◆東京会場


"第三次中東戦争から50年――占領がもたらした影響"



  • 日時:2017年7月2日(日)(12:30開場)13:00開始 17:00終了
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 福武ラーニングシアター(福武ホールB2)
       (アクセス http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/access/index.html)
       東京都文京区本郷7-3-1

  • 講演タイトル:『イスラエルにとってのパレスチナ占領―1967年から2017年の変化』
             (アヴィ・シュライム)

           『パレスチナにとって占領されることの意味』
             (ハリール・ナハレ)

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

  • 言語:英語(日本語同時通訳付き)

  • 参加費:無料

  • 事前登録制:ご参加希望者は、通訳レシーバーのご希望の有無を添えて、
             以下のメール・アドレスまでご連絡願います。(当日受付あり)
             連絡先 aa_nihu_eventtufs.ac.jp


報告書

 
 アヴィ・シュライム氏「イスラエルにとってのパレスチナ占領:1967年から2017年の変化」

 アヴィ・シュライム氏による報告は、占領者となったことでイスラエル社会が被った影響を、歴史的な経過を追って指摘する示唆に富むものであった。まず、報告の内容について要約し、最後に私見を述べたい。
冒頭では、1967年の「六日間戦争」(第三次中東戦争)が、シュライム氏自身によっても個人的なトラウマであったことが紹介された。氏の言葉を借りれば、イスラエル軍は「イスラエル国防軍」(Israel Defense Force)から、「野蛮な植民地主義勢力」(Brutal Colonial Power)へと豹変した。ただし、その後のイスラエル政治を特徴付けるかに見えた「拡張主義」(expansionism)は、「六日間戦争」の動機ではなく、戦争の結果であったと指摘する。イスラエルが関与した戦争には、第一次中東戦争(1948年)のように選択の余地なく行われたものと、第二次中東戦争(1956年)やレバノン戦争(1982年)のように、イスラエルが自ら選択した戦争が存在する。そのなかで、1967年の「六日間戦争」は、その両者の性格を併せ持ち、また中東地域の紛争において、大きな転換点となった出来事であった。シリアとエジプトに対しては、政治的譲歩を引き出すことが叶えば、占領したゴラン高原とシナイ半島をそれぞれに返還する選択肢が当初から存在した。一方で、西岸地区とガザ地区の扱いが政権内部でも議論の焦点となった。1977年にイスラエルに成立したリクード政権は、ジュネーブ第四条約に照らして違法な民間人入植地を地域全体に広げることで、支配の既成事実化を進める。1978年のエジプトとのキャンプ・デーヴィッド同意においても、西岸地区とガザ地区の扱いは変化しなかった。
 シュライム氏は、自著のタイトルにもなっているウラディミール・ジャボティンスキーの「鉄の壁」(iron wall)の論理を、①壁の後ろにユダヤ人国家を確立し、②周辺国がこのユダヤ人国家の存在に異議を唱えなくなった段階で譲歩を引き出すために交渉を行う、という二段階で紹介した。そして、この第二段階にイスラエルの歴史上はじめて臨んだ首相が、イツハク・ラビンであったと指摘する。すなわち、ラビンによるオスロ合意の締結と、重要事項(入植地の処遇、エルサレムの帰属、国境の画定など)の棚上げである。オスロ合意後の和平交渉は2000年に崩壊するが、シュライム氏は、自身の見解として「入植地」が和平崩壊の第一の要因であると述べた。そして、2006年のパレスチナ議会選挙におけるハマース躍進に対する反応と、2008年から3回にわたったガザ地区に対する攻撃によって、現状のイスラエル政府は、史上もっとも右派的で人種主義的なものとなっていると非難を隠さない。
最後にシュライム氏は、占領によってイスラエル社会が被った影響はあらゆるレベルで否定的なものであると述べて、議論を総括した。すなわち、非積極的な意味でのナショナリズムの深刻化、人種主義的な態度の蔓延、治安産業の拡大(イスラエルで見られるアラビア語学習熱と、アラビア語学習者による治安産業への就職)、イスラエル国会(クネセト)での入植地に対する過度な優遇などである。こうした課題に対して、イスラエル国内では労働党(野党)の右傾化もあって、変化が実現されるとは考えにくく、現状に変化が訪れるとしたら外部からであろうと指摘し、「こうした悲観的な見方で議論を締めくくるのは残念だ」と述べて報告を終えた。
 以下は私見であるが、現代イスラエル社会が抱える問題を、この50年間の歴史的な経過から浮かび上がらせるシュライム氏の議論は精緻であり、一方で結語では自身の見解を隠さずに述べる点に、研究者としてのシュライム氏の誠実さが表れていると感じられた。シュライム氏は、イスラエルで兵役についた経験を持つ一方で、そのイスラエル社会を批判する視点を持ち合わせるなど、対象との「間の取り方」に優れた特徴を見せる。特に、イスラエルの建国に関わる1948年当時の歴史や、ヨルダンとイスラエルの秘密交渉などに関するシュライム氏の研究は、パレスチナ/イスラエル研究を専門としない者でも、歴史的な視座の置き方、対象との距離の取り方について、深い示唆を与えてくれることだろう。シュライム氏は、日本語で出版された自著『鉄の壁』(ハードカバー・2冊本)の読者に向けて、こうも言っている。「ご購入頂いた皆さまに心からお願いがあります。・・・足を怪我しますから、決して本棚から落とさないでください!」。シュライム氏の絶妙な「間の取り方」はジョークにも一役買っているようであり、会場は大きな笑いに包まれた。

(鈴木啓之 日本学術振興会特別研究員PD)