する、鮮やかなまでの落差の原因として、両国経済それぞれ固有の歴史ゆえの経済的特徴と社会的諸特徴、ならびにそれから影響を受けて策定される国家の産業政策が、示唆された。
     以上の報告について、参加者からは、両国政治に関する、先行する比較研究も参照すべきこと、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の統治に関しては67年以前と以降を明確に分けて分析の俎上にのせるべきこと、特にイスラエルに対しては外部から注入される、国家や各種団体からの資金に関し追求する必要があること等、本報告の目的を達成するために必要な作業の提起があった。あわせて用語の精緻化や、経済危機の要因と時期を明確にして行くことが必要であることが、指摘された。
    (文責:鈴木隆洋 同志社大学 博士後期課程)

     今井報告は、ヨルダンにおけるシリア難民受入のプロセスを追いながら、それが中東地域システムおよび国際システムの動態とどのように関わっているのかをコンストラクティヴィズムの国際関係論における規範の概念を用いて検討するものであった。
     1948年のナクバ以降、難民保護というかたちで地域政治に関わってきたヨルダンにとって、シリア難民の流入はどのようなインパクトや問題があり、それを解決するためにヨルダン政府がどのような対応を取っているのかが主な論点となった。そこでは、シリアにおける紛争の展開や難民流入の規模の変化に沿って、ヨルダン政府の関心が紛争の解決から難民問題への解決へとシフトしていること、UNHCRとの協力の下で保護政策が推進されていったことが明らかにされた。そして、難民保護のための人権規範や内政不介入の原則といった国際規範の遵守を表明することで、特定の立場を表明することなく諸外国からの協力を取り付け、自らの存立を危うくする可能性のあるシリアにおける紛争の拡大を防ぐという目的を達成しようとしていると結論付けられた。
     以上の報告について、参加者からはシリアからのパレスチナ難民の入国拒否といった保護政策の基本方針とは矛盾する対応の実態や、国内の社会的経済的インパクトの詳細、イラク難民との比較といった論点が提示された。また、本報告において規範の概念を適用することの是非やその手法についても議論が行われた。
    文責:今井静(日本学術振興会/立命館大学)

    国際ワークショップ「オスロ合意の代案とは何か―パレスチナ/イスラエルをめぐる一国家・二国家論争―」 International Workshop on Post-Oslo II"Alternative Plans for Oslo– Discussion over One-state and Two-state plans –"

    概要

    • 日時:2013年10月14日(祝)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム
  • *《10月14日(月・祝)》(12:30 開場)13:00-17:00
     司会:鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程)

    • 趣旨説明:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)

    • 講演「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)

    • 講演「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)

    • 総合コメント
      錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)
    • 総合討論

    報告

    「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
    ライラ・ファルサハ氏は、一国家案を理想主義ではなく、現実的に導入可能な解決策として論じた。一国家案は、イスラエル建国以前からある発想であり、歴史的に、誰からの支持があり、どのように提案されてきたのか述べた
    。 ファルサハ氏の提案する一国家案では、イスラエル・パレスチナ双方をまとめ、1つの民主国家として、全ての市民の平等な権利を保障する国家となる。国家の形態として、アメリカを例に挙げながら、各州が独自の法などを持つが、全体として1つにまとまることを目指す。そして、パレスチナ人の帰還権を認める。これは、必ずしもパレスチナ難民が帰還することではなく、パレスチナ人、イスラエル人双方の移動の自由、権利を認めることが重要であると主張した。
    ヨルダン川西岸やガザにおける抵抗運動で、求められているのは、独立国家そのものではなく、移動の自由など彼らの権利の保障である。ファルサハ氏は、権利の保障に単一民族の国家は必要ではないと論じる。そして、パレスチナの現状に関して、短期的に抑え込む事は可能だが、長期的解決にはならないとした。

    「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
    一方、ロン・プンダク氏は、二国家案が唯一の解決策であると論じた。
    始めに、彼は現在のイスラエル国家の存在が、迫害されてきたユダヤ人の心の拠り所となっていることを、彼の祖父が経験したポグロムや、プンダク家が辿った歴史を通して語った。
    プンダク氏の提案する二国家案は、国連決議242号を原則としている。国境は1967年ラインに設定、イスラエルによる占領を終結させ、西岸にある入植地は全て撤退する。彼は、ガザと同様、入植地の撤退は可能であるとする。二国家の形態として、例にベネルクスを挙げ、それぞれ独立した国家だが、協調して動くことができるものとした。
    二国家案を支持する理由として、境界がはっきりしているため、双方にとり脅威がなくなる、二つの国家として、通常に生活できる、一国家案は、イスラエルは建国の根本的な理念に反しており、代案には成りえない点などを挙げた。プンダク氏は、仮に一国家案が導入された場合、アナーキーに陥り戦争を招き、その結果二国家案に戻ることになるとした。そして、二国家案導入のための時間は限られており、可能な限り早く導入すべきとした。
    (文責:小井塚千寿 東京外国語大学 博士前期課程1年)

    総合討論
    当初の予定とは違い、プンダク氏の講演終了後すぐさまファルサハ氏が登壇し、プンダク氏の議論に疑問を投げかけることから全体討論は開始された。二民族の共存不可能性や国家が維持すべき(同質的)ナショナルアイデンティティの問題を理由に、ユダヤ人、パレスチナ人を単位とした民族国家建設を、パレスチナ紛争解決のための最良の方法とするプンダク氏の議論に対し、ファルサハ氏は、他国では両者が特に問題なく共存している現状について述べ、住民の多様な文化やアイデンティティへの尊重と自由が保障されるか否かが重要な問題であり、それを否定するシオニズム的思考こそが紛争解決の一番の障害であると論じた。さらに、既に不均衡な力関係が存在するパレスチナ/イスラエルの「一国家的現実」を鑑みるに、別々の国家ではパレスチナ人の権利や民族間の平等の達成は困難であるとするファサルハ氏に対し、プンダク氏は、一つの国家になることでパレスチナ人への差別が増大することへの危惧を示す。
    一方、コメンテーターの錦田氏は、プンダク氏のいう政治家本位の政治的「リアリズム」について民主主義の観点から疑義を呈するとともに、現実にはパレスチナ人難民が希望しているのは帰還という選択ではなく第一にその権利自体を求めていることを指摘した。その上で、住民の生活を包括的に保障する市民権概念などを基盤とした難民の権利保障についてまず議論すべきである。そのために、二国家論/一国家論という抽象的な論争ではなく、まず二民族共存のための具体的な個々の政策で両者の主張に共有できる部分を探ることはできないか。という建設的な共通の議論枠組みの構築に向けたコメントが寄せられた。これを受けて、議論は将来の国家像やパレスチナ難民の帰還を巡るテーマ等へと向かった。その中で、問題解決のための現実的・具体的議論を阻むシオニズムを批判するファルサハ氏に対し、今日のイスラエルの世論や政治状況を考慮した「現実的判断」からプンダク氏はパレスチナ難民の帰還について悲観的な見方を示すのであった。
    その他、フロアからも二人の講演者に対し、多数の質問が寄せられ、経済と占領政策や和平を巡る世論の関係、マジョリティの政治によらない民主主義、教育問題と社会意識などそのテーマも非常に幅広くまた深いものであった。このように講演者の二人を中心にコメンテーターやフロアを巻き込んだ非常に白熱した全体討論をもって、「オスロ合意再考」についての一連の国際ワークショップ最終日は締め括られた。
    (文責:一橋大学・社会学研究科・助手 吉年誠)

    国際ワークショップ「オスロ合意再考 ―パレスチナとイスラエルに与えた影響と代理案―」 TIAS International Workshop"Post-Oslo Process – Its Developments and Alternative Plans for Palestine and Israel –"

    概要

    • 日時:2013年10月12日(土)-13日(日)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム
  • *《第一日目:10月12日(土)》(12:45 開場)13:00-17:00
    司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)

    • 講演「オスロ合意から20年―成功か失敗か?当事者からの視点」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)

    • 講演「オスロ和平プロセス―解放なき革命」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)

    • 講演「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
      立山良司(日本エネルギー経済研究所客員研究員、防衛大学校名誉教授)

    • 総合討論

    *《第二日目:10月13日(日)》(12:45 開場)13:00-16:30
     司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
    • 講演「オスロの失敗後―帰還への闘いは続く」
      サルマーン・アブー=シッタ(パレスチナ土地協会代表)

    • 講演「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
      藤田進(東京外国語大学名誉教授)

    • 総合コメント 臼杵陽(日本女子大学教授)

    • 総合討論

    報告

    「オスロ合意から20年―成功か失敗か?当事者からの視点」
     一つ目の講演は、オスロ合意において実際にイスラエル側の交渉担当者であったロン・プンダク氏によるものである。プンダク氏の講演全体を貫く根本的な主張は、オスロ合意の原則はパレスチナ・イスラエルの和平にとって、今日でも重要な役割を果たしうるということであった。加えて、オスロ合意を雛形とした二国家解決案もまだ十分に可能であるという立ち位置を明確に表していた
    。  このような主張を唱えるプンダク氏は、まずオスロ合意以前の紛争の状況について言及し、パレスチナ、イスラエル双方が歴史的パレスチナ全土を領土とした自らの国民国家を形成するというナラティブを持っていた時代と表現した。そして歴史的パレスチナ全土を手に入れようとする二つのナラティブの対立から、それを二つに分けるという発想を明確化した段階として、オスロ合意を位置付けている。
     そして次にプンダク氏は、オスロ合意以降のいわゆる「オスロ・プロセス」について言及した。プンダク氏は、オスロ・プロセスの失敗の主因として、和平を実行する役割を担ったイスラエル政府が合意内容の履行を遅々として進めなかったことを挙げ、実際にオスロ合意締結以降のイスラエルの首相がオスロ・プロセスにどのような形で関与していったのかについて言及した。なかでも2006年から2009年まで首相を務めたエフード・オルメルトを、和平への情熱、その実行能力の両面から高く評価しており、和平の実現に最も近づいた時点であったという興味深い指摘を行った。
     このような形でプンダク氏は、オスロ合意そのものをある程度肯定的に捉え、その履行の段階において障害が生じたことが、オスロ・プロセスの失敗であったと明確に主張した。その上で、二国家解決案を急がなければ紛争を終結させることは出来ないとして、危機感も述べていた。発表後はフロアからの質問に答える中で、自身の兄弟が1973年の第四次中東戦争において亡くなったことに言及し、二つの国家と互いの信頼関係に基づいた和平の実現のために現状を変革することが重要であり、憎しみの過去を乗り越える必要が有ることを述べ、講演を締めくくった。
    (文責:京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 山本健介)

    「オスロ和平プロセス―解放なき革命」
     二つ目の講演はマサチューセッツ大学・ボストン校の准教授であるライラ・ファルサハ氏によるものである。ファルサハ氏は、オスロ合意について、特にヨルダン川西岸地区の情勢やパレスチナの祖国解放運動の文脈から講演を行った。
     ファルサハ氏は、これまでナショナルな単位としての「パレスチナ人」を承認してこなかったイスラエル政府が、PLOを正統な代表として承認したという点でオスロ合意は、1948年の第一次、1967年の第三次中東戦争に並ぶ大きな歴史的意義を有していると述べた。しかし、他方でオスロ合意はイスラエルによるパレスチナ人への占領政策を制度化(Institutionalize)するものであったとして強く批判した。特にオスロ合意以降、文字通り倍増した入植地をはじめ、分離壁、入植者へのバイパス道路、検問所などによって、パレスチナ自治区の領土的な分断が進行している現状を指摘した。
     そしてファルサハ氏の講演は、パレスチナの祖国解放運動の現状やパレスチナ/イスラエル紛争の解決へと展開していく。まずパレスチナの祖国解放運動については、パレスチナ自治区の外に住むパレスチナ難民の間でPLOの意思決定機関であるPNCの力を強化することを望む声があることに言及した。その上で祖国解放によってパレスチナ人が何を得ようとしているのかという点については、独立国家の設立よりも尊厳(dignity)の回復であると指摘した。
     そしてこのような祖国解放運動の現状から、パレスチナ/イスラエル紛争の解決については、先に述べたイスラエルの占領政策の結果として一国家の現実(One-state reality)が存在しているとし、一国家解決案の実現に一定の可能性があることを述べた。そしてこの一国家解決案を妨げる障害としてイスラエル国家の存続を譲らないシオニストと、一民族一国家の原則に固執し、二国家解決を和平の雛形とし続けている国際社会の存在に言及した。
     このようにファルサハ氏の報告では、パレスチナ祖国解放運動からパレスチナ/イスラエル紛争の現状を考察するという形を取っていた。イスラエルによる占領政策が現状としての一国家を形成しているという指摘は、現在アカデミアの分野で特に注目が高まっている一国家解決案の議論の前提として重要な指摘であろう。発表後はフロアからPNCを強化するための実際の手段やパレスチナ人の祖国解放運動への期待感などについて質問が集まり、前発表者であるプンダク氏からイスラエル政府の占領政策への立場等についての指摘もなされ、議論は盛り上がりを見せた。
    (文責:京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 山本健介)

    「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
     立山良司氏は、オスロ合意後に暴力のレベルが激化した事実に言及した上で、その背景を4つの観点から議論した。それらは、第1にオスロ合意に埋め込まれた構造上の非対称性とパレスチナの治安部門の機能不全、第2にイスラエルの安全保障ドクトリンと政軍関係、第3にユダヤ人入植者による暴力、第4に米国主導のパレスチナ治安部門改革の消極的影響である。そして、こうしたオスロ和平プロセスにおける問題から学びうる点として立山氏は、第1に強固な保障を伴う和平プロセスの明確な目標の設定、第2に頑健な国際社会のプレゼンス、第3に包摂的な和平プロセス、これらの重要性を指摘した。質疑応答では、特にロード・マップ和平案は目標を明確に設定したにもかかわらず和平に結び付かなかったのではないかとの問いが寄せられ、立山氏からは、この3点は和平プロセスを実効的なものとする十分条件ではなく、また、この3点をどのように実施するかが重要であるとの返答が行われた。和平プロセスにおける暴力の問題を、各要因の相互作用に着目しながら多角的に分析した本報告は、オスロ合意から20年を機にこれまでの交渉の教訓や今後について考える本シンポジウムにとって非常に貴重な報告であった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    総合討論
     シンポジウム1日目の全体討論では、報告者に対して多岐にわたる内容の質問が寄せられた。まず、ロン・プンダク氏への質問として、和平プロセスにとってオルメルト・イスラエル政権時が相対的に良好だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、カーター米政権が他の米政権より中立的だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、二国家解決のイメージはエリートのレベルの議論ではないか、西岸の壁はイスラエル側でテロ対策と言われることもあるがその考えでは理解できない側面があるのではないか、などの質問が寄せられた。ライラ・ファルサハ氏に対しては、パレスチナ人内部の水平的・垂直的な分裂が大きくなる中でイスラエルとの交渉を続けることはいかにして可能か、などの質問が投げかけられた。また、立山良司氏に対しては、パレスチナとイスラエルの国際法上の地位の違いや占領の問題はどのように論じられうるのか、などの質問が寄せられた。全体として、フロアからの質問はオスロ和平プロセスにおける問題の多様な側面を捉えており、また報告者同士での補足や反論も行われ、オスロ合意から20年を機に和平プロセスのこれまでの経緯や今後を考える本シンポジウムにとって非常に意義深い討論となった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    「オスロの失敗後―帰還への闘いは続く」
    アブー=シッタ氏の講演は、まず前半で、難民一世としての自身の経験およびこれまでの調査研究で集積してきたデータにもとづき、パレスチナ人にとってナクバのもつ意味が語られた。とりわけ、虐殺をともなった周到な追放作戦によって、イスラエル建国前にすでに多くのパレスチナ人が難民とされていたことが強調された。後半では、難民の帰還が物理的に実現可能であることが、現在のイスラエルの土地利用状況にもとづき、説明された。パレスチナ難民の故郷の村の土地の多くが、軍用地とされている以外には、現在もほとんど利用されていないため、パレスチナ難民の多くが帰還したとしても、イスラエルに暮らすユダヤ系住民の生活に大きな影響を与えずに済むという結論が示された。100~150万世帯の難民の帰還を実現するための住宅建設に要する年数を試算したところ、6~7年で完了できることが分かったとも言う。もちろん、こうした計算の前提には、政治的条件が許せば、という高いハードルがあることは言うまでもない。しかし、破壊された村の家一軒一軒の所有者を、難民コミュニティのネットワークを頼りに特定していくという膨大な作業データの蓄積が、アブー=シッタ氏の言葉に強い説得力を持たせていることは否定できないように感じた。

    「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
    続いて藤田氏は、パレスチナ難民の記憶の中に生きる「共存の歴史」に焦点を当てた講演をされた。ガザのジャバリア難民キャンプに暮らす画家ファトヒ・ガビンによる1983年の作品「Legacy」(http://www.palestineposterproject.org/poster/heritage)に示された牧歌的なイードの様子に、1948年以前の伝統的な生活とその継承を見るだけでなく、ジャバリア・キャンプの住民の多くがヤーファー出身であることから、イスラエル建国直前まで、両民族の「共生」が持続していたヤーファーのマンシーヤ地区における「平和」の記憶を読み取ろうとする解釈は、とりわけ印象深いものであった。この解釈は、パレスチナ難民の帰還要求を、「民族的要求」としてだけではなく、イスラエルのユダヤ人との共生を求めるパレスチナ人の未来へのヴィジョンとして捉えるものとして重要であるように感じた。藤田氏は、ガビンの絵と共に、破壊されたガザの難民キャンプの写真を示し、共生の可能性がオスロ合意以降、ますます難しくなっていることを示唆しつつも、イスラエルやアメリカのユダヤ人活動家が、被占領地を訪ね、パレスチナ人とともに、占領に抗議する行動に参加していることにも触れることで、新しい世代による「ポスト・オスロ」の可能性にも触れられた。 (文責:役重善洋(京都大学人間・環境学研究科博士後期課程))

    総合コメントおよび総論
    <臼杵氏によるコメント>
    結論から先に述べると、オスロ合意は失敗であった。ノーベル平和賞を受賞するほど世界的に注目を浴び、一時的に人びとに希望をもたらしたものの、当初から現実にそぐわない一方的な内容に終始し、内部からの批判の声も多く挙がっていた。失敗に終わった最大の原因は、恒久的な平和構築のためにイスラエルが努力を払わず、双方向の対話が成り立たなかったことであろう。 合意締結から20年を経た今、和平の前提とされた二国家解決案についても再考の必要がある。本ワークショップはパレスチナとイスラエル双方の生の声を聞くよい機会であり、一部の研究者の間で提言されている一国家解決案の可能性についても、模索すべてきであろう。
    <総論>
     オスロ合意自体、和平交渉としては失敗であったことはあきらかであるが、対話のきっかけを作ったという点は評価できる。また、忘れてはならないのは、オスロ合意が失敗したとはいえ、そこからはじまった和平交渉はまだ続いているのだという事実である。ただし、和平交渉を今後も続けてゆくためには、いまだにパレスチナ自治区をイスラエルが実質上占領し、植民地主義的支配が再生産されてゆくという悪循環をいかにして変えてゆくのか、国際法に照らして考える必要がある。入植地問題の解決や、現在権力が二分されてしまっている自治政府の統合など、今後パレスチナ・イスラエル双方に課せられた課題は多い。入植地問題を解決するには、西岸のみならずエルサレムの帰属を明確にする必要がある。イスラエル政局におけるリーダーシップの欠如も、和平交渉の大きな妨げとなっている。また、政教分離のありかたや、難民帰還権の是非、民主国家の定義も再考すべきであろう。そしてなによりも重要なのは、同じ人間同士として、平和に共存するためのシステムづくりを、ともにおこなわなければならないということである。日本人は公平な第三者として、その手助けをいかにしてゆくか、引き続き考えてゆかねばならない。

    2013年度第3回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年7月20日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 濱中新吾(山形大学地域教育文化学部准教授) 「アラブ革命の陰で:パレスチナ人の国際秩序認識に反映された政治的課題」
      2. 武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)「第一次大戦期英国における「ユダヤ教徒」像と自由党の変容のパラレルな関係について」

    2013年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年5月19日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科 博士後期課程) 「パレスチナの抵抗運動における暴力と非暴力-第一次インティファーダとアル=アクサー・インティファーダの比較から-」
      2. 江崎智絵(防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)「オスロ・プロセスの政治過程分析―和平交渉の挫折とそのインパクト」

    報告

    オスロ・プロセスの政治過程をスポイラーの要因から分析した江崎智絵報告と二つのインティファーダを 暴力と非暴力の観点から比較した南部真喜子報告は広い意味での政治学的な研究の新たな世代の登場を予感させる報告だった。 そもそも、日本におけるパレスチナ研究にしろ、イスラエル研究にしろ、 政治学的な分析は若干の先行者を除いてこれまで相対的に弱体であった。 しかし、江崎報告はスポイラーという分析概念を使ってモデル化にそれなりに成功しており、 さまざまな事例への適用の可能性を示唆するものであった。 また、南部報告は抵抗運動というコンテクストにおける武装闘争を含む暴力の政治的な意味を再考させてくれる絶好の機会を提供してくれた。 インティファーダ研究は若手研究者の間で徐々に盛んになりつつあるが、これまで一テーマ=一研究者という、 ある種の「独占」状態が崩れつつあり、いい意味で競争の原理が導入されることになり、パレスチナ研究自体の深化を感じさせる。 いずれにせよ、両報告は政治学的なアプローチからの現代パレスチナ研究の最前線を示す刺激的なものであったし、 また活発な議論からも多くのことを学ぶことができたことを最後に特に記しておきたい。(臼杵陽/日本女子大学)

    2013年度第1回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年4月20日(土)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程) 「紛争後の制度構築における国際社会と国内政治の力学:パレスチナ自治政府の制度改革と分裂をめぐる政治過程」
      2. 近藤重人(慶應義塾大学法学研究科政治学専攻博士課程)「サウディアラビアの石油政策とパレスチナ問題、1945年―1949年」

    報告

    新進気鋭の若手研究者による研究報告2本であった。清水報告は現在のパレスチナ自治区における国家建設の問題に対して政治理論的アプローチを行ない、 近藤報告は第二次世界大戦直後のサウジアラビアのパレスチナ問題への対応を石油問題との関係で論じたものであった。 二つの報告はその研究対象の性格を反映して実に対照的な論じ方であった。前者は政治理論に傾き、後者は実証的研究への志向性が顕著であった。 質疑応答もおのずから、清水報告では利用されている諸概念がパレスチナの現実の具体的事象にどのように対応しているのかが焦点となり、 近藤報告ではより具体的な事実関係に質問が集中した。清水報告では欧米地域の分析で提唱された理論的枠組みが中 東政治にどのように適用できるのかという抜本的問題を提起したわけであるし、近藤報告では大戦後のサウジ王家の政治における 政策決定過程がいかに行われたかという未知の領域への研究の可能性を示唆したという意味で、 実に楽しい「頭の体操」になったというのが率直な感想である。(臼杵陽/日本女子大学)