◆広島会場


2017年[バルフォア宣言100年、占領50年]に、
 パレスチナ/イスラエルの過去と現在を考える


  • 日時:2017年7月9日(日)(13:30開場)14:00開始 17:00終了
  • 会場:「ひと・まちプラザ」マルチメディアスタジオ
       (アクセス http://www.cf.city.hiroshima.jp/m-plaza/kotsu.html

  • 講演タイトル:『英国とパレスチナ:バルフォア宣言から現在まで』
             アヴィ・シュライム
  •  
            『個人目線から語る占領』
              ハリール・ナハレ

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
         (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
  • 共催:広島-中東ネットワーク
  •     科研費基盤B「中東・ヨーロッパ諸国間の国際政策協調と移民/難民の移動
        に関する研究」(研究代表者:錦田愛子、課題番号17H04504)

  • 言語:英語(日本語逐次通訳付き)


報告書

 
 アヴィ・シュライム (Prof. Avi Shlaim)氏は『英国とパレスチナ:バルフォア宣言から現在まで』("Britain and Palestine: From Balfour to the Present")という演題で、パレスチナ問題に対する英国政府の対応とイスラエルによるパレスチナ占領の不合理について語った。バルフォア宣言とは、ユダヤ人の民族郷土をパレスチナに建設することに対する英国の賛意表明である。「バルフォア宣言当時、パレスチナ住民の90%はアラブだった。シオニストが2000年以上も前の話を持ち出して民族郷土建設を進めていったことは、国際法に照らせば明らかに違反だ」とシュライム氏は聴衆にわかりやすく説明を行なった。
 さらに、シュライム氏はバルフォア宣言に「『パレスチナに住む非ユダヤ人コミュニティ(the non-Jewish communities in Palestine)』の市民権、宗教的権利を害さないこと」という内容が併記されていたことにも言及し、英国政府はパレスチナ人のこれまでの受難に対して責任を微塵にも感じておらず、為政者のなかに植民地主義的な考えが今なお根深く存在していることを厳しく指摘した。2017年4月にシュライム氏を含む1万人もの人々がバルフォア宣言に対する謝罪を英国政府に要求した際にも、同政府は「謝罪するつもりはない」との返答を寄せ、そのなかに『パレスチナに住む非ユダヤ人』というアパルトヘイト的表現が再び認められたという。
 ハリール・ナハレ氏(Dr. Khalil Nakhleh)は、『個人目線から語る占領:進行する土地支配』("My Personal Narrative of Occupation: The Ongoing Control of the Land")というテーマで講演された。講演の中心は、故郷であるガラリヤ地方北部のアッラーメ村をイスラエル軍に占拠されたナハレ氏の幼少期の体験である。オスマン帝国時代よりアッラーメ村の人々は宗教、宗派関係なく平和に共存していたが、イスラエル軍が1948年10月に行ったヒーラーム作戦によって状況は一変した。ナハレ氏の生家はイスラエル兵に占拠され、父、身重の母、そして5人の子供たちは強制退去を余儀なくされた。その日以降、アッラーメ村はイスラエルから軍事統治され、自らのリーダーを選ぶ権利を奪われ、監視や移動の制限など不当な行為を受けており、その苦難は今日まで続いている。
 ナハレ氏は講演の冒頭で、ユダヤ人とパレスチナには「論争的」な歴史やナラティブ(説話)があり、それらはそれぞれの立場にとって等しく正統性を持つものであると語った。ゆえに、イスラエル・パレスチナ紛争の起源について、「論争的」な歴史やナラティブによって導出すれば行き詰まってしまうという。ナハレ氏は、パレスチナ問題に対して正義の実現と倫理的な修正が実行されるその日まで、ナクバ(大災厄)を経験した自身の体験を記録し伝え続けていくと聴衆に語った。
 質疑応答では「パレスチナはなぜユダヤ人にとって約束の地なのか」という素朴な疑問から、パレスチナ問題を解決するために二国解決を支持するのかということについて、シュライム氏にさらなる説明を求める声があった。ひとしきり質疑が終わった ところで、ナハレ氏から「なぜ、日本人はプロ・シオニスト政権である安倍政権を支持するのか」というストレートな質問がフロアに対して投げかけられた。フロアからは「日本人はパレスチナ問題に対してあまりに無知だから」「今の東アジアの安全保障状況を考えると、米国に追随する以外の方法がないから」などと、広島市民という視点ではなく、あくまで日本国民という立場から答える市民の姿が印象的であった。

(文責)九州大学比較社会文化学府博士課程後期・田中友紀