2019年度

2019年度第5回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年1月13日(月・祝)13:00~18:00
  • 会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム
    (アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
      文京区本郷2-14-10
    *最寄り駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分
     / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分
    ※当日は祝日ですので、建物入口で3階の部屋番号を押して開錠をお願い致します。

  • ◆報告1:今野泰三(中京大学国際教養学部准教授)
        「宗教的シオニズムの組織化に関する歴史的考察――カリッシャー著『シオンを求めて』
        刊行(1862年)からミズラヒ結成(1902年)まで」(仮題)

  • ◆報告2:武田祥英(共立女子大学非常勤講師)
        「第一次大戦期英国におけるユダヤ教徒の状態-バルフォア宣言を再検討する観点
         から-」(仮題)


  • ◇主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

報告

第1報告 今野泰三(中京大学国際教養学部准教授)

「宗教的シオニズムの構造的基盤に関する歴史的考察:ハ・ミズラヒとハ・ポエル・ハ・ミズラヒという2つの組織」

 今野泰三氏(中京大学)の報告は、1970年代以降に顕在化していった宗教的シオニズムの性質に関して、それ以前の時代に構築された構造的な基盤に着目して明らかにしようとするものであった。本報告での構造的な基盤という言葉は、グーシュ・エムニームや宗教的シオニストに関する著名な研究者であるエフード・スプリンツァクが提起した「氷山の一角」論——すなわち、グーシュ・エムニームのような運動の台頭を下支えした社会的・政治的なサブカルチャーまでを考察することが宗教的シオニズムについて理解する上で重要であるという考え方——に着想を得ていると述べられた。今野氏は、そのような「氷山」を探る作業の一環として、ハ・ミズラヒ(1902年結成)とハ・ポエル・ハ・ミズラヒ(1922年結成)という二つの組織を取り上げ、それらの運動が果たしてきた役割や、その志向・性格における差違などを具体的に論じた。こうした分析を通じて、宗教的シオニズムが当初から多元的・応答的・相対的な性格を持ってきたことが明らかにされた。
 質疑応答のなかでは、本報告で扱われた20世紀初頭の事例がどのように1967年以降の展開に結びついているのかという点や、「ミズラヒ」という単語が宗教的シオニズムの諸潮流で頻繁に用いられる組織名になったことをどう捉えるのかといった点について質問が出された。さらに、近代における宗教とナショナリズムの関わりという、より大きな視点から共時的な比較を行う必要性も提起され、総じて活発な議論が交わされた。

文責:山本健介(日本学術振興会 特別研究員(PD))


第2報告 武田祥英(共立女子大学非常勤講師)

「第一次大戦期英国におけるユダヤ教徒の状態:バルフォア宣言を再検討する観点から」

 武田祥英氏の報告は、英国政府やシオニストを扱った諸研究と英国ユダヤ教徒社会全般に関する研究を架橋することで、バルフォア宣言の策定・公表過程を再検討するものであった。分析のなかで武田氏が特に着目したのが、英国ユダヤ教徒合同外交委員会(Conjoint Foreign Committee of British Jews, CJC)である。CJCの活動は1915年に転換期を迎え、シオニストと協力してパレスチナ政策をプロパガンダとして利用する方針を採択した。すなわち、主に米国を英国側陣営に引き入れるべく、米国ユダヤ人にシオニストと協力して働きかけを行った。しかしながら、英国ユダヤ教徒を代表するかのようなCJCの動きに対してその上部組織である英国ユダヤ教徒審議会(Board of Deputies of British Jews)において1917年6月に非難決議が採択されるに至る。この点から武田氏は、バルフォア宣言につながる政策が、英国のユダヤ教徒社会を蔑ろにする形で発展した過程を指摘した。
質疑応答では、Jewsを「ユダヤ教徒」と訳出することの問題性がまず焦点となった。すなわち、当時の社会的文脈を考慮するに、「ユダヤ人」、または「ユダヤ」と訳出すべき箇所が多くあったのではないかという指摘が複数なされた。また、米国へのプロパガンダを主な誘因としていたという分析には、より多角的な視座からの再検討、または議論の補強が必要であろうとの提起がなされた。さらに、バルフォア宣言100周年を迎えた2017年に多数の研究書や概説書が新たに刊行されたことを踏まえれば、そうした新しい研究成果との照らし合わせも不可欠であることが指摘された。このような批評に対して武田氏は、収集済みの一次資料などに依拠して応答を行い、学術的示唆に富んだ議論が交わされた。

文責:鈴木啓之(東京大学)


講演会「難民危機とシリア紛争のその後――ドイツの経験から学ぶ難民受け入れ」

概要

  • 日時:2019年11月2日(土)(12:30開場)13:00開始 18:00終了
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 地下ギャラリー1
    (アクセス https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/iirc/ja/access.html
      東京都文京区本郷7-3-1
    *最寄り駅は地下鉄丸の内線・地下鉄大江戸線「本郷三丁目駅」など

  • ◇参加費:無料
    言語:英語、アラビア語、ドイツ語(日本語逐次通訳付き)

  • 事前登録制:ご参加希望者は、以下のサイトから参加の申し込みをお願いいたします。
    (先着順、定員60名)https://kokucheese.com/event/index/581983/

  • ◇講演者紹介
    ・ムハンマド・ジュニ氏(34歳、男性) 移民/難民の青少年を支援するNGO「BBZ」でスタッフとして働く。本人もレバノン(サイダ市)から移住し、後にドイツ国籍を取得。

    ・アイハム・バキール氏(21歳、男性) 欧州難民危機でドイツに来たシリア人、ドイツで庇護申請をして難民認定を受ける。BBZの支援プログラムに参加。

  • ◇招聘企画の趣旨 2015年の欧州難民危機は、中東地域における紛争が、ヨーロッパを含めた他の地域とも不可分であることを改めて印象づけることとなった。なかでもドイツはEU諸国の中でもっとも多くの難民を受け入れたが、その大半は紛争の悪化を受けて移動したシリア難民であった。メルケル首相の積極的な受け入れ表明後、ドイツでは行政と市民運動の協力が進み、受け入れた難民を経済に活力をもたらす人材として統合を促す努力が続いている。 他方で日本は難民認定がきわめて厳しく、認定率が1パーセントに満たないことで知られる。シリアからは、伊勢志摩サミットを前に安倍晋三首相が、5年間で150人を受け入れる計画を発表したが、そのうち100人はJICA(国際協力機構)の担当であり、国際協力として位置付けられている。長期的な滞在を視野に、難民を社会の一員として受け入れていくという発想はまだ乏しい。> こうした背景の違いがある中、日本はドイツの経験から何を学ぶことができるだろうか。この度は、ドイツのベルリン市内Trumstraßeに事務所をもつ移民/難民の青少年支援NGO「BBZ(Beratungs- und Betreuungszentrum)」から、活動に関わるボランティア・スタッフと、活動参加者のシリア人をお招きし、話を伺う。シリアでの紛争の経験、そこから移動しドイツにたどり着いた経緯、庇護申請の手続き、必要とされる支援の内容やあり方などについて、実態を当事者からお話し頂く貴重な機会となる。

  • ◇主催:科研費・国際共同研究加速基金「ドイツのアラブ系移民/難民の移動と受け入れに関する
        学際的研究」(研究代表者:錦田愛子)課題番号16KK0050
     共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

 2015年の欧州難民危機で、EU諸国の中で最大の難民受け入れ国となったドイツの経験から、日本は何を学ぶことができるだろうか。この趣旨のもと、本講演会では、ドイツのベルリン市内に事務所を持つ移民/難民の青少年支援NGO「BBZ(Beratungs- und Betreuungszentrum)」の活動に関わるボランティア・スタッフのムハンマド・ジュニ氏、ならびにシリア紛争の悪化を受けてドイツに渡ったBBZ活動参加者のアイハム・バキール氏からお話をうかがった。  まず、講演者を招聘した錦田愛子氏の趣旨・背景説明では、2015年9月にドイツのメルケル首相は、難民が最初に到着したEU諸国で難民申請をするというダブリン協定の適用を事実上停止したことを背景に、ドイツが多くの難民を受け入れるに至った経緯や、各国の難民受け入れ状況について統計を基に説明した。続いて、難民がドイツ到着後に行う庇護申請の手続きでは、提出書類がすべてドイツ語で書かれ、ドイツの法律の知識が必要とされるために、ドイツ語が分からない難民への支援をNGOが担っている様子を説明した。
 アイハム・バキール氏(1998年アレッポ生まれのシリア人)は、個人的体験に基づき、故郷であるシリアとの別離、ドイツ到着後の庇護申請の手続き、人種差別を受けた体験を中心に語った。アイハム氏はまず、叔母の病気見舞いを目的に、2週間の予定でレバノンに行ったはずが、シリア紛争悪化の影響で、故郷に帰れなくなった時の無念の思いを語った。シリアでの家やベット、家族や友人との日常、学校教育を突然喪失したと同時に、労働環境が悪いレバノンでは、長時間労働をしてもレバノン人の賃金の半分しか得ることができない現実に直面した。同じ頃、祖母がレバノンよりも治療費が安い欧州で、がんの継続治療の申請をしていた。約1年後、イタリア政府が祖母の治療の受け入れを表明したため、シリアに残っていた父以外、家族でイタリアに渡った。アイハム氏は家族とイタリアで2週間滞在した後、ドイツに向かった。そこで、シリアから地中海を渡ってドイツに到着した父と、1年半ぶりに再会することができた。父が地中海を渡っていた3日間、連絡を取ることができず、父は死んだのではないかと心配した。父との再会は嬉しかったが、自分とシリアとのつながりが断絶されてしまったと感じて悲しかった。
 アイハム氏がドイツでの新たな生活で最初に収容されたのは、軍事キャンプのような場所であり、6人の家族が一部屋で生活しなければならなかったと語る。キャンプから移動する場合には事前申請が必要とされ、シャワーと食事の時間が決められ、トイレやシャワーは共同でプライバシーがなかった。将来が見えず、自分が無価値になったように感じて辛かった。4か月後、別の町に移り、4部屋ある小さな家で、他の家族と共同生活を送ることになった。また、難民認定に関して、ドイツで滞在許可を取得するには、ドイツ語で書かれた書類を提出する必要があり、非常に難解であったと語る。その上、通訳ボランティアの人数が不足しているため、通訳を手伝ってもらえるとは限らない。そこで兄とアイハム氏は無料の語学コースやYouTubeでドイツ語の勉強をした。滞在許可は郵送で通知されることになっている。精神的圧力に潰されそうになりながら、毎朝通知が届いたかどうか確認した。1年後に許可を得ることができた。 アイハム氏は、ドイツで受けた人種差別の経験の一部を語った。ドイツでの生活で精神的に追い詰められ、病院に行った時のことである。ドイツでは、病院は予約制である上に、ドイツ語で対応しなければならない。ドイツ語で予約を取り、病院に行くと、医師から「難民はドイツを駄目にしている。シリアに帰って戦いなさい」、さらにアイハム氏の症状は「シリアに帰らないと治らない」と言われた。こうした差別的発言を受け、しばらくショックが癒えなかったと語った。その後、ドイツでは、シリアの卒業証明書は経歴として認められないため、ドイツの学校に通い、9年生(日本では中学3年生に相当)までの夜間クラスを終えた。ドイツで難民認定が取れなかった人々の存在について語り、2015年の欧州危機による難民は、戦争による難民であると述べて講演を終えた。
 次に、ムハンマド・ジュニ氏(1985年サイダー生まれのレバノン人)は、BBZのソーシャルワーカーという立場から、ドイツにおける難民認定の複雑なプロセス、難民の若年層がドイツで直面している諸問題、難民を支援するNGOの目的と活動内容について語った。初めに、庇護申請の手続きでは、難民はまず面接で、出身国で何が起こったのか、なぜここに来たのかと質問を受ける。面接が終わった後、庇護の認定または否認が言い渡される。庇護が認められた場合でも、どのカテゴリーの保護を受けられるのかによって、家族の呼び寄せや社会的保護が異なる点を指摘した。一方、庇護が認められなかった場合、一般的には強制退去になる。だが実際は、出身地で続く戦争を理由に、送還停止という立場に置かれている人々がたくさん存在することが指摘された。また、庇護を申請する各人の出身国によって、ドイツ国籍の取得までにかかる時間が異なる点を挙げた。例えば、レバノン、ギニア、エジプトなどの出身者は国籍取得までに3年から5年かかると述べた。  続いて、ドイツでの難民に対する人種差別に関しては、2015年から2016年にかけて難民を歓迎していた雰囲気が大きく一変し、現在では、難民が収容されるキャンプへの攻撃が増加傾向にある点を指摘した。人種差別の一例として、個人レベルでは、通りで唾をかけられる、ヒジャーブを取られる、罵倒されることが挙げられた。組織レベルでは、難民専用のキャンプでの住居選択の不自由と登録制により、家族が一緒に住むことができずコミュニティが切り離される点、他の町に外出する際に事前に許可が必要である点を指摘した。
 最後に、ムハンマド氏はBBZと、BBZ内部の一組織である「国境なき若者たち(Youth Without Borders)」の活動について述べた。ムハンマド氏自身の体験として、13歳の時ドイツに移住したが、当初は庇護申請が通らず、送還停止の立場であった。BBZのカウンセリングを受けた時、この立場では、ドイツで大学教育や職業訓練を法的に受けることができない現実を初めて知り、ショックを受けた。当時、担当のソーシャルワーカーから、BBZの活動に勧誘されたことを契機に、現在に至るまで活動を行っている。
 BBZの活動は、2004年頃の会合で、難民の若者たちが自分たちの苦難を、ドイツの政治家に説明するべきだと議論したことで始まった。それを実現するべく2005年に内務省会合の実施場所と同じ場所で、80人以上の若年層の難民を集めて会合を開き、それが成功した経緯を語った。BBZの活動目的として、若年層の難民が自身の声で語ること、難民自身が自分の権利と想像力を働かせる主体であり、自分を恥じないように伝えることを挙げている。具体的に言えば、難民の教育へのアクセスを求めるアドボカシー活動を行ったり、「我々抜きに語ることはできない」というスローガンの下、政治家との会合を定期的に開催したりしている。さらに、難民への情報提供として、庇護申請の手続きや学校教育を受ける方法などに関する冊子の発行、ドイツでの生活情報を提供するための公開イベントの開催などが紹介された。
 全体討論では、ドイツ国内の高齢化により労働需要が高まっている背景のもと、送還停止の立場にある若年層が、個別に職業訓練という形態で働くことは可能になったが、これは人道的な制度ではなく、経済的理由によるものである点、その上、難民は建築現場や看護を始めとする、ドイツで働き手が少ない職業分野で働くことを強く斡旋される状況がある点などが議論された。さらに、2015年危機によってドイツに渡った難民と、それ以前に既にドイツに来ていたシリア移民との関係性、シリアとドイツの間における故郷への意識、ドイツ国内で医師不足が深刻化する一方で、医師免許を持つ難民が医師として働くことができない現実などを中心に、ドイツにおける難民認定が抱える諸問題、移民/難民支援体制の実態について、非常に多くの質疑がなされた。研究者に加え、多くの学生や一般の方々が参加し、活発な議論が交わされた。

文責:児玉恵美(東京外国語大学総合国際学研究科・博士後期課程)


2019年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年9月28日(日)14:00~19:00
  • ■会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム(文京区本郷2-14-10)
    アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
    最寄駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分 / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分

    ※前回と会場が異なりますので、ご注意下さい。 当日は土曜日ですので、建物入口で4階の部屋番号を押して開錠をお願い致します。


  • ◆報告1:飛田麻也香(広島大学大学院国際協力研究科)
        「イスラエルおよびパレスチナ長期海外調査報告」(仮題)

  • ◆報告2:鈴木啓之(日本学術振興会・海外特別研究員)
        「東エルサレムの現状と課題:せめぎ合う境界と人々の諸相」(仮題)


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

第1報告 第1報告 飛田麻也香氏

   「イスラエル・パレスチナ歴史教科書対話をめぐる教員の認識」

 飛田氏の報告は、2001年から2009年のイスラエル・パレスチナ歴史教科書対話プロジェクトに参加したイスラエル人およびパレスチナ人教員に対する聞き取り調査に基づいたものであった。この調査は、2018年から2019年にかけてイスラエル/パレスチナに長期滞在する中で、報告者自身によって行われた。イスラエル・パレスチナ歴史教科書対話プロジェクトの目的とは、イスラエル人とパレスチナ人の教員がそれぞれの歴史教科書を書き、それを共有する過程を通して互いの歴史認識を学ぶだけなく、生徒達に異なる歴史認識の存在を教えることであった。プロジェクトでは1917年から2000年代までの歴史を書いた3巻のブックレット作成後、最終的にそれらを1冊にまとめた共通教科書が作られた。共通教科書の見開きの片方のページにはパレスチナ側から見た歴史、もう片方のページにはイスラエル側から見た歴史が書かれている。
 聞き取り調査は、上記のプロジェクトが教員の認識にどのような影響を与えたか明らかにすることを目的に行われた。報告では、プロジェクトに関する認識、教科書に関する認識、自己集団や他者集団に関する認識について説明がなされた。調査の結果明らかになったことを簡潔に述べるならば、以下のとおりである。①プロジェクト参加教員は直接的あるいは間接的つながりにより集められ、イスラエル・パレスチナ間の関係性に対して何からの問題意識があった。②参加教員はプロジェクトのプロセスや成果に対して困難はあったが、全体的に肯定的に捉えていた。③参加教員は教科書の使用に対して高いモチベーションをもっていた。④自他集団に対する認識については、他者に対する同情や自己集団に対する反省や批判が見られる一方、将来の相互関係のあり方については互いに二国家解決を支持しつつも、他者の解決に対する姿勢については懐疑的もしくは否定的であった。
 質疑応答では、プロジェクトの概要や歴史教科書の使われ方、聞き取り調査の方法について、詳細な質問がなされた。例えば、プロジェクトの参加総人数や参加者の背景、歴史教科書の発行部数や使われた時期と利用者、聞き取りの場所や時間についてなどである。さらに、聞き取り調査の結果をより発展させるため、これまでイスラエルとパレスチナで利用されてきた教科書の歴史などプロジェクトをめぐる背景説明の必要性といった指摘もなされた。

臼杵悠(一橋大学大学院経済学研究科)


第2報告 鈴木啓之氏

「東エルサレムの現状と課題:せめぎ合う境界と人々の諸相」

 鈴木氏は、エルサレムの「東西」におけるパレスチナ人とイスラエル人の間に引かれた暗黙の境界の存在や、人々の意識と行動について報告した。本報告は、鈴木氏自身が2018年4月から2019年9月までの期間、エルサレムで行った在外研究に基づくものである。特に、『歴史学研究』第981号の「大使館移転が映し出す『首都エルサレム』の現実:ナクバから70年を迎えたパレスチナ問題の行方」(2019年3月)を執筆した際に、紙幅の関係で掲載しきれなかった写真や日常生活の様子、在外研究での気づきについて共有された。
 鈴木氏は、エルサレム滞在時に起こった主な出来事として、アメリカ大使館のエルサレム移転(2018年5月)、帰還の大行進(2018年3月~)、イスラエル総選挙(2019年4月)を挙げ、その際の街中の様子を提示した。主要な論点は以下の通りである。 鈴木氏はまず、「東西」エルサレムにおける境界について、1948年第一次中東戦争で定められたグリーンライン沿いの無人地帯に、現在では住宅やトラムの駅が建設されることで、グリーンラインが徐々に消されている点、その一方で、2002年に建設を開始した分離壁による境界が明示化されてきた点を指摘した。それに加え、現地で暮らすなかで見えてきた第3の境界として、パレスチナ人居住区とイスラエル人入植地の間に、暗黙のボーダーが存在することを指摘した。例えば、交通手段であるシェルート、バス、トラムの行き先を事例に挙げ、エルサレムに暮らすパレスチナ人とイスラエル人が、暗黙のボーダーを意識しながら、相互に立ち入らないように生活している様子が示された。また、人々の移動の観点からは、パレスチナ人若年層が、イスラエル人一般の若者に似せた容姿に変えて、西エルサレムに「越境」して、食事や買い物を楽しむ様子、それに対し、イスラエル人はエゲット・バスやトラムで「通過」し、パレスチナ人との和平が必要だと主張する左派でさえも東エルサレムに行くことに恐怖を示した様子を指摘した。
第二に、鈴木氏は、アメリカ大使館移転と帰還の大行進の関係性について考察した。日本では、アメリカ大使館移転に怒りを示したパレスチナ人が、帰還の大行進を起こしたと報道される傾向があった。だが、むしろこの運動の背景には、外部からの二 重の経済的圧力(パレスチナ自治政府が公務員給料を削減することでハマースへの圧力、米国によるUNRWA資金供給の停止)がガザ地区の人々にかけられた事情があることを指摘した。  第三に、東エルサレム在住のパレスチナ人の現状について、①イスラエル国籍を申請するパレスチナ人が急増している背景に、先行きの不透明さと孤立があること、②ファイサル・フサイニーの逝去後、東エルサレムで有力な指導者が不在であるために、現在は個人や親族の単位による「蜂起」が行われていること、③旧市街では、パレスチナ人が居住する建物に入植者が住み込み、監視塔も設置されるなど、入植が進む実態について指摘した。だがパレスチナ人による各地域のローカルな運動は根強いこと、一方でローカルであるがゆえに統一行動に限界があることを指摘した。以上の報告から、鈴木氏は、東エルサレムのパレスチナ人社会の孤立が深刻化している現状を提起した。こうした「伝えられない日常」を研究者としてすくい上げていく意義が強調された。
 本報告に対して会場からは、ガザ地区での帰還の大行進に対する、ヨルダン川西岸地区・東エルサレムのパレスチナ人による共同意識の希薄化、イスラエル総選挙における支持政党の地域差の特徴、エルサレムにおける移動手段などについて質問が発せられた。現地でしか知り得ない経験を中心に、有意義な議論が交わされた。

児玉恵美(東京外国語大学総合国際学研究科・博士後期課程)

2019年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年7月14日(日)14:00~19:00
  • ■会場:慶應義塾大学 三田キャンパス(西校舎 514教室)
        最寄駅:田町駅(JR山手線/JR京浜東北線)徒歩8分
        三田駅(都営地下鉄浅草線/都営地下鉄三田線)徒歩7分
        赤羽橋駅(都営地下鉄大江戸線)徒歩8分
        ※地図上の5番の建物です。これまでと会場が変わりましたので、ご注意下さい。



  • ◆報告1:戸澤 典子(東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程)
        「ヨルダン川西岸地区のアメリカ系ユダヤ人入植者:2000年以降の移民定住を事例として」

  • ◆報告2:ハーニー・アブドゥルハーディ(慶應義塾大学大学院 博士後期課程)
        「イスラーム法からみるパレスチナ問題:二国家案・一国家案との比較検討に関する考察」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

第1報告 戸澤典子氏

   「ヨルダン川西岸地区のアメリカ系ユダヤ人入植者:2000年以降の移民定住を事例として」

 戸澤氏は、まずヨルダン川西岸地区における入植の中で、ロシア系やウクライナ系などと比較してアメリカ系入植者の定住率の高さを示した。そして、このアメリカ系入植者の入植に関する既存の研究における移住という側面だけでなく定住・定着率に対する先行研究の不在という問題点を指摘した。戸澤氏は、この問題意識のもと、アメリカ系入植者の定住に関する諸要因をインタビュー等の質的研究を用いて明らかにした。それによって、最終的に、入植者らが、入植者であると同時に移民であるという側面を強調しつつ、既存の研究が入植者らの宗教的動機ばかりに注目をしてきたという検討を加えた。戸澤氏によると、アメリカ系入植者らは、ほかの地域からの入植者らと同様、言語による障壁や環境変化による困難を抱えやすいものの、英語の流通や、アメリカ系入植者らで構成される「バブル」のコミュニティ内の経済圏、IT技術の発展が定住を可能にしているという点で特異であり、入植者の強い動機だけでなく、こういった要因が入植、とりわけ定住を可能にしている。
 会場の参加者らからは、「定住」や「入植者」、「入植地」といった鍵概念に対する質問から、移民研究として位置付ける際の意義や、入植者らの思想的背景・価値観に対し、議論の根幹にかかわる質問がなされ、それにより、「入植」という問題の多様な側面が浮き彫りになった。また、報告者と参加者だけでなく、参加者間の見解のやり取りがみられ、非常に白熱した議論となっただけでなく、この分野における今後さらなる研究の必要性と発展を期待させるものであった。

保井啓志(東京大学大学院総合文化研究科)


第2報告 ハーニー・アブドゥルハーディ氏

「イスラーム法からみるパレスチナ問題:二国家案・一国家案との比較検討と現実性に関する考察」

 ハーニー氏は、パレスチナ問題が政治的な問題であると留意した上で、いわゆる二国家/一国家解決案が国際法をベースとした国民国家を想定する一方、多くの民族紛争がその限界性を提起していること、「パレスチナ自治区住民の89%がシャリーアをその土地の公式の法とすることに賛成」と回答したとする世論調査を例示するなどし、国際社会と当事者とが思い描く解決が乖離している可能性に着目。宗教的視座の必要性を指摘し、イスラーム学における一テーマとして、「イスラーム法の観点から考えるパレスチナ問題の解決とは」との問いを立てた。その中で一連の紛争を、イスラーム法が適用される領域としての歴史的パレスチナに対する不当な侵略行為をきっかけとしたジハードの展開とし、その解決案を、ジハードの終結という観点から検証した。
 ハーニー氏によると、イスラーム的なパレスチナ問題の解決は、ジハードとイスラーム的国家(カリフ制を想定)樹立の2点によって構成されるという。カリフ制が理念上は並立しないことから、EUに似た共栄圏が考えられるが、連合制であるEUに対し、カリフ制では主権はシャリーアにあるため、世襲君主の撤廃や西洋的な人定法の見直しなどが必要になり、現実的には困難である。こうした点などから、イスラーム的解決は既存の解決案とは大きく異なり、短期的に見て成功の可能性は低いとした。
 一方で、クルアーンには「カリフ制」に関する明文規定は存在せず、現代の国際法規範との整合を図ることが理論的に不可能ではない▽イスラーム法学の通説と、個々人の意図する「イスラーム的解決」の間には乖離がありうる▽「イスラーム的」解釈の流動性が担保されている、ことなどから、長期的にはイスラーム的/世俗的解決の二者択一ではない可能性を挙げ、西洋側もまた「イスラーム的解決」に対して目を向けることが必要と指摘。イスラエル側の理想的解決についても同様の見方で捉え直すことによって、折衷について考え、ひとつのオルタナティブの構築が可能になるのではないか、と結んだ。  会場からは、「シャリーアの認識について個人間で大きな差があるのではないか」「カリフ制国家が通説という認識はなかった、興味深い、」などの意見や、「ユダヤ人とシオニストは明確に区別すべきで、ユダヤ人共同体がすべてイスラーム共同体に敵対するものと捉えられてしまうのか」といった質問が発せられ、活発な議論がなされた。

荒ちひろ(朝日新聞東京社会部)

公開講演会/2019年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年5月19日(日)13:30~15:45(開場13:15)
  • ■会場:一橋講堂 中会議室1・2 (東京都千代田区一ツ橋2-1-2)
    アクセス http://www.hit-u.ac.jp/hall/accessjp.html
    最寄駅:東京メトロ半蔵門線、都営三田線、都営新宿線 神保町駅(A8・A9 出口)徒歩4分、
        東京メトロ東西線 竹橋駅(1b 出口)徒歩4分


  • 参加費:無料
    事前登録:なし (当日は、直接会場にお越しください)

  • 講演者:川上泰徳氏(中東ジャーナリスト、元朝日新聞記者・編集委員)
    「シャティーラの記憶 パレスチナ難民の取材からみえてくるもの」

  • 講演者プロフィール:川上泰徳(かわかみ やすのり) 1956年生まれ。中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・編集委員。カイロ、エルサレム、バグダッドに特派員として駐在し、イラク戦争や「アラブの春」を取材。中東報道で二〇〇二年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。現在はエジプトを拠点に取材活動を行なう。著書に『イラク零年』(朝日新聞社)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書) など。


  • お問い合わせ先 Eメール:palestinescholarship_pubtufs.ac.jp FAX:03 5427 1384 郵送:〒108-8345 東京都港区三田 2丁目15番45号 慶應義塾大学 研究室棟604B 錦田愛子研究室気付 パレスチナ学生基金事務局

  • 主催:パレスチナ学生基金
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点(人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)パレスチナ/イスラエル研究会


報告