2021年度

第1回パレスチナ/イスラエル研究会連続セミナー「中東におけるユダヤ共同体」

概要

  • 日時:2021年12月27日(月)18:30~20:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://us02web.zoom.us/meeting/register/tZUvceugrDMsG9HtJmzmE5UiHszKV6LGiC5s)から参加登録をお願いいたします。

  • 講演 アヴィアド・モレーノ氏(ベン・グリオン大学・講師)
       「拡大するモロッコのユダヤ人移民」

    講師来歴
     ペンシルヴァニア大学、ミシガン大学フェローののち現職。近年は中東・北アフリカのユダヤ人の国境を超えた結びつきについて研究を行っている。

    講演言語/Language 英語/English

    ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:kazue_hosodaaa.tufs.ac.jp(細田和江)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp



  • 18:30-20:00 [Japan] /11:30am-1:00pm [Israel]
    Monday December 27, 2021
  • Venue:Online (via zoom)
    REGISTER HERE

  • Speaker Dr. Aviad Moreno (Lecturer, Ben Gurion University of the Negev)
         "Expanding the Dimensions of Moroccan (Jewish) Migration"

    For more details:kazue_hosodaaa.tufs.ac.jp(Dr. Kazue Hosoda)

報告

 アヴィアド・モレーノ氏の報告は、これまで一般的にイスラエル建国に伴うアラブ世界での社会的動揺から発生したと考えられがちであったモロッコからのユダヤ人移民の流出が、 19世紀から20世紀にかけてスペイン語圏での移民ネットワークによって各地に広がっていたことを指摘するものであった。特にモロッコのなかでもタンジェやテトゥワンを中心とした 北部地域はスペイン語圏であったことが述べられ、この地域のユダヤ人による移民は、イスラエルを到着地としたものに限定されることなく、ブラジルやベネズエラを中心とした南米 地域にも広く拡大していた様子が紹介された。分析のなかでは、ハケティヤ(モロッコ北部地域のユダヤ・スペイン語)が果たした役割についても言及がなされた。具体的には、ベネ ズエラのカラカスで発行された印刷物にヘブライ文字が確認されること、さらに「ハケティヤの夕べ」がイスラエルのバル=イラン大学や米国マンハッタンで開催されていることから、 言語が移民らのアイデンティティの拠り所になっていることが指摘された。
 質疑応答では、ユダヤ史、スペイン史、さらには移民研究を架橋する報告内容に多くの関心が寄せられた。モレーノ氏からは、スペイン植民地宗主国との関係においてユダヤ人 移民が利用された側面があることが否定しがたいこと、モロッコ系移民がイスラエルで就いた職業に関しては技師や公務員が比較的多かったこと、ベネズエラのユダヤ人コミュニティ に特定の政治的傾向(支持政党など)を認めることが難しいこと、インディアノ(アメリカに渡ったスペイン系移民)が帰還することでバルセロナが発展したように、テトゥワンにお いてもスペイン系移民の帰還があったこと、ベネズエラ国内においては西欧系ユダヤ人(アシュケナズィー系)とモロッコ出身ユダヤ人の間に特段の緊張関係を見出すことが難しいこ となどが述べられた。

文責:鈴木啓之(東京大学中東地域研究センター)

第1回パレスチナ/イスラエル研究会ブックラウンジ

概要

  • 日時:2021年12月11日(土)15:00~17:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://u-tokyo-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZEpd-iuqj8qHNOp3yxhR9Uj80M_l1p7EH8v)から参加登録をお願いいたします。

  •  〇報告者
     今野 泰三氏(中京大学)
     〇討論者
     加藤 聖文氏(国文学研究資料館/総合研究大学院大学)

  •  ○概要
     今回の対象書籍は今春に刊行された『ナショナリズムの空間:イスラエルにおける死者の記念と表象』(今野泰三著)です。 当日は、著者による書籍紹介、執筆動機などの説明に加えまして、討論者のコメントもございます。

    ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:k-yamamotou-shizuoka-ken.ac.jp(山本健介)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 初のブックラウンジでは、まず今野泰三氏(中京大学)が著書『ナショナリズムの空間:イスラエルにおける死者の記念と表象』の執筆動機や内容を説明し、日本近現代史を専門とする 加藤聖文氏(人間文化研究機構 国文学研究資料館)がコメンテーターを務めた。本書は、紛争下で伝統や死/死者がどのように再解釈され占領や領土拡大の道具にされてきたのかを明らか にするため、イスラエルが占領するヨルダン川⻄岸地区に入植した⺠族宗教派が、仲間・親族の死をいかに語り、入植地建設を進める政治的言説として使用してきたかを分析している。結 論では、⺠族宗教派にとって、新たな入植地建設が死者の記憶の永続化となり、記念という行為と一体化する点を明らかにした。また、元々世俗的な死者記念が宗教的要素と融合され、民 族・国家を神聖化している点も指摘された。
 一方、加藤氏は近現代日本の戦死者の弔いの歴史的変化を説明し、イスラエルと日本の違いを、宗教性と戦争犠牲者の捉え方の 2点から論じた。フロアとの質疑応答では、ユダヤ教 における死者の穢れと記念碑の問題、戦死者と民間犠牲者を位置付ける政治的意図の問題、戦死者と⺠族宗教派の「死者の弔い」の意味関係の変化などについて活発な議論が行われた。

文責:戸澤典子(東京大学大学院総合文化研究科・博士課程)

2021年度 関西パレスチナ研究会連続セミナー(第3回)

概要

    趣旨
     関西パレスチナ研究会は、2021年4~5月にかけてのパレスチナ/イスラエルでの対立激化以降、日本の研究者・政府関係者・一般市民に向けて、パレスチナ問題に関する連続セミナーを開催してきました (リンク)。今回のセミナーでは、パレスチナの東エルサレムにおいて、市民の生活と権利を脅かしている集団的懲罰の問題に焦点を当てます。
     集団的懲罰とは、罪を犯した本人だけではなく、家族やコミュニティまで懲罰の対象とすることで、具体的には住居の接収・破壊、家族・住民の権利制限、地区の封鎖などを指します。 本セミナーでは、この集団的懲罰が国際法、とくに国際人道法において集団的懲罰が不法とされていること、加えてそれが人間存在の基盤を破壊していることについて理解を深めます。
     なお、講演は英語で行われますが、日英の逐次通訳が付きます。

  • |第3回|2021年11月30日(火)18:30~21:00

    テーマ 「パレスチナにおける集団的懲罰と国際法」
       Collective Punishment and International Law in the Occupied Palestinian Territories
    動画上映「東エルサレムにおける集団的懲罰と国際法違反(ドワイヤート家の事例)」(リンク
       "Punitive House Demolition / Sealing"
    講演 イムニール・マルジーエさん(Mounir Marjieh)
       (アル=クドゥス大学コミュニティーアクションセンター 国際アドボカシー・オフィサー/エルサレム在住)
       「東エルサレムの地位と集団的懲罰」
        "The status of East Jerusalem and collective punishment"

       サラ・ドワイヤートさん(Sara Dwayyat)
       (集団的懲罰によって自宅を接収された被害者/エルサレム在住)
       「私の家と家族の人生:なぜ私は証言するのか」
        "My home and family life: Why do I testify?"

    コメンテーター 高橋 宗瑠(大阪女学院大学)
    司会 松野 明久(大阪大学)
    通訳 高橋 宗瑠(大阪女学院大学)、佐藤 愛(通訳者・翻訳者)
    証言の聞き手 今野泰三(中京大学)
    参加申し込みはこちらから

  • 主催 関西パレスチナ研究会
       中京大学教養教育研究院、科研基盤研究(C)(特設分野)占領の法政治学:パレスチナと西サハラにおける法の政治的機能(代表・松野明久)
    共催 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
       中東イスラーム研究拠点 (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    お問合せ palestine.kansaigmail.com

報告

 

2021年度第4回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年11月3日(水・祝)15:00~16:30
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/T6PyuoMxFejyGiru5)から参加登録をお願いいたします(11月1日23:59までの登録を強く推奨)。

  •  ○倉野靖之氏(中央大学 大学院文学研究科修士課程)
     ○報告タイトル「ハーッジ・アミーンのパレスチナ観」

  •  ○概要
     英委任統治期を代表するパレスチナ人指導者ハーッジ・アミーン・フサイニーは、パレスチナ問題の展開をどのように理解していたのか。本報告では、彼の主著である『パレスチナ問題の真相』(1954年)の内容を分析し、そのパレスチナ観の特徴を明らかにする。

    ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 倉野靖之氏(中央大学)の報告は、先行研究の議論をふまえつつ、ハーッジ・アミーン自身の考えが示されていると考えられるHaqā'iq 'an Qadīyah Filastīnをはじめとする2つの史料をてがかりに、ハーッジ・アミーンのパレスチナ観について議論していくものであった。 まず、パレスチナの統治について、アブドゥッラーとの対立についてのハーッジ・アミーンの主張や、ファイサルやシリアに対する考え方から、ハーッジ・アミーンが、宗教的・血統的に高貴な出自といった必要な素養はあるものの、必ずしもパレスチナ人によって統治されなければならないものではないと考えていたという指摘があった。 次に、ハーッジ・アミーンがパレスチナをユダヤ人にとってのアラブ・イスラーム世界への入り口ととらえていたことを示し、植民地主義に対抗するためにアラブ世界の精神的な統合を目指す一貫した計画を持っていたことが説明された。 計画の具体的内容では、ブラーク運動やヒラーファト運動指導者のハラム・アッシャリーフ埋葬、1931年の世界イスラーム会議の例が挙げられた。 そこには、ユダヤ人との物理的な対立ではなく、徐々にパレスチナ、エルサレムの価値を高め、多方面からエルサレムの重要性を強化することでユダヤ人に対抗しようとする意図があったものの、計画は順調には進まず、結果的に失敗したことが示された。 まとめとして、従来の先行研究では「パレスチナ・ナショナリズムの指導者」や「パン・イスラームの指導者」とされることが多いが、とくに前者のカテゴライズについては、ハーッジ・アミーンが非パレスチナ人のパレスチナ統治に関する論理を展開している以上、純粋なパレスチナ・ナショナリズムの指導者としてとらえるべきかについてはさらなる検討が必要であるという指摘がなされた。
 報告後の質疑応答では、当時ハーッジ・アミーン自身が「パレスチナ」という言葉でだれを指していたのか、「パレスチナ」の範囲はどこを指しているのかという質問や、民族的アイデンティティについては慎重になる必要があるという指摘があった。また、ハーッジ・アミーン個人の思想を見ることは難しいため、人脈的なところからも見ていくと面白いのではないかという意見や、原文の訳出に関連し、ハーッジ・アミーンはユダヤ人全体というより、シオニストに対する防衛意識があったのではないかという指摘がなされるなど、終始活発な議論が交わされた。

文責:飛田麻也香(広島大学大学院国際協力研究科・博士課程後期)

2021年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年9月20日(月・祝)16:00~17:30
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/F1EcAtPkQpUDCCNG6)から参加登録をお願いいたします(9月18日23:59までの登録を強く推奨)。

  •  ○山岡陽輝氏(慶應義塾大学大学院 法学研究科修士課程)
     ○報告タイトル「2つの『憲章』から見るハマースの論理の転換」

  •  ○概要
     2017年5月に、イスラーム抵抗運動(ハマース)は「新憲章」を発表した。本報告では、この文書を1988年8月に発表されたいわゆる「ハマース憲章」と比較することで、両「憲章」間の論理の転換を指摘するとともに、ハマースの思想における柔軟性の一端を明らかにする。

    ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:aikon0213keio.jp(錦田愛子)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 山岡陽輝氏(慶應義塾大学大学院法学研究科)の報告は、1988年にハマースが発表したイスラーム抵抗運動憲章(通称「ハマース憲章」、本報告では旧憲章と呼称)と2017年に同運動が新たに発表した「一般的な原則及び政策文書」(本報告では新憲章と呼称)を取り上げ、 両者のあいだにある思想的な差異について分析するものだった。まず山岡氏は、旧憲章の要諦を解説し、ムスリム同胞団との強い結びつきや、ジハード、ワクフといったイスラーム的言辞の多用などを主な特徴として確認した。そして先行研究に依拠しつつ、旧憲章自体に思想 的な柔軟性を見出すことができると指摘した上で、2017年の新憲章においては、より直接的に穏健なメッセージが発出されていると述べた。例えば、ハマースの主張を根拠付けるものとして国際法や人権といったイスラーム法体系以外の理念が持ち出されていることや、ジハード、 ワクフなどの語彙やクルアーンからの引用が全体として減少していること、さらに、旧憲章のなかでもイスラエルや欧米諸国から特に問題視された反ユダヤ主義的な主張が削られたこと、などを具体的に取り上げた。山岡氏は、本報告があくまでも新旧憲章の論理面のみに特化した 考察であることを断った上で、新憲章からは、変わりゆく国際情勢のなかで自身の柔軟性を前面に押し出そうとするハマースの意図を見出すことができると結論づけた。
 報告後の質疑応答では、新旧憲章が書き上げられる経緯の違いや、新憲章発表の背景をなすハマースの情勢認識などについて活発な議論が交わされた。本報告でのイスラーム思想的な検討に加えて、ハマースの組織戦略の側面を視野に収めた研究の発展が期待される。

文責:山本健介(静岡県立大学)

2021年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年8月1日(日)14:00~16:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/CcaCkVZhniwbRknc7)から参加登録をお願いいたします(7月30日23:59までの登録を強く推奨)。

  •  ○報告者:田浪亜央江氏(広島市立大学)
     ○報告タイトル「パレスチナのパフォーミングアートと〈越境〉:西岸のダブケと48年アラブの劇団を中心に」

  •  ○概要
     時間・場所・身体を拘束することから社会の状況や課題が反映されやすいというパフォーミングアートの特性は、一九七〇年代以降のパレスチナにおいてとりわけ顕著である。本発表では、抵抗、文化復興、「紛争管理」といった要請にパレスチナの担い手がいかに応答してきたかを〈越境〉をキーワードに検討し、地域研究とアート研究をつなぐ方向性を示したい。

    ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 田浪亜央江氏の報告は、パフォーミングアートが日常に根差した文化から、シオニズムに対する越境する対抗言説へと変化していったことについて議論するものだった。
 タブケが1960年代からパレスチナの文化として復興/発明されていくなかで、タブケのフォークロア収集、そして新しいタブケ作品の創出といった歴史的変遷が示された。 「エル・フヌーン」の活動の紹介を通じ、タブケがディアスポラ・パレスチナ人とのつながりを作り出すこと、また「時間内時間」概念のハレの日を創出することによる現状の占領 を仮の時間とすることといった機能が指摘された。同様に、イスラエル領内の演劇劇場での48年アラブの活動を紹介することで、パフォーミングアートが果たすさらなる可能性を示唆した。
 質疑応答では作品のオーディエンスに関する質問や、政治性を避けることの意味、「時間」概念が他のパフォーミングアート全体に適用できるのか、タブケのナショナルな属性が パレスチナ外に広がる余地があるのか、またアートと「空間」の関係についての質問など非常に活発な議論がなされた。

文責:澤口右樹(東京大学大学院総合文化研究科・博士課程)

2021年度 関西パレスチナ研究会連続セミナー

概要

    趣旨
     2021年4月から5月にかけて、エルサレムやガザ地区、イスラエル国内の諸都市で、パレスチナ人とユダヤ人の対立が急速に激化しました。これに際して関西パレスチナ研究会は、日本社会と日本政府に宛てた声明と要請書を発表し、パレスチナ問題の正確な理解と当事者への働きかけを呼びかけてきました。(声明・要請書はこちら)。
     上記を踏まえ、関西パレスチナ研究会では、日本国内外の研究者、政府関係者、一般市民がパレスチナ問題への理解をさらに深めるための機会を提供したいと考え、海外のゲストを招聘し、以下の通り連続セミナーを開催致します。なお、講演は英語で行われますが、日英の逐次通訳が付きます。

  • |第1回|2021年7月1日(木)18:00~21:00

    テーマ 「ガザ地区における国際援助と女性の権利」
        (International Aid and Women's Rights in Gaza Strip)
    講演 イヤース・サリーム(Dr. Iyas Salim)(同志社大学・研究員/日本在住)
    "Global" Palestine: Official Aid, Globalized Empire and the Response of Palestinian Diaspora
       ヌール・サッカー(Nour al-Saqqa)(アーティスト、映画学科・学生/ガザ在住)
    Gaza's Aftermath
    司会 役重善洋(大阪経済法科大学)
    解説 今野泰三(中京大学)
    通訳 佐藤愛(通訳者・翻訳者)
    参加申し込みはこちらから


  • |第2回|2021年7月17日(土)18:00~20:00

    テーマ 「国際法から見るエルサレム問題」
        (Jerusalem and International Law)
    講演 ムニール・ヌセイバ(Dr. Munir Nuseibah)(アル゠クドゥス大学・助教授/エルサレム在住)
    司会 松野明久(大阪大学)
    解説 山本健介(静岡県立大学)
    通訳 高橋宗瑠(大阪女学院大学)、今野泰三(中京大学)
    参加申し込みはこちらから

  • 主催 関西パレスチナ研究会
       palestine.kansaigmail.com
    共催 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
    中東イスラーム研究拠点 (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

報告

第1回「ガザ地区における国際援助と女性の権利」
 セミナーでは、まず今野泰三氏によるガザ地区の基本解説がなされた後に、パレスチナの現状について国際援助のもたらす影響や女性の社会的権利といった視点から、ガザ出身の2名の話者が講演を行った。
 イヤース・サリーム氏は、パレスチナに対する今日の国際援助が「グローバル化された帝国」の文脈で行われており、そこではパレスチナ問題の解決ではなく現状維持が優先されてきたと指摘する。この「帝国」とは、米国とその支援を受けるイスラエルや権威主義体制、軍需産業や主流メディアに代表される資本と企業、そして諸外国政府による公的援助などが絡み合い、広範に形成するシステムを指す。これらを転換し、解放に向かうためには、同じくグローバルな応答が必要である。Black Lives Matter (BLM)、先住民族、女性の権利運動など、各地で抑圧に抵抗し、平等と公正を求める動きとの連帯がますます重要になっていると述べた。
 ヌール・サッカー氏は、イスラエルによる占領とパレスチナ社会の家父長制との交差を背景に、パレスチナ人女性のこれまでの歩みや、若い世代による新たな動きを紹介した。2018年春にガザで起きた「帰還の大行進」は、週ごとに女性の参加者も増え、若い世代が行動の主体性を取り戻すきっかけになったと指摘する。最近では、性被害や暴力について匿名で話し合えるグループがSNSを中心に発足し、これまでのタブーが破られつつあるという。また、植民地主義や人種差別、国家暴力など共通の問題と対峙するBLM運動との連帯や、具体的な取り組みとしてのBDS(ボイコット、資本引揚げ、制裁)運動についても説明した。
 質疑では、パレスチナにおける女性運動の広がりや、最近のパレスチナ自治政府に対する抗議行動のほか、オスロ合意以降の日本を含めた援助の在り方についても問題提起がなされ、濃密で貴重な学びの機会となった。

文責:南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程)

記録動画



第2回「国際法から見るエルサレム問題」
 司会の松野明久氏がセミナーの趣旨を説明し、山本健介氏がエルサレム問題の基本解説をした後、エルサレム在住のムニール・ヌサイバ氏が、エルサレムのパレスチナ人が置かれた現状について、イスラエルによる民族浄化、人口操作、植民地化という観点から講演を行った。 講演の概要は以下の通りである。
 1947年から1948年にかけて、シオニストたちはパレスチナ全域で民族浄化を実行し、その後も現在まで強制追放、家族統合の制限、差別的な都市計画などを通じてエルサレムの住民構成を変えてきた。 イスラエルは東エルサレムを国際法に反して併合し、パレスチナ人に「永住権」を与えたが、その地位も容易に取り上げることができる。 東エルサレムのパレスチナ人がヨルダン川西岸地区やガザ地区の住民と結婚した場合、配偶者は更新が必要な滞在権しか得られない。 両親の1人がヨルダン川西岸地区、ガザ地区、あるいは外国籍の場合、エルサレムに生まれても永住権を得られず、いかなる法的地位もない状態に置かれる場合がある(インフォグラフィック)。
 質疑では、国際刑事裁判所と日本政府に期待される役割や、パレスチナ人にとって望ましい統治形態などについて問題提起がなされ、濃密で貴重な学びの機会となった。

文責:今野泰三(中京大学)

記録動画

2021年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年6月6日(日)14:00~16:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/5uQYDUE47zfkZG9t8)から参加登録をお願いいたします(6月4日23:59までの登録を強く推奨)。

  •  〇報告者:役重善洋氏(大阪経済法科大学)
     〇報告タイトル「パレスチナ問題をめぐる地政学的変化とキリスト教シオニズム」

  •  〇概要
     米国におけるイスラエル・ロビー最大の基盤とされてきた福音派プロテスタントの内部に
     おいて、近年、若年層における「イスラエル離れ」の傾向が指摘されている。他方、非欧米諸国では、プロテスタントのコミュニティにおいてキリスト教シオニズムの浸透が目立つようになってきている。本報告ではこれらの動向の分析を通じて、パレスチナ問題認識のグローバルな変動について考察する。

  • ■主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

    ■今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    ■研究会全体に関する問い合わせや報告希望の連絡先:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 役重善洋氏(大阪経済法科大学)による報告は、キリスト教シオニズムの性質を振り返り、その歴史的展開やパレスチナ問題の現状との連関、さらに批判的議論について俯瞰するものであった。
 キリスト教シオニズムを「現在のイスラエル・パレスチナを構成する地理的領域に対するユダヤ人の支配を促進ないし維持するために、特にキリスト教徒の関与によって起こされる政治的行動」とする定義を紹介しつつ、その本質的特徴として①ユダヤ人/異邦人という二分的世界観、②終末論の影響、③欧米中心主義・イスラモフォビアの影響、④宗教ナショナリズム的・例外主義的性質、⑤中東における覇権外交との連動といった点を挙げた。
 そのうえで役重氏は、16世紀から現在に至るキリスト教シオニズムの歴史的展開についてまとめた。主に英・米にて、ディスペンセーション主義に基づきユダヤ人帰還論を支持する神学が、国家の政治的野心とも接続しながら発展し、親シオニズム的政策やロビー団体の設立に結実してきた。日本やアジア諸国でも複数の団体・国際会議がこうしたキリスト教シオニズムを継承・展開している。
 こうした動きに対し、キリスト教世界の内部からも批判が生じた。在パレスチナのキリスト教各教派や、米プロテスタント主流派諸教会をはじめ、近年では福音派の中からも神学理解を異にする動き、さらにはアジア諸国のキリスト教団体等からの批判も散見される。役重氏はこうした批判的な立場がネットワークを構築しつつあり、イスラエル側がキリスト教シオニズムを利用する状況への対抗軸として位置づけ得ることを示唆した。
 質疑応答では、キリスト教シオニズムの現状と、昨今の米世論や政策における変化との関係性を中心に、活発な議論がなされた。根強い支持基盤の存在や、神学的・構造的変化は簡単には起こらないことが示唆されつつも、複数の観点から変革の兆候が見られること等も指摘された。

文責:ハディ ハーニ(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教)

2020年度

2020年度第6回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年3月2日(火)15:00~17:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/sngvuUgdYAUU1hyL9)から参加登録をお願いいたします(2月28日23:59までの登録を強く推奨)。

  • 報告者:中西俊裕氏(帝京大学)
    「湾岸戦争30年:現地取材を回想し、中東和平、湾岸情勢など域内への影響を考える」


  • 概要
    冷戦構造の崩壊を象徴する出来事だった湾岸戦争から今年1月で30年が経過した。当時新聞記者として筆者は湾岸危機中から戦争後の1990年代を通じ域内を取材する中で、米国の存在感の拡大、中東和平の機運の高まり、市場型経済の導入や社会などへの影響を体感した。記憶をたどりそれが30年後の今にどうつながっているのかを考える。

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    研究会全体に関する問い合わせ:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 中西俊裕氏(帝京大学)の報告は、イラン・イラク戦争以降の湾岸諸国とその周辺の安保情勢について、日本経済新聞記者としての自身の取材経験を交えながら、主にイラクのサッダーム・フセイン政権の盛衰と対米関係を軸に概観するものであった。
 湾岸危機・湾岸戦争の前後では、イラクの政策とそれに対応した各国及び国際社会の動静や現場の混乱が、現地経験の豊富なエピソードとともに臨場感をもって描写された。続いて、湾岸戦争後の中東の安全保障や和平交渉の構造変化、及びイスラーム主義を標榜する非国家アクターの台頭が、サッダーム・フセイン政権の弱体化及び欧米のプレゼンスの高まりとの関係において説明された。米一極化が深まる中でのイラク戦争は、中西氏による湾岸戦争との比較によると、9.11を背景に米の先制攻撃論に導かれ、中東の地域的均衡への配慮を欠いた政策により実行されたために、地域の安全保障に深刻な混乱を招き、現在まで続くイラク及び周辺地域の不安定性をもたらした。
 質疑応答では中西氏の記者当時の中東での取材事情や冷戦構造及びロシアの中東における影響、駐在日本企業の動静など幅広いトピックが議論され、中西氏自身の知見と考察をもとに多角的かつ詳細な応答がなされた。

文責:中村俊也(京都大学総合人間学部)

2020年度第5回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2021年1月23日(土)15:00~17:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/bpTxMT7i2FvD8axs5)から参加登録をお願いいたします(1月21日23:59までの登録を強く推奨)。

  • 報告者:近藤重人氏(日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 主任研究員)
    「湾岸諸国の対イスラエル・パレスチナ政策:各国の政策の違いとその背景(仮)」


  • 概要
    2020年9月以降にアラブ首長国連邦とバハレーンがイスラエルと国交を正常化させたが、その背景は何であったのか。また、この動きはサウジアラビアなど他の湾岸協力会議加盟国(湾岸諸国)にも波及するのか。本報告では、湾岸諸国各国の現在の対イスラエル・パレスチナ政策に着目し、各国で政策に差が出た背景について考察する。そして、各国における「アラブの大義」の位置付けについても再検討する。

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    研究会全体に関する問い合わせ:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 近藤重人氏の報告では、主に湾岸協力会議(GCC)加盟国の対イスラエル・パレスチナ政策の違いについての分析が行われた。まず湾岸諸国のイスラエルへの一定の歩み寄りが、オスロ合意後の1990年代に散見されたこと、また第二次インティファーダ以降それが後退したこと、加えて、2010年からはイランの脅威によるパレスチナ問題の後景化などについて触れられた。続いて、国別の考察では、UAEがイスラエルと国交正常化した背景には、対イラン感情のみならず、自国の経済の発展や技術の向上、アメリカとの関係正常化、あるいはトルコ、カタル等への対抗措置など、様々な側面があったことが述べられた。さらに、バハレーンについては、90年代から親イスラエルの気質が見受けられ、それが現在も続いていること、サウジアラビアの観測気球としての役割を果たしてきた側面も認められたことが指摘された。一方で、サウジは近年のムハンマド皇太子とイスラエル、アメリカとの急接近の中にあって、未だにサルマン国王の意向である反イスラエル政策が根強いこと、カタルにおいても、ハマース支援や反イスラエル的な傾向が認められるアルジャジーラの運営から、イスラエルとはガザ支援上特殊な関係がありながらも、決して相容れないものであることが述べられた。最後に、クウェートに至っては、湾岸戦争のPLO批判があるにも拘らず、議会レベルで親パレスチナ感情が非常に強いことなどが挙げられた(なお、オマーンは中立的)。まとめとして、UAEとバハレーンに続きイスラエルと国交正常化に乗り出すGCC国はまだないが、サウジをはじめ世代交替によって、より多様なイスラエル政策が進む可能性、特にそこにイランの脅威が影響していることが述べられた。
 今回の報告では、GCC各国が実に多様であることが改めて認識された一方で、強いて一貫性を見出すとするならば、ナショナリズムを主張するイスラエル・湾岸各国と、イスラム主義を掲げるイランの対立のようにも感じられた。そして何より、パレスチナ人が求める尊厳の回復や国への帰還といった人権の問題からの乖離も、改めて認識する機会となった。

文責:立教大学兼任講師(元JVCエルサレム事務所) 金子由佳

2020年度第4回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年11月22日(日)14:00~16:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/446Xwp34EWqMNRzt8)から参加登録をお願いいたします(11月20日23:59までの登録を強く推奨)。

  • 報告者:南部真喜子(東京外国語大学 大学院総合国際学研究科 博士後期課程)
    「パレスチナにおける女性の逮捕・投獄体験」


  • 概要
    イスラエルによって拘束されたり、刑務所に収監された経験は、パレスチナ人社会のなかでどのように位置づけられているのか。今回の報告では、特にパレスチナ人女性に焦点を絞って分析を行う。

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    研究会全体に関する問い合わせ:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 南部真喜子氏(東京外国語大学)の報告は、パレスチナにおける逮捕・投獄の体験について、女性の投獄をめぐる語りに着目して分析するものであった。投獄は、イスラエル当局に逮捕され、イスラエルの刑務所に収監されているパレスチナ人の体験を指す。イスラエルの占領に対する抵抗活動の中で逮捕者が出ていることから、投獄された個人の経験というのは社会的に英雄視される傾向がある。しかし、男性の投獄経験に比べ女性のそれは語られにくく、監獄を男性の空間とみなす傾向があることを南部氏は指摘する。その理由として、数が少ないことの他に、抵抗運動への女性の関与に対する尊重が男性ほど大きくないこと、女性の投獄経験が、性的に傷付けられたかどうかという点に収斂される傾向が強いことなどが挙げられ、これまでは、投獄が家族関係にどのような影響を与えたか、あるいは家族の不在とどのように向き合うかを中心に研究がなされてきた。しかし近年では、女性の投獄経験を扱った映画、本、研究が増えており、今回の報告は、時を経て語られるもの、出産と投獄、囚人と家族というテーマに焦点を当て、その描かれ方を分析した上で、投獄体験と表象のされ方がパレスチナ社会といかなる関係性にあるのかを考察するものであった。南部氏は、時を経て語られるようになったものや、証言よりも自身の言葉で語ることに重きが置かれた体験集などがあることを挙げ、その語りが拷問の証言だけに限られるものではなく、しかし、それを明らかにすることなしには他の投獄体験も語られなかったこと、女性の語りについての議論が増えている中で、何が語られるかという裾野も広がりつつあることを指摘し、同時に、それらには男性の投獄の問題にも通じるところがあるのではないかと見解を示した。
 報告後の質疑応答では、パレスチナにおける女性の投獄に関して、とくに出産と投獄にまつわる議論が交わされたほか、女性への性暴力に関する一般的な語りと、投獄された女性への性暴力の語りを比較した際にどのような違いがみられるのか、また、投獄された男性への性暴力被害は語られるのか、そこに女性との語りとの違いはみられるのか、さらには、パレスチナをめぐる歴史的な流れの中で作り出されてきた他の女性像と投獄にまつわる女性像がいかに接続しうるのかについてなど、南部氏が現地で得た情報などを交えつつ、活発な議論が展開された。

文責:濱中麻梨菜(東京大学大学院総合文化研究科 修士課程)

2020年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年10月18日(日)14:00~16:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/BFovCk6F2udKBnFX6)から参加登録をお願いいたします(10月16日23:59までの登録を強く推奨)。

  • 報告者:菅原絵美(大阪経済法科大学 国際学部 准教授)
    「イスラエル入植地をめぐるビジネスと人権 国際的な人権保障制度における企業の責任と本国の義務の展開」


  • 概要
    イスラエルの入植活動に関連して、企業はパレスチナ人に対する直接的な人権侵害(労働問題など)を引き起こすだけでなく、入植地における検問所の監視・識別機器の供給、住宅・ビジネス開発の金融事業、入植地の天然資源のビジネス使用などによりイスラエル政府による人権侵害に加担してきた。このようなイスラエル入植活動に関与する企業の責任とともに、当該企業の本国の義務を問う動きが国連を中心とする人権保障制度のなかで展開されている。本報告では、国際人権法および「ビジネスと人権」の観点から現在までの到達点と課題を考察する。

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    研究会全体に関する問い合わせ:info_palestine_israeltufs.ac.jp

報告

 菅原絵美氏は、企業活動に関連する国際人権規範の発展、そしてイスラエルの入植に関与する企業を問題視する国際的動向について発表した。
 主要な国際規範に、2011年に国際連合人権理事会に承認された、「ビジネスと人権に関する指導原則」がある。指導原則は、人権を保護する国家の義務と並んで、企業には人権を尊重する責任があるものとし、自社の事業はもとより、サプライヤーやビジネスパートナーなどによる人権侵害も防止・救済する努力を求める文書である。条約と違って指導原則には法的拘束力はないが、権威のあるものとして多国籍企業の人権方針のなかに、また英国やフランスなど国内法規制のなかに取り入れられてきた。
 国連では近年、入植に関与する企業活動が次第に問題視されるようになっている。フォーク特別報告者の2012年報告書に次いで、人権理事会の調査団も企業の関与に着眼した。そして入植関与企業のデーターベースが構築されることになり、2020年2月にようやく関与企業リストが公表された。作成段階で姿勢を変えた企業もあり、今後の動きが注目される。また、菅原氏は、多国籍企業の本国(本社のある国家)の責任を問う動きが活発化し、またOECD多国籍企業行動指針に基づくナショナルコンタクトポイント(英国での入植関与企業2社に対する申立など)や様々な国際人権手続(個人通報など)での訴えが増加するだろうと指摘した。
 質疑応答では、日本のビジネスと人権に関する行動計画に入植関与問題が明記されていないことや、紛争地において企業は更に慎重な事前調査などを行い、人権侵害に関与しないように努める必要があることなどについて議論があった。

文責:高橋宗瑠(大阪女学院大学 教授)

2020年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年9月6日(日)16:00~18:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/vt4jdTiQY1eX3Wnv5)から参加登録をお願いいたします(9月4日23:59までの登録を強く推奨)。

  • 報告者:澤口右樹氏(東京大学大学院総合文化研究科・博士後期課程)
    「イスラエル人女性兵士にとっての前線部隊の経験とは:経験部隊の異なる女性間の比較分析」(仮)

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    今回のオンライン研究会に関する問い合わせ先:c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp(鈴木啓之)
    研究会全体に関する問い合わせ:info_palestine_israeltufs.ac.jp


報告

 澤口右樹氏の発表は、イスラエルの女性兵士において、経験部隊の違いはどのような影響や差異を与えているのかに着目したものであった。
 はじめに、イスラエルにおいて政治・経済と軍の関係は極めて密接であり、軍でどのような立場で従軍したかがその後のキャリアに影響を及ぼすことが説明された。また女性は主に後方支援部隊で従軍する傾向があるものの、近年では前線で従軍する女性も増えていることが説明された。
 続いて歴史的側面の解説も行われた。かつて女性兵士の役割は新移民のケア等に限定されていた。しかし、90年代には軍隊内でのジェンダー平等は一般社会のジェンダー平等に影響するという観点から、より多くの職種を女性に開放するべきという見解が広がり、現在では前線での戦闘職を含め8割以上が女性に開放されている。
 澤口氏は、前線兵士へのインタビューを行った。その中で前線部隊の兵士が後方部隊を「つまらない」や「意義がない」と語っているとした。さらに、軍内のセクハラに対し、前線部隊の女性兵士の方が後方部隊よりも問題視する傾向が多いとし、前線部隊を後方部隊より優位に位置付けるヒエラルキーが影響しているとした。しかし、一方で前線部隊の女性兵士たちは同時に自らを男性兵士に比べて劣位と見なすヒエラルキーを受容しているとした。
 質疑応答では、「前線部隊」「後方部隊」という区分の妥当性や、イスラエルの文脈における「アラブ」「マイノリティー」の位置づけやその内実などを巡って、非常に充実した議論がなされた。

文責:井森彬太(東京外国語大学大学院総合国際学研究科・博士前期課程)

2020年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年8月23日(日)14:00~16:00
  • 会場:zoomを用いたオンライン開催
    *次のフォーム(https://forms.gle/4jrq5v1evzmSU9vC8)から参加登録をお願いいたします(8月21日23:59までの登録を強く推奨)。

  • ◆報告者:島本奈央氏(大阪大学大学院国際公共政策研究科・博士後期課程/
        日本学術振興会特別研究員DC2)
        「Collective Punishment を通じた現在のパレスチナ占領政策制度の一考察(仮)」

  • ◇主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    問い合わせ先:鈴木啓之(c-hsuzuki87g.ecc.u-tokyo.ac.jp)

報告

 島本奈央氏(大阪大学)の報告は、イスラエルによるcollective punishment(集団的懲罰、連座罰などと訳される)の政策について国際法の観点から分析するものであった。collective punishmentは、特定の罪を犯したとされる個人だけでなく、その家族や居住共同体にも罰を科すことを指し、家屋破壊や遺体の返還拒否、境界の封鎖、外出禁止令などが代表例である。2015年にパレスチナ自治政府がICC(国際刑事裁判所)に加盟して以来、collective punishmentを含む、イスラエルの対パレスチナ政策を「戦争犯罪」として認定させる試みが進んでいる。ただし、島本氏によると、collective punishmentの定義や範疇については、意外にも、国際法上の共通見解が構築されているとは言いがたく、それ自体を一括して戦争犯罪と認定することは未だ難しい。特に議論の争点となっているのは、collective punishmentに「様々な程度の重さ」の犯罪行為が含まれていることである。島本氏は、この問題に対する一つの提起として、個々の政策(例えば被占領地の検問所の封鎖など)の累計という視点を導入し、「微細な犯罪」の累積もcollective punishmentを構成する可能性があると指摘した。
 報告後の質疑応答では、collective punishmentのみならず、パレスチナ問題と国際法の適用に関わる広範な議論が行われた。島本氏の報告は、国際人道法の文脈を重視したものであったが、人権法の観点を組み入れることで新たな活路が見いだされうるといったコメントがあったほか、そもそも、イスラエル政府がcollective punishmentを行う際の法的根拠は英国委任統治期の法令にあることから、「植民地主義の責任」という歴史的視点を追加する必要があることも指摘された。島本氏は、種々の質問に対して、国際法の知見を活かした応答を行い、総じて活発な議論が展開された。

文責:山本健介(日本学術振興会・特別研究員PD〈九州大学〉)

2019年度

2019年度第5回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2020年1月13日(月・祝)13:00~18:00
  • 会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム
    (アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
      文京区本郷2-14-10
    *最寄り駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分
     / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分
    ※当日は祝日ですので、建物入口で3階の部屋番号を押して開錠をお願い致します。

  • ◆報告1:今野泰三(中京大学国際教養学部准教授)
        「宗教的シオニズムの組織化に関する歴史的考察――カリッシャー著『シオンを求めて』
        刊行(1862年)からミズラヒ結成(1902年)まで」(仮題)

  • ◆報告2:武田祥英(共立女子大学非常勤講師)
        「第一次大戦期英国におけるユダヤ教徒の状態-バルフォア宣言を再検討する観点
         から-」(仮題)


  • ◇主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

報告

第1報告 今野泰三(中京大学国際教養学部准教授)

「宗教的シオニズムの構造的基盤に関する歴史的考察:ハ・ミズラヒとハ・ポエル・ハ・ミズラヒという2つの組織」

 今野泰三氏(中京大学)の報告は、1970年代以降に顕在化していった宗教的シオニズムの性質に関して、それ以前の時代に構築された構造的な基盤に着目して明らかにしようとするものであった。本報告での構造的な基盤という言葉は、グーシュ・エムニームや宗教的シオニストに関する著名な研究者であるエフード・スプリンツァクが提起した「氷山の一角」論——すなわち、グーシュ・エムニームのような運動の台頭を下支えした社会的・政治的なサブカルチャーまでを考察することが宗教的シオニズムについて理解する上で重要であるという考え方——に着想を得ていると述べられた。今野氏は、そのような「氷山」を探る作業の一環として、ハ・ミズラヒ(1902年結成)とハ・ポエル・ハ・ミズラヒ(1922年結成)という二つの組織を取り上げ、それらの運動が果たしてきた役割や、その志向・性格における差違などを具体的に論じた。こうした分析を通じて、宗教的シオニズムが当初から多元的・応答的・相対的な性格を持ってきたことが明らかにされた。
 質疑応答のなかでは、本報告で扱われた20世紀初頭の事例がどのように1967年以降の展開に結びついているのかという点や、「ミズラヒ」という単語が宗教的シオニズムの諸潮流で頻繁に用いられる組織名になったことをどう捉えるのかといった点について質問が出された。さらに、近代における宗教とナショナリズムの関わりという、より大きな視点から共時的な比較を行う必要性も提起され、総じて活発な議論が交わされた。

文責:山本健介(日本学術振興会 特別研究員(PD))


第2報告 武田祥英(共立女子大学非常勤講師)

「第一次大戦期英国におけるユダヤ教徒の状態:バルフォア宣言を再検討する観点から」

 武田祥英氏の報告は、英国政府やシオニストを扱った諸研究と英国ユダヤ教徒社会全般に関する研究を架橋することで、バルフォア宣言の策定・公表過程を再検討するものであった。分析のなかで武田氏が特に着目したのが、英国ユダヤ教徒合同外交委員会(Conjoint Foreign Committee of British Jews, CJC)である。CJCの活動は1915年に転換期を迎え、シオニストと協力してパレスチナ政策をプロパガンダとして利用する方針を採択した。すなわち、主に米国を英国側陣営に引き入れるべく、米国ユダヤ人にシオニストと協力して働きかけを行った。しかしながら、英国ユダヤ教徒を代表するかのようなCJCの動きに対してその上部組織である英国ユダヤ教徒審議会(Board of Deputies of British Jews)において1917年6月に非難決議が採択されるに至る。この点から武田氏は、バルフォア宣言につながる政策が、英国のユダヤ教徒社会を蔑ろにする形で発展した過程を指摘した。
質疑応答では、Jewsを「ユダヤ教徒」と訳出することの問題性がまず焦点となった。すなわち、当時の社会的文脈を考慮するに、「ユダヤ人」、または「ユダヤ」と訳出すべき箇所が多くあったのではないかという指摘が複数なされた。また、米国へのプロパガンダを主な誘因としていたという分析には、より多角的な視座からの再検討、または議論の補強が必要であろうとの提起がなされた。さらに、バルフォア宣言100周年を迎えた2017年に多数の研究書や概説書が新たに刊行されたことを踏まえれば、そうした新しい研究成果との照らし合わせも不可欠であることが指摘された。このような批評に対して武田氏は、収集済みの一次資料などに依拠して応答を行い、学術的示唆に富んだ議論が交わされた。

文責:鈴木啓之(東京大学)


講演会「難民危機とシリア紛争のその後――ドイツの経験から学ぶ難民受け入れ」

概要

  • 日時:2019年11月2日(土)(12:30開場)13:00開始 18:00終了
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 地下ギャラリー1
    (アクセス https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/iirc/ja/access.html
      東京都文京区本郷7-3-1
    *最寄り駅は地下鉄丸の内線・地下鉄大江戸線「本郷三丁目駅」など

  • ◇参加費:無料
    言語:英語、アラビア語、ドイツ語(日本語逐次通訳付き)

  • 事前登録制:ご参加希望者は、以下のサイトから参加の申し込みをお願いいたします。
    (先着順、定員60名)https://kokucheese.com/event/index/581983/

  • ◇講演者紹介
    ・ムハンマド・ジュニ氏(34歳、男性) 移民/難民の青少年を支援するNGO「BBZ」でスタッフとして働く。本人もレバノン(サイダ市)から移住し、後にドイツ国籍を取得。

    ・アイハム・バキール氏(21歳、男性) 欧州難民危機でドイツに来たシリア人、ドイツで庇護申請をして難民認定を受ける。BBZの支援プログラムに参加。

  • ◇招聘企画の趣旨 2015年の欧州難民危機は、中東地域における紛争が、ヨーロッパを含めた他の地域とも不可分であることを改めて印象づけることとなった。なかでもドイツはEU諸国の中でもっとも多くの難民を受け入れたが、その大半は紛争の悪化を受けて移動したシリア難民であった。メルケル首相の積極的な受け入れ表明後、ドイツでは行政と市民運動の協力が進み、受け入れた難民を経済に活力をもたらす人材として統合を促す努力が続いている。 他方で日本は難民認定がきわめて厳しく、認定率が1パーセントに満たないことで知られる。シリアからは、伊勢志摩サミットを前に安倍晋三首相が、5年間で150人を受け入れる計画を発表したが、そのうち100人はJICA(国際協力機構)の担当であり、国際協力として位置付けられている。長期的な滞在を視野に、難民を社会の一員として受け入れていくという発想はまだ乏しい。> こうした背景の違いがある中、日本はドイツの経験から何を学ぶことができるだろうか。この度は、ドイツのベルリン市内Trumstraßeに事務所をもつ移民/難民の青少年支援NGO「BBZ(Beratungs- und Betreuungszentrum)」から、活動に関わるボランティア・スタッフと、活動参加者のシリア人をお招きし、話を伺う。シリアでの紛争の経験、そこから移動しドイツにたどり着いた経緯、庇護申請の手続き、必要とされる支援の内容やあり方などについて、実態を当事者からお話し頂く貴重な機会となる。

  • ◇主催:科研費・国際共同研究加速基金「ドイツのアラブ系移民/難民の移動と受け入れに関する
        学際的研究」(研究代表者:錦田愛子)課題番号16KK0050
     共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

 2015年の欧州難民危機で、EU諸国の中で最大の難民受け入れ国となったドイツの経験から、日本は何を学ぶことができるだろうか。この趣旨のもと、本講演会では、ドイツのベルリン市内に事務所を持つ移民/難民の青少年支援NGO「BBZ(Beratungs- und Betreuungszentrum)」の活動に関わるボランティア・スタッフのムハンマド・ジュニ氏、ならびにシリア紛争の悪化を受けてドイツに渡ったBBZ活動参加者のアイハム・バキール氏からお話をうかがった。  まず、講演者を招聘した錦田愛子氏の趣旨・背景説明では、2015年9月にドイツのメルケル首相は、難民が最初に到着したEU諸国で難民申請をするというダブリン協定の適用を事実上停止したことを背景に、ドイツが多くの難民を受け入れるに至った経緯や、各国の難民受け入れ状況について統計を基に説明した。続いて、難民がドイツ到着後に行う庇護申請の手続きでは、提出書類がすべてドイツ語で書かれ、ドイツの法律の知識が必要とされるために、ドイツ語が分からない難民への支援をNGOが担っている様子を説明した。
 アイハム・バキール氏(1998年アレッポ生まれのシリア人)は、個人的体験に基づき、故郷であるシリアとの別離、ドイツ到着後の庇護申請の手続き、人種差別を受けた体験を中心に語った。アイハム氏はまず、叔母の病気見舞いを目的に、2週間の予定でレバノンに行ったはずが、シリア紛争悪化の影響で、故郷に帰れなくなった時の無念の思いを語った。シリアでの家やベット、家族や友人との日常、学校教育を突然喪失したと同時に、労働環境が悪いレバノンでは、長時間労働をしてもレバノン人の賃金の半分しか得ることができない現実に直面した。同じ頃、祖母がレバノンよりも治療費が安い欧州で、がんの継続治療の申請をしていた。約1年後、イタリア政府が祖母の治療の受け入れを表明したため、シリアに残っていた父以外、家族でイタリアに渡った。アイハム氏は家族とイタリアで2週間滞在した後、ドイツに向かった。そこで、シリアから地中海を渡ってドイツに到着した父と、1年半ぶりに再会することができた。父が地中海を渡っていた3日間、連絡を取ることができず、父は死んだのではないかと心配した。父との再会は嬉しかったが、自分とシリアとのつながりが断絶されてしまったと感じて悲しかった。
 アイハム氏がドイツでの新たな生活で最初に収容されたのは、軍事キャンプのような場所であり、6人の家族が一部屋で生活しなければならなかったと語る。キャンプから移動する場合には事前申請が必要とされ、シャワーと食事の時間が決められ、トイレやシャワーは共同でプライバシーがなかった。将来が見えず、自分が無価値になったように感じて辛かった。4か月後、別の町に移り、4部屋ある小さな家で、他の家族と共同生活を送ることになった。また、難民認定に関して、ドイツで滞在許可を取得するには、ドイツ語で書かれた書類を提出する必要があり、非常に難解であったと語る。その上、通訳ボランティアの人数が不足しているため、通訳を手伝ってもらえるとは限らない。そこで兄とアイハム氏は無料の語学コースやYouTubeでドイツ語の勉強をした。滞在許可は郵送で通知されることになっている。精神的圧力に潰されそうになりながら、毎朝通知が届いたかどうか確認した。1年後に許可を得ることができた。 アイハム氏は、ドイツで受けた人種差別の経験の一部を語った。ドイツでの生活で精神的に追い詰められ、病院に行った時のことである。ドイツでは、病院は予約制である上に、ドイツ語で対応しなければならない。ドイツ語で予約を取り、病院に行くと、医師から「難民はドイツを駄目にしている。シリアに帰って戦いなさい」、さらにアイハム氏の症状は「シリアに帰らないと治らない」と言われた。こうした差別的発言を受け、しばらくショックが癒えなかったと語った。その後、ドイツでは、シリアの卒業証明書は経歴として認められないため、ドイツの学校に通い、9年生(日本では中学3年生に相当)までの夜間クラスを終えた。ドイツで難民認定が取れなかった人々の存在について語り、2015年の欧州危機による難民は、戦争による難民であると述べて講演を終えた。
 次に、ムハンマド・ジュニ氏(1985年サイダー生まれのレバノン人)は、BBZのソーシャルワーカーという立場から、ドイツにおける難民認定の複雑なプロセス、難民の若年層がドイツで直面している諸問題、難民を支援するNGOの目的と活動内容について語った。初めに、庇護申請の手続きでは、難民はまず面接で、出身国で何が起こったのか、なぜここに来たのかと質問を受ける。面接が終わった後、庇護の認定または否認が言い渡される。庇護が認められた場合でも、どのカテゴリーの保護を受けられるのかによって、家族の呼び寄せや社会的保護が異なる点を指摘した。一方、庇護が認められなかった場合、一般的には強制退去になる。だが実際は、出身地で続く戦争を理由に、送還停止という立場に置かれている人々がたくさん存在することが指摘された。また、庇護を申請する各人の出身国によって、ドイツ国籍の取得までにかかる時間が異なる点を挙げた。例えば、レバノン、ギニア、エジプトなどの出身者は国籍取得までに3年から5年かかると述べた。  続いて、ドイツでの難民に対する人種差別に関しては、2015年から2016年にかけて難民を歓迎していた雰囲気が大きく一変し、現在では、難民が収容されるキャンプへの攻撃が増加傾向にある点を指摘した。人種差別の一例として、個人レベルでは、通りで唾をかけられる、ヒジャーブを取られる、罵倒されることが挙げられた。組織レベルでは、難民専用のキャンプでの住居選択の不自由と登録制により、家族が一緒に住むことができずコミュニティが切り離される点、他の町に外出する際に事前に許可が必要である点を指摘した。
 最後に、ムハンマド氏はBBZと、BBZ内部の一組織である「国境なき若者たち(Youth Without Borders)」の活動について述べた。ムハンマド氏自身の体験として、13歳の時ドイツに移住したが、当初は庇護申請が通らず、送還停止の立場であった。BBZのカウンセリングを受けた時、この立場では、ドイツで大学教育や職業訓練を法的に受けることができない現実を初めて知り、ショックを受けた。当時、担当のソーシャルワーカーから、BBZの活動に勧誘されたことを契機に、現在に至るまで活動を行っている。
 BBZの活動は、2004年頃の会合で、難民の若者たちが自分たちの苦難を、ドイツの政治家に説明するべきだと議論したことで始まった。それを実現するべく2005年に内務省会合の実施場所と同じ場所で、80人以上の若年層の難民を集めて会合を開き、それが成功した経緯を語った。BBZの活動目的として、若年層の難民が自身の声で語ること、難民自身が自分の権利と想像力を働かせる主体であり、自分を恥じないように伝えることを挙げている。具体的に言えば、難民の教育へのアクセスを求めるアドボカシー活動を行ったり、「我々抜きに語ることはできない」というスローガンの下、政治家との会合を定期的に開催したりしている。さらに、難民への情報提供として、庇護申請の手続きや学校教育を受ける方法などに関する冊子の発行、ドイツでの生活情報を提供するための公開イベントの開催などが紹介された。
 全体討論では、ドイツ国内の高齢化により労働需要が高まっている背景のもと、送還停止の立場にある若年層が、個別に職業訓練という形態で働くことは可能になったが、これは人道的な制度ではなく、経済的理由によるものである点、その上、難民は建築現場や看護を始めとする、ドイツで働き手が少ない職業分野で働くことを強く斡旋される状況がある点などが議論された。さらに、2015年危機によってドイツに渡った難民と、それ以前に既にドイツに来ていたシリア移民との関係性、シリアとドイツの間における故郷への意識、ドイツ国内で医師不足が深刻化する一方で、医師免許を持つ難民が医師として働くことができない現実などを中心に、ドイツにおける難民認定が抱える諸問題、移民/難民支援体制の実態について、非常に多くの質疑がなされた。研究者に加え、多くの学生や一般の方々が参加し、活発な議論が交わされた。

文責:児玉恵美(東京外国語大学総合国際学研究科・博士後期課程)


2019年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年9月28日(日)14:00~19:00
  • ■会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム(文京区本郷2-14-10)
    アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
    最寄駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分 / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分

    ※前回と会場が異なりますので、ご注意下さい。 当日は土曜日ですので、建物入口で4階の部屋番号を押して開錠をお願い致します。


  • ◆報告1:飛田麻也香(広島大学大学院国際協力研究科)
        「イスラエルおよびパレスチナ長期海外調査報告」(仮題)

  • ◆報告2:鈴木啓之(日本学術振興会・海外特別研究員)
        「東エルサレムの現状と課題:せめぎ合う境界と人々の諸相」(仮題)


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

第1報告 第1報告 飛田麻也香氏

   「イスラエル・パレスチナ歴史教科書対話をめぐる教員の認識」

 飛田氏の報告は、2001年から2009年のイスラエル・パレスチナ歴史教科書対話プロジェクトに参加したイスラエル人およびパレスチナ人教員に対する聞き取り調査に基づいたものであった。この調査は、2018年から2019年にかけてイスラエル/パレスチナに長期滞在する中で、報告者自身によって行われた。イスラエル・パレスチナ歴史教科書対話プロジェクトの目的とは、イスラエル人とパレスチナ人の教員がそれぞれの歴史教科書を書き、それを共有する過程を通して互いの歴史認識を学ぶだけなく、生徒達に異なる歴史認識の存在を教えることであった。プロジェクトでは1917年から2000年代までの歴史を書いた3巻のブックレット作成後、最終的にそれらを1冊にまとめた共通教科書が作られた。共通教科書の見開きの片方のページにはパレスチナ側から見た歴史、もう片方のページにはイスラエル側から見た歴史が書かれている。
 聞き取り調査は、上記のプロジェクトが教員の認識にどのような影響を与えたか明らかにすることを目的に行われた。報告では、プロジェクトに関する認識、教科書に関する認識、自己集団や他者集団に関する認識について説明がなされた。調査の結果明らかになったことを簡潔に述べるならば、以下のとおりである。①プロジェクト参加教員は直接的あるいは間接的つながりにより集められ、イスラエル・パレスチナ間の関係性に対して何からの問題意識があった。②参加教員はプロジェクトのプロセスや成果に対して困難はあったが、全体的に肯定的に捉えていた。③参加教員は教科書の使用に対して高いモチベーションをもっていた。④自他集団に対する認識については、他者に対する同情や自己集団に対する反省や批判が見られる一方、将来の相互関係のあり方については互いに二国家解決を支持しつつも、他者の解決に対する姿勢については懐疑的もしくは否定的であった。
 質疑応答では、プロジェクトの概要や歴史教科書の使われ方、聞き取り調査の方法について、詳細な質問がなされた。例えば、プロジェクトの参加総人数や参加者の背景、歴史教科書の発行部数や使われた時期と利用者、聞き取りの場所や時間についてなどである。さらに、聞き取り調査の結果をより発展させるため、これまでイスラエルとパレスチナで利用されてきた教科書の歴史などプロジェクトをめぐる背景説明の必要性といった指摘もなされた。

臼杵悠(一橋大学大学院経済学研究科)


第2報告 鈴木啓之氏

「東エルサレムの現状と課題:せめぎ合う境界と人々の諸相」

 鈴木氏は、エルサレムの「東西」におけるパレスチナ人とイスラエル人の間に引かれた暗黙の境界の存在や、人々の意識と行動について報告した。本報告は、鈴木氏自身が2018年4月から2019年9月までの期間、エルサレムで行った在外研究に基づくものである。特に、『歴史学研究』第981号の「大使館移転が映し出す『首都エルサレム』の現実:ナクバから70年を迎えたパレスチナ問題の行方」(2019年3月)を執筆した際に、紙幅の関係で掲載しきれなかった写真や日常生活の様子、在外研究での気づきについて共有された。
 鈴木氏は、エルサレム滞在時に起こった主な出来事として、アメリカ大使館のエルサレム移転(2018年5月)、帰還の大行進(2018年3月~)、イスラエル総選挙(2019年4月)を挙げ、その際の街中の様子を提示した。主要な論点は以下の通りである。 鈴木氏はまず、「東西」エルサレムにおける境界について、1948年第一次中東戦争で定められたグリーンライン沿いの無人地帯に、現在では住宅やトラムの駅が建設されることで、グリーンラインが徐々に消されている点、その一方で、2002年に建設を開始した分離壁による境界が明示化されてきた点を指摘した。それに加え、現地で暮らすなかで見えてきた第3の境界として、パレスチナ人居住区とイスラエル人入植地の間に、暗黙のボーダーが存在することを指摘した。例えば、交通手段であるシェルート、バス、トラムの行き先を事例に挙げ、エルサレムに暮らすパレスチナ人とイスラエル人が、暗黙のボーダーを意識しながら、相互に立ち入らないように生活している様子が示された。また、人々の移動の観点からは、パレスチナ人若年層が、イスラエル人一般の若者に似せた容姿に変えて、西エルサレムに「越境」して、食事や買い物を楽しむ様子、それに対し、イスラエル人はエゲット・バスやトラムで「通過」し、パレスチナ人との和平が必要だと主張する左派でさえも東エルサレムに行くことに恐怖を示した様子を指摘した。
第二に、鈴木氏は、アメリカ大使館移転と帰還の大行進の関係性について考察した。日本では、アメリカ大使館移転に怒りを示したパレスチナ人が、帰還の大行進を起こしたと報道される傾向があった。だが、むしろこの運動の背景には、外部からの二 重の経済的圧力(パレスチナ自治政府が公務員給料を削減することでハマースへの圧力、米国によるUNRWA資金供給の停止)がガザ地区の人々にかけられた事情があることを指摘した。  第三に、東エルサレム在住のパレスチナ人の現状について、①イスラエル国籍を申請するパレスチナ人が急増している背景に、先行きの不透明さと孤立があること、②ファイサル・フサイニーの逝去後、東エルサレムで有力な指導者が不在であるために、現在は個人や親族の単位による「蜂起」が行われていること、③旧市街では、パレスチナ人が居住する建物に入植者が住み込み、監視塔も設置されるなど、入植が進む実態について指摘した。だがパレスチナ人による各地域のローカルな運動は根強いこと、一方でローカルであるがゆえに統一行動に限界があることを指摘した。以上の報告から、鈴木氏は、東エルサレムのパレスチナ人社会の孤立が深刻化している現状を提起した。こうした「伝えられない日常」を研究者としてすくい上げていく意義が強調された。
 本報告に対して会場からは、ガザ地区での帰還の大行進に対する、ヨルダン川西岸地区・東エルサレムのパレスチナ人による共同意識の希薄化、イスラエル総選挙における支持政党の地域差の特徴、エルサレムにおける移動手段などについて質問が発せられた。現地でしか知り得ない経験を中心に、有意義な議論が交わされた。

児玉恵美(東京外国語大学総合国際学研究科・博士後期課程)

2019年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年7月14日(日)14:00~19:00
  • ■会場:慶應義塾大学 三田キャンパス(西校舎 514教室)
        最寄駅:田町駅(JR山手線/JR京浜東北線)徒歩8分
        三田駅(都営地下鉄浅草線/都営地下鉄三田線)徒歩7分
        赤羽橋駅(都営地下鉄大江戸線)徒歩8分
        ※地図上の5番の建物です。これまでと会場が変わりましたので、ご注意下さい。



  • ◆報告1:戸澤 典子(東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程)
        「ヨルダン川西岸地区のアメリカ系ユダヤ人入植者:2000年以降の移民定住を事例として」

  • ◆報告2:ハーニー・アブドゥルハーディ(慶應義塾大学大学院 博士後期課程)
        「イスラーム法からみるパレスチナ問題:二国家案・一国家案との比較検討に関する考察」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


報告

第1報告 戸澤典子氏

   「ヨルダン川西岸地区のアメリカ系ユダヤ人入植者:2000年以降の移民定住を事例として」

 戸澤氏は、まずヨルダン川西岸地区における入植の中で、ロシア系やウクライナ系などと比較してアメリカ系入植者の定住率の高さを示した。そして、このアメリカ系入植者の入植に関する既存の研究における移住という側面だけでなく定住・定着率に対する先行研究の不在という問題点を指摘した。戸澤氏は、この問題意識のもと、アメリカ系入植者の定住に関する諸要因をインタビュー等の質的研究を用いて明らかにした。それによって、最終的に、入植者らが、入植者であると同時に移民であるという側面を強調しつつ、既存の研究が入植者らの宗教的動機ばかりに注目をしてきたという検討を加えた。戸澤氏によると、アメリカ系入植者らは、ほかの地域からの入植者らと同様、言語による障壁や環境変化による困難を抱えやすいものの、英語の流通や、アメリカ系入植者らで構成される「バブル」のコミュニティ内の経済圏、IT技術の発展が定住を可能にしているという点で特異であり、入植者の強い動機だけでなく、こういった要因が入植、とりわけ定住を可能にしている。
 会場の参加者らからは、「定住」や「入植者」、「入植地」といった鍵概念に対する質問から、移民研究として位置付ける際の意義や、入植者らの思想的背景・価値観に対し、議論の根幹にかかわる質問がなされ、それにより、「入植」という問題の多様な側面が浮き彫りになった。また、報告者と参加者だけでなく、参加者間の見解のやり取りがみられ、非常に白熱した議論となっただけでなく、この分野における今後さらなる研究の必要性と発展を期待させるものであった。

保井啓志(東京大学大学院総合文化研究科)


第2報告 ハーニー・アブドゥルハーディ氏

「イスラーム法からみるパレスチナ問題:二国家案・一国家案との比較検討と現実性に関する考察」

 ハーニー氏は、パレスチナ問題が政治的な問題であると留意した上で、いわゆる二国家/一国家解決案が国際法をベースとした国民国家を想定する一方、多くの民族紛争がその限界性を提起していること、「パレスチナ自治区住民の89%がシャリーアをその土地の公式の法とすることに賛成」と回答したとする世論調査を例示するなどし、国際社会と当事者とが思い描く解決が乖離している可能性に着目。宗教的視座の必要性を指摘し、イスラーム学における一テーマとして、「イスラーム法の観点から考えるパレスチナ問題の解決とは」との問いを立てた。その中で一連の紛争を、イスラーム法が適用される領域としての歴史的パレスチナに対する不当な侵略行為をきっかけとしたジハードの展開とし、その解決案を、ジハードの終結という観点から検証した。
 ハーニー氏によると、イスラーム的なパレスチナ問題の解決は、ジハードとイスラーム的国家(カリフ制を想定)樹立の2点によって構成されるという。カリフ制が理念上は並立しないことから、EUに似た共栄圏が考えられるが、連合制であるEUに対し、カリフ制では主権はシャリーアにあるため、世襲君主の撤廃や西洋的な人定法の見直しなどが必要になり、現実的には困難である。こうした点などから、イスラーム的解決は既存の解決案とは大きく異なり、短期的に見て成功の可能性は低いとした。
 一方で、クルアーンには「カリフ制」に関する明文規定は存在せず、現代の国際法規範との整合を図ることが理論的に不可能ではない▽イスラーム法学の通説と、個々人の意図する「イスラーム的解決」の間には乖離がありうる▽「イスラーム的」解釈の流動性が担保されている、ことなどから、長期的にはイスラーム的/世俗的解決の二者択一ではない可能性を挙げ、西洋側もまた「イスラーム的解決」に対して目を向けることが必要と指摘。イスラエル側の理想的解決についても同様の見方で捉え直すことによって、折衷について考え、ひとつのオルタナティブの構築が可能になるのではないか、と結んだ。  会場からは、「シャリーアの認識について個人間で大きな差があるのではないか」「カリフ制国家が通説という認識はなかった、興味深い、」などの意見や、「ユダヤ人とシオニストは明確に区別すべきで、ユダヤ人共同体がすべてイスラーム共同体に敵対するものと捉えられてしまうのか」といった質問が発せられ、活発な議論がなされた。

荒ちひろ(朝日新聞東京社会部)

公開講演会/2019年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年5月19日(日)13:30~15:45(開場13:15)
  • ■会場:一橋講堂 中会議室1・2 (東京都千代田区一ツ橋2-1-2)
    アクセス http://www.hit-u.ac.jp/hall/accessjp.html
    最寄駅:東京メトロ半蔵門線、都営三田線、都営新宿線 神保町駅(A8・A9 出口)徒歩4分、
        東京メトロ東西線 竹橋駅(1b 出口)徒歩4分


  • 参加費:無料
    事前登録:なし (当日は、直接会場にお越しください)

  • 講演者:川上泰徳氏(中東ジャーナリスト、元朝日新聞記者・編集委員)
    「シャティーラの記憶 パレスチナ難民の取材からみえてくるもの」

  • 講演者プロフィール:川上泰徳(かわかみ やすのり) 1956年生まれ。中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・編集委員。カイロ、エルサレム、バグダッドに特派員として駐在し、イラク戦争や「アラブの春」を取材。中東報道で二〇〇二年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。現在はエジプトを拠点に取材活動を行なう。著書に『イラク零年』(朝日新聞社)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書) など。


  • お問い合わせ先 Eメール:palestinescholarship_pubtufs.ac.jp FAX:03 5427 1384 郵送:〒108-8345 東京都港区三田 2丁目15番45号 慶應義塾大学 研究室棟604B 錦田愛子研究室気付 パレスチナ学生基金事務局

  • 主催:パレスチナ学生基金
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点(人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)パレスチナ/イスラエル研究会


2018年度

2018年度第3回 関西パレスチナ研究会

概要

  • 日時:2019年2月16日(土)14:00-18:00
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA447(地図中34番の建物)   

  • ■プログラム(予定)

  • 14:00~14:20 開会挨拶・自己紹介

    14:20~14:30
    バシュキン氏の研究紹介:天野優(同志社大学大学院神学研究科博士後期課程、日本学術振興会
                特別研究員DC1)

    14:30~15:30
    基調報告:オリット・バシュキン(シカゴ大学教授)
    タイトル:The Birth of an Israeli Arab Jew: Iraqi Jews of the 1950s

    15:30~15:45 休憩

    15:45~16:00
    コメント:細田和江(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任助教)

    16:00~17:30 討論


  • ■主催:関西パレスチナ研究会
       (http://kansai-palestinestudies.blogspot.jp/)
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
       中東イスラーム研究拠点 (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

2018年度第4回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2019年2月11日(月・祝)13:00(開場12:30)-16:00
  • ■会場:東京大学東洋文化研究所 3階会議室(文京区本郷7-3-1)
    アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
    最寄駅:本郷三丁目駅(地下鉄大江戸線)から徒歩5分
        本郷三丁目駅(地下鉄丸の内線)から徒歩6分
        湯島駅(地下鉄千代田線)から徒歩9分
        東大前駅(地下鉄南北線)から徒歩15分


  • ◆報告:オリット・バシュキン氏(Dr. Orit Bashkin, University of Chicago)
    "Chanting the Prayers of Moses in the Nation of Muhammad"

  • ◆コメンテータ:酒井啓子氏(千葉大学)
            臼杵陽氏(日本女子大学)

  • ※ 英語(通訳なし)

    主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
        東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」


2018年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2018年12月16日(日)14:00(開場13:30)-17:30
  • ■会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム(文京区本郷2-14-10)
    アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
    最寄駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分 / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分


  • ◆報告1:保井啓志(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程
            日本学術振興会特別研究員)
    「テル・アヴィヴ、イェルサレム両都市におけるLGBTプライドの比較考察」

  • ◆報告2:山本健介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 特任研究員)
    「紛争下の都市社会と聖地:パレスチナ人にとってのハラム・シャリーフ」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)



2018年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2018年12月2日(日)14:00(開場13:30)-17:30
  • ■会場:東京外国語大学 本郷サテライト 3階セミナールーム(文京区本郷2-14-10)
    アクセス http://www.tufs.ac.jp/abouttufs/contactus/hongou.html
    最寄駅:地下鉄丸の内線・大江戸線「本郷三丁目」駅 徒歩5分 / JR中央線・総武線「御茶ノ水」駅 徒歩10分


  • ◆報告:清水学氏(有限会社ユーラシア・コンサルタント 代表取締役)
    「イスラエル経済の構造変化と産業政策ー先端技術輸出と外交政策」(仮題)

    ◆コメンテータ:鶴見太郎氏(東京大学准教授)

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


2018年度第2回 関西パレスチナ研究会

概要

  • 日時:2018年10月20日(土)13:00-18:30
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA447(地図中34番の建物)   

  • ■プログラム

  • 13:00~13:20 挨拶・自己紹介

    【第1部:研究報告】

    13:20~15:20(報告60分+討論60分)
    発表者:渡部敬子(大阪府立大学大学院博士後期課程)
    タイトル:「パレスチナポストにおけるネイションとしてのユダヤ人の構築」

    (休憩10分)

    【第2部:合評会】
    日本の植民地主義とパレスチナ問題との歴史的連関について、重層的抑圧という視点から分析した役重善洋氏の著書『近代日本の植民地主義とジェンタイル・シオニズム―内村鑑三・矢内原忠雄・中田重治におけるナショナリズムと世界認識』(インパクト出版会、2018年3月)の合評会を行います。
    *『近代日本の植民地主義とジェンタイル・シオニズム』
       http://impact-shuppankai.com/products/detail/270

    15:30~17:30(著者報告40分+コメント30分+討論50分)
    著者報告:役重善洋(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員)
    タイトル:「ジェンタイル・シオニズムを日本から見る:植民地主義の二項対立的理解を乗り越えるために」
    コメント:水谷智(同志社大学グローバル地域文化学部教授)

  • ■主催:関西パレスチナ研究会
       (http://kansai-palestinestudies.blogspot.jp/)
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
       中東イスラーム研究拠点 (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

2018年度第1回 関西パレスチナ研究会

概要

  • 日時:2018年6月30日(土)13:00-18:00
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA401(地図中34番の建物)
      

  • 13:00~15:00(報告60分+討論60分)
    研究報告:松野明久(大阪大学大学院国際公共政策研究科教授)
    タイトル:「占領、自決権、正統性〜イスラエル支配をどう分析するか」

  • 15:10~16:15(報告45分+討論20分)
    調査報告①:今野泰三(中京大学国際教養学部准教授)
    タイトル:「天国は外の世界ではなく、自分自身の中にある
         ーーパレスチナ・ウクライナ調査報告ーー」


  • 16:25~17:10(報告30分+討論15分)
    調査報告②:岡崎慎治(京都大学経済学部学部生)
    「学部派遣留学生の経験したパレスチナ/イスラエルーー所感と考察」

  • ■主催:関西パレスチナ研究会
       (http://kansai-palestinestudies.blogspot.jp/)
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
       中東イスラーム研究拠点 (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


2018年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2018年5月20日(日)14:00(開場13:30)-17:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 東洋文化研究所 3階大会議室
       最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
       東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • ◆報告1:飛田麻也香(広島大学大学院国際協力研究科 博士課程後期)
    「イスラエル・パレスチナ歴史教科書対話に関する研究―編纂・発行過程と教員の認識―」

  • ◆報告2:岡田真弓(北海道大学創成研究機構 特任助教)
    「パレスチナ/イスラエルにおける文化遺産マネジメント(仮)」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」


公開講演会「ナクバ70周年」

概要

  • 日時:2018年5月19日(土)14:30(開場14:15)~17:00
  • 会場:文京シビックセンター26階「スカイホール」東京都文京区春日1-16-21

  • プログラム(予定)

  • 講演: 臼杵陽氏(日本女子大学教授)
        「ナクバ70周年を未来に向けて回顧する」

        岡真理氏(京都大学教授)
        「Becoming―パレスチナ人《であること》パレスチナ人《になること》」

  • 参加費: 無料

  • 事前登録: あり 

    *参加をご希望の方は、お名前を明記のうえ下記の宛先までEメール、FAX、または郵送でお申し込みください。

  • 申し込み・お問い合わせ先
    Eメール:palestinescholarship_pub@tufs.ac.jp  FAX:042-330-5697
    郵送:〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 錦田愛子研究室気付 パレスチナ学生基金事務局


  • 主催:パレスチナ学生基金
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)パレスチナ/イスラエル研究会



2017年度

『パレスチナの民族浄化』刊行記念シンポジウム:日本におけるナクバ研究の深化に向けて

概要

  • 日時:2018年3月4日(日)13:00(開場12:30)~17:30終了予定
  • 会場:京都大学吉田南総合館南棟地下 共南01教室

  • 『パレスチナの民族浄化』(※1)の刊行によって、1948年のイスラエル建国にともなう パレスチナ人のナクバ(「大災厄」)の全体像に関するもっとも重要な歴史書の一つを 日本語で読み、議論を共有することが可能となった。イラン・パペ(※2)は本書で、 イスラエルの公文書とパレスチナ側の証言をもとに、パレスチナ人の追放作戦における マスタープランの作成と計画実施のプロセスを明らかにし、それが「民族浄化」という 国際的に裁かれるべき犯罪であることを告発する。そして占領の固定化やナクバの 記憶抹殺のためのイスラエルの政策が現在まで継続・再生産されていることを示し、 イスラエル国家のあり方を鋭く批判している。

     本シンポジウムは、同書刊行の意義を確認するにとどまらず、それぞれの研究者が 自身の問題意識に同書の内容をひきつけ多角的に議論することを通じ、日本における ナクバ研究の深化に貢献することを意図している。原著刊行から10年が過ぎ、 ナクバ研究における本書の立ち位置がいっそう鮮明にはなっているが、一方でそれは 他地域における「民族浄化」の事例の理解を深める手がかりとなりうるのか。ナクバの 歴史経験によって導き出されるイスラエル国家のあり方への批判は、現在の国民国家体制を 問う手法としてどこまで有効なのか。他地域における「民族浄化」の背景・手段・経緯と 照らし合わせ、ナクバおよびその背景にある植民地政策の特異性を浮き彫りにしつつ、 こうした問いを検討してみたい。国家体制のあり方が世界各地で行き詰まりを見せるなか、 現在の日本社会のあり方を問題化するアクチュアルな市民的関心とも交差することを期待したい。

  • プログラム(予定)

  • 司会:岡真理(京都大学大学院人間・環境学研究科)

    【第1部】:パレスチナ研究と「民族浄化」
    [訳者報告]
    ・早尾貴紀(東京経済大学経済学部)
    ・田浪亜央江(広島市立大学国際学部)
    [問題提起・1]
    ・高橋宗瑠(元国連人権高等弁務官事務所パレスチナ副代表)
    ・金城美幸(日本学術振興会特別研究員RPD)

    【第2部】:異なる視点/他地域からの介入
    [問題提起・2]
    ・鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
    ・松野明久(大阪大学大学院国際公共政策研究科)
    ・安岡健一(大阪大学大学院文学研究科)

    訳者からのコメント
    フロア・セッション

    ●主催:
    関西パレスチナ研究会
    京都大学大学院人間・環境学研究科 岡真理研究室
    東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所中東イスラーム研究拠点(人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    パレスチナの平和を考える会

    ●連絡先:palestine.kansai〓gmail.com(〓を@に)

    (※1)『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』(イラン・パペ著、田浪亜央江・早尾貴紀訳) 法政大学出版会、2017年11月刊行。

    (※2)イラン・パペ Ilan Pappe (1954-) 1948年に制圧されイスラエル領内となったパレスチナ北部の 都市ハイファに生まれる。ハイファ大学講師を経て、現在イギリス・エクセター大学教授。イスラエル建国期のパ レスチナ現代史を中心とするパレスチナ・イスラエル研究を専門とする。1990年代、実証的な歴史研究を行い、 イスラエルの建国史に関わる支配的な歴史観に異を唱える「新しい歴史家」の一人とされた。パペの仕事につい て知ることのできる日本語刊行物として講演録『イラン・パペ、パレスチナを語る』(つげ書房新社)がある。


2017年度第7回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2018年3月11日(日)14:00-19:00
  • 会場:東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所3階マルチ・メディアセミナー室(306)
       最寄駅:西武多摩川線 多磨駅
       JR中央線「武蔵境駅」のりかえ,西武多摩川線「多磨駅」下車,徒歩5分
       改札を出たら左折,線路下の地下通路を通り抜けると前方に大学が見えます

       ※いつもと会場が異なりますので、ご注意下さい。
        当日は日曜日ですので、建物入口右側の階段からお上がり願います。

  • ◆報告1:池田有日子(九州大学法学部 非常勤講師)
    「アメリカ・シオニスト運動とパレスチナ-1942年ビルトモア会議からイスラエル建国まで」

  • ◆報告2:武井彩佳(学習院女子大学国際文化交流学部准教授)
    「冷戦の力学とパレスチナ問題-ヨーロッパ現代史の視点から」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

国際ワークショップ "Jews and the Center/Margin of the Contemporary Society"

概要

  • 日時:2018年1月30日(火)14:00-18:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
      最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
      東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • ◆使用言語:英語(通訳なし)

  • ◆報告1:14:00-15:30
     シーナ・アーノルド(Sina Arnold)フンボルト大学移民統合研究所研究員
     Between Antisemitism and Racism: Syrian Refugees’ attitudes towards Jews,
     the Holocaust and the Middle East Conflict in Germany.
     (反セム主義と人種主義の間:ドイツにおけるシリア難民とそのユダヤ人、ホロコースト、
     中東紛争に対する関わり)

  • *アーノルド氏は、アメリカおよびヨーロッパ社会における反セム主義と、ドイツのイスラーム教徒を中心とした移民受け入れに関する研究がご専門です。
    https://www.bim.hu-berlin.de/en/persons/dr-sina-arnold/

  • ◆報告2:15:45-17:00
     澤口右樹 東京大学大学院 総合文化研究科地域文化研究専攻
     「人間の安全保障」プログラム修士課程
     Women and the Military in Contemporary Israel: Through Narratives of Women’s
       Military Experiences
     (現代イスラエルにおける女性と軍隊:女性の軍隊経験の語りから)

  • 総合討論(17:00-18:30)

  • 主催:科研費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)
       課題番号16KK0050(研究代表者:錦田愛子)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
    (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


  • ■Workshop "Jews and the Center/Margin of the Contemporary Society"
  • ■Date: 30 January, 2018, Tue. 14:00~18:30
  • ■Venue: Conference Room No.1, 3rd Floor,
      Institute for Advanced Studies on Asia, the University of Tokyo
  • ◆Languate: Enlgish

  • ◆Program
  • 14:00-15:30 Session(1) Sina Arnold
    Title: Between Antisemitism and Racism: Syrian Refugees’ attitudes towards Jews, the Holocaust and the Middle East Conflict in Germany.

  • Talk (30min), Discussion (60min)

  • Sina Arnold is Post-Doctoral Researcher/ Scientific Managing Director of BIM (Berliner Institut für empirische Integrations-und Migrationsforschung), Humboldt-Universität zu Berlin. She is also a member of the Department "Integration, Social Networks and Cultural Lifestyles"in BIM. Her research topics include theories of antisemitism, antisemitism in social movements and migrant communities; Muslims in Germany, anti-Muslim racism; comparative research on prejudice; migration, digitality and logistics.
    https://www.bim.hu-berlin.de/en/persons/dr-sina-arnold/

  • 15:30-15:45 Tea Break

  • 15:45-17:00 Session(2)  Yuki Sawaguchi(Master’s course of Graduate Program on Human
                 Security, Department of Area Studies at Graduate School of Art
                 and Sciences,The University of Tokyo)
    Title: Women and the Military in Contemporary Israel: Through Narratives of Women’s Military Experiences

  • Talk (30min), Discussion (45min)

  • 17:00-18:30 General Discussion

報告

第二報告 澤口右樹氏
“Women and the Military in Contemporary Israel: Through Narratives of Women’s Military Experiences.”

 澤口氏の報告は、他国の軍隊と比較してイスラエル国防軍に女性の参加率が高いことに着目し、その背景と課題を明らかにしようと試みるものであった。
 まず、軍隊における女性の役割について述べた先行研究を整理する中で、澤口氏はイスラエル国防軍における男性に対する女性比率が、国際的に見て非常に高い点を指摘した。その上で、先行研究で女性の軍隊参加を決定づける4点(軍組織、社会構造、文化、政治)に、5点目の要素「宗教」を加えて分析を行った。具体的には、免除規定が男性に比べても多いものの、女性にも一定期間の兵役が課せられている点、その一方で軍隊内での高い職位に女性が着任することが稀である点、イスラエルでは兵役が大人として認められる行為の一つとなっている点、一方で女性に母親としての役割が社会から期待されている点などが指摘された。また、イスラエル政府が「ピンク・ウォッシング」と批判を受ける程に、性的少数者の保護やジェンダー間の平等を政策として押し進めていること、占領政策によって男性性(暴力性)が再生産されていること、宗教界(超正統派)からは女性を軍隊に参加させないようにする圧力と女性兵士の存在を支持する動きの双方があることが示された。
 さらに、実際に軍隊に参加した10人のイスラエル人女性へのインタビュー調査を通して、出身の社会階層によって軍隊内で任される職位や任務に対する満足度が異なる点を澤口氏は指摘した。具体的には、社会的に低い階層出身の女性は軍隊の勤務で満足感を得たと回答したが、中流階層出身の女性はやりがいのある仕事を好み、秘書のような任務には不満を示した。
 以上の分析から澤口氏は、イスラエルにおいては、ジェンダーに関するイデオロギーによって女性の職位に制限が依然として存在する点、また女性自身も軍が提示する男女の二項対立的なジェンダー観(強さを男性的なものに、弱さを女性的なものとする捉え方)を内面化していると結論づけた。
 上記の報告に対して会場からは、「ピンク・ウォッシング」という用語の使用に関する問題点、女性が国家の政策に対して見せる反応(制度を自らに有利なものとして利用することを含む)、宗教界を代表するグループの定義、実際の女性将校や将軍の割合の確認、前半と後半の分析の結びつきなどに質問が発せられ、活発な議論が交わされた。

鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)

関西パレスチナ研究会 2017年度第3回研究会

概要

  • 日時:2018年1月27日(土)13:00-18:00
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA401(34番の建物)

  • ◆研究報告1:13:00~15:00
         鴨志田聡子(かもしだ・さとこ)
         (東京大学大学院人文社会系研究科研究員、東京外国語大学・関東学院大学非常勤講師)
         タイトル:「建国が生んだ「ディアスポラ」:エジプトのユダヤ人の場合」

  • ◆研究報告2:15:10~17:10
         高橋宗瑠(たかはし・そうる)
         (立教大学講師、元国連人権高等弁務官事務所パレスチナ副代表)
         タイトル:「国連とパレスチナの人権保護」


  • *ご参加の方は、資料準備の関係上
     事務局の金城( honeyneypool[at]gmail.com :[at]は@に変えて下さい)までご連絡下さい。

    ■主催:関西パレスチナ研究会
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


2017年度第5回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2017年12月10日(日)14:00-17:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
      最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
      東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • ◆報告1:鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員PD[日本女子大学])
          「長い導火線:蜂起の系譜からインティファーダを問い直す」

  • ◆報告2:南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程)
          「現地調査報告:現象としてのインティファーダを再考する」

  • ◆コメンテータ:立山良司氏(防衛大学校名誉教授)


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

報告2:鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員PD[日本女子大学])
     
「長い導火線:蜂起の系譜からインティファーダを問い直す」

 鈴木氏は、まず英国委任統治期の政治運動に触れた後、特に報告者が専門とする、1987年のインティファーダとそれ以前の20年間(1967年の占領開始以降)の関係について議論した。報告によれば、1987年のインティファーダにおいて、匿名化(組織ベースでの政治声明の発信)、運動化(意見書ではなく、実践的な行動の呼びかけ)、脱公化(新聞メディアではなく、ファックスによる伝達、印刷所での文書発行)といった新たな現象が生じたとされる。そして、そうした変化は、著名な政治指導者に対する追放といったイスラエルの政策に対する対応として生じたものであると説明された。
 さらに、その上で、鈴木氏は、1987年以降の政治運動における展開との差違を念頭に置きつつ、1987年の蜂起では、被占領地外で活動していたPLOと占領下の民衆が「独立国家建設」という目標を共有し、また、諸政治勢力の間での対立関係が解消されたことで、広範で持続的な運動が可能になったと指摘した。このような点は、2000年のアル=アクサー・インティファーダやそれ以降の政治状況が、党派間の調整を欠いた分断の状態にあることと対照的である。これらの指摘から、「インティファーダ」が神話的な意味合いを帯びた用語、スローガンとして用いられ、再三にわたりその再開が宣言される現状がある一方で、1987年の蜂起のような運動が再発生は現時点では想定しづらいと指摘し、「アラブの春」を経た、新たな形での民衆運動の可能性を示唆した。
 立山良司氏のコメントや討論においては、インティファーダとメディアの関係(世界への発信や運動における情報伝達など)が広く議論されたほか、現代的展開との関係では、パレスチナ人の民衆蜂起における異議申し立て対象やその内容的な変化といった論点で討論が行われた。鈴木氏の報告は、民衆蜂起における活動手法から、運動の目標やそれらを取り巻く政治環境に至るまで様々な論点を提示するものであったため、会場の参加者からも各々の関心に引きつけた様々な質問が出され、有意義な議論が行われた。

文責:山本健介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)


報告2:南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程)
     
「現地調査報告:現象としてのインティファーダを再考する」

 南部氏の報告は、現在のパレスチナでインティファーダがどのように記録され、捉えられているのかについて、現地での調査を踏まえて報告するものであった。報告では調査テーマに沿い、主に囚人の表象に関する問題を扱った。すなわち、囚人が現代のパレスチナ社会でどう認識されているか、という点である。
 パレスチナ社会においては投獄そのものが一種の通過儀礼となっている中で、囚人が英雄として神格化される傾向にある。そのため、第一次インティファーダ期に投獄された経験を持つパレスチナ人の中には、出所後もつきまとう「英雄の理想化」に悩む人もいるという。また、第一次インティファーダの記憶を若い世代に継承しようという文化活動も行われている。しかしながら、囚人の連帯デモに集まりにくいなど若者の関心は薄まっている一方で、未成年者の逮捕数自体は増加しているという。パレスチナ自治政府とイスラエル当局との治安協力に対する反対の声も大きくなっており、世代を越えた社会の一体性の欠如が大きな問題となっている。そのような中での「英雄像」の役割が投獄経験者および社会にとってもどのような役割を果たして行くのか、が今後の研究課題として示された。
 参加者からは逮捕および投獄など用語の使い方についての質問や、調査対象はどの地域に居住する人か、すなわち、東エルサレムかヨルダン川西岸地区かという確認が行われた。また、未成年が逮捕された場合についての処遇やその後の社会での位置づけについての質問も聞かれた。

(文責:臼杵悠 一橋大学大学院 博士後期課程)

国際ワークショップ"Health and Peace of Palestinians"

概要

  • 日時:2017年11月27日(月)13:30-16:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
      最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
      東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • ◆モデレーター 清田明宏 (局長 UNRWA保健局)

  • ◆講演者 リタ・ジアカマン(Rita Giacaman)
      (所長・教授、地域・公衆衛生研究所ビルゼイト大学、パレスチナ)

  • ■プログラム
       開催趣旨(13:30~13:40)
       講演(13:40~14:10)
       講演タイトル:"Political Determination of Health: A case of Palestinians"
       講演者:リタ・ジアカマン(Rita Giacaman)(ビルゼイト大学、パレスチナ)

  • *リタ・ジアカマン氏は、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区のビルゼイト大学地 域保健・公衆衛生研究所の教授で所長です。また、同研究所の創設者でもありま す。パレスチナにおける保健分野の研究の第一人者であり、現在は、社会的心理 的な健康状態に関しての計測方法の開発や、継続する紛争下での若者がレジリエ ンス力や抵抗力をつけるための有効な介入方法に関しての研究等に取り組んでお られます。 http://icph.birzeit.edu/about/faculty-staff/rita-giacaman

    論文:
    http://icph.birzeit.edu/research/publications

    質疑応答(14:10~14:45)
    休憩  (14:45~15:00)
    総合討論(15:00~16:30)


  • 主催:「慢性紛争下における栄養問題の二重負担:克服の鍵としてのヘルスリテラシー」研究班
       JSPS科研費16KT0039
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」


2017年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2017年11月11日(土)14:00-17:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程単位取得退学)
          「バルフォア宣言の成立と政策化のプロセス」

  • ◆報告2:赤川尚平(慶應義塾大学法学研究科政治学専攻博士後期課程)
          「イギリスのイスラーム政策からの再検討」

  • ◆報告3:臼杵陽(日本女子大学文学部史学科教授)
          「現地パレスチナでどう受けとめられたか」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程単位取得退学)
     
「バルフォア宣言の成立と政策化のプロセス」

 武田報告は、バルフォア宣言の背景となる第一次大戦期の英国の対中東政策を検証した。とりわけ、宣言が成立した要因や政策化過程において、英国政府内にも多様な意見決定があったことを示し、帝国史の流れのなかで宣言がいかに位置づけられるかを検討した。
 宣言に先立ち、英国政府によるパレスチナ確保を決定づけたのは、1915年のド・ブンセン委員会だったと言われている。確保案には当初、英国政府内でも相違があったが、地政学的関心からハイファを確保しようと積極的な働きかけを行ったインド省や石油担当らの資料から、政府内で合意が形成されていく過程が示された。当時の英国の対中東政策は、海軍力の維持や石油利用が拡大する戦後世界で影響力を行使する狙いから、同地域における石油資源の独占が最優先課題になりつつあったことが背景にある。
 他方で、その統治手法については、ユダヤ人のパレスチナ入植を利用することで同地域への安価で安定的な政策を図ろうとする提唱が、政府内でも一定の支持を得ていた。そのような中、1917年6月にフランス外相カンボンがユダヤ人の復興を勧奨する手紙を出したことで、イギリス外相バルフォアも何らかの宣言を出すべきだという流れが生まれた。当時、パレスチナに対する重要性の認識は英国政府内でも相違があり、必ずしも英国単独で統治する必要性は重視されていなかった。だが同年10月には、英国政府内で宣言に対する賛否案が集約され、11月2日に宣言が公布された。
 これらのことから、バルフォア宣言は、石油資源確保を見据えた同地域の支配を含む、戦後世界を再規定するための帝国主義政策の文脈のなかで、現地への影響力を確保しておきたい英国が暫定的に出した側面が大きいと報告者は解釈した。
 本報告ではバルフォア宣言に至るまでの英国政府内の動向が、帝国史の流れに沿って詳細に提示されたが、質疑では宣言の起草過程や成立に誰が、どのように関わっていたのかがより詳しく分かればよかったとのコメントもあがった。

(文責:南部真喜子 東京外国語大学大学院総合国際学研究科 博士後期課程)

報告2:赤川尚平(慶應義塾大学大学院法学研究科 後期博士課程)
     
「イギリスのイスラーム政策からの再検討」

 赤川氏の報告は、バルフォア宣言を中心とする所謂「三枚舌外交」の政策決定過程を、イギリスによるイスラーム認識、とりわけ第一次世界大戦前から継続してきたパン・イスラーム主義への対応という観点から読み直すというものであった。 先行研究としては、①イギリスの対中東・パレスチナ政策研究、②パン・イスラーム主義研究、③カリフ論研究が挙げられた。赤川氏は各々が個別に研究されてきたことを指摘したうえで、イスラーム認識と対中東政策という2つの文脈の接続を試み、これによって大戦期のイギリスの中東政策の底流のひとつを浮かび上がらせることが可能になると提唱し、この立場から議論が展開された。
 まず、19世紀におけるパン・イスラーム主義の勃興は、イスラーム世界の精神的連帯という幻想を生み、イギリスはそうした認識を通じて中東政策を構築しようとていたことについて議論がなされた。すなわちイギリスは、オスマン帝国崩壊後における地域秩序の正当性を担保するものとして、イスラームとその精神的指導者としてのカリフに期待感を抱いていた。しかし結果的には、イギリスの本国・カイロ・インド政府間で、そしてムスリム間でも思惑の齟齬が表面化した。これによりイギリスにとっては当初の期待が幻想にすぎないことが判明すると、次第にイスラーム世界への関与を弱めていくこととなったのである。バルフォア宣言はというと、こうしてイギリスの政策から「イスラーム政策」としての性格が失われつつあったこの時期に、異なる文脈で生じた必要に対応する中で形成されたのであり、いわば「浮いた」存在であることが理解できると指摘した。加えて、バルフォア宣言をはじめとする「三枚舌外交」は、むしろイギリス内部が一枚岩ではなかったことを背景に生じたという示唆もなされた。
 質疑での中心的議題としては、赤川氏の報告を含む、今回の3つの報告をどう位置付けて考えるか、といったものが目立った。とりわけイギリス史という視点から見た武田氏と赤川氏による報告は相補的なものとして捉えられるのかといった質問については、三枚舌外交においてバルフォア宣言が果たした役割の重要性について指摘がなされるなど、活発な議論が行われた。

(文責:ハディ ハーニ 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 後期博士課程)

報告3:臼杵陽(日本女子大学文学部史学科教授)
     
「現地パレスチナでどう受け止められたか」

 本報告では主として、バルフォア宣言内の文言の変遷を検討し、同宣言がパレスチナに与えた影響が議論された。
 まず、起草段階で現れた5つの草稿のなかで変化した文言が検討されたが、ここからは舞台裏にあった閣僚たちの多様な思惑と、それを最終的には覆い隠す文言を採用する「老練さ」が示された。報告で特に重視されたのは、起草の途中段階で挿入された「パレスチナに存在する非ユダヤ人諸コミュニティ」 についての言及箇所である。この箇所は一見、パレスチナの先住者の権利を保証する内容に見えるが、それは結果的にパレスチナ・アラブ社会に分断を埋め込むものだったとされた。つまり、従来パレスチナのユダヤ教徒はアラビア語を話すパレスチナ・アラブ人の一部だったのだが、同宣言ではパレスチナにおける「ユダヤ人」と「非ユダヤ人」というカテゴリーが設定されたため、パレスチナ・アラブ人からアラビア語話者であるユダヤ教徒を差し引いた「アラブ人」という発想が生まれたのである。
 臼杵氏はこの点を、板垣雄三氏によるヨーロッパ的ユダヤ人問題のパレスチナへの押しつけだという議論と重ねつつ説明した。さらに、これは同宣言が現地にもたらした影響だったと同時に、パレスチナ・アラブ人の側も分断を意識せぬまま引き継いでしまった点が悲劇だとされた。そしてこの悲劇は、第1次世界大戦後の「民族」を単位とした分断という文脈(ギリシャ・トルコ、インド・パキスタンの分断など)に位置づける必要があるという広いパースペクティブが示されて報告が締めくくられた。
 参加者からは、分断はどの程度意図的に生み出されたのか、分断をもたらす英の政策が現地で理解されるようになったのはいつかなどの質問が出た。また、パレスチナ・アラブ人の側からユダヤ教徒を括り出した例として言及されたムスリム・クリスチャン連合については、むしろ十字軍との重なりをほのめかした英アレンビー将軍の振る舞いに対抗した動きだという指摘があった。さらに、ユダヤ教徒との隣人関係が歴史的にあったパレスチナ・アラブ社会において、宣言中の「ユダヤ人の民族的郷土」とはいかなるものとして理解されたのか、宣言は委任統治下のパレスチナ・アラブ人の民族運動における「国家」の想像力にも影響したのではないか、との指摘も出た。

(文責:金城美幸・日本学術振興会特別研究員RPD)

2017年度第2回 関西パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2017年10月7日(土) 13:00~18:00
  • 会場:立命館大学大阪いばらきキャンパス B棟4階研究室1

  • ■プログラム
    13:00~15:00:研究報告
               田浪亜央江 (広島市立大学国際学部)
               「オスマン末期パレスチナ人の旅と望郷 ハリール・サカーキーニー日記を
                中心に」(日本語での報告)

  • 15:10~17:10:調査報告
               イヤス・サリーム Iyas Salim(同志社大学高等研究教育機構)
               "Second-Chance Education, The Case of Palestine: Education
                 Under Occupation"(英語での報告、通訳なし)


    ■主催:関西パレスチナ研究会
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
        (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

「パレスチナ占領50年」企画連続国際シンポジウム

概要

  • |東京会場|
    日時:2017年7月2日(日)(12:30開場)13:00開始 17:00終了
    会場:東京大学本郷キャンパス 福武ラーニングシアター(福武ホールB2)
    講演:『イスラエルにとってのパレスチナ占領:1967年から2017年の変化』  アヴィ・シュライム
        『パレスチナにとって占領されることの意味』  ハリール・ナハレ
    主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

  • |大阪会場|
    日時:2017年7月5日(水)(18:15開場)18:30開始 21:20終了
    会場:大阪ドーンセンター4階 大会議室1
    講演:『「中東和平」は何処へ?:パレスチナ社会の再建に向けて』 ハリール・ナハレ
    主催:パレスチナの平和を考える会
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
      (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業), 関西パレスチナ研究会

  • |京都会場|
    日時:2017年7月6日(木)18:30-21:00(開場18:15)
    会場:吉田南キャンパス、総合館 南棟地下 共南01教室
    講演:『パレスチナ占領はイスラエル社会に何をもたらしたか』 アヴィ・シュライム
       (聞き手:岡真理)
    主催:京都大学大学院 人間・環境学研究科 岡真理研究室
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

  • |広島会場|
    日時:2017年7月9日(日)(13:30開場)14:00開始 17:00終了
    会場:「ひと・まちプラザ」マルチメディアスタジオ
    講演:『英国とパレスチナ:バルフォア宣言から現在まで』 アヴィ・シュライム
        『個人目線から語る占領』 ハリール・ナハレ
    主催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
        (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:広島-中東ネットワーク
       科研費基盤B「中東・ヨーロッパ諸国間の国際政策協調と移民/難民の移動
       に関する研究」(研究代表者:錦田愛子、課題番号17H04504)

報告

東京会場

アヴィ・シュライム氏「イスラエルにとってのパレスチナ占領:1967年から2017年の変化」


 アヴィ・シュライム氏による報告は、占領者となったことでイスラエル社会が被った影響を、歴史的な経過を追って指摘する示唆に富むものであった。まず、報告の内容について要約し、最後に私見を述べたい。
冒頭では、1967年の「六日間戦争」(第三次中東戦争)が、シュライム氏自身によっても個人的なトラウマであったことが紹介された。氏の言葉を借りれば、イスラエル軍は「イスラエル国防軍」(Israel Defense Force)から、「野蛮な植民地主義勢力」(Brutal Colonial Power)へと豹変した。ただし、その後のイスラエル政治を特徴付けるかに見えた「拡張主義」(expansionism)は、「六日間戦争」の動機ではなく、戦争の結果であったと指摘する。イスラエルが関与した戦争には、第一次中東戦争(1948年)のように選択の余地なく行われたものと、第二次中東戦争(1956年)やレバノン戦争(1982年)のように、イスラエルが自ら選択した戦争が存在する。そのなかで、1967年の「六日間戦争」は、その両者の性格を併せ持ち、また中東地域の紛争において、大きな転換点となった出来事であった。シリアとエジプトに対しては、政治的譲歩を引き出すことが叶えば、占領したゴラン高原とシナイ半島をそれぞれに返還する選択肢が当初から存在した。一方で、西岸地区とガザ地区の扱いが政権内部でも議論の焦点となった。1977年にイスラエルに成立したリクード政権は、ジュネーブ第四条約に照らして違法な民間人入植地を地域全体に広げることで、支配の既成事実化を進める。1978年のエジプトとのキャンプ・デーヴィッド同意においても、西岸地区とガザ地区の扱いは変化しなかった。
 シュライム氏は、自著のタイトルにもなっているウラディミール・ジャボティンスキーの「鉄の壁」(iron wall)の論理を、①壁の後ろにユダヤ人国家を確立し、②周辺国がこのユダヤ人国家の存在に異議を唱えなくなった段階で譲歩を引き出すために交渉を行う、という二段階で紹介した。そして、この第二段階にイスラエルの歴史上はじめて臨んだ首相が、イツハク・ラビンであったと指摘する。すなわち、ラビンによるオスロ合意の締結と、重要事項(入植地の処遇、エルサレムの帰属、国境の画定など)の棚上げである。オスロ合意後の和平交渉は2000年に崩壊するが、シュライム氏は、自身の見解として「入植地」が和平崩壊の第一の要因であると述べた。そして、2006年のパレスチナ議会選挙におけるハマース躍進に対する反応と、2008年から3回にわたったガザ地区に対する攻撃によって、現状のイスラエル政府は、史上もっとも右派的で人種主義的なものとなっていると非難を隠さない。
最後にシュライム氏は、占領によってイスラエル社会が被った影響はあらゆるレベルで否定的なものであると述べて、議論を総括した。すなわち、非積極的な意味でのナショナリズムの深刻化、人種主義的な態度の蔓延、治安産業の拡大(イスラエルで見られるアラビア語学習熱と、アラビア語学習者による治安産業への就職)、イスラエル国会(クネセト)での入植地に対する過度な優遇などである。こうした課題に対して、イスラエル国内では労働党(野党)の右傾化もあって、変化が実現されるとは考えにくく、現状に変化が訪れるとしたら外部からであろうと指摘し、「こうした悲観的な見方で議論を締めくくるのは残念だ」と述べて報告を終えた。
 以下は私見であるが、現代イスラエル社会が抱える問題を、この50年間の歴史的な経過から浮かび上がらせるシュライム氏の議論は精緻であり、一方で結語では自身の見解を隠さずに述べる点に、研究者としてのシュライム氏の誠実さが表れていると感じられた。シュライム氏は、イスラエルで兵役についた経験を持つ一方で、そのイスラエル社会を批判する視点を持ち合わせるなど、対象との「間の取り方」に優れた特徴を見せる。特に、イスラエルの建国に関わる1948年当時の歴史や、ヨルダンとイスラエルの秘密交渉などに関するシュライム氏の研究は、パレスチナ/イスラエル研究を専門としない者でも、歴史的な視座の置き方、対象との距離の取り方について、深い示唆を与えてくれることだろう。シュライム氏は、日本語で出版された自著『鉄の壁』(ハードカバー・2冊本)の読者に向けて、こうも言っている。「ご購入頂いた皆さまに心からお願いがあります。・・・足を怪我しますから、決して本棚から落とさないでください!」。シュライム氏の絶妙な「間の取り方」はジョークにも一役買っているようであり、会場は大きな笑いに包まれた。

(文責:鈴木啓之・日本学術振興会特別研究員PD)



広島会場

2017年[バルフォア宣言100年、占領50年]に、パレスチナ/イスラエルの過去と現在を考える


 アヴィ・シュライム (Prof. Avi Shlaim)氏は『英国とパレスチナ:バルフォア宣言から現在まで』("Britain and Palestine: From Balfour to the Present")という演題で、パレスチナ問題に対する英国政府の対応とイスラエルによるパレスチナ占領の不合理について語った。バルフォア宣言とは、ユダヤ人の民族郷土をパレスチナに建設することに対する英国の賛意表明である。「バルフォア宣言当時、パレスチナ住民の90%はアラブだった。シオニストが2000年以上も前の話を持ち出して民族郷土建設を進めていったことは、国際法に照らせば明らかに違反だ」とシュライム氏は聴衆にわかりやすく説明を行なった。
 さらに、シュライム氏はバルフォア宣言に「『パレスチナに住む非ユダヤ人コミュニティ(the non-Jewish communities in Palestine)』の市民権、宗教的権利を害さないこと」という内容が併記されていたことにも言及し、英国政府はパレスチナ人のこれまでの受難に対して責任を微塵にも感じておらず、為政者のなかに植民地主義的な考えが今なお根深く存在していることを厳しく指摘した。2017年4月にシュライム氏を含む1万人もの人々がバルフォア宣言に対する謝罪を英国政府に要求した際にも、同政府は「謝罪するつもりはない」との返答を寄せ、そのなかに『パレスチナに住む非ユダヤ人』というアパルトヘイト的表現が再び認められたという。
 ハリール・ナハレ氏(Dr. Khalil Nakhleh)は、『個人目線から語る占領:進行する土地支配』("My Personal Narrative of Occupation: The Ongoing Control of the Land")というテーマで講演された。講演の中心は、故郷であるガラリヤ地方北部のアッラーメ村をイスラエル軍に占拠されたナハレ氏の幼少期の体験である。オスマン帝国時代よりアッラーメ村の人々は宗教、宗派関係なく平和に共存していたが、イスラエル軍が1948年10月に行ったヒーラーム作戦によって状況は一変した。ナハレ氏の生家はイスラエル兵に占拠され、父、身重の母、そして5人の子供たちは強制退去を余儀なくされた。その日以降、アッラーメ村はイスラエルから軍事統治され、自らのリーダーを選ぶ権利を奪われ、監視や移動の制限など不当な行為を受けており、その苦難は今日まで続いている。
 ナハレ氏は講演の冒頭で、ユダヤ人とパレスチナには「論争的」な歴史やナラティブ(説話)があり、それらはそれぞれの立場にとって等しく正統性を持つものであると語った。ゆえに、イスラエル・パレスチナ紛争の起源について、「論争的」な歴史やナラティブによって導出すれば行き詰まってしまうという。ナハレ氏は、パレスチナ問題に対して正義の実現と倫理的な修正が実行されるその日まで、ナクバ(大災厄)を経験した自身の体験を記録し伝え続けていくと聴衆に語った。
 質疑応答では「パレスチナはなぜユダヤ人にとって約束の地なのか」という素朴な疑問から、パレスチナ問題を解決するために二国解決を支持するのかということについて、シュライム氏にさらなる説明を求める声があった。ひとしきり質疑が終わった ところで、ナハレ氏から「なぜ、日本人はプロ・シオニスト政権である安倍政権を支持するのか」というストレートな質問がフロアに対して投げかけられた。フロアからは「日本人はパレスチナ問題に対してあまりに無知だから」「今の東アジアの安全保障状況を考えると、米国に追随する以外の方法がないから」などと、広島市民という視点ではなく、あくまで日本国民という立場から答える市民の姿が印象的であった。

(文責:田中友紀・九州大学比較社会文化学府博士課程後期)

2017年度第1回 関西パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2017年6月3日(土) 13:00~18:00
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA401(34番の建物)

  • ■プログラム
    13:00~15:00:研究報告 天野優(同志社大学大学院神学研究科・学振特別研究員DC)
               タイトル:「『アラブ系ユダヤ人』をめぐる諸言説および研究動向(仮)

  • 15:10~17:10:調査報告① 役重善洋(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員)
               タイトル:「アメリカにおけるパレスチナ問題認識の現状」
               調査報告② 金城美幸(日本学術振興会)
               タイトル:「ナクバ/イスラエル建国史のアーカイブ比較」


  • ■主催:関西パレスチナ研究会
       (http://kansai-palestinestudies.blogspot.jp/)
    ■共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
        (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

報告


 

2017年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2017年6月11日(日)14:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:山本健介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科[五年一貫制博士課程]、
                 日本学術振興会特別研究員[DC]
          「ユダヤ・イスラームの聖なる都市をめぐる紛争とパレスチナ人の抵抗:オスロ合意
           以降のエルサレム/クドゥスとヘブロン/ハリールを事例に」

  • ◆報告2:戸澤典子(東京大学総合文化研究科修士課程)
          「イスラエル入植政策に関わる政治領域における言説分析1980-2013」(仮)


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

報告1:山本健介(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程、
          日本学術振興会特別研究員)
「ユダヤ・イスラームの聖なる都市をめぐる紛争とパレスチナ人の抵抗
        :オスロ合意以降のエルサレム/クドゥスとヘブロン/ハリールを事例に」


 山本氏の報告は、エルサレムとヘブロンというパレスチナにおける二つの聖地をめぐる紛争がどのように展開され、その紛争において、パレスチナ人がいかなる抵抗を実践しているかを明らかにするものであった。
 聖なる都市をめぐる紛争に関する先行研究は、「言説上の競合」(その空間における諸権利や宗教理念、思想、イデオロギー対立)や「占領システム」、「イスラエル側の動向」に視点が偏っており、パレスチナ人の視点に注目した研究が「不在」であるという課題を抱えている。したがって、パレスチナ人による抵抗に注目することで、聖なる都市をめぐる都市をめぐる紛争をバランスのとれた形で理解できるようにすることが必要であると提唱された。
 こうした見地から、エルサレムとヘブロンという二つの聖都の結びつきと政治性・抵抗運動の性質の差異について報告がなされた。まず、二つの聖都の結びつきとして、以下の三つの構造的類似点が挙げられた。すなわち、①都市部における入植地の存在、②イスラエル支配の浸透、そして③イスラエル軍による管理の強化である。一方で、両都市における運動は、抵抗運動におけるアクターや運動の役割・性質が異なると指摘がなされた。エルサレム側のアクターがイスラエル領内のイスラーム運動のほか、欧米の援助機関であり、エルサレムにおけるアラブ系住民の生活向上や平等な権利の獲得を目的とした「政治的な」運動が展開されているのに対し、ヘブロン側のアクターはパレスチナ暫定自治政府(PA)系の組織で、あくまで「自治的な」運動に留まっており、1997年のヘブロン合意を打開していくような「政治的な」運動が展開されておらず、『「動」のエルサレムと「静」のヘブロン」という言葉を使い、両都市における運動の対称性が示された。
 質疑においては、エルサレムに対してヘブロンは比較対象として成り立つのかという指摘が目立った。エルサレム側においてはイスラエル・アラブが主体であるのに対し、ヘブロン側の主体はPA系の組織であり、主体が大きく異なることで同列に考えることが難しいほか、日常における抵抗が主題であるにもかかわらず、個人レベルの抵抗ではなく、集団によって展開される運動に注目している点も問題点として挙げられた。このほか、研究の背景の部分でヘブロンに関する記述が不在であることから、ヘブロンの政治性が顕在化されてこなかった理由の再検討が今後の研究の前提として必要であると指摘されるなど、研究の本質部分を中心とした、活発な議論が展開された。

(文責: 木全隼矢 一橋大学大学院修士課程)


報告2:戸澤典子(東京大学大学院 総合文化研究科 修士課程)
      「イスラエル入植政策:1980-現在に続く
        ―イエッシャ評議会の政治的影響力とユダヤ人社会を考察―」


  戸澤典子氏の報告は、宗教シオニストの急進的入植者運動のグーシュ・エムニーム運動を母体とするイエッシャ評議会が入植政策に政治的影響力を与えるシステムを担保できた、その理由を探ることを試みるものである。イエッシャ評議会とは、1980年に設立され、入植者の利益確保と団結を目指すことを建前としたが、実際は政治領域への影響力強化と入植拡大にとって必要な世俗入植者の増加を目標とした半官半民の団体であった。具体的に、この団体は、政治介入する為に、グーシュ・エムニーム運動の傘下に設置されず、各地方自治体、地方議会、地区議会の翼下に置かれた。また、議会へのロビーイング、中央政府、関係省庁、世界シオニスト機構、ユダヤ基金と接触しながら、そしてグーシュ・エムニーム運動と携わる入植者を地方議会、地区議会の議員にすることで、政治的・経済的な利権を確保しながら、入植地拡大に向けての行動をとってきた。
 報告者は、イエッシャ評議会の活動地点といえる、市議会、地方議会、地区議会に着目をしながら、イエッシャ評議会のその政治的影響力を分析することを明らかにした。そして、イエッシャ評議会や宗教ナショナリストグループが政治領域へ一方的に影響を与えてきたといった内容を扱った先行研究を参考としながら、報告者は、仮説として、政治領域でイエッシャ評議会の政治的影響力を構築するシステムを支えた要因を2つ挙げた。
 一つ目は、イスラエルの左派・右派政権に限らず大イスラエル主義を唱える世俗ナショナリストにとって、イエッシャ評議会の母体であるグーシュ・エムニーム運動のイデオロギー(シオニズム的)は受容しやすいものであったために、世俗ナショナリストの協力を可能としたのではないのかと提示した。
 二つ目は、イエッシャ評議会が入植者の市民利益を代弁する団体として、同時に地方自治代表者の団体として位置することの重要性があったのではないか、つまり、市民社会と中央政府の「中間」的な役割を担っていた点から、必要とされていたのではないかと仮説を立てた。
 質疑応答では、宗教勢力の正統派と政府との関わり合いに関する議論がなされた。例を挙げると、徴兵の制度化に対して、正統派ラビの間でどのような議論があったのか、また、イエッシャ評議会がイスラエル国内でどのように認識されているのか、といった質問が挙げられ、非常に活発な議論が展開された。

(文責: 大内美咲 日本女子大学文学研究科史学専攻博士課程前期)


2017年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

    ラジ・スラーニ氏の来日が叶わなかったため、下記研究会は中止とさせて頂きます。
    なお、土井敏邦・パレスチナ記録の会主催の報告会にて、スカイプ通信により氏の講演が予定されています。

  • 日時:2017年5月17日(水)17:00-19:00
    Date: 17 May, 2017, Wed. 17:00~19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
    Venue: Conference Room No.1, 3rd Floor,
         Institute for Advanced Studies on Asia, the University of Tokyo

  • 言語:英語
    Language: Enlgish

  • ■報告 ラジ・スラーニ(Raji Suourani)(弁護士、パレスチナ人権センター(Palestinian Centre
                  for Human Rights)代表)

  • ディスカッション(18:00~19:00)


  • 《ラジ・スラーニ氏略歴》
    パレスチナを代表する人権活動家。イスラエル占領下の1980年代、占領への抵抗運動で5年近く逮捕・拘留、拷問を受けた。1995年、ガザ市で「パレスチナ人権センター」を創設。 人権擁護の活動は国際的に高く評価され、様々な人権賞受賞。2013年12月には、“第二のノーベル平和賞”ともいわれるライト・ライブリフッド賞を受賞。1953年、ガザ生まれ。


主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
   (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
共催:土井敏邦・パレスチナ記録の会


2016年度

関西パレスチナ研究会 第3回研究会

概要

  • 日時:2017年3月4日(土)13:00-17:30
  • 会場:京都大学総合研究2号館(旧・工学部 4号館)4階 AA401(リンク先34番の建物)

  • ■プログラム(予定)
  • 報告① 13:00~15:00
     山本健介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科、学振特別研究員DC)
         「オスロ合意体制におけるエルサレム問題の再編過程:
        イスラエル・ヨルダン・パレスチナの三者関係とその内実」

  • 報告② 15:10~17:10
     関口咲子(京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程)
        「ユダヤ教神学校とユダヤ・ミュージアムの歴史的考察:
        「マサダ」と「ホロコースト」の表象を中心に」


  • *報告終了後、懇親会を予定しています。
    *ご参加の際は、資料準備の関係上
     事務局の金城( honeyneypoolgmail.com)までご連絡ください。

    主催:関西パレスチナ研究会
       http://kansai-palestinestudies.blogspot.jp/
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


2016年度第4回 パレスチナ/イスラエル研究会
国際ワークショップ"The other possibility of Peace"

概要

  • 日時:2017年2月12日(日)14:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室  
        ※当日、会場となる建物の入口は、土日のため自動ドアが停止しています。
         入り口正面右手に備え付けの電話から、内線番号までご連絡ください。
  • 使用言語:英語(通訳なし)
  • ◆報告1(14:00~16:00)  :ポール・デフィル(Paul Duffill)(シドニー大学客員研究員)
          "Promoting Peace with Justice in Israel-Palestine: The contribution of
          international and local civil society human rights and peacebuilding practice"

  • *デフィル氏はオーストラリアのシドニー大学平和構築学部客員研究員で、ご専門は平和構築学、多文化間コミュニケーション、人権問題と紛争解決などについて活動・研究されています。

  • ◆報告2(16:15~18:15) :イヤース・サリーム(Iyas Salim)(同志社大学助手)
          "People-to-People Cooperation: Muslim Civil Society in Turkey and its Role in
           Transnational Humanitarian & Development Work in Palestine"

  • *サリーム氏は同志社大学グローバル・スタディーズ研究科助手で、ご専門はトルコなど中東イスラーム世界における市民社会と、そのパレスチナにおける役割を、トランスナショナルな人道支援・開発の分野から研究されています。

  • ◆総合討論(18:15~19:00)

  • In English

  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」


関西パレスチナ研究会 第2回研究会

概要

  • 日時:2017年1月28日(土)13:00-18:00
  • 会場:立命館大学いばらきキャンパス B棟4階研究室1

  • ■プログラム(予定)
  • 報告① 13:00~15:00
  •      佐藤愛(京都大学人間・環境学研究科修士課程)
          「ディアスポラのパレスチナ人と芸術表象:アメリカ合衆国の移民二世を例に」(仮)

  • 報告② 15:10~17:10
  •      役重善洋
          「エルサレム世界宣教会議(1928年)とグローバル植民地主義」


  • 主催:関西パレスチナ研究会
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)


2016年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2016年11月12日(土)14:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:児玉恵美(日本女子大学文学研究科史学専攻博士課程前期)
          「レバノンのパレスチナ解放運動(1969年-1982年):難民キャンプにおける動員と参加から」

  • ◆報告2:保井啓志(東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程)
          「ピンクウォッシング: ナショナリズムとセクシュアリティ」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

報告1:児玉恵美(日本女子大学文学研究科史学専攻博士課程前期)
      「レバノンのパレスチナ解放運動(1969年-1982年):難民キャンプにおける動員と
      参加から」


 児玉氏の報告は、1969 年~1982 年のレバノンにおけるパレスチナ解放運動を、運動のアクターである指導部、参加者としてのパレスチナ 難民に着目し、「動員と参加」の動態的視点から考察する興味深いものであった。
 まず、既存のパレスチナ解放運動研究を解放運動史とオーラルヒストリーに分類し、解放運動史では指導部による「難民の動員」に焦点を当てた研究がないこと、オーラルヒストリー研究では祖国を追放され難民となった農民の苦難 、武装闘争を通じて自らのアイデンティティの回復への研究はあるものの、1970 年代以降の動員状況と人々の解放運動への視点については再検討の余地があることが提起された。
 分析では、1)解放運動指導者が難民キャンプをどのように考え、動員をしてきたのかをPLO(パレスチナ解放機構)、DFLP(パレスチナ解放民主戦線)、PELP(パレスチナ解放人民戦線)、PNC(パレスチナ民族評議会)の政治文書分析から、2)難民キャンプの離散パレスチナ人が解放運動をどのよう見ていたのかを難民キャンプ内で教師であったハッシャーン 、詩人のマンスーラ、難民のトゥルキーの記述から考察している。
 指導部の政治文書分析から、 動員が難民に向けたものであったにも拘わらず動員ツールとしてマルクス主義的言説が使用され、ヨルダン川西岸地区の主権と領有権を主張するヨルダン・ハーシム王国への闘争 の原動力としてパレスチナ難民動員が行われた側面があること、他方、難民キャンプの人々の記述考察からは、パレスチナ難民が解放運動を通してパレスチナ人のアイデンティティを獲得していくのと同時に、全ての難民が運動に身を投じたのではなく、ハッシャーンのように解放運動の教育蔑視に反発し、運動を批判的に捉えて参加しない人々がいたことも明らかになった。
 質疑応答では、パレスチナ解放運動に参加した人々とイデオロギーの繋がり、オーラルヒストリーの位置づけ、人々の語りをどのように歴史的文脈化と結びつけられるかなど、非常に充実した議論が交わされた。

(文責:戸澤典子 東京大学大学院 修士課程)

報告2:保井啓志(東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程)
      「ピンクウォッシング: ナショナリズムとセクシュアリティ」


 保井氏の報告は、ホモノーマティビティやホモナショナリズムの言説を基に、ピンクウォッシングを検討したものであった。ピンクウォッシングとは、対LGBT政策を通したイスラエル政府の対外イメージ操作を批判的に捉える用語である。これによってイスラエルは、パレスチナ人抑圧者から性的少数者に寛容な政府へと自らの印象を操作する。報告の前半では、フェミニズムおよびクィア理論に関する理論的背景を述べる中で、ホモノーマティビティとホモナショナリズムの説明がなされた。後半では、イスラエル国内における性的少数者をめぐる運動やそれに関する政府の宣伝など、具体例からの検討が行われた。以上のような状況をふまえ、報告の最後では「リベラル」という言葉の持つ効果が、国内外ではねじれていることが指摘された。すなわち、「リベラル」は、イスラエル国内ではユダヤ教からの世俗を意味する一方で、国際的な宣伝を行う際には、イスラムからの世俗を想起させるものに変わるという。質疑では、報告の主旨をより明確化する必要が指摘された。それに加え、報告者がイスラムをいかに定義するのか、イスラエルのイメージ戦略をどのように評価するのかなど多くの質問が上がり、非常に活発な議論が交わされた。

(文責:臼杵悠 一橋大学大学院 博士後期課程)

関西パレスチナ研究会 第1回研究会

概要

  • 日時:2016年11月5日(土)13:00-18:00
  • 会場:キャンパスプラザ京都 京都大学サテライト講習室(6階・第8講習室

  • ■プログラム(予定)
  • 報告① 13:00~15:00
  •      吉村季利子(大阪大学大学院国際公共政策研究科招聘研究員)
          「イスラエルの市民社会と解決困難な紛争」

  • 報告② 15:10~17:10
  •      金城美幸(日本学術振興会特別研究員RPD)
          「村民たちの口述語りから見たデイル・ヤーシーン村」


  • 主催:関西パレスチナ研究会
    共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)

2016年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2016年7月31日(日)13:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:鈴木隆洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)
          「『ホームランド(民族的祖国)』=隔離のアッサンブラージュ:形式において民族国家的、
         内容において植民地主義的」

  • ◆報告2:塩塚祐太(対パレスチナ日本政府代表事務所(在ラーマッラー)元草の根・人間の安全保障
         無償資金協力調整員(2012-2015)。2016年6月からAAR Japan 難民を助ける会の
         プログラム調整員)
          「パレスチナにおける国際援助概観:援助のこれまでの経過と日本の草の根無償資金協
         力の実践において」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

報告1:鈴木隆洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)
      「民族的祖国=隔離のアッサンブラージュ−−形式において民族国家的、
     内容において植民主義的−−」


 鈴木隆洋氏の報告は、しばしば比較されるイスラエルによるパレスチナ占領と南アフリカのアパルトヘイトが単なるアナロジーではなく、多くの先住民統治政策の点で同一のものであったことを明らかにしようと試みるものである。たとえば、両国の先住民統治政策は「人種」に規定された法的地位に基づいたものであった。報告では、分析概念として「監視・隔離・支配のアッサンブラージュ」および「間接統治」が提示された。両国の比較は、パレスチナ問題の今後の方策を考える上で示唆に富むものであった。
 報告者は、ヨルダン川西岸地区およびガザ地区におけるパレスチナ自治政府(PA)は、そのシステムにおいて南アフリカにおけるバンツースタン政府に他ならないと考えている。2国のうち、南アフリカではそのシステムが崩壊したのに対し、パレスチナではそれが強化された。この要因として報告では、政治的な要因(解放闘争の路線)と経済的要因(産業構成)の相違が指摘された。
 質疑応答では、当該2国の共通性が「アナロジーを超えて」いるのかどうかという点、および「監視・隔離・支配のアッサンブラージュ」という分析概念の有効性についての議論がなされた。また、過去の帝国支配(イギリスによるインド支配)とは切り離してイスラエルと南アフリカを比較することの問題性や、同時代的な外部からの影響、さらには独立以前に帝国がこの地域に関わった動機などを、分析に入れる必要性が指摘された。

(文責:棚田丸輝 日本大学大学院)

報告2:塩塚祐太(対パレスチナ日本政府代表事務所(在ラーマッラー)元草の根・
     人間の安全保障無償資金協力調整員(2012-2015)。
     2016年6月からAAR Japan 難民を助ける会のプログラム調整員)
    「パレスチナにおける国際援助概観:援助のこれまでの経過と日本の草の根無償資金協力
    の実践において


 塩塚氏の報告は、1993年以降のパレスチナへの国際援助について情報を整理するとともに、自身が関与した「草の根・人間の安全保障無償資金協力」を中心に、日本の対パレスチナ援助について分析を加えるものであった。
国際援助について塩塚氏は、①援助構造の発展期(1993~2000年)、②緊急援助期(2000~2006年)、③パレスチナ内部の分裂期(2006 年以降)という3つの時期区分を設定し、その特徴を提示した。具体的には、パレスチナ自治政府への欧米からの経済援助が発展し、援助構造が形成された点(①)、それまでの援助構造が破綻し、人道支援を中心とした直接的な支援へと構造が変容した点(②)、ハマースを避ける形での援助の形が模索されている点(③)が挙げられた。
さらに、日本の援助については、ドナー国として多額の支援金を拠出している事実が明示された。日本の支援金の拠出ルートとして、国際組織・JICA・自治政府への直接支援・NGO への支援の4つを示し、自身が関与した「草の根・人間の安全保障無償資金協力」をNGOへの支援枠組みの1つとして取り上げた。
こうしたプロジェクトの問題点として、国際政治上の動向やドナー国の意図によって計画が左右されてしまう点や、インフラへの投資が中心になっていること、援助スキームの厳格さが現地のNGOに必ずしも好まれないことが指摘された。同時に、支援のための物資にイスラエル製品が用いられる場合があることも、問題として提起された。
質疑では、パレスチナへの援助のあり方が占領状態の固定化に繋がる恐れや、ハマース関係組織を援助対象から完全に排除できているのかという疑問が挙げられた。また、「中立性」や「非政治性」を求める援助の問題、援助とアメリカの外交戦略上の関係、日本の援助体制における主体性の欠如といった幅広い議論がなされた。

(文責:澤口右樹 東京大学大学院修士課程)

2016年度第1回 パレスチナ/イスラエル研究会

概要

  • 日時:2016年6月26日(日)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 准教授)
          「ヨーロッパをめざす中東難民―レバノン・シリアのパレスチナ難民の足取りを追って―」

  • ◆報告2:臼杵悠(一橋大学経済学研究科博士課程)
          「ヨルダン経済における移民/難民(仮)」


  • 主催:東京外国語大学アジア・アフリカ研究所 中東イスラーム研究拠点
       (人間文化研究機構「現代中東地域研究」事業)
    共催:東京大学東洋文化研究所班研究「中東の社会変容と思想運動」

報告

報告1:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 准教授)
      「ヨーロッパをめざす中東難民―レバノン・シリアのパレスチナ難民の足取りを追って―」


 シリア内戦の激化及びダーイシュ(IS)の台頭によりシリア・イラク難民が大量発生し、欧州を目指して密航する現象が社会的・人道的問題となっている中で、錦田愛子氏は自身の報告テーマにおいて「シリア難民」の中に含まれるパレスチナ難民を研究対象として定めた。
 彼らが何故居住条件(気候・言語)あるいは衣食住環境などの文化面において近隣アラブ諸国とは異なる欧州を目指すのか、そうした疑問を明らかにしていく上で中東出身のアラブ系移民を移民/難民として受け入れている中東(ヨルダン)と欧州(スウェーデン)の2カ国を調査地として比較研究を試みた。
 なかでもアラブ系移民(特にシリア、イラク、パレスチナ出身者)に対して世論調査及び聞き取り調査を行ない、彼らの移動の動機、そして現住地に対する生活満足度や政治的意見などについて着目していった。
 錦田氏は従来の難民に対する先行研究を批判し、新たに移民/難民といった人間の国際移動に関する研究において、「移民/難民受入国」からの視点ではなく、移動主体である彼ら並びに「移民/難民送出国」の視点に立った研究の意義を指摘した。
 そして「シリア人難民」にのみ焦点を合わせ、短期的かつ一過性の情報収集に終始したものではなく、より長期的な視野を含めた「アラブ系移民/難民」という視点や、移動に対する移民/難民自身の意識に着目した研究を展開していくことの必要性を主張した。
 また、それらを自身の研究の中に反映させるために、レバノン、スウェーデンに居住するパレスチナ難民に対してアラビア語での聞き取り調査を行ない、そこから様々な動機の存在などについて明らかにしていった。
 最後に、まとめとしてパレスチナ難民が居住地レバノンにおいて国民統合や経済的自立が極めて困難に近い法的・政治的環境に置かれている事実、また、その状況から抜け出す上で、リスクを冒してまで欧州に密航し、その中で政治的に親パレスチナかつ「積極的外交政策」の下で移民/難民受入に寛容的なスウェーデンに移住し、そこで「スウェーデン人」として経済的支援及び語学支援などの面において恩恵にあずかるという動機の存在が確認された。
 なお、安定した第三国への移住を果たしたものの、第一世代にとってはこれをパレスチナへの帰還に勝るものではないと考えているが、それ以降の世代、とりわけパレスチナを直接知らないそれ以降の世代にとっては移住先の国を「自分の国」とみなす場合が見られ、このことからパレスチナ、レバノン、スウェーデンという出身・居住国、地域に対するパレスチナ難民の意識において一種のジェネレーション・ギャップが存在することが示唆されている。
 質疑では、中東難民の欧州密航の裏で暗躍するブローカーの存在や、スウェーデンの「積極的外交政策」などについての議論や応答があり、非常に活発な議論が展開された。

(文責:田澤セバスチャーノ茂 上智大学大学院)

報告2:臼杵悠(一橋大学経済学研究科博士課程)
      「人口センサスに見るヨルダン社会の変容――移動する人々に着目して――」


 臼杵氏の報告は、ヨルダンにおける移動する人々に着目し、過去6回におよびヨルダンにおいて実施された人口センサスを用いて、ヨルダン国内における経済およびセンサスの対象とされる調査項目について考察するものであった。
 本報告では過去に実施された調査のうち、基礎となった1961年から、まだデータが公表されていない直近の2015年に行われたセンサス以前までの、計4回のセンサスを対象とし、考察が行われた。これらのセンサスの中で、ヨルダンにおいて人の移動が大きな影響を与えてきたことを考慮し、ヨルダンにおける人口の流出入に着目したうえで、以下の3つのグループに分けて考察がなされた。
 1つ目は帰還する人々であり、1990年の湾岸危機によって湾岸諸国からヨルダンへ帰還した出稼ぎ労働者を主に指す。彼らに対しては経済関係の調査項目が多く、ヨルダン政府が経済的な面から彼らの存在を重視していたことが指摘された。
 2つ目は国外に出た人々である。産業が少ないヨルダンにとって、海外からの送金は国家経済を支えるうえで大きな基盤となっている。また、高学歴層の国外移住による頭脳流出が問題視されている点から、センサスにおいてもそうした国外への人の移動が重視されていることが指摘された。
 そして3つ目のヨルダン国籍のパレスチナ人に関しては、ヨルダン政府は詳細なデータを公開しておらず、彼らの存在は「語られない移動」として扱われていることが指摘された。
 これらの人々に対する調査を考察して行く中で、「語られる移動」と「語られない移動」があることが明らかにされた。ヨルダン政府はパレスチナ問題に関わる移動に関しては公式のデータを公開していないが、その一方でパレスチナ暫定自治区から移動してきたヨルダン国籍を持たないパレスチナ人に対しては外国人として調査の対象となっていることから、ヨルダンにおけるパレスチナ問題の位置づけには問題となる事象の背景によって差異が生じることが指摘された。
 質疑では、調査の方法に関して、委任統治時代のイギリスによる調査方法を踏襲しているのではないかという指摘がなされた。また、実際の調査方法に関する質問や、具体的な調査項目に対する指摘や考察が活発に行われた。

(文責:阿部光太郎 東京外国語大学 国際社会学部)

2015年度

2015年度第7回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2016年2月23日(火)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:平岡光太郎
    (同志社大学・研究開発推進機構・研究企画課一神教学際研究センター・特別研究員)
          「現代ユダヤ思想における統治理解について-神権政治を中心に-」

  • ◆報告2:今野泰三(大阪市立大学院都市文化研究センター研究員)
          「入植地問題とパレスチナ/イスラエルの和平」

報告

現代ユダヤ思想における統治理解について:神権政治を中心に(平岡光太郎)

 平岡氏の報告は、マルティン・ブーバー、ゲルション・ヴァイレル、アヴィエゼル・ラヴィツキーという、それぞれ出自と世代の異なる(しかし、いずれも委任統治下パレスチナないしイスラエルの大学で教鞭をとった)3人の現代ユダヤ人思想家の「神権政治」に関する議論を考察するものであった。その際の焦点は、ユダヤ教の観点から現代イスラエル国家の存在/正統性をどう捉えるかという問題であった。そのための補助線として、中世末期の南欧・地中海世界を生きたイツハク・アバルヴァネルの政治論が導入され、これに対するヴァイレルとラヴィツキーの対極的解釈に対する思想的分析が報告の中心となった。ヴァイレルが、世俗的(あるいは修正主義シオニズム的?)観点から、ハラハー(ユダヤ法)に基づく法的秩序を理想とするアバルヴァネルの議論をメシア的な神権政治論として捉え、現代イスラエル国家の正統性を宗教的に根拠づけることは不可能だとしたのに対し、ラヴィツキーは、アバルヴァネルの政治論の「妥協的」側面に注目し、贖いを未来に待望する宗教的立場からであっても、政治への条件付きの関与は可能だと考えた。ここで報告者は、「カリスマ」的政治指導者による神権政治の現実化を可能とするブーバーの視点を参照することで、人間の支配と神権政治の両立を不可能とする政治思想のヴァリエーションとして、ヴァイレルおよびラヴィツキーの思想をブーバーに対置するというかたちで、世俗対宗教という二項対立とは異なる思想的マッピングの可能性を示された。質疑では、各々の「ユダヤ人思想家」が置かれた政治状況や、そこで想定されていた「国家」の内実の歴史的変化といった側面に関して、多くの疑問や意見が出され、活発な討論が交わされた。報告は、イスラエル政治における宗教勢力(あるいは宗教右派勢力)の台頭という極めて現代的な状況に直結する内容であり、そうした方向においても、領域横断的な議論を今後も継続できればと感じた。

文責:役重善洋(大学非常勤講師)

入植地問題とパレスチナ/イスラエルの和平(今野泰三)

 今野泰三氏の報告は、いわゆる「入植地問題」を、「狭義の入植地問題」と「広義の入植地問題」に類型化し、先行研究にこの観点から分析を加える興味深いものであった。
 まず今野氏はオスロプロセスへイスラエルを動かした動機と、土地接収強行を含む入植地建設への動機が、現代イスラエルの中でいかにクロスするかという問題提起を行った。
 最初に、第三次中東戦争においてイスラエルがゴラン高原やシナイ半島、ヨルダン川西岸地区とガザ地区を軍事占領したことに端を発するモノとしての「入植地問題」の概要が説明された。その内容としては、国際法違反、パレスチナ人の権利侵害、二国家解決案の阻害要因などが挙げられる。
 他方でこのようなフレーミングは、1967年以前のイスラエル国家とシオニズム運動による入植と土地の接収を等閑視するものであるという視角が紹介され、先述の「入植地問題」を「狭義の入植地問題」とし、こちらを「広義の入植地問題」とする枠組みが提起された。
 両者の先行研究の分析に続き、今野氏は「狭義と広義の入植地問題を結びつける試み」として、第三の枠組みを先行研究の類型化のひとつとして提起した。
 最後にこれらの各類型に分類された研究者たちが、オスロ和平プロセスをいかに評価しているかが示され、それぞれの立場の問題点が今野氏により提起された。順に述べると、まず「狭義派」は1967年以前の等閑視に加え、中東のユダヤ教徒にそのルーツを持つ東方系ユダヤ人ミズラヒームの置かれた立場を無視して、かれらの右傾化ぶりを一方的に責めていると批判された。次に「第三派」だが、とりわけイスラエル人学者に顕著な傾向として、極右ユダヤ人やハマースなどに責を負わせがちであり、イスラエル国家の性質への批判が甘いことが批判された。
 以上に対し今野氏は、一民族一国家を越えるビジョンを提起した、イスラエル・パレスチナの各派の思想の再検討の必要性を指摘した。
 質疑応答では、これらの類型化の有効性を巡る議論や、直近のイスラエル・パレスチナの思想的状況について応答があり、非常に活発な議論が行われた。

文責:鈴木隆洋(同志社大学大学院)

2015年度第6回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年11月29日(日)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

  • ◆報告1:小阪裕城(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)
          「イスラエル建国直後のアメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)の対外活動 1948-1951」(仮)

  • ◆報告2:鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)
          「PLOとヨルダンの同盟:被占領地との関係の新展開、1982~1987年」

報告

報告1:小阪裕城(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)
 「イスラエル建国直後のアメリカ・ユダヤ人委員会の対外活動 1948-1951」

 小阪氏は在米ユダヤ人を代表する組織の一つとしてアメリカ・ユダヤ人委員会(American Jewish Committee: AJC)をとりあげ、主に建国前後における委員会とアメリカ政府やイスラエルとの関係について報告された。AJCは1906年に在米ドイツ系ユダヤ人を中心に設立された、アメリカの主流社会への同化路線をとる非シオニスト団体である。彼らは当初より、出身国と現住国(アメリカ)への二重忠誠批判を懸念し、イスラエルへの「帰還」呼びかけに反発を示してきた。ブラウスタインAJC議長は、実際にベングリオンと協議を通じて、イスラエルへの大規模移住を求めないことなどを確認し、1950年に協定を結んでいる。イスラエル建国後にアラブ諸国でのユダヤ人迫害問題が生じると、AJCはエジプトやイラクでの弾圧について、アメリカ国務省に早急な指示を求めるよう要請した。これらはイスラエル・ロビーの活動の萌芽と位置づけられる。本報告はこれらの事象をトランスナショナル・ヒストリーの視点から提示したのが特徴である。質疑では、アメリカと出身国またはイスラエルとの二重国籍が当時可能であったのか、といった質問が出され、イスラエルの諜報機関モサドと、アラブ諸国からのイスラエル移民を支援する組織(モサド・アリヤー・アリフ/ベート)の組織名称の違いなどの指摘が行われた。

報告2:鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)
 「PLOとヨルダンの同盟:被占領地との関係の新展開、1982~1987年」

 鈴木氏の報告は、1985年にPLOとヨルダンのフサイン国王との間で締結された、ヨルダンとパレスチナの同盟関係をめぐるアンマーン合意の意義について、パレスチナの内政とその後の和平交渉との関係で考察したものだった。翌年には調停が停止され反故となったアンマーン合意は、その政治的重要性があまり注目されてこなかった。しかし同合意が破棄された経緯は、PLO内部の党派対立が終息し、第一次インティファーダで統一指導部が形成されるうえで重要な転機となった。また同合意で提示されたPLOとヨルダンの協力の枠組みは、後のマドリード和平会議へと結果的に引き継がれることとなった。本報告では文書集や自伝の記述をたどることで、より詳細にその過程を明らかにした。史料からは、1970年の「黒い九月」事件以後、早い段階からPLO主流派はヨルダンとの関係改善を試みていたこと、PNC外務委員のハーリド・ハサンは将来のパレスチナ国家について、西岸地区とガザ地区に限定されるだろうと考えていたことなどが指摘された。質疑では、同盟関係をイスラエルの唱えるヨルダン・オプションとの関係で捉えるべき、という指摘や、それに関する参考文献、1982年のベイルート撤退以後のPLO内での人の動きなどについて議論が交わされた。

文責:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

2015年度第5回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年11月18日(水)17:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 使用言語:英語(通訳なし)

  • 17:00~17:10 趣旨説明:鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)

  • 17:10~17:50 講演:ヨースト・ヒルターマン(Joost Hiltermann)
             (ベルギー国際危機グループ(ICG)中東北アフリカ研究部長)
             報告タイトル:"Israel and Palestine: Heading to a Third Intifada?"

  •  In English


  • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    共催:日本エネルギー経済研究所・中東研究センター

■講師紹介:ヒルターマン氏はInternational Crisis Group(ICG)中東・北アフリカ部門のプログラム・ディレクターです。2002年よりICGでディレクターとして研究、分析、政策提言をされ、それ以前はヒューマン・ライツ・ウォッチの武器部門の事務局長や、パレスチナの人権団体アル=ハックの研究コーディネーターを務めておられました(1980年代)。パレスチナに関してはご著書『Behind the Intifada: Labor and Women's Movements in the Occupied Territories』(1991年)の他、たくさんの論考を書かれています。

報告

 ヨースト・ヒルターマン(Dr. Joost Hiltermann)氏の報告は、第一次インティファーダ(1987年に発生)、第二次インティファーダ(2000年に発生)との比較のもとで、2015年現在のヨルダン川西岸地区およびガザ地区で見られる蜂起の状況に分析を加える興味深いものであった。
 まず、ヒルターマン氏は、第一次インティファーダに対して、発生の理由(causes)と直接の理由(proximate causes)に分類したうえで、前者が占領そのものであると指摘する。そのうえで、後者ではイツハク・ラビン国防相のもとで1985年に開始された鉄拳政策(iron fist policy)の影響、および入植地の拡大を挙げた。この第一次インティファーダでは、①偶発的に始まった点、②多くの人々が参加した点、③非暴力の蜂起であった点、④指導部が形成された点、の4点を特徴として挙げた。特に最後の点は、氏が偶然にも研究を続けていた労働組合と女性団体の関係者が深く関わっており、この点を初著のBehind the Intifadaにまとめている。氏の言葉を借りれば、抵抗のインフラ(infrastructure of resistance)が存在した点が、第一次インティファーダの展開では重要であった。
 一方で、第二次インティファーダの直接の理由として、オスロ・プロセスの行き詰まり、キャンプ・デーヴィッド会談の決裂、アリエル・シャロンの神殿の丘訪問の3点を挙げた。そして、この蜂起に関しては、①偶発的ではなかった点(トップダウン型の組織活動があった点)、②暴力が使用された点が指摘された。この背景として、氏は自身が第一次インティファーダの背景として指摘した抵抗のインフラが、自治の開始とともにPLOによって支配の道具に変えられ、機能しなくなっていた点などを挙げた。
 最後に、現状の西岸・ガザの蜂起状態について、その直接の理由として、パレスチナ政治におけるリーダーの時代の終焉(政治的真空化)、パレスチナ社会の状況悪化、ユダヤ暦の祝日とイスラームの祝日が重なり、エルサレム旧市街での衝突が頻発した点を挙げた。そのうえで、①いくつかの偶然に生じたグループが観察され、②暴力の使用を限定する動きがあることを指摘し、ソーシャル・メディアを利用した活動が見られる点にも言及がなされた。しかし、ヒルターマン氏は、現在の蜂起が継続するか否かについては2つの点で懐疑的であると述べる。つまり、指導部と抵抗のインフラの双方が存在しないため、今回の蜂起は長期化しないとの分析を述べた。そのうえで、イスラエルとパレスチナの両者の力関係があまりに不均衡であること、さらにイスラエルがパレスチナ人の指導者を逮捕や拘禁などで排除していること、そして両者をむすぶ「誠実な仲介者」が存在しないことから、将来の見通しは厳しく、数年以内にガザ地区に対する新たな戦争の可能性も否定できないと指摘した。
 質疑応答では、第一次インティファーダにおけるハマースの評価、直近のイスラエル選挙の影響、エジプトのクーデターの影響、入植者の暴力に対するイスラエルの対応などについて応答があり、非常に活発な議論が行われた。

文責:鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員PD)

2015年度第4回パレスチナ研究班定例研究会

概要

報告

 アリー・クレイボ氏(Ali Qleibo, al-Quds University)による報告は、カナーン人の豊穣神バアル信仰や女神アシーラトへの信仰が、形を変えつつ現在のパレスチナにおける聖者信仰などに息づいていることを指摘する興味深いものであった。
 氏の報告は「アブラハムの木」といわれる古い木の物語から始まる。氏はこうした聖人にまつわる場所や廟が、本来的にはカナーン人の頃からの連綿たる信仰の「地層」のうえに成り立っていると力説したうえで、パレスチナにおいて石、木、洞窟、湧き水などが聖なるものとして受け継がれてきたことを写真を交えながら紹介した。例えば農村部の住宅の構造として、洞窟の近くに家屋が建てられ、たとえ建て増しをする場合でも洞窟を壊すことがない点、ベツレヘムのミルク・グロット教会に代表される洞窟のある教会や神聖なものとされる巨石が存在する点、そしてパンへの敬意などが指摘され、これらがカナーン人の信仰の名残であると提起した。特に氏が指摘したのが、パレスチナのベツレヘム周辺で家屋に掲げられる聖ゲオルギオス(通称「アル=ハディル」)とバアルの連続性であり、竜退治の伝説に豊穣神としての干ばつや水害と闘う姿が認められるという。また氏は、現在のパレスチナの農村部で、スーフィー信仰が廃れている現状を述べ、パレスチナ人自身によって聖者廟などの重要性が忘れられている現状を訴えた。
 この報告に対し、エルサレムで行われていた最大の聖者祭であるナビー・ムーサーの祭りの現状や、エルサレム周辺の聖者廟を持つ村の状況、またこうした豊かな信仰体系をまとめた博物館の有無などが質問された。応答の中でクレイボ氏は、現状においてパレスチナ暫定自治政府はこうした歴史的な多様性を裏付けるようなものに関心を払わず、また歴史の語りがナクバ(1948年のパレスチナ人の故郷喪失)やイスラーム黎明期以前にさかのぼらない点に批判的に言及した。

文責:鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員PD)

Rethinking Jerusalem as the Crossroads of the 'East' and 'West'

in NIHU Program for Islamic Area Studies 5th Interntional Conference, Tokyo, 2015 "New Horizons in Islamic Area Studies: Asian Perspectives and Global Dynamics"

概要

  • 日時:2015年9月11日(金)16:30~18:30
    Date: September 11: Session 2-2(on Jerusalem)

  • 会場:上智大学四谷キャンパス
    Venue: Sophia University, Yotsuya Campus, Tokyo, Japan

  • 使用言語:英語(通訳なし)
    Language: English

  • 参加ご希望の場合こちらのサイトから事前の参加登録が必要です。
    prior registration is required for participation from this link

  • プログラム Program
    1. Session 2-2
      Rethinking Jerusalem as the Crossroads of the 'East' and 'West'

      ■Convenor : Akira Usuki (Professor, Japan Women’s University, Japan)

      ■Speakers
      • Ali Qleibo (Professor, Al-Quds University, Palestine)
      "El-Khader /Mar Jiries: The Triumph of Order over Chaos"

      • MiJung Hong (Assistant Professor, DanKook University, Korea)
      "Palestine Mandate and Zionists Project in the British Strategy of the Middle East"

      • Nur Masalha (Professor, St. Mary’s University, the UK)
      "“Facts on the Ground”: Israeli Biblical Archaeology and the Palestinian Heritage of al-Quds (Jerusalem)"

      • Yoshihiro Yakushige (Research Fellow, Osaka City University, Japan)
      "Uchimura Kanzo's Perception of Nations and Jerusalem"

      ■Discussants
      Eiji Nagasawa (Professor, University of Tokyo, Japan)
      Aiko Nishikida (Associate Professor, Tokyo University of Foreign Studies, Japan)
      詳しくはこちら専用サイトを参照(for more detail, visit conference's site)

報告

 本研究会は、NIHUプログラム「イスラーム地域研究」の上智拠点と早稲田拠点が主催する国際集会「New Horizons in Islamic Area Studies: Asian Perspective and Global Dynamics」のセッションのひとつ「Rethinking Jerusalem as the Crossroads of the 'East' and 'West'」として開催された。海外からは三名のゲストスピーカーが招聘され、研究会メンバー1名も報告を行い、パレスチナ研究班の研究分担者である臼杵が司会を、長沢と錦田コメンテーターを務めた。本セッションは、第一次世界大戦後のエルサレムでの「失われつつある共生」についてとりあげるもので、その過程での考古学の利用や、エルサレムの非アラブ化・ユダヤ化について考えた。
 アリー・クレイボ氏は、パレスチナにかつて存在した共生のあり方について報告された。パレスチナ各地にある聖地や聖者信仰のいくつかがカナン時代の神に由来し、キリスト教徒とイスラーム教徒双方の慣習の中で受け継がれて来たことが説明された。これらは民族誌や考古学、文献学の記録に基づき明らかにすることができる。聖ジョージ(エル=ハデル)信仰はその代表例であり、雨をもたらす豊穣の神バアルと同一視されることもあった。ある聖地が特定の宗教に帰属すると排他的に主張されがちなパレスチナ/イスラエルにおいて、聖ジョージのように複数集団から信仰される対象は例外的であり、重要な存在であることが指摘された。
 ミジョン・ホン氏は、英国委任統治期に共生が失われる過程の歴史的展開について報告された。イギリスにとってパレスチナは天然資源の通過地点としても戦略的要地であり、そこを支配する上で、イギリス政府は、多数派のアラブではなくユダヤ系シオニストの存在を利用した。エルサレムのムフティーであったアミーン・アル=フセイニーを中心とするアラブの独立への主張は、イギリスが1920年代から30年代にかけて発行した複数の文書により否定された。こうした当時のイギリスの動きが、イスラエル建国を促し、パレスチナから主権を奪ったものと報告された。
 ヌール・マサールハー氏は、イスラエルがエルサレムの非アラブ化を進めるために用いる聖書考古学の役割について報告された。1967年戦争(第三次中東戦争)で占領した東エルサレムで、イスラエルはその植民主義を支える論拠として、事実(facts on the ground)を作り出してきた。それはシオニズムの国家主義的エトスを正統化するために必要なものであり、エルサレムの内外で建設が進められる入植地区の拡大に資するものである。ベンヤミン・マザールを筆頭とする聖書考古学者らによる「発見」は、アラビア語を排して聖書にちなんだ地名への変更や、歴史的に根拠の薄いダビデの塔の建設などに貢献してきた。他方で、マガーリベ地区やマミラ墓地などはパレスチナの史跡は、イスラエル側によるブルドーザーでの破壊が続く様子が報告された。
 役重善洋氏は、日本における第一世代のプロテスタントであり、キリスト教シオニズム の主唱者であった内村鑑三以降の思想とりあげた。彼はアメリカのキリスト教原理主義の影響を受けながら、日本で無教会主義運動を立ち上げた。彼は大戦期に入った日本の帝国主義と軍国主義を批判しながらも、シオニズムのもつ入植的性格は看過していた。彼の弟子の矢内原忠雄はパレスチナへ旅行し、シオニズムによる入植をむしろ理想と位置づけた。日本政府の軍拡路線には反対したものの、台湾等への移民はむしろ経済発展を促すと肯定した。報告では他にも、「幕屋」を立ち上げた手島郁郎などの例をとりあげ、シオニズム運動との関係や、帝国主義・植民地主義に関連した思想的比較が行われた。
全報告に対しては、長沢および錦田がそれぞれに短いコメントをして、その後で活発な質疑が行われた。

文責:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

2015年度第3回パレスチナ研究班定例研究会
/ガザ攻撃1周年・映画とシンポジウムの集い【ガザは今どうなっているのか】

概要

  • 日時:2015年7月20日(月) 13:00~18:00
  • 会場:東京大学経済学部 研究科棟 第1教室

  • プログラム
    1. 13:00 【映画上映】最新作「ガザ攻撃 2014年夏」(監督・土井敏邦/124分)
    2. 15:30 【シンポジウム】

    3. <一部> ガザの現状報告
    4. 報告1:手島正之(パレスチナ子どものキャンペーン)「ガザの現状」
    5. 報告2:金子由佳(日本国際ボランティアセンター)「ガザ・パレスチナ、NGOとしてできること」
    6. 報告3:ラジ・スラーニ(パレスチナ人権センター代表)(映像出演)

    7. <二部> 解説(中東情勢とパレスチナ・イスラエル)
    8. 解説1:臼杵陽(日本女子大学)「シリア、イラク情勢のパレスチナ・イスラエルへの影響」
    9. 解説2:錦田愛子(東京外国語大学)「ガザ攻撃後のパレスチナとイスラエルの動向」

    10. <三部> 討論「ガザに私たちは何ができるのか」
    11. 司会:土井敏邦

    12. <四部> 質疑応答

報告

 2014年夏のイスラエルによるガザ地区攻撃をめぐって、映像資料とその解説を通じて、パレスチナ問題の現在を考える議論が行われた。映像資料に関して土井監督から説明があり、現地NGOの二団体の活動報告が手島氏と金子氏によって行われ、研究者の立場から臼杵陽氏がシリア・イラク情勢との関係、錦田氏がイスラエルの国内情勢などについて解説した。多数の参加者があり、活発な質疑・議論が行われた。

(文責:長沢栄治)

2015年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2015年6月27日(土)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 使用言語:英語(通訳なし)
  • 報告
    1. 13:00‐15:00 エフラート・ベン=ゼエヴ(Efrat Ben-Ze'ev)(関西学院大学客員講師)
                  "Why do maps matter? The British Mandate Cartography of
                   Palestine"

    2. 15:15‐17:15 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
                   "The Bantustan system: Pass Laws, Labour Reservoir,
                   Whiteness"

      総合討論(17:15~18:00)

    3. *ベン=ゼエヴ氏はイスラエルのルピン学術センター行動科学学部での講師が本務の
        社会人類学者で、ご著書に『Remembering Palestine in 1948: Beyond National
        Narratives』(Cambridge University Press, 2011)があります。

      For English...

報告

 エフラート・ベン=ゼエヴ(Efrat Ben-Ze’ev、関西学院大学客員講師)氏による第一の報告は、同氏の著書の内容をもとにしたものである。報告では、ある土地の地図に記載されるもの/されないものによって、ある特定の風景を表象することについて、具体的には英国委任統治政府がパレスチナの土地をどのような意図で地図に示したのかを、地図に記載されている項目などから考察した。また、そうした様々な地図がどう活用されたのかについても言及した。そして、こうした地図を用いることで、シオニズムによるユダヤ人国家の建設が「奇跡的な偶然」によるものではなく用意周到に進められていたことを1930年代に地図作成に関わったユダヤ人からの聞き取りから明らかにした。さらには、アラブの指導者たちが地図を利用するのは1940年代に入ってからで、ユダヤ人勢力に遅れをとったことがその後の歴史を決定づけたのだとも述べた。質疑応答では、ディアスポラのユダヤ人にたいしてパレスチナの魅力を伝えるツールとしての地図利用の有無や、現在のオスロ合意以降の分離政策における地図利用についてなど、各質問者の専門に引きつけた興味深い質問が多数あった。
 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)氏の報告は、自身の博士論文で扱うイスラエルの経済政策と比較するものとしての南アフリカのバントゥースタン政策に関して、パス法、労働力、白人主義という項目ごとにその内容を歴史的に概観したものであった。
 今回の報告は自身も言及した通り、論文の準備段階のものであり、特に論点がはっきり提示されている訳ではなかった。そのため質疑応答では、鈴木氏の博士論文への展望として、イスラエルと南アフリカを比較対象とする意義を問うもの、これをふまえた上での今後の方向性について確認するものが多数あった。

(文責:細田和江)

『オスロ合意から20年』合評会

概要

  • 日時:2015年5月24日(日)14:00ー17:20
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。


    イスラーム地域研究東京大学拠点では、以下の論集を出版いたしました。

    今野泰三・鶴見太郎・武田祥英編
    『オスロ合意から20年―パレスチナ/イスラエルの変容と課題』
    (NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点、2015年)

    市販されない拠点出版物(入手方法後記)ですが、
    オスロ合意やその後の体制をさまざまな側面について、
    各執筆者によるものを含むこれまでの諸研究をまとめ、
    今後の研究課題を提起した論集となっています。
    今後、これをさらに本格的な共同研究にまとめていくにあたって、
    さまざまなご批判やご提案をいただきたいと考えております。

    つきましては、以下の合評会を開催いたしますので、
    みなさま万障お繰り合わせのうえご参加ください。

    <評者>
    立山良司氏(防衛大学校名誉教授、日本エネルギー経済研究所客員研究員)
    臼杵陽氏(日本女子大学教授)

    <主催>NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点

    <事前申し込み>不要

2014年度

2014年度 第7回パレスチナ研究会 定例研究会
シンポジウム「イスラエル建国以前のパレスチナをめぐるナショナリズムの諸相」

概要

  • 日時:2015年3月13日(金)13:00ー18:20
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • 【プログラム】
    1. 13:00~13:05 開会挨拶:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
    2. 13:05~13:10 趣旨説明:菅瀬晶子(国立民族学博物館)

    3. 第一セッション 司会:奥山眞知(常磐大学(元))
    4. 13:10~14:00 田村幸恵(津田塾大学)
      「『ナショナリズム』揺籃:第一次世界大戦下のパレスチナにおける『臣民』(仮)」
    5. 14:00~14:50 赤尾光春(大阪大学)
      「ディアスポラ・ナショナリズムとシオニズムのはざまで:S・アン=スキーの思想的遍歴における精神的力と身体的力」

    6. 14:50~15:10 休憩

    7. 第二セッション 司会:奈良本英佑(法政大学(元))
    8. 15:10~16:00 菅瀬晶子(国立民族学博物館)
      「ナジーブ・ナッサールのアラブ・ナショナリズム観:『シオニズム』とカルメル誌における活動から」
    9. 16:00~16:50 田浪亜央江(成蹊大学)
      「パレスチナにおけるB-P系スカウト運動と『ワタンへの愛』」

    10. 16:50~17:10 休憩

    11. 17:10~18:10 コメント・総合討論
    12. 17:10~17:20 コメント1 臼杵陽(日本女子大学)
    13. 17:20~17:30 コメント2 藤田進(東京外国語大学(元))
    14. 17:30~18:10 総合討論

    15. 閉会挨拶: 長沢栄治(東京大学東洋文化研究所)

報告

 田村報告は、オスマン帝国末期のパレスチナにおいて、イベリア半島出身のユダヤ人(セファルディー)が果たした役割について論じるものだった。帝国末期の近代化政策は中央集権的に進められたが、そこにはセファルディーおよび商工会議所とのせめぎ合いがあった。また第一次世界大戦期においては、ユダヤ人の間でオスマン帝国下での臣民化をめぐり議論が展開された。報告後のコメントでは、当時のパレスチナにおける宗教行政とその中での様々なユダヤ人の位置づけを明確にする必要が指摘された。
 赤尾報告は、ユダヤ啓蒙主義(ハスカラ)からロシア・ナロードニキ運動、ユダヤ文化復興運動に傾倒した後、シオニズムとディアスポラ・ナショナリズムの間で揺れ続けた文学者S・アン=スキーの思想的遍歴を明らかにするものだった。近代ヘブライ文学では離散ユダヤ文化や、ユダヤ国家像、性や身体について様々な態度がみられたが、なかでもアン=スキーの示した両義的態度は独特のものであった。質疑ではアン=スキーの作として著名な戯曲『ディブック』や、民族資料収集について補足説明がなされた。
 菅瀬報告は、レバノン生まれのジャーナリストであるナジーブ・ナッサールが、パレスチナで発行したアラビア語新聞『カルメル』とその中での連載「シオニズム」について、背景と記述内容の分析を行なうものだった。ナッサールは早い時期からシオニストによる土地の買収に対して警鐘を鳴らし、またパレスチナとヨルダン各地を旅して地方の現状を記事で伝えた。とはいえアラブ/パレスチナ・ナショナリズムに関する記述はないことから、質疑では英語のナショナリズムをアラビア語圏にどう取り入れて解釈するかが議論された。
 田浪報告は、英委任統治期前後におけるパレスチナでのスカウト運動の浸透と、それに関する記述を当時の雑誌等のテキストに見出し、運動とワタン(郷土)概念の関連について究明するものだった。B-P系のパレスチナ・ボーイスカウト教会は、英国委任統治の初期段階で設立された。スカウト運動での自然観察や訓練は、実践的であるとともにワタンに対する愛を与えるものと記述されている。質疑では、スカウト運動とその他の自然に関わる植林運動、ワンダーフォーゲル等との比較が議論された。

(文責:錦田愛子)

川上泰徳氏 退社記念・講演会(2014年度第6回パレスチナ研究班定例研究会)

概要

  • 日時:2015年1月31日(土)14:00-16:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  •     〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
        http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/access/index.html
        最寄駅:東京メトロ丸ノ内線/都営大江戸線(4番出口) 本郷三丁目駅
        東大・懐徳門から入って、緑の小道を抜けた右手、正面玄関に唐獅子像のある建物。

  • 【プログラム】
    1. 川上泰徳氏・講演「私の中東取材」(1時間半)
    2. 質疑応答・コメント(1時間)

     朝日新聞記者として長年、中東報道に健筆を揮ってこられた川上泰徳氏が2015年1月に新聞社を退職され、今後はフリーランスのジャーナリストとして、東京やエジプトを拠点に、さらに中東報道を続けていかれることになりました。
     川上さんに、長年の記者生活を振り返って思う存分語っていただきます。同時に、これから新たな道を歩かれる氏を激励する会にしたいと思います。ぜひご参加ください。

    【共催】NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点パレスチナ研究班
        土井敏邦 パレスチナ・記録の会

    【参加費・要予約】無料(定員65人)

    【懇親会・要予約】(定員30人)
    <時間>午後5時~
    <会場>棲鳳閣 (せいほうかく)(地下鉄「本郷三丁目」駅近く)
    http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131004/13041040/

報告

「川上泰徳氏 退社記念・講演会」報告/役重善洋

 1994年以来、オスロ・プロセス、第二次インティファーダ、イラク戦争、エジプト革命等、激動の中東を取材し続けてこられた川上氏による報告は、それらの現地取材記事がどのような問題意識やプロセスによって活字となったのかを伝える興味深いものであった。例えば、イラク戦争の際、バグダードのフセイン像を倒した若者たちを探し出すのにタクシー運転手を動員する様子や、エジプトのベリーダンサーへのインタビューを成功させるまでバーに通い詰める努力などは、現地社会の深層にまで切り込もうとする川上氏のユニークな視点を伝えるエピソードであるように思われた。
 また川上氏は、「横文字を縦文字に変換するだけ」で、現場での取材をおろそかにする多くのメディア特派員にありがちな姿勢を厳しく批判された。そして、欧米にはできない、日本だからこそできる中東取材や貢献のあり方があるはずだと力説された。
 質疑応答ではイスラム国についての質問が相次いだ。川上氏は、タハリール広場に終結した人々の中に、サラフィー主義者が多数いたことを写真で示し、「アラブの春」の失敗が、イスラーム国の台頭へとつながったとの持論を展開された。また、宗教思想とそれを体現する手段としての暴力とを分けて考えるべきであり、前者を内在的に理解することと、後者をしっかりと批判することの重要性を強調された。
 講演翌朝には後藤健二さんの殺害が明らかになるなど、緊迫した昨今の日本・中東関係において、欧米/中東/日本という区分の意味や、植民地的状況下における暴力/非暴力、思想/手段の区別等々、多くの考えるべき論点が提示された講演であったように感じた。

2014年度第5回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年11月1日(土)13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 報告
    1. 大伴史緒(筑波大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程)
      「パレスチナ経済の成長要因分析」

    2. 武田祥英(千葉大学博士課程/日本学術振興会特別研究員DC)
      鈴木啓之(東京大学博士課程/日本学術振興会特別研究員DC)
      「パレスチナ/イスラエルにおける資料調査:現状と課題の共有」

報告

 大伴報告は、パレスチナ経済の成長要因を、Total Factor Productivity(TFP、総合要素生産性)の観点から説明しようと試みるものであった。
 1967年の第三次中東戦争による占領以降のパレスチナ経済はこれまで、構造的従属の観点から、経済発展を妨害する要因の分析が中心であった。そのため、本報告はこれまで十分に分析されてきたとは言えない、経済成長の説明変数を主な論点として俎上に上げた。まず経済成長率の説明変数として、資本と労働の移動、経済政策の変化が説明変数として措定された。次に分析の前段階として1967年以降の資本と労働の移動、そして経済政策の歴史ならびに傾向が明らかにされた。そして、労働と資本が所得をつくるという新古典的な生産関数を想定した上で、労働と資本による生産性の増加以外の部分を、TFPに対する技術進歩の貢献部分とした。その上で、パレスチナにおける経済成長は、オスロ合意以前は資本投入の貢献が大きいマルクス型、オスロ合意以降はTFPの貢献が大きいクズネッツ型である、すなわち技術進歩による貢献が経済成長のドライブ要因として大きいと結論づけた。
 以上の報告に対して、パレスチナ実体経済の考察にある、農工業の縮小という分析と、技術進歩が経済成長のドライブ要因であるという結論は矛盾するのではないか、またTFPにおける技術進歩がブラックボックスとして措定される結果となっていないかといった論点が提示された。またそもそも、通常の新古典派経済学が占領下パレスチナにおいて成立するのかどうか、適用が適切か否かについても議論が行われた。
文責:鈴木隆洋(同志社大学博士後期課程)

 武田祥英氏、鈴木啓之氏報告 「パレスチナ/イスラエルにおける資料調査:現状と課題の共有」
 本報告の目的は、パレスチナ/イスラエルにおける現地調査において、書籍・文書資料の調査に伴う課題や現状を共有し、パレスチナ/イスラエル研究会メンバーの今後の研究に役立てることであった。
 鈴木氏の報告は、パレスチナ研究における現地調査と資料収集に関して、自身の体験に基づき、現状と課題の共有がなされた。具体的には、アラビア語現地資料の探し方買い方に始まり、行政機関・大学および地方資料館・図書館における設備や利用上の問題点、そして、ラーマッラーやナーブルスを中心に各々の書店の特徴等が提示され、実際に現地で経験しなければ分からないことが共有された。また、パレスチナ関連の一次資料が、ビールゼイト大学・アル=クドゥス紙・WAFAのウェブサイトで公開されていることも紹介され、パレスチナの情報はインターネットでかなり収集可能であることが示された。課題として、パレスチナでは、日本のCiNiiのような横断検索可能な文献情報サイトがなく、各研究機関のOPACで検索を繰り返す必要があること、ISBN未取得書籍の把握が難しいこと、書店での出版年度の古い書籍の確保が困難であることが提起された。鈴木氏報告は、資料調査を行う上で、知っておくと大変有益で参考になる情報で溢れており、資料にアクセスする入口を大きく開いてくれるような報告であった。
 武田氏の報告は、今夏パレスチナ/イスラエルで現地調査を行った際の、史料館調査、宿泊施設などの生活情報、現地の状況等について提示された。イスラエルの史料館(イスラエル国家公文書館・中央シオニスト文書館)を利用された経験から、役に立つ情報や注意事項などが明瞭に示された。双方とも、利用時間が短いこと、史料館のデータ検索においては現地で調べるのが一番良いこと、また、史料内容が英語であっても、史料館のリスト・表紙の表記がヘブライ語である場合があり、検索が難しいことなどが共有された。さらに、エルサレム、ベイト・ウンマール、ヘブロン、ハイファを訪れた体験が報告され、イスラエル占領下に生きるパレスチナ人の現状が提起された。エルサレム旧市街アラブ人地区で、拳銃と無線で武装した私服入植者をよく見かけ、「エルサレムのユダヤ化」が進行している事態に直面したこと。ベイト・ウンマールで、農耕地の隣に建設された入植地から、催涙・傷痍・音響などの各種手りゅう弾が撃ち込まれていたこと。ハイファを再開発すべく、そこに住むパレスチナ人に対して家屋破壊・追い出しが行われており、それに抵抗する若者の共同体運動Al-Mahataの人たちと交流されたこと。武田氏報告は、資料収集とともに、現地に足を運んだからこそ見えてくる、パレスチナ/イスラエルの実情が提示され、現地調査の重要性が改めて強調された。

 両者の報告は、将来的にはウェブサイトでの公開が予定されており、研究会メンバー以外の研究者・学生にも利用できる形となるそうだ。一学生として大変待ち遠しく、心底期待している。
文責:児玉恵美(日本女子大学文学専攻科史学専攻博士課程前期)

ラジ・スーラーニー弁護士の講演会とガザ映画上映会

概要

  • 日時:2014年10月11日(土)14:00-19:30
           10月12日(日)13:00-20:30
  • 会場:東京大学・経済学部 第1教室(本郷キャンパス)
      *会場は、東大の本郷キャンパスですが、いつもの東洋文化研究所ではなく、経済学部の建物となります。

    当日は、ご講演とともに、ガザ地区を中心にパレスチナで長年、撮影を続けてこられたジャーナリストの土井敏邦氏の映像上映も一緒に行われます。 貴重な歴史的映像も含まれますので、ふるってご参加ください。

    【主催】土井敏邦 パレスチナ・記録の会
    【共催】科学研究費基盤研究(A)アラブ革命と中東政治構造変容に関する基礎研究/
        NIHUイスラーム地域研究東京大学拠点パレスチナ研究班

    詳しくは、こちらのサイトもご覧ください。

報告

 第一日目は、土井敏邦氏の取材による2014年ガザ戦争の現状報告と、ラジ・スラーニ氏(弁護士、ガザ地区より「土井敏邦 パレスチナ・記録の会」が招聘)、川上泰徳氏(朝日新聞社記者)による講演が行われた。土井氏の映像報告では、発電所や食品工場といったガザ地区のインフラが意図的に破壊されたなか、汚水処理の問題や野菜価格の高騰、住居の不足などに多岐にわたる諸問題が指摘された。この報告を受ける形でラジ氏は、自身の法律関係者としての視点を交えながら、自身も経験したガザ戦争の被害の甚大さと、それに対する国際社会の責任について強く訴えた。
 第二日目は、土井氏のドキュメンタリー映像にラジ氏がコメントを加える形で議論が展開され、臼杵陽氏(日本女子大学)による解説とラジ氏との対談がなされた。このなかでは、ガザ地区の置かれた現状のみならず、パレスチナ社会の抱える課題や国際支援のあり方の問題点など、多くの視座が提示された。
 なお、両日ともにラジ氏の発言は通訳者の中嶋寛氏によって日本語に同時通訳され、会場とも活発な質疑応答が展開された。ラジ氏の両日の詳細に関しては、中嶋氏のブログ〈http://noraneko-kambei.blog.so-net.ne.jp/〉で参照することが可能である。
文責:鈴木啓之(東京大学大学院博士課程)

2014年度第3回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年7月23日(水)14:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室
  • 報告
    1. 武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)
      「戦間期におけるパレスチナ/イラクにおける英国の石油政策の展開プロセス」

    2. 今野泰三(日本国際ボランティアセンター パレスチナ事業現地代表/大阪市立大学院 都市文化研究センター研究員)
      「パレスチナ・ガザ地区における国際援助とNGOの機能」

報告

 武田報告の目的は、委任統治領パレスチナ開発政策の中でも重要な位置を占めた石油資源政策を、第一次世界大戦以前から継続する英国の石油政策との連続性のなかで検討することであった。第1部では、英国の石油政策および委任統治領パレスチナの形成と第二次世界大戦期までの現地開発に関する先行研究とその課題が概観された。続く第2部から第4部では、外務省および海軍省の文書に基づく形で、第一次大戦後まで継続する中東石油利権確保の基本計画策定、第一次大戦と拡大する石油資源利用、ハイファ石油精製所建設計画と石油産業優遇政策がそれぞれ検討された。
 質疑応答では、英国の石油政策の動機が商業よりも軍事にあったという解釈を本研究から引き出すことの妥当性、英国パレスチナ統治の石油以外の動機、英国支配下の諸都市の中でのハイファの重要性などが問われた。本報告は、これまで第一次大戦中の政策として捉えられがちであった英国の石油政策の起源を見直す機会として示唆に富むものであった。
文責: 清水雅子(上智大学大学院博士後期課程)

 今野報告は、封鎖に伴う人道危機が続くガザ地区での実地調査をもとに、国際援助機関とNGOがいかに機能し、台頭するイスラーム主義運動との関係を構築すべきかといった問題を提起した。調査結果からは、軍事占領に加えハマースとファタハ政府による弾圧、ハマース系受益者を排除しがちな欧米系ドナーからの制圧による「恐怖の文化」、そして利権をめぐる党派間対立による「差別の文化」がうまれつつある現状が提示された。質疑では、1993年オスロ合意前後の対パレスチナ国際援助をめぐる動きの変化や、党派主義の社会的役割、自治政府によるNGO法の制定、また市民社会論の概念を適応することの是非など包括的な議論が交わされた。
文責:南部真喜子(東京外国語大学大学院博士課程)

2014年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

概要

  • 日時:2014年6月3日(火)16:00-19:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
  • プログラム
  • 「紛争の記憶とオーラルヒストリー ~キファー・アフィフィによるパレスチナ抵抗運動の語り~」

    講師:キファー・アフィフィ


  • *講演はアラビア語ですが、日本語逐次通訳がつきます。
    通訳:森晋太郎(東京外国語大学非常勤講師)

    入場料:無料

    司会:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

    【講師紹介】
    パレスチナ難民としてレバノンのシャティーラ・キャンプに育つ。
    1982年のサブラー・シャーティーラー難民キャンプでの虐殺事件を生き延びたが、
    家族の多くをイスラエル侵攻やレバノン内戦で失った。
    18歳の時、抵抗運動に参加するが、イスラエル国境で逮捕されてヒヤム刑務所に拘留される。
    解放に向けては広河隆一氏やその友人であるユダヤ人弁護士らが尽力し、6年後に釈放される。
    その後彼女は、親を失ったパレスチナの子どもの救援運動「ベイト・アトファール・アッスムード(子どもの家)」の活動に参加している。

    主催)NIHU「イスラーム地域研究東京大学拠点」
    科研費基盤研究(A)「アラブ革命と中東政治の構造変容に関する基礎的研究」
    DAYS JAPAN(月刊誌)
    キファーさんとともに難民問題を考える会

    報告

     本研究会は元パレスチナ・ゲリラであったキファー・アフィフィ氏の経験を聞き、紛争下の個人の経験をいかにオーラルヒストリーの観点から受けとめるべきかを考察するものであったといえる。また本研究会は、質疑応答を通して、今後のパレスチナ問題への取り組み方に対する考察を深める機会としても機能したといえよう。
     幼くして家族をイスラエルとその同盟勢力の手により奪われた彼女は、ゲリラに加わり、そして捕虜となって初めて歴史的パレスチナの地を踏んだ訳であるが、その際に嬉しさの余り歓喜の声を上げ続けたという。この体験談は、パレスチナ難民として内戦下レバノンに生きるということがいかに人間を疎外し、その尊厳を奪うものであったのか、また自らの力でパレスチナに帰るという選択がいかに彼女の阻害からの脱却と自尊心の回復につながるものであったのかということを端的に示しているといえよう。同時に獄中での体験、特に強姦の脅しを含む拷問、すなわち拷問との自らや仲間の闘いは、過酷な条件下で人が尊厳を保つことの難しさ、そしてそれでも折れることの無い、アイデンティティと個人史に由来する力の強さを参加者に強く印象づけた。また獄中経験の話は、抑圧は抑圧者自身の人間性をもまた壊すものであるというフランツ・ファノンの言葉を同時に想起させるものでもあった。
     発表後は、武装か非武装か、あるいは闘争の持つイスラエル人への心理的作用をいかに考えるのか等を巡り、質疑応答が活発に交わされた。

    文責:鈴木隆洋

    2014年度第1回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2014年5月18日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 金城美幸(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)
        「パレスチナ/イスラエルにおける歴史学的知の生産:生成・変容とその基盤」

      2. 鶴見太郎(埼玉大学研究機構・教養学部准教授)
        「シオニズムの『国際化』:帝国崩壊と極東のロシア・シオニスト」

    報告

     金城氏は、歴史記述研究とパレスチナ/イスラエル地域研究という二つのアプローチの方法論的な総合を目指し、イスラエル側の歴史記述を前史・正史構築期・〈他者〉研究の芽生え・ポスト・シオニズム期などに区分、またパレスチナ側の展開をアラブ・ナショナリストの言説からイスラエルの新しい歴史記述の反論などに整理し、歴史記述における国家制度の問題を提起した。質疑では、イスラエル内/出身のパレスチナ人の問題、シオニストの多様な構成など単純な二項対立の構造ではない、など多くのコメントや質問がなされ活発な議論が行われた。
    (記:長沢栄治)

     鶴見報告ではロシア帝国内のシオニストについて、特に極東での言論活動に注目してその主張の変遷が検討された。分析の主な対象とされたのは、イルクーツクで発行されたシオニスト週刊紙の『エヴレイスカヤ・ジズニ』とハルビンで発行された機関紙『シビル・パレスチナ』である。両紙の論説を通しては、シオニストの主張がロシア国内でのユダヤ民族の自治から、次第にパレスチナにおける建国に比重を移していく様子がうかがわれた。質疑では、扱われた両紙の関係や、シベリア・シオニズム運動に対するブンドの位置づけ、などが問われ、1920年代の状況について多面的な議論が交わされた。
    (記:錦田愛子)

    2013年度

    国際ワークショップ「分割統治の政治学―中東、東アジア、南アジア比較の視点から」
    TIAS International Workshop "Politics of Partition from a Comparative Perspective"

    概要

    • 日時:2014年2月3日(月)15:00~18:15
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム

    • 15:00- Session(1)
      Prof.A.F.Mathew  "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"
       Associate Professor, Indian Institute of Management(IIM), India
       Report (40min), Discussion (20min)

    • 16:00- Session(2)
      Yu SUZUKI  "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
       Ph. D. Candidate, Department of International Relations, London School
        of Economics, UK 
       Report (40min), Discussion (20min)

    • 17:00-17:15  Tea Break

    • 17:15- Session(3)
      Hideaki TAKEDA  "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"
       Ph,D. Candidate, Graduate School of Humanities and Social Sciences,
        Chiba University, Japan

       Report (40min), Discussion (20min)

    報告

    "Partitioned Boundaries: A Case of Subsumed history"/A.F.Mathew
     マシュー氏は、1947年のインド・パキスタン分離独立以降のカシミールの歴史を概説され、「インド対パキスタン」という文脈で語られることが支配的言説となっているカシミール問題について、カシミールの人々を主体とする視点から見直す必要を提起された。インドとの間に交わされた政治的地位をめぐる住民投票実施の約束が反故にされるなど、印パ対立やヒンドゥー・ナショナリズムの興隆のなかで、この地域の住民の意思が無視されてきたことが指摘された。

    "The Process of British East Asian policy making, 1880-1894"
    /Yu SUZUKI

     鈴木氏は、20世紀末、日清戦争に至る時期におけるイギリスの東アジア政策を外交文書や最新の研究動向から得られた知見をもとに分析された。従来の研究では、この時期のイギリスは清よりも近代化により素早く適応した日本を重視したという見解が強かったのに対し、対ロシア戦略の観点から場合によっては清の宗主権を認めるケースもあったことを指摘するなど、グローバル戦略のなかでこれまで考えられていた以上に臨機応変の判断を行っていたことが示された。

    "Significance of Haifa -Rethinking British policy making toward Palestine at Great War-"/Hideaki TAKEDA
     武田氏は、第一次大戦後のオスマン帝国分割案を議論したド=ブンセン委員会の議事録を分析し、イギリスの「勢力圏」に含むべき地域としてハイファが重要視されるようになった過程を明らかにされた。そこでは、モースルの油田地帯とハイファ港とをパイプラインでつなぐ構想が決定的な意味を持っていた。イギリスの石油政策が中東分割に際してもった重要性を再確認する報告であった。
    (役重善洋/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)

    2013年度第6回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2014年2月2日(日)15:00-19:10
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 鈴木隆洋(同志社大学グローバルスタディーズ研究科博士後期課程)
        「重複する政治経済の転換点と転向方向:イスラエルと南アフリカ2つの新自由主義経済改革とその政治」

      2. 今井静(日本学術振興会特別研究員・立命館大学)
        「ヨルダンのシリア難民受入とその背景:社会経済的インパクトと国際規範をめぐって」

    報告

     鈴木報告は、第二次世界大戦後のイスラエル政治経済と南アフリカ政治経済の発展、政策、制度の歴史を、世界経済のメルクマールを参照しつつ振り返り、もって両国の差異の比較のための分析視角を検討するものであった。
     しばしば比較されがちな両国であるが、その体制や政策はけして静的なものではなかった。本報告は、被抑圧民族の統合と分離をめぐる政策の決定要因の一つとして、両国経済を構成する各産業の比率や業種等各種特徴と、各種産業に対する、また経済全体に対する政府の政策・制度と、経済界=国家の相互作用を重視するものである。
     鈴木報告は、両国経済政策の、共時的通時的な共通性を指摘する。それにも関わらず明確な、統合と分離に関する、鮮やかなまでの落差の原因として、両国経済それぞれ固有の歴史ゆえの経済的特徴と社会的諸特徴、ならびにそれから影響を受けて策定される国家の産業政策が、示唆された。
     以上の報告について、参加者からは、両国政治に関する、先行する比較研究も参照すべきこと、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の統治に関しては67年以前と以降を明確に分けて分析の俎上にのせるべきこと、特にイスラエルに対しては外部から注入される、国家や各種団体からの資金に関し追求する必要があること等、本報告の目的を達成するために必要な作業の提起があった。あわせて用語の精緻化や、経済危機の要因と時期を明確にして行くことが必要であることが、指摘された。
    (文責:鈴木隆洋 同志社大学 博士後期課程)

     今井報告は、ヨルダンにおけるシリア難民受入のプロセスを追いながら、それが中東地域システムおよび国際システムの動態とどのように関わっているのかをコンストラクティヴィズムの国際関係論における規範の概念を用いて検討するものであった。
     1948年のナクバ以降、難民保護というかたちで地域政治に関わってきたヨルダンにとって、シリア難民の流入はどのようなインパクトや問題があり、それを解決するためにヨルダン政府がどのような対応を取っているのかが主な論点となった。そこでは、シリアにおける紛争の展開や難民流入の規模の変化に沿って、ヨルダン政府の関心が紛争の解決から難民問題への解決へとシフトしていること、UNHCRとの協力の下で保護政策が推進されていったことが明らかにされた。そして、難民保護のための人権規範や内政不介入の原則といった国際規範の遵守を表明することで、特定の立場を表明することなく諸外国からの協力を取り付け、自らの存立を危うくする可能性のあるシリアにおける紛争の拡大を防ぐという目的を達成しようとしていると結論付けられた。
     以上の報告について、参加者からはシリアからのパレスチナ難民の入国拒否といった保護政策の基本方針とは矛盾する対応の実態や、国内の社会的経済的インパクトの詳細、イラク難民との比較といった論点が提示された。また、本報告において規範の概念を適用することの是非やその手法についても議論が行われた。
    文責:今井静(日本学術振興会/立命館大学)

    国際ワークショップ「オスロ合意の代案とは何か:パレスチナ/イスラエルをめぐる一国家・二国家論争」 International Workshop on Post-Oslo II"Alternative Plans for Oslo– Discussion over One-state and Two-state plans –"

    概要

    • 日時:2013年10月14日(祝)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム
  • *《10月14日(月・祝)》(12:30 開場)13:00-17:00
     司会:鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)

    • 趣旨説明:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)

    • 講演「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)

    • 講演「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)

    • 総合コメント
      錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 助教)
    • 総合討論

    報告

    「一国家解決案を考える ~無駄な追求か今の現実か?」
    ライラ・ファルサハ氏は、一国家案を理想主義ではなく、現実的に導入可能な解決策として論じた。一国家案は、イスラエル建国以前からある発想であり、歴史的に、誰からの支持があり、どのように提案されてきたのか述べた。
    ファルサハ氏の提案する一国家案では、イスラエル・パレスチナ双方をまとめ、1つの民主国家として、全ての市民の平等な権利を保障する国家となる。国家の形態として、アメリカを例に挙げながら、各州が独自の法などを持つが、全体として1つにまとまることを目指す。そして、パレスチナ人の帰還権を認める。これは、必ずしもパレスチナ難民が帰還することではなく、パレスチナ人、イスラエル人双方の移動の自由、権利を認めることが重要であると主張した。
    ヨルダン川西岸やガザにおける抵抗運動で、求められているのは、独立国家そのものではなく、移動の自由など彼らの権利の保障である。ファルサハ氏は、権利の保障に単一民族の国家は必要ではないと論じる。そして、パレスチナの現状に関して、短期的に抑え込む事は可能だが、長期的解決にはならないとした。

    「一国家か二国家か ~幻想とレアル・ポリティーク」
    一方、ロン・プンダク氏は、二国家案が唯一の解決策であると論じた。
    始めに、彼は現在のイスラエル国家の存在が、迫害されてきたユダヤ人の心の拠り所となっていることを、彼の祖父が経験したポグロムや、プンダク家が辿った歴史を通して語った。
    プンダク氏の提案する二国家案は、国連決議242号を原則としている。国境は1967年ラインに設定、イスラエルによる占領を終結させ、西岸にある入植地は全て撤退する。彼は、ガザと同様、入植地の撤退は可能であるとする。二国家の形態として、例にベネルクスを挙げ、それぞれ独立した国家だが、協調して動くことができるものとした。
    二国家案を支持する理由として、境界がはっきりしているため、双方にとり脅威がなくなる、二つの国家として、通常に生活できる、一国家案は、イスラエルは建国の根本的な理念に反しており、代案には成りえない点などを挙げた。プンダク氏は、仮に一国家案が導入された場合、アナーキーに陥り戦争を招き、その結果二国家案に戻ることになるとした。そして、二国家案導入のための時間は限られており、可能な限り早く導入すべきとした。
    (文責:小井塚千寿 東京外国語大学 博士前期課程1年)

    総合討論
    当初の予定とは違い、プンダク氏の講演終了後すぐさまファルサハ氏が登壇し、プンダク氏の議論に疑問を投げかけることから全体討論は開始された。二民族の共存不可能性や国家が維持すべき(同質的)ナショナルアイデンティティの問題を理由に、ユダヤ人、パレスチナ人を単位とした民族国家建設を、パレスチナ紛争解決のための最良の方法とするプンダク氏の議論に対し、ファルサハ氏は、他国では両者が特に問題なく共存している現状について述べ、住民の多様な文化やアイデンティティへの尊重と自由が保障されるか否かが重要な問題であり、それを否定するシオニズム的思考こそが紛争解決の一番の障害であると論じた。さらに、既に不均衡な力関係が存在するパレスチナ/イスラエルの「一国家的現実」を鑑みるに、別々の国家ではパレスチナ人の権利や民族間の平等の達成は困難であるとするファサルハ氏に対し、プンダク氏は、一つの国家になることでパレスチナ人への差別が増大することへの危惧を示す。
    一方、コメンテーターの錦田氏は、プンダク氏のいう政治家本位の政治的「リアリズム」について民主主義の観点から疑義を呈するとともに、現実にはパレスチナ人難民が希望しているのは帰還という選択ではなく第一にその権利自体を求めていることを指摘した。その上で、住民の生活を包括的に保障する市民権概念などを基盤とした難民の権利保障についてまず議論すべきである。そのために、二国家論/一国家論という抽象的な論争ではなく、まず二民族共存のための具体的な個々の政策で両者の主張に共有できる部分を探ることはできないか。という建設的な共通の議論枠組みの構築に向けたコメントが寄せられた。これを受けて、議論は将来の国家像やパレスチナ難民の帰還を巡るテーマ等へと向かった。その中で、問題解決のための現実的・具体的議論を阻むシオニズムを批判するファルサハ氏に対し、今日のイスラエルの世論や政治状況を考慮した「現実的判断」からプンダク氏はパレスチナ難民の帰還について悲観的な見方を示すのであった。
    その他、フロアからも二人の講演者に対し、多数の質問が寄せられ、経済と占領政策や和平を巡る世論の関係、マジョリティの政治によらない民主主義、教育問題と社会意識などそのテーマも非常に幅広くまた深いものであった。このように講演者の二人を中心にコメンテーターやフロアを巻き込んだ非常に白熱した全体討論をもって、「オスロ合意再考」についての一連の国際ワークショップ最終日は締め括られた。
    (文責:一橋大学・社会学研究科・助手 吉年誠)

    国際ワークショップ「オスロ合意再考:パレスチナとイスラエルに与えた影響と代理案」 TIAS International Workshop"Post-Oslo Process: Its Developments and Alternative Plans for Palestine and Israel"

    概要

    • 日時:2013年10月12日(土)-13日(日)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室

  • プログラム
  • *《第一日目:10月12日(土)》(12:45 開場)13:00-17:00
    司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)

    • 講演「オスロ合意から20年―成功か失敗か?当事者からの視点」
      ロン・プンダク(元ペレス平和センター事務局長)

    • 講演「オスロ和平プロセス―解放なき革命」
      ライラ・ファルサハ(マサチューセッツ大学准教授)

    • 講演「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
      立山良司(日本エネルギー経済研究所客員研究員、防衛大学校名誉教授)

    • 総合討論

    *《第二日目:10月13日(日)》(12:45 開場)13:00-16:30
     司会:長沢栄治(東京大学東洋文化研究所教授)
    • 趣旨説明・講演者紹介 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
    • 講演「オスロの失敗後―帰還への闘いは続く」
      サルマーン・アブー=シッタ(パレスチナ土地協会代表)

    • 講演「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
      藤田進(東京外国語大学名誉教授)

    • 総合コメント 臼杵陽(日本女子大学教授)

    • 総合討論

    報告

    「オスロ合意から20年:成功か失敗か?当事者からの視点」
     一つ目の講演は、オスロ合意において実際にイスラエル側の交渉担当者であったロン・プンダク氏によるものである。プンダク氏の講演全体を貫く根本的な主張は、オスロ合意の原則はパレスチナ・イスラエルの和平にとって、今日でも重要な役割を果たしうるということであった。加えて、オスロ合意を雛形とした二国家解決案もまだ十分に可能であるという立ち位置を明確に表していた。
     このような主張を唱えるプンダク氏は、まずオスロ合意以前の紛争の状況について言及し、パレスチナ、イスラエル双方が歴史的パレスチナ全土を領土とした自らの国民国家を形成するというナラティブを持っていた時代と表現した。そして歴史的パレスチナ全土を手に入れようとする二つのナラティブの対立から、それを二つに分けるという発想を明確化した段階として、オスロ合意を位置付けている。
     そして次にプンダク氏は、オスロ合意以降のいわゆる「オスロ・プロセス」について言及した。プンダク氏は、オスロ・プロセスの失敗の主因として、和平を実行する役割を担ったイスラエル政府が合意内容の履行を遅々として進めなかったことを挙げ、実際にオスロ合意締結以降のイスラエルの首相がオスロ・プロセスにどのような形で関与していったのかについて言及した。なかでも2006年から2009年まで首相を務めたエフード・オルメルトを、和平への情熱、その実行能力の両面から高く評価しており、和平の実現に最も近づいた時点であったという興味深い指摘を行った。
     このような形でプンダク氏は、オスロ合意そのものをある程度肯定的に捉え、その履行の段階において障害が生じたことが、オスロ・プロセスの失敗であったと明確に主張した。その上で、二国家解決案を急がなければ紛争を終結させることは出来ないとして、危機感も述べていた。発表後はフロアからの質問に答える中で、自身の兄弟が1973年の第四次中東戦争において亡くなったことに言及し、二つの国家と互いの信頼関係に基づいた和平の実現のために現状を変革することが重要であり、憎しみの過去を乗り越える必要が有ることを述べ、講演を締めくくった。
    (文責:山本健介/京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

    「オスロ和平プロセス:解放なき革命」
     二つ目の講演はマサチューセッツ大学・ボストン校の准教授であるライラ・ファルサハ氏によるものである。ファルサハ氏は、オスロ合意について、特にヨルダン川西岸地区の情勢やパレスチナの祖国解放運動の文脈から講演を行った。
     ファルサハ氏は、これまでナショナルな単位としての「パレスチナ人」を承認してこなかったイスラエル政府が、PLOを正統な代表として承認したという点でオスロ合意は、1948年の第一次、1967年の第三次中東戦争に並ぶ大きな歴史的意義を有していると述べた。しかし、他方でオスロ合意はイスラエルによるパレスチナ人への占領政策を制度化(Institutionalize)するものであったとして強く批判した。特にオスロ合意以降、文字通り倍増した入植地をはじめ、分離壁、入植者へのバイパス道路、検問所などによって、パレスチナ自治区の領土的な分断が進行している現状を指摘した。
     そしてファルサハ氏の講演は、パレスチナの祖国解放運動の現状やパレスチナ/イスラエル紛争の解決へと展開していく。まずパレスチナの祖国解放運動については、パレスチナ自治区の外に住むパレスチナ難民の間でPLOの意思決定機関であるPNCの力を強化することを望む声があることに言及した。その上で祖国解放によってパレスチナ人が何を得ようとしているのかという点については、独立国家の設立よりも尊厳(dignity)の回復であると指摘した。
     そしてこのような祖国解放運動の現状から、パレスチナ/イスラエル紛争の解決については、先に述べたイスラエルの占領政策の結果として一国家の現実(One-state reality)が存在しているとし、一国家解決案の実現に一定の可能性があることを述べた。そしてこの一国家解決案を妨げる障害としてイスラエル国家の存続を譲らないシオニストと、一民族一国家の原則に固執し、二国家解決を和平の雛形とし続けている国際社会の存在に言及した。
     このようにファルサハ氏の報告では、パレスチナ祖国解放運動からパレスチナ/イスラエル紛争の現状を考察するという形を取っていた。イスラエルによる占領政策が現状としての一国家を形成しているという指摘は、現在アカデミアの分野で特に注目が高まっている一国家解決案の議論の前提として重要な指摘であろう。発表後はフロアからPNCを強化するための実際の手段やパレスチナ人の祖国解放運動への期待感などについて質問が集まり、前発表者であるプンダク氏からイスラエル政府の占領政策への立場等についての指摘もなされ、議論は盛り上がりを見せた。
    (文責:山本健介/京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

    「オスロ和平プロセスと非対称紛争における暴力の問題」
     立山良司氏は、オスロ合意後に暴力のレベルが激化した事実に言及した上で、その背景を4つの観点から議論した。それらは、第1にオスロ合意に埋め込まれた構造上の非対称性とパレスチナの治安部門の機能不全、第2にイスラエルの安全保障ドクトリンと政軍関係、第3にユダヤ人入植者による暴力、第4に米国主導のパレスチナ治安部門改革の消極的影響である。そして、こうしたオスロ和平プロセスにおける問題から学びうる点として立山氏は、第1に強固な保障を伴う和平プロセスの明確な目標の設定、第2に頑健な国際社会のプレゼンス、第3に包摂的な和平プロセス、これらの重要性を指摘した。質疑応答では、特にロード・マップ和平案は目標を明確に設定したにもかかわらず和平に結び付かなかったのではないかとの問いが寄せられ、立山氏からは、この3点は和平プロセスを実効的なものとする十分条件ではなく、また、この3点をどのように実施するかが重要であるとの返答が行われた。和平プロセスにおける暴力の問題を、各要因の相互作用に着目しながら多角的に分析した本報告は、オスロ合意から20年を機にこれまでの交渉の教訓や今後について考える本シンポジウムにとって非常に貴重な報告であった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    総合討論
     シンポジウム1日目の全体討論では、報告者に対して多岐にわたる内容の質問が寄せられた。まず、ロン・プンダク氏への質問として、和平プロセスにとってオルメルト・イスラエル政権時が相対的に良好だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、カーター米政権が他の米政権より中立的だったと言う場合にそれを成立させた条件は何か、二国家解決のイメージはエリートのレベルの議論ではないか、西岸の壁はイスラエル側でテロ対策と言われることもあるがその考えでは理解できない側面があるのではないか、などの質問が寄せられた。ライラ・ファルサハ氏に対しては、パレスチナ人内部の水平的・垂直的な分裂が大きくなる中でイスラエルとの交渉を続けることはいかにして可能か、などの質問が投げかけられた。また、立山良司氏に対しては、パレスチナとイスラエルの国際法上の地位の違いや占領の問題はどのように論じられうるのか、などの質問が寄せられた。全体として、フロアからの質問はオスロ和平プロセスにおける問題の多様な側面を捉えており、また報告者同士での補足や反論も行われ、オスロ合意から20年を機に和平プロセスのこれまでの経緯や今後を考える本シンポジウムにとって非常に意義深い討論となった。
    (文責:清水雅子/上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    「オスロの失敗後:帰還への闘いは続く」
     アブー=シッタ氏の講演は、まず前半で、難民一世としての自身の経験およびこれまでの調査研究で集積してきたデータにもとづき、パレスチナ人にとってナクバのもつ意味が語られた。とりわけ、虐殺をともなった周到な追放作戦によって、イスラエル建国前にすでに多くのパレスチナ人が難民とされていたことが強調された。後半では、難民の帰還が物理的に実現可能であることが、現在のイスラエルの土地利用状況にもとづき、説明された。パレスチナ難民の故郷の村の土地の多くが、軍用地とされている以外には、現在もほとんど利用されていないため、パレスチナ難民の多くが帰還したとしても、イスラエルに暮らすユダヤ系住民の生活に大きな影響を与えずに済むという結論が示された。100~150万世帯の難民の帰還を実現するための住宅建設に要する年数を試算したところ、6~7年で完了できることが分かったとも言う。もちろん、こうした計算の前提には、政治的条件が許せば、という高いハードルがあることは言うまでもない。しかし、破壊された村の家一軒一軒の所有者を、難民コミュニティのネットワークを頼りに特定していくという膨大な作業データの蓄積が、アブー=シッタ氏の言葉に強い説得力を持たせていることは否定できないように感じた。

    「パレスチナ難民キャンプの現実を通して見るオスロ合意」
     続いて藤田氏は、パレスチナ難民の記憶の中に生きる「共存の歴史」に焦点を当てた講演をされた。ガザのジャバリア難民キャンプに暮らす画家ファトヒ・ガビンによる1983年の作品「Legacy」(http://www.palestineposterproject.org/poster/heritage)に示された牧歌的なイードの様子に、1948年以前の伝統的な生活とその継承を見るだけでなく、ジャバリア・キャンプの住民の多くがヤーファー出身であることから、イスラエル建国直前まで、両民族の「共生」が持続していたヤーファーのマンシーヤ地区における「平和」の記憶を読み取ろうとする解釈は、とりわけ印象深いものであった。この解釈は、パレスチナ難民の帰還要求を、「民族的要求」としてだけではなく、イスラエルのユダヤ人との共生を求めるパレスチナ人の未来へのヴィジョンとして捉えるものとして重要であるように感じた。藤田氏は、ガビンの絵と共に、破壊されたガザの難民キャンプの写真を示し、共生の可能性がオスロ合意以降、ますます難しくなっていることを示唆しつつも、イスラエルやアメリカのユダヤ人活動家が、被占領地を訪ね、パレスチナ人とともに、占領に抗議する行動に参加していることにも触れることで、新しい世代による「ポスト・オスロ」の可能性にも触れられた。
    (文責:役重善洋/京都大学人間・環境学研究科博士後期課程)

    総合コメントおよび総論
    <臼杵氏によるコメント>
    結論から先に述べると、オスロ合意は失敗であった。ノーベル平和賞を受賞するほど世界的に注目を浴び、一時的に人びとに希望をもたらしたものの、当初から現実にそぐわない一方的な内容に終始し、内部からの批判の声も多く挙がっていた。失敗に終わった最大の原因は、恒久的な平和構築のためにイスラエルが努力を払わず、双方向の対話が成り立たなかったことであろう。 合意締結から20年を経た今、和平の前提とされた二国家解決案についても再考の必要がある。本ワークショップはパレスチナとイスラエル双方の生の声を聞くよい機会であり、一部の研究者の間で提言されている一国家解決案の可能性についても、模索すべてきであろう。
    <総論>
     オスロ合意自体、和平交渉としては失敗であったことはあきらかであるが、対話のきっかけを作ったという点は評価できる。また、忘れてはならないのは、オスロ合意が失敗したとはいえ、そこからはじまった和平交渉はまだ続いているのだという事実である。ただし、和平交渉を今後も続けてゆくためには、いまだにパレスチナ自治区をイスラエルが実質上占領し、植民地主義的支配が再生産されてゆくという悪循環をいかにして変えてゆくのか、国際法に照らして考える必要がある。入植地問題の解決や、現在権力が二分されてしまっている自治政府の統合など、今後パレスチナ・イスラエル双方に課せられた課題は多い。入植地問題を解決するには、西岸のみならずエルサレムの帰属を明確にする必要がある。イスラエル政局におけるリーダーシップの欠如も、和平交渉の大きな妨げとなっている。また、政教分離のありかたや、難民帰還権の是非、民主国家の定義も再考すべきであろう。そしてなによりも重要なのは、同じ人間同士として、平和に共存するためのシステムづくりを、ともにおこなわなければならないということである。日本人は公平な第三者として、その手助けをいかにしてゆくか、引き続き考えてゆかねばならない。

    2013年度第3回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年7月20日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 濱中新吾(山形大学地域教育文化学部准教授) 「アラブ革命の陰で:パレスチナ人の国際秩序認識に反映された政治的課題」
      2. 武田祥英(千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程) 「第一次大戦期英国における「ユダヤ教徒」像と自由党の変容のパラレルな関係について」

    2013年度第2回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年5月19日(日)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科 博士後期課程) 「パレスチナの抵抗運動における暴力と非暴力-第一次インティファーダとアル=アクサー・インティファーダの比較から-」
      2. 江﨑智絵(防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)「オスロ・プロセスの政治過程分析―和平交渉の挫折とそのインパクト」

    報告

    オスロ・プロセスの政治過程をスポイラーの要因から分析した江崎智絵報告と二つのインティファーダを 暴力と非暴力の観点から比較した南部真喜子報告は広い意味での政治学的な研究の新たな世代の登場を予感させる報告だった。 そもそも、日本におけるパレスチナ研究にしろ、イスラエル研究にしろ、 政治学的な分析は若干の先行者を除いてこれまで相対的に弱体であった。 しかし、江崎報告はスポイラーという分析概念を使ってモデル化にそれなりに成功しており、 さまざまな事例への適用の可能性を示唆するものであった。 また、南部報告は抵抗運動というコンテクストにおける武装闘争を含む暴力の政治的な意味を再考させてくれる絶好の機会を提供してくれた。 インティファーダ研究は若手研究者の間で徐々に盛んになりつつあるが、これまで一テーマ=一研究者という、 ある種の「独占」状態が崩れつつあり、いい意味で競争の原理が導入されることになり、パレスチナ研究自体の深化を感じさせる。 いずれにせよ、両報告は政治学的なアプローチからの現代パレスチナ研究の最前線を示す刺激的なものであったし、 また活発な議論からも多くのことを学ぶことができたことを最後に特に記しておきたい。(臼杵陽/日本女子大学)

    2013年度第1回パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年4月20日(土)13:00-18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. 清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程) 「紛争後の制度構築における国際社会と国内政治の力学:パレスチナ自治政府の制度改革と分裂をめぐる政治過程」
      2. 近藤重人(慶應義塾大学法学研究科政治学専攻博士課程)「サウディアラビアの石油政策とパレスチナ問題、1945年―1949年」

    報告

    新進気鋭の若手研究者による研究報告2本であった。清水報告は現在のパレスチナ自治区における国家建設の問題に対して政治理論的アプローチを行ない、 近藤報告は第二次世界大戦直後のサウジアラビアのパレスチナ問題への対応を石油問題との関係で論じたものであった。 二つの報告はその研究対象の性格を反映して実に対照的な論じ方であった。前者は政治理論に傾き、後者は実証的研究への志向性が顕著であった。 質疑応答もおのずから、清水報告では利用されている諸概念がパレスチナの現実の具体的事象にどのように対応しているのかが焦点となり、 近藤報告ではより具体的な事実関係に質問が集中した。清水報告では欧米地域の分析で提唱された理論的枠組みが中 東政治にどのように適用できるのかという抜本的問題を提起したわけであるし、近藤報告では大戦後のサウジ王家の政治における 政策決定過程がいかに行われたかという未知の領域への研究の可能性を示唆したという意味で、 実に楽しい「頭の体操」になったというのが率直な感想である。(臼杵陽/日本女子大学)

    2012年度

    2012年度第7回 パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2013年3月16日(土)13:00~18:00、3月17日(日)9:00~12:00
    • 会場:京都大学 吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階第1講義室(AA401)
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第3回)

    報告

    今回の研究会では、通常のように特定の報告者による研究報告にもとづき質疑を行なうのではなく、 CIAS共同研究会としてこれまで実施してきた二年間の成果を踏まえ、異分野融合型の研究方法論をメンバー全員で議論する形式で行われた。

    異なる方法論やディシプリンから得られる刺激や、それぞれ方法論の利点・欠点、相互の連携・補完の可能性などについて、 記述式で回答する形式のアンケートを事前に参加者に配布し、集計したものを題材に議論を行なった。 議論では、各自の専門とこれまで行なってきた研究の経緯に基づき、調査データの共有により異なる専門の研究者が 新たな視覚で分析を加えることの可能性や、逆に近似の研究手法の研究者の間で異なる対象地域について行なう研究成果の比較が 生み出す成果への期待など、今後の展開への可能性が積極的に提案された。また学問と実社会との関係について、 あるべき姿や、実際のあり方がどう理解されるか、といった点についても、様々な意見が交わされた。 パレスチナ研究の文脈においては、地域像に関連して、論じられる国家の像が歴史的に大きく変容してきたこと、 そうした変化が現実による理念の裏切りに基づくものだったことなどが指摘された。また6月に開催された議論専用会に関連して、 日本人としてパレスチナを研究することの意義についても、現地への貢献、日本国内での中東文化についての紹介、 など更に広い範囲の内容が議論された。地域研究自体のディシプリンとしてのあり方についても、 その来歴についての紹介とともに、研究会参加者各自からの認識が論じられ、欠点を克服するための共同研究のあり方について、 積極的に評価する意見が出された。最後に、本研究会の成果を受けて、今後共通で取り組むべき課題の模索がおこなわれ、 共通の問題関心として「パレスチナ/イスラエルにおけるコミュニティの変容と国家」について次年度以降、取り上げていくことが合意された。 (錦田愛子/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

    2012年度第6回パレスチナ研究班・定例研究会報告

    概要

    • 日時:2013年2月16日(土)12:00~18:00
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第2回)
    • 報告
      1. 鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科(博士課程)・日本学術振興会特別研究員DC)
        「抵抗の軌跡と1987年インティファーダ:キャンプ・デーヴィッド合意(1978年)以降を中心に」

      2. 錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教)
        「パレスチナ政治指導部の変容と二つのインティファーダ」
    • 趣旨
    • パレスチナ/イスラエルという地域をめぐっては、さまざまな関わり方があり得る。 この度の研究会では、パレスチナにおけるインティファーダ(民衆蜂起)という共通のテーマを扱いながら、 研究と報道という異なる分野の専門家の間で、方法論の異なるアプローチによりどのように事象を分析可能か、 その比較を試みる。また各々の知見を深め合い、ネットワークの共有により情報資源を活用する可能性について考える。

    報告

    鈴木啓之ならびに錦田愛子による研究発表の後に、パレスチナ/イスラエルに長年かかわり、ジャーナリスト、 映画監督としても著名な土井敏邦氏よりコメントを受ける形をとった。

    鈴木報告では、1987年の大衆蜂起インティファーダにいたる歴史的過程とインティファーダの変容に関して、 一次資料をもとに考察を加えた。このなかでは、被占領下で活発化した組織活動(福祉団体や労働組合、学生団体など)が 大衆蜂起へ至る過程を述べ、指導部の存在によって1987年のインティファーダは、それ以前の短期間の蜂起と区別されることを論じた。 会場からは、イスラーム主義学生団体の台頭の詳細に関する質問や、1936年のアラブ大反乱との類似性を指摘するコメントが付された。

    錦田報告では、1987年のインティファーダ(以降「第一次インティファーダ」と記述)と2000年に開始された 第二次インティファーダを運動として比較し、それぞれの特徴に分析を加えた。第一次インティファーダが非武装抵抗を中心とする 大衆蜂起という性格を持つものであったのに対し、第二次インティファーダは武装組織が運動の中心を担ったことで、 武装闘争が全面に押し出されたとの事実が提起された。会場からは、「テロとの戦い」と第二次インティファーダとの関連性などに ついてコメントが付された。

    土井氏によるコメントは、それぞれの報告に関して別個に付されたが、共通して3つの点に注意が喚起された。 第一に、「この研究を現地のパレスチナ人に聞かせられるか」という視点が提起された。研究者としての簡潔な記述に努める裏返しとして、 現地の人びとが聞いた際に違和感を覚えるような論理展開をしてはいないかとの問いが投げかけられた。 第二に、現地で生きる人びとの姿を記述する必要性が説かれた。例えば、1987年のインティファーダでは、 多くの子どもが催涙ガスなどによって命を落としているが、その母親たちの声を取り上げるような姿勢が研究にも 求められるのではないかと提起された。 第三に、個人の顔が見える記述を心がけるべきであるとの見解が示された。組織や政治構造の議論に終始することで、 現実離れした分析を行ってはいないかと自戒を求めるものであった。
    これらの観点を踏まえ会場からは、研究者としての文章記述にいかなる特徴と限界があるかについての意見や、 逆に研究者として現地を見る利点の提起、異業種間の情報交換フォーラムの設置の提案などが発言され、活発な議論がなされた。 (鈴木啓之/東京大学大学院総合文化研究科)

    国際ワークショップ“「アラブの春」後のパレスチナ/イスラエルはどこへ行くのか?” TIAS-JSPS International Workshop “Whither Palestine/Israel after “the Arab Spring”?

    概要

    • 日時:2013年1月14日(月)13:00-17:30
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 報告
      1. Walid Salem (the Director, the Palestinian Center for the Dissemination of Democracy and Community Development in East Jerusalem)
        “The Changes in the Region and their Impact on the Prospects of Comprehensive Middle Eastern Peace”
      2. Adam Kellar (Spokesperson, Gush Shalom)
        ”Wrestling on a Shaky Ground - Israelis, Palestinians, the Arab Spring and a Declining Superpower”
      3. Yakov Rabkin (Professor, Montreal University)
        “Three Non-Western Nuclear Powers (China, India, Russia) and the Israel/Palestine Conflict”
    • コメンテーター
      1. Hong, Meejeong (Research Professor, Dankook University, Seoul)
      2. Yoo, Si-gyung (Sub Dean, Seoul Anglican Cathedral, Seoul)
      3. 小田切拓 (ジャーナリスト) 

    パレスチナ研究班・研究会「エルサレムの現在とイスラエル/パレスチナの新しい未来像 (Contemporary Jerusalem and New Vision for Israel/ Palestine)」

    概要

    • 日時:2012年10月31日(水)16:00~19:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所 第一会議室
    • 主催:NIHUプログラム「イスラーム地域研究」東京大学拠点パレスチナ研究班
    • 共催:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・基幹研究「中東・イスラーム圏における人間移動と多元的社会編成」 /MEIS「中東イスラーム研究拠点」

    • 趣旨
    • 講師略歴:バシール・バシール Dr. Bashir Bashir
            (エルサレム・ヘブライ大学講師)

      アッカー在住のパレスチナ人研究者で、ロンドン大学LSEで修士および博士号(政治理論)を取得し、 現在、エルサレム・ヘブライ大学政治学部の講師で政治理論を教える。ヴァン・リア・エルサレム研究所フェロー。 専門は、民主的包摂の理論、熟議民主主義、マルチカルチュラリズム、パレスチナのナショナリズムと政治思想など。 編著は『多文化社会における和解の政治』W.キムリッカと共編(オックスフォード出版、2008年)、 「シオニズムの正義/不正義を問いなおす:パレスチナ・ナショナリズムへの新たな挑戦」Ethical Perspectives 18(4): 632-645(2011年)など多数。

      This lecture seeks to contribute to thinking differently, namely out of the box on the question of Israel/ Palestine through focusing on the city of Jerusalem. More precisely, this talk argues that a closer examination of the realities in Jerusalem and the city's symbolic capitals demonstrate the failure of the logic of partition and separation to bring to a historical reconciliation in Israel/ Palestine. Jerusalem stands there calling a different ethics that should guide the future of historic Palestine. According to this ethics, the rights and identities of the Arabs and Jews in Palestine are inseparable practically and ethically.

      この報告ではイスラエル/パレスチナ問題について、特にエルサレムに注目しながら新たな思考を試みる。 エルサレムにおける現実や、この街のもつ象徴資本としての価値は、イスラエル/パレスチナの歴史的和解に向けて、 分割・分離の論理は通用しないことを示している。エルサレムは歴史的パレスチナの未来を導くにあたって、 異なる倫理を必要としており、この倫理に従えば、パレスチナにおけるアラブとユダヤの権利やアイデンティティは、 倫理的にも実際上も分離不可能といえるのである。*エルサレム在住のパレスチナ人であるバシール氏による、 こうした問題提起を受けて、研究会では参加者との間で活発に議論を戦わせていきたい。

    報告

    本報告では、不可分な都市エルサレムを象徴としてとりあげ、パレスチナ/イスラエルをめぐり展開されてきた分割のロジックの限界について論じられた。 現在のエルサレムでは、アラブとユダヤそれぞれの権利およびアイデンティティが相互に不可分なものとなっており、 分割は倫理的に擁護できない状況となっている。分割は、道徳的にも非人道的な結果をもたらす。 こうした状況は、エルサレムのみならず、鳥瞰的にみると歴史的パレスチナの全土に対していえることである。 これはつまり、相互承認や互恵性を前提として二つのネイションの共生を図る、バイナショナル政治が不可欠であることを示すものである。 こうした考えは、実際に流離(exile)を経験した双方の知識人の間から導きだすことができる。 エドワード・W・サイードや、ハンナ・アーレントはその一部だ。彼らは流離を強いられたことにより、 自身の難民としての経験をもとにコスモポリタンな流離の倫理を抱くに至った。パレスチナ/イスラエルにおいて二国家を語ることは、 それ自体が暴力的なことである。パレスチナのナショナリズム運動は、こうした状況を避けるため、 1960~70年代までは領域的ナショナリズム(領域内の住民すべてをひとつのネイションとみなす)であったが、 その後はエスニック・ナショナリズム(エスニック集団ごとのナショナリズム)に変わってしまった。 サイードは前者の支持者だった。パレスチナとイスラエル双方の政治家は、後者にもとづき分割の議論を進め、 現実に進んでいるアラブとユダヤの不可分に結びついた生活の実態を無視している。しかし今後は、 これまでのような分割のロジックを越えた発想が重要となる。

    以上の報告をふまえ、質疑ではパレスチナ/イスラエルといった表現を用いることの意義、 「アラブのエルサレム」と言った場合に何が含意されるのか、サイードによるバイナショナリズムの支持などをめぐって議論がなされた。 報告者は政治哲学が専門であり、自身がパレスチナとイスラエル双方の実務者を招いた対話のプロジェクトを主催しておられることもあり、 近年議論が盛んになっている分割を超えた新しい未来像について、生き生きとした話を聞くことができた。

    (錦田愛子/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

    2012年度第2回(通算第18回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2012年7月28日(土)・29日(日)
      各13時00分~17時30分(15時前後に約10分の休憩)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築」研究会(2012年度第2回)

    • プログラム <7月28日>
      • 報告
        1. 佐藤寛和(岡山大・院)「パレスチナ問題の相克と政治的解決:UNSCOPの活動を事例として」
          コメンテーター:池田有日子(京都大CIAS)
        2. 今井静(京都大・院・学振特別研究員)「中東和平プロセスの展開とヨルダンの経済外交:対イスラエル関係を中心に」
          コメンテーター:錦田愛子(東外大AA研)

      <7月29日> ※2つ目は英語によるセッション(通訳なし)
      • 報告
        1. 鈴木隆洋(同志社大・院)「貨幣・権力・占領」
        2. Esta Tina Ottman(京都大・准教授) “History’s wound: To what extent does the concept of collective trauma contribute towards understanding of Israeli and Palestinian positions in the Israel/Palestine conflict?”

    28日分報告

    第1報告者の佐藤寛和氏(岡山大学大学院)からは、国際連合の特別委員会UNSCOPのパレスチナ分割決議案の成立過程について報告がなされた。 佐藤氏によれば、分割決議案に至る議論では、アラブ・パレスチナ人側の交渉における非妥協的姿勢や「拒絶」とシオニストの側の 「現実的」な交渉戦略が、ユダヤ人難民問題の解決が一方で念頭にあったUNSCOPの決定を左右した。 UNSCOPの分割案提示に至る過程へのこうした考察に加え、佐藤氏は、当時分割案とともに提示され否決された連邦制案に注目し、 分割案に基づいて行われてきた政治交渉が停滞している現在において連邦制案に改めて注目する必要性が主張された。

    これに対し、コメンテーターの鶴見太郎氏は、国際連合に内在する国際社会での権力の問題、 その非中立的な存在としての側面についてふれることの重要性を指摘した。さらに、 「民族」を単位とする政治を構想する点では分割案と同じ連邦制は、パレスチナにおいて成功するのだろうかという疑義が示された。 また、フロアからも同じくイギリスや国際連盟から続く分割案の歴史的背景とそこに存在するコロニアルな問題についての指摘が出された。 今後そうした批判がくみ取られつつ、パレスチナ分割案というものがいついかなる文脈で生まれてきたのか、 アラブ・パレスチナ側が最終的になぜその「拒絶」に至ったのかについての考察が踏まえられた上で、 現実政治の問題解決に向けた佐藤氏の研究が進められることを期待したい。

    第2報告者の今井静氏(京都大学大学院)からは、中東和平プロセス下でのヨルダンの貿易政策の転換とそのイスラエル、 パレスチナ自治地区への影響について報告がなされた。今井氏によれば、経済的資源に乏しいヨルダンは、 80年代まで主要な経済的パートナーだったイラクの代替国としてイスラエルを90年代に新たなパートナーとする政策がとられていった。 輸出加工免税特区の建設などを伴ったそうした貿易システムは、和平プロセス停滞以後の現在も継続している。 一方で、両国の間でヨルダン川西岸地区の存在が埋没してくという指摘がなされた。 こうした今井氏の視点は、パレスチナ/イスラエルとそれを取り巻く中東地域での複雑な政治経済状況の一端を明らかにしようとしている点で興味深い。

    文責:吉年誠(一橋大学)

    29日分報告

    鈴木隆洋氏による報告は、イスラエルによるヨルダン川西岸・ガザ地区の占領について、 貨幣および金融制度から占領体制の構造の一端を明らかにすることを目的としたものであった。 鈴木氏は、以下の二点を現在のパレスチナ自治区における金融制度の問題として取り上げている。 一点目は、パレスチナ自治区が独自の通貨を持っておらず、イスラエルの通貨である新シェケルの使用を続けていることで、 例えばイスラエルのハイパーインフレに巻き込まれるといった不利益が生じることである。 二点目は、現行の決済システムの下では自治区が手形交換所を持たないために、 手数料や強制預金の発生によってパレスチナ系銀行からイスラエル系銀行への資本流出が発生していることである。 これら二つの問題を明らかにすることで、報告者は金融制度がイスラエルによる支配を強化しており、 パレスチナ自治区の経済的自立を阻害していると結論付けた。

    これに対して、参加者からはパレスチナ自治区における金融制度についての研究が少ないことから、 まずはその重要性が指摘された。一方で、かつて西岸地区を併合していた隣国ヨルダンの銀行が自治区の全預金額の半分以上を保有していることや、 自治区内の銀行による貸し付けの大部分が企業ではなく個人を対象としていること、 そしてイスラエルによる占領下で銀行が閉鎖されていた間その代替機能を果たしてきた両替商が現在でも数多く存続していることから、 自治区内のパレスチナ系銀行による経済活動のインパクトそのものについての検討の必要性が指摘された。 さらに、ヨルダンや自治区外に居住するパレスチナ人との関係から、 いわゆる「パレスチナ資本」はパレスチナ自治区という領域に制限されるものなのか、 といった本報告を対象とするにとどまらない示唆的な課題も提示された。

    Esta Tina Ottman氏の報告は、ナクバとホロコーストというパレスチナおよびイスラエルの双方が抱えるトラウマが、 各集団内で共有され互いに相手を非難する言説を作り出していることで、パレスチナ問題の解決が困難となっていることを指摘するものであった。 そのためにOttman氏は、戦争や暴力による精神的なダメージの把握に関する現在までの歴史的推移を心理学的な観点や社会的、 政治的側面から明らかにした後、パレスチナおよびイスラエルにおける集団的なトラウマがどのようなものであるかを、 先行研究を基に明らかにした。

    これに対して、参加者からは主に普遍的な論点として個別のトラウマが集団性を獲得する過程や、 世代を超えて受け継がれる経緯といった点について関心が集まった。とりわけ、日本における広島、 長崎への原爆投下と平和祈念館における記憶の試みとの比較的な視座が提示され、たとえば、双方においてトラウマを表象するシンボルを形成することの 意義といったテーマを中心に議論が行われた。また、これらの議論の過程で、イスラエルにけるシオニストによるホロコーストの記憶占有といった、 イスラエル国家の在り方をめぐる問題も提起された。

    文責:今井静(京都大学大学院)

    パレスチナ/イスラエルに関する基本的な視点について議論するための研究会報告

    概要

    • 日時:2012年6月10日(日)
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階大会議室
    • 主催:イスラーム地域研究東京大学拠点/京都大学地域研究統合情報センター地域研究方法論プロジェクト共催

    プログラム
    1. 趣旨説明(鶴見太郎)

    2. 「『和平』をどう捉えるか-イスラエル/パレスチナ紛争における言説の錯綜」 (論題提供者:錦田愛子・東外大AA研助教、中東現代政治・移民・難民研究)
    3. 「ナショナリズムという用語は普遍的か」 (論題提供者:鶴見太郎・明学大・東大非常勤講師、社会学・ロシア東欧系ユダヤ史・シオニズム史)
    4. 「歴史学の語りと近代的自己像はいかに関連するか」 (論題提供:武田祥英・千葉大院、歴史学・英国委任統治前史)
    5. 「日本で研究する/日本から研究する:その意義と課題、そして発展」 (論題提供者:鈴木啓之・東大院・学振DC、地域研究・パレスチナ抵抗運動史)

    報告

    錦田氏は「『和平』をどう捉えるか-イスラエル/パレスチナ紛争における言説の錯綜」というタイトルで報告を行った。 最初に対象との関わりから自分が何を行いたいのかという提起が行われた。研究者は純粋中立ではあり得ないが、 日本から来た者でありいわゆる「直接の当事者」ではないという立場性を研究上どう用いるかについて論じた。 最後に「和平」をめぐって各グループ(立場の異なるパレスチナ人、シオニスト)間にある齟齬についての分析を発表した。 それに対し会場からは、「和平」を巡る齟齬は元より在り、今出す意味は何なのか、ここから何をするのかと声が上がった。 また各グループ内の分岐点の指摘(例えば階級か、宗教か)もされた。最終的にはグルーピングの必要性と それが分断の固定化という政治へつながりかねない危うさについて話者質問者双方が同意した。

    次に鶴見氏が「ナショナリズムという用語は普遍的か」というタイトルで報告を行った。 「パレスチナ人など存在しない」とゴルダ・メイールは発言したが、シオニストの民族観は各民族の居住地は広がりが在ったとしても 民族的本拠地が必要だというもので、本拠地内の他民族はマイノリティとして処遇されるべきであるというものだ。 氏は反批判の三類型として「パレスチナ人独自民族論」「ユダヤとは民族ではなく宗教」「個人しか存在しない」を挙げた。 しかしそれぞれ「「民族対立」論に嵌まる」「キリスト教的宗教概念をユダヤに適応してしまう」 「当事者自身がなんらかの集合性を前提としている」という問題が在ると報告した。 そしてナショナリズムはそれぞれ固有の文脈とスタイルを持っており、ただ一つの物として理解するのは無理が在り、 パレスチナ人の運動は社会運動としてみるべきだと結論づけた。それに対し会場からはナショナリズムは思想だけではなく、 運動と組織という面も持っていると指摘された。また分析用語と政治用語の重なりと質的相違、 また現場の課題と研究上の課題の異同についても指摘があった。

    三番手として武田氏は「歴史学の語りと近代的自己像はいかに関連するか」というタイトルで報告を行った。 その内容は、肉体に縛られた存在としての人間精神の限界を知り、集団形成や世論形成における無意識的な精神作用を知り、 自らを社会集団内に位置づける事によって得られる安心を歴史学が提供してしまう事への自戒を求め、 「安心を提供しない歴史学」を提起するものだった。

    それに対し会場からは、歴史とは一人一人がまた主体的に選び取る物でもあるという指摘や、 個人・集団に取って忘れた振りやねつ造が必要になるときがあるという指摘、 またこの問いを進めるためには武田氏自身が考える「近代自己像」を自己解体する必要があるのではないかとの提起もなされた。 これに応えて武田氏からは各人の認知への介入という観点からプロスペクト理論を 学ぶことは人間精神を理解する上でやはり意義がある旨を説明した。

    最後に鈴木氏が「日本で研究する/日本から研究する:その意義と課題、そして発展」というタイトルで報告を行った。 その内容は、「日本人」が研究する以上「地理的/時代的/言語的な制約・拘束」があり、 それは例えば言語の翻訳の問題であり、また何らかの現地とつながろうとする試みにおける用語選択(連帯から世界革命戦争まで)の問題である。 続けて鈴木氏は制約を転じて強みにする方法として、「外国人」による地域研究を参照する。 翻訳や提言、フィールド調査、時刻への還元なき研究は無意味なのかとの問いを提出した後、 鈴木氏は生い立ちやトラウマまで含めた個人的関心が研究に入り込む事を自覚した上でそれを文字化する事によって、 「制約・拘束」を強みへ転化できるのではないかとして論を締めた。

    それに対し会場からは、研究対象を世界の同時代性の中で理解する必要もあるという指摘や、 日本の院生・研究者が日本において研究するという事と日本人が研究する事は同義ではない (例えば在日コリアン、アイヌ民族)という指摘や、先進国日本の研究者であるという事が制約ではなくバイアスや知的権力性へ転化する恐れ、 また現地の文脈を捉え損ねる恐れ(例えば階級の違い)が指摘された。

    文責:鈴木隆洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・博士課程)

    シンポジウム「土地とイデオロギー:大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」

    概要

    • 日時:2012年6月9日(土)12:00開場、12:30開始、18:30終了
    • 会場:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー10階1103番教室
    • 主催:イスラーム地域研究東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:明治大学文学部地理学専攻、京都大学地域研究統合情報センター(CIAS)地域研究方法論プロジェクト (「地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による分野融合型方法論の構築」)

    シンポジウム趣旨
    大岩川和正(おおいわかわ かずまさ)氏は、1959年から逝去する1981年まで、イスラエル入植村に数度にわたって長期滞在し、 調査を行った。だが、大岩川氏の問題意識はユダヤ人入植村内部の社会経済構造に留まらなかった。 大岩川氏は、イスラエルとパレスチナを単一の地域として捉える視点を提示し、現代イスラエル独自の「ネーション」が、 パレスチナ地域でいかに歴史的に形成されてきたかを実証的に明らかにしようとした。 入植村のイデオロギー的意義への関心は、現代イスラエルの再生産体系や 「土地」と「血」を基盤とする民族意識の発展過程を明らかにするためのものであった。

    大岩川氏の周到な現地調査と緻密な分析は、没後31年を経た今でも色あせることなく、私たちに多くのことを語りかける。 では、パレスチナ/イスラエルに関心をもつ現在の私たちは、大岩川氏の研究から何を学び、 今後どのような問題意識を発展させていけばいいのだろうか。

    本シンポジウムでは、3世代に渡る地域研究者、社会学者、地理学者が一堂に会し、大岩川氏の現代イスラエル研究を起点として、 土地とイデオロギーをめぐる問題を議論したい。

    「大岩川和正氏の研究」(pdf:415KB)
    鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科)

    プログラム
    第1部
    • 挨拶・趣旨説明:長沢栄治(東京大学教授)
    • 共催者からの挨拶:長岡顯(明治大学教授)
    • 大岩川氏の業績紹介:鈴木啓之(東京大学・院)

    第2部
    • 基調講演1  板垣雄三(東京大学名誉教授) 「イスラエル研究のあり方を問う――大岩川和正さんの立脚点をヒントに」(仮題)
    • 基調講演2  児玉昇(龍谷大学名誉教授
    • 質疑応答

    第3部(若手による研究発表、発表各15分)
    • 発表1 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD)
    • 発表2 吉年誠(一橋大学)
    • 発表3 役重善洋(京都大学・院)
    • 発表4 池田有日子(京都大学)
    • 発表5 今野泰三(大阪市立大学院)
    • 質疑応答

    第4部(総合コメントと討論)
    • 総合コメント1 早尾貴紀(東京経済大学専任講師)
    • 総合コメント2 臼杵陽(日本女子大学教授)
    • 全体討論・質疑応答
    • 閉会の挨拶  長沢栄治・東京大学教授

    報告

    写真
    質問に応じる板垣先生と児玉先生
    第二部の基調講演では、大岩川氏と親交のあった板垣雄三と児玉昇の両氏から、それぞれ、「イスラエル研究のあり方を問う 」、 「イスラエル研究の方向舵を求めて」との表題で話をされた。

    板垣氏は、大岩川氏の現代イスラエル研究を、「イスラエル研究」「地理学」といったディシプリンを 超えた問題意識において取り組まれたものと評価され、「イスラエル研究」における「transdisciplinary」の心構えの重要性を指摘された。 そして、その際、根幹となるのは、パレスチナ/イスラエルにおける「特異なコロニアリズム」の 「生成・展開・持続・消滅」にかかわる研究であること、日本においてこの問題を考える上で 「満州国」が大きな意味をもつことなど、重要な問題提起をされた。

    続いて、児玉氏は、まず、修正シオニストのイスラエル・エルダドによる議論を紹介しつつ、 シオニズムの多元性とその把握の難しさを指摘された。その上で、特にその経済的側面について、 ご自身のイスラエル滞在時の経験などを交え、パレスチナ人排除のイデオロギーと現実との矛盾について話をされた。 その矛盾の究極的な表現としての「隔離壁」にも言及されるなど、大岩川氏の議論とパレスチナの現状とをつなぐ問題意識を垣間見る講演であった。

    質疑応答では、パレスチナ問題の未来構想にまで話が及び、日本人自身の歴史認識や国家観を見直す中で、 パレスチナ/イスラエルの今後のあり方を再考する必要について、両氏それぞれの視点から語られた。

    (文責:役重善洋/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)

    第三部では、パレスチナ/イスラエルに携わる5人の若手研究者による研究報告がおこなわれた。 それぞれの研究者が大岩川氏の現代イスラエル研究を受けて、それに応答する形で出された報告である。

    エルサレム都市研究をおこなう飛奈は、エルサレムの都市計画・開発を通じて表れるイスラエルのシオニズム的論理が、 大岩川氏のいう共同体としての「ユダヤ民族」の正統性の確立にかかる問題であるとして考察した。 吉年はパレスチナ経済史の観点から、大岩川氏の提起する「イデオロギーとしての入植村」とその社会の「自己矛盾」に関する議論を考察し、 入植者がパレスチナ人排除へ向かう論理を示した。そして日本におけるシオニズム研究の報告として役重は、 戦間期の矢内原忠雄のシオニズム論を検討し大岩川氏の研究視座と比較することで、 日本人研究者のもつ歴史認識におけるイデオロギー的バイアスの相対化を図った。国際政治を専門とする池田は、 ヨーロッパのユダヤ人問題とパレスチナ問題・中東問題をつなぐ回路の俯瞰的なモデルを提示して、 アメリカやヨーロッパの文脈と関連させてその両者の接合を試みた。最後に、今野の発表は本シンポジウムの根幹に迫るものであり、 今野は大岩川氏の全研究論文を読み返し大岩川氏の関心・方法論・理論的背景などの観点から分解・分析し、 大岩川氏の研究の集大成としての「地域研究論」を再構築しようと努めた。この第三部は、 パレスチナ地域のさまざまな文脈を体系的に捉え地域社会の視点から世界を記述していく大岩川氏の地域研究論が、 後代の研究者に如何に培われているかを示すものとなった。

    (文責:塩塚祐太/一橋大学大学院社会学研究科修士課程)

    第四部では、早尾貴紀氏と臼杵陽氏からまず総合コメントを話していただいた。 早尾氏からは、この研究会の主旨に即して言うならばイスラエル建国以前から展開してきた入植村を、 大岩川氏の研究に即して再検討するべきではなかったか、という論点と、複数の報告者が使用していた 「植民地主義」という言葉に関して腑分けが必要ではないのか、という論点が提示された。前者に関しては、 ナショナルなものや、「血と土地」などのイデオロギー、さらには政治経済的な要因など建国以前から現在までの ユダヤ人社会形成要素は大きく変遷したが、いずれの段階でも入植村の存在は不変であり、 ここにイスラエルの本質があると見抜いた大岩川氏の視座をどう受け止めるのか、という指摘であった。

    これらの論点を引き継ぐ形で、臼杵氏からは大和川氏から引き継ぐべきものとして弁証法的思考法を挙げ、 更にイスラエルにおいてそれまで無視されてきた、1880年代から始まる「第一波アリヤー」の再評価が 90年代ころから始まってきたことなどの変化が指摘された。しかし大岩川氏は、現在のこの再評価を先取するような形で研究をしていた。 こうした研究を可能とした背景には、大岩川氏の議論の進め方が必ず対立するもの、 対になるものから分析していくという戦略をとっていたことにある、と指摘された。 臼杵氏は、こうした思考法によって大岩川氏は社会の矛盾こそがその社会の発展を説明するものであるということを見出し、 入植村や「血と土地」のイデオロギーに注目することになったのではないか、我々はこうした大岩川氏の思考法を学ぶべきではないのか、 とコメントしている。また、板垣氏からの指摘のなかで、 現在のパレスチナ研究と聖書研究があまりにかけ離れているということをどのように考えるのか、 一般市民の問題関心と研究者のそれの間の隔絶をどのように埋めていくのか、というものがあったが、 これらの問題をどう考えていくのか、さらにはパレスチナとイスラエルという二項対立を乗り越える上で アラビア語やヘブライ語を利用することがどの程度有効なのか、ということをもう一度再検討すべきではないかと指摘していた。

    このコメントに対して板垣氏からは77年に開いたシンポジウム(<パレスチナ問題を考える>シンポジウム)の想起から、 何百人もの人が参加し、研究者とか一般という区分けや立場の差を超えて討論を重ねることができた当時と、 それがほとんどできない現在の間にある問題は一体何か、これは非常な危機的状況なのではないか、という論点が提示された。 また児玉氏からは現在資料が簡単に手に入るようになった、といわれるが、むしろそこにアクセスできる要件というものが 際立つ結果になってしまっているのではないか、研究者だけでなく広く資料を利用できる環境を整えることがじゅうようではないか、 という指摘がされた。

    登壇者からは、今野氏と役重氏から板垣氏の論点に関して、世代間の問題やそれに起因するそれぞれの世代における 「植民地主義」などのイデオロギーへの関心が異なるのではないか、という応答があった。しかし板垣氏からは、 世代の問題ではなく時代の問題としてとらえてほしい、という提案があった。それは、77年の時がよく、今がダメ、 ということではなく、77年当時の人々も、現在の状況はもうわからなくなってしまったのではないかということであった。 その背景には、人や社会全体を騙す技術やその情報を流布させる情報が発達して、「事実」というものが わからなくなってしまっているのではないか、と指摘されている。

    最後に長沢氏から閉会の言葉があった。大岩川氏が亡くなられて30年経ったことを回顧し、 故人の志を継ぐということは言うことは易く実行は非常に難しいが、 今回のシンポジウムをひとつの起点としてパレスチナ研究が更に発展するような努力を積み重ねよう、という提案で会を締めくくられた。

    (文責:武田祥英/千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)

    シンポジウム「土地とイデオロギー:大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」 第2回準備研究会

    概要

    • 日時:2012年4月22日(日) 13時~18時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所3階大会議室

    プログラム
    • 発表1 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD、専門はエルサレムの政治と法)
    • 発表2 吉年誠(一橋大学、専門はパレスチナ/イスラエルの土地制度)
    • 発表3 役重善洋(京都大学・院、専門は日本のキリスト教シオニズムと植民政策論)
    • 発表4 池田有日子(京都大学、専門は米国のシオニストとユダヤ人の研究)
    • 発表5 今野泰三(大阪市立大学院、専門は宗教シオニズムと入植地)

    報告

    本研究会は、来る6月9日「土地とイデオロギー―大岩川和正の現代イスラエル研究を起点として」に向けた第二回準備会として開催された。 当日は約5時間に渡り、シンポジウムで登壇する若手研究者の発表内容を精査し、 その後シンポジウムの準備や当日進行にかかる事務調整がおこなわれた。全体討論では、 シンポジウムの骨格となる「大岩川和正のおこなった研究」と「土地とイデオロギー」という2つのキーワードと、 各発表者の専門領域の擦り合わせに焦点が置かれ、第一回よりもさらに厳密な討論が行われた。 準備会を重ねる中で、会参加者個々人が自らの研究関心の中にこのシンポジウムを位置づけ、 その開催の意義への理解と関心を深めただけでなく、シンポジウム全体の方向性や内容もより緻密かつ興味深いものになった。 その意味で、本研究会は、本シンポジウムの開催のみならず、シンポジウム開催にいたる過程を踏まえても、 パレスチナ/イスラエル研究の将来を見据える上での貢献は大きいだろう。

    塩塚祐太(一橋大学大学院社会学研究科修士課程)

    2011年度

    JCAS次世代ワークショップ
    「折り重なる境界、揺れ動く境界:比較の中のパレスチナ/イスラエル複合紛争」

    概要

    • 日時:2012年1月21日(土) 22日(日)
    • 会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 7号館414号室

    プログラム
    *第一日目:1月21日(土) 14:00~17:10(開場13:30)
     パネル1 「越境と抵抗」 (14:20~17:10)
    • 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員) 「多元都市エルサレムの境界がもたらす紛争のローカル性とグローバル性:土地支配をめぐるポリティクスの事例から」
    • 鈴木啓之(東京大学・院) 「占領と抵抗の相克:被占領地のパレスチナ人市長を事例に」
    • 北川眞也(大阪市立大学) 「ポストコロニアル・ヨーロッパにおける闘争の場としての境界:移民によって横断されるイタリア・ランペドゥーザ島」
    • 岩浅紀久(ITエンジニアリング研究所研究員) 「占領政策おける境界がもたらすパレスチナ経済の課題と展望」

    • コメント 金城美幸(立命館大学・院)

    *第二日目:1月22日(日) 10:00~18:00(開場9:30)
     パネル2 「揺れ動く境界、越境する植民地主義」 (10:00~12:30)
    • 浅田進史(首都大学東京) 「植民地権力と越境のポリティクス:膠州湾租借地におけるドイツ統治を事例に」
    • 武田祥英(千葉大学・院) 「「パレスチナ」の輪郭 その帝国主義的起源について:英帝国の東方政策の危機とその対応の検討から」
    • 役重善洋(京都大学・院) 「移住植民地建設をめぐる技術とイデオロギーの伝播:矢内原忠雄のシオニズム論・植民政策論をめぐって」

    • コメント 久保慶一(早稲田大学)

     パネル3 「ナショナリズムと文明の境界」 (13:30~16:00)
    • 鶴見太郎(日本学術振興会特別研究員) 「研究者が境界をずらしてみる:シオニズムの世界観の来歴をめぐって」
    • 今野泰三(日本学術振興会特別研究員/大阪市立大学・院) 「宗教シオニズムの越境:イデオロギーと神学の相克」
    • 長島大輔(東京経済大学・非常勤講師) 「ムスリムかムスリム人か:旧ユーゴスラヴィアにおける宗教とナショナリズム」

    • コメント 富樫耕介(日本学術振興会特別研究員/東京大学・院)

    • 総合議論 (16:15~18:00)
    • 総括コメント 臼杵陽(日本女子大学)

    報告

     一方の側は、数千年前の神の命令を根拠に、自らの土地の権利と生活を主張する。他方の側も、同様に神の名の下に非合法活動を行う者もいれば、一見するとちっぽけかもしれないが、生活に根ざした公的活動を、信仰に基づいて着実に拡大しつつある私的グループもある。
     民族、信仰、国家、そして各国の思惑を巻き込んだ政治……錯綜するパレスチナ問題を考えるにあたって、同じく複雑な紛争や歴史的な背景に根ざした軋轢を抱える他の地域の研究者との協同によって、新たな研究上の視点や方向性を生み出したい。
     そんな企図から行われたワークショップだったが、報告者各氏、特に企画立案側の力不足が露呈していたようだ。目に見える明らかな境界、他方で明確になっていない境界が、各人の研究対象のなかにどう絡み合っているのか、紛争にかかわりあるいは苦しむ当事者たちにとっても、それらの複雑な層をなす境界を解きほぐす一歩は何か?
     むしろコメンテーター側からいくつかの提案があったものの、それを次のステップへとつなげるべく積極的に取り上げられることは残念ながらなかった。今後、ワークショップの内容を文字化して公表する予定があるために、企画立案側の奮起を期待したい。

    阿久津正幸(イスラーム地域研究東京大学拠点特任研究員)

    2011年度第5回(通算第16回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年11月23日(祝)13時00分~18時30分
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第5回)

    プログラム
      1. 報告1:臼杵悠(一橋大学大学院経済学研究科修士課程)「ヨルダンにおける都市社会:アンマーンを中心とした都市空間の発展」
      2. 報告2:役重善洋(京都大学人間・環境学研究科博士後期課程)「矢内原忠雄の植民政策論とシオニズム

    報告

    臼杵悠氏の「ヨルダンにおける都市社会:アンマーンを中心とした都市空間の発展」、役重善洋『矢内原忠雄の植民地政策論』について、趣旨と質疑応答について簡単に紹介し、最後に若干のコメントを述べたい。

    臼杵報告
    臼杵氏は、ヨルダンの首都アンマーンの急速な人口増加と経済発展に伴い、経済格差が指摘されていることに着目し、裕福な地域と貧しい地域の住民の特徴を明らかにするための分析枠組みの構築に向けた試論的な報告を行った。そのためにまずアンマーンを行政区分に分け、人口動態について調査するという手法を採用しアンマーンのリワー(県)を経済特徴ごとに分類することを試みている。
    会場の方からの質問・コメントとして、先行研究については、参考文献を一次資料、二次資料に分けて書く必要があるとのコメントがなされた。次に歴史的背景について、例えばヨルダン幹線道路とオスマン帝国期におけるヒジャーズ鉄道との関連、また1994年のヨルダン-イスラエル和平合意のヨルダン側に対する経済的インパクトと格差との関連を調べる必要があるのではないかとのコメントがなされた。加えて、研究の手法について、ヨルダンについての研究とアンマーンについての研究が混同されているといった指摘や、人口動態の調査のうえで行政区のインフラやサービスなどのプル要因についても調べるとよいのではないかとのコメントもなされた。

    役重報告
    役重報告は、矢内原忠雄の、無教会キリスト教徒・平和主義者などとして通常流布しているイメージ・思想と彼のシオニズム支持との相互内在的連関を明らかにしようとするものであった。矢内原の経歴の紹介ののち、北大植民地政策学の影響のもと、小農救済の側面を有すドイツ内国植民への彼の積極的評価と、ドイツ・シオニストであるアルチュール・ルピンやフランツ・オッペンハイマーらとの思想的類似性を指摘し、農業植民という技術・イデオロギーが異なる植民主体(シオニズム、日本帝国主義)に参照・共通している点を描きだした。また矢内原が、植民は政治的経済的非搾取の原則に基づいて行うべきであり、事実上パレスチナにおける「二民族国家」を提唱していた点も明らかにした。さらに、帝国主義時代の農業入植の二面性として「イギリス理想主義的植民論」と「ドイツ国家主義的植民論」との概念区分を試みていた。

    会場からの質問・コメントとして、まず先行研究において帝国主義研究がないこと、それとの関連で植民地主義の全体像におけるドイツ植民地主義の位置づけがわからないことなどの指摘がなされた。さらに、「中東和平」との関連でキリスト教シオニズムと植民地主義を再考・位置づける必要があるのではないかとのコメントもなされた。

    両報告に関するコメント

    まず両報告に共通していえるのは、日本ではいまだ十分な研究が行われておらず今後ますます発展・深化させていかなければならない研究領域であり、その意味で極めて重要な研究報告だったということである。しかし同時に、未発展な領域であるからこそだと思われるが、両報告とも関連する歴史的背景についての抑え方が不十分だった点についての指摘が散見された。
    内容についてであるが、臼杵氏の最終的な研究目的は、人口移動、経済格差とエスニシティあるいは出身地との相関性の抽出ということであるように思われた。人口移動、経済格差については様々な統計データで検証することは可能であろうが、最後のエスニシティ・出身地との相関性については、別のアプローチ、例えば人類学的なアプローチなどを組み入れることも検討の余地があるのではないか、と思われる。
    役重報告については、矢内原のキリスト教者・平和主義者、植民地政策研究者としての思想とシオニズム支持との内在的論理連関を抽出するという大胆かつ興味深い研究であるが、彼の「現状認識」やそれぞれの思想・イデオロギーに対する「理解」のレベルと、植民地主義、シオニズムの「実態」のレベルとの区別が曖昧なところがあったように思われる。このことは、ひいては、この研究が「一体何を目的としているのか」という広い意味での問題関心を明確に打ち出していないことと関連しているように感じられた。
    文責:池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター・研究員)

    2011年度第4回(通算第15回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年10月23日(日)13時00分~17時00分
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第4回)

    プログラム
      1. 報告1:西園知宜「パレスチナ・ナショナリズムをめぐる考察:1936年アラブ大反乱を事例に」
      2. 報告2:大岩根安里「ハダッサの抱いたアラブ人観の重層性:1930年代後半からイスラエル建国にかけてのH・ソルドとthe Committee for the Study of Arab-Jewish Relationsの見解を中心に」

    報告

    2011年度第4回(通算第15回)パレスチナ研究班定例研究会では2つの発表がなされた。以下、両氏の発表の内容と会場からの反応、報告者のコメントを挙げる。

    前半の西園氏からは「パレスチナ・ナショナリズムをめぐる考察:1936年アラブ大反乱」と題し、これまで1948年以後、とくに抵抗運動期を中心に語られることの多かったパレスチナ・ナショナリズムについて西洋のナショナリズムの枠組みにとらわれぬ視点から、1936年大反乱をひとつの題材としながらその構造を考察する試みについて発表がなされた。
    発表に対して会場からは、固定化することのできないパレスチナ・ナショナリズムについて検証する際には、具体的な事象から歴史を追う必要性があり、議論の展開としてはナショナリズムという形のないものに対してどう語ることができるのかという議論を提起するコメント、革命のアラビア語訳がサウラであることから用語を訳する際に抜け落ちる本来の意味について考えさせられるコメントが寄せられた。

    後半の大岩根氏の発表は「ハダッサの抱いたアラブ人観の重層性:1930年代後半からイスラエル建国にかけてのH・ソルドとthe Committee for the Study of Arab-Jewish Relationsの見解を中心に」の題で、アメリカ・女性シオニスト機構=ハダッサとAJR委員会のアラブ人観の相違をあげられ、またアラブ/ユダヤ問題に関するハダッサ内部の見解の多様性について示された。パレスチナで諸事業を行ったハダッサのこれまでの論じられかたはこれまで積極的ではなかったというが、アメリカのシオニストの中でもユダヤ人であり女性であるという二重のマイノリティ状態に置かれたこの組織は周辺的であるが、アメリカのシオニストの中での特徴的な位置づけについて等、ハダッサをめぐる議論は会場でも活発に行われた。

    質疑応答では前半・後半ともに「なぜこの研究をするに至ったのか」という研究動機を追及する質問があった。なぜその研究に意義があるのか、また自分の論を展開する上ではなぜそうすることになったかを主張する強さと、自身のこだわりは失えないものだと、今回の発表を聴衆としていながら再認識させられた。
    文責:成田矩子(お茶の水女子大学)

    2011年度第3回(通算第14回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年7月18日(月)12時~17時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第3回)

    プログラム
      1. 報告1:今野泰三(大阪市立大学院博士後期課程)「イスラエルの入植『政策』とマルチ・スケールの地政学:レヴィ・エシュコル政権(1965~1969年)を中心に」
      2. 映像上映:菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)「食べさせること、生きること:イスラエルに生きる、あるアラブ人キリスト教徒女性の半生」
      3. 報告2:藤屋リカ(慶應義塾大学看護医療学部専任講師)「パレスチナ・ヨルダン川西岸地区において、紛争、経済的要因が出産場所に及ぼした影響」

    報告

    報告者の今野氏は、第三次中東戦争終結時からレヴィ・エシュコル首相の死去までの期間に焦点を当て、占領地でのユダヤ人入植地の建設が一貫したイデオロギーや政策のもとに進んだものではなく、多様な社会的・政治的・地理的なアイデンティティや利益をもった様々なアクターが矛盾した様相で対立や協力をしながら関与するプロセスであったことを示すことを報告の目的とした。入植地建設に関する先行研究は、「一貫論(構造論)」「転換論」「偶発論」などの潮流に分けられるが、いずれも不十分であるとし、多様なアクターが関与する矛盾や対立を内包したプロセスとして分析する必要性を提議した。まず、「植民」と「植民地主義」の定義と類型を提示した上で、入植の政治過程を、第3次中東戦争の原因と開戦の意図、1967年6月19日の内閣決定、東エルサレムの併合と「グッシュ・エツィヨン」への「植民」、シリア高原への「植民」、青写真としての併合計画の乱立・競合、イスラエルが置かれていた国際環境と植民の公式化と題して分析をおこなった。結びとして、イスラエルの入植「政策」は、政策として呼ぶにはお粗末なものであり、それぞれの時期の政治社会環境を反映して「植民地主義の中の植民」と同時に進められた「植民による植民地主義」が占領のシステムとなり、「決定しない決定」の中で進んだ植民と植民地主義の土台は第3次中東戦争直後から得修コル首相死去までの2年間に形作られたと論じた。

    フロアからは、植民と植民地主義に関する類型が妥当であるかどうか、特に近代と前近代を区別することなく概念化された類型によって分析は可能であるか否か、先行研究の3分類はいずれもイデオロギーをべースにした議論であり、イデオロギーがベースになっている限り3つ以外の結論は導けないのではないか、といった質問や問題定義がなされた。

    報告者の菅瀬氏は、「イスラエルで生きているアラブ人の生の生活を映像で描写する試み」として、ハイファーに住むファッスータ出身の女性ウンム・アーザル(68歳)に焦点を当てた映像を上映した。ウンム・アーザルは、生活のために修道士のまかないをする母親であり、アイデンティティは出身の村にあるが都市で働く女性として描かれている。イスラエルで生きるアラブ人の歴史を反映して数々の仕事と移動を経験し、今の仕事に就いた彼女は、あまり働かない夫にかわって賢明に働き、子供たちを立派に育ててきた。報告者は、映像について、アラブ人の生活ということはわかるものの、「イスラエルに住む」という点が映像からはわからないと振り返った。

    フロアからは、イスラエルの中にいることを強調する必要はむしろ無いのではないか、強調することで苦しい生活をしていると強調してもあまり意味はないため今の映像でよいのではないか、色々な仕事に就く機会を持つことができた彼女の例は特異な例なのではないか、何か背景があるのではないか、といった質問や問題提議がなされた。

    報告者の藤屋氏は、占領地における健康と人間の安全保障をとりまく状況を概観した上で、出産場所に経済的要因と紛争の要因のそれぞれが与えた影響を明らかにすることを目的とするとした。分析を行う上での従属変数は出産場所であり、政府系の病院、非政府系の病院、民間診療所、産院、家がその選択の可能性として挙げられた。独立変数は、社会人口学的要因、健康保険の有無、出産の年、出産場所の選択の理由とした。またベツレヘムの聖家族病院を例に観察を行ったとした。データの分析から得られた洞察は、西岸における出産場所には、経済的要因と紛争の両方が影響を及ぼしたということであった。家での出産の数は自由な移動の制限から、そして政府系の病院での出産の数は新たに導入された健康保険の制度から説明しうるとし、紛争による直接の影響として、家での出産が増加したとした。経済的要因の影響として、経済状況が悪化した時には、非政府系の病院での出産が減少したこと、新たな健康保険の導入後は政府系の病院での出産が増加したことを指摘した。ここから、自由な移動の制限が出産場所への唯一の理由であったかと言えばそうではなく、2001年には政府系病院での出産が増えたことを示した。最後に結論と提言として、報告者は、新健康保険の制度のような経済支援プログラムは移動の制限による女性の健康への消極的効果を相殺することができるという点、国際社会は国際法を尊重して人間の安全保障への脅威を取り除くために努力すべきという点について述べた。

    フロアからは、私立病院の料金は一般化できるのか否か、助産婦などの伝統的な仕組みについてはどうなっているのか、病院関連の充実を求める声はどれほどあるのか、データの解釈について自宅出産の2割減というのは大きな違いではないか、自治政府結成以前からの政治組織系の病院が自治政府結成以後にどのように変化したかについて説明が必要ではないか、西岸の特殊性をどう捉えるか、といった質問や問題提議がなされた。

    この日行われたいずれの報告においても、詳細に準備されたペーパーや映像に基づいた各報告とフロアからの参加によって、非常に活発な議論が行われ、極めて意義深い研究会となった。
    文責:清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)

    2011年度第2回(通算第13回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年6月26日(日)12時~17時
    • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第2回)

    プログラム
      1. 報告1:鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科博士前期課程)「パレスチナ・動員基盤としての学生組織:インティファーダ以前を中心として」
      2. 報告2:金城美幸(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程) 「イスラエルの「独立戦争」の集合的記憶:「新しい歴史学」以降の展開」

    報告

    発表者は社会運動論において提起される学生運動の類型(Gill and DeFronzo[2009])を出発点としてパレスチナ被占領地における学生運動の発展の過程を分析し、これによってインティファーダ(1987年発生)へと至る背景の一つを明らかにしようと試みた。分析のなかでは、被占領地において初めて四年制大学が設立された1972年を出発点とし、1987年のインティファーダ発生までを検討した。特に1985年および1986年に学生とイスラエル占領当局が衝突することで短期間の「蜂起」が行われていることに注目し、これをインティファーダへの布石として考察を加えた。

    会場からは、既存の類型に時間軸を加えることによって発展段階に置き換えることの問題性や、パレスチナにおける学生の政治活動を「新しい社会運動」の立場から捉えることに対する疑義が提起された。他国による占領とそれに対する住民の抵抗という構図のなかで行われる大衆運動は、通常の社会運動論が中心的に扱う一国内における運動とは分けて考えられるべきであり、この点においてより綿密な一次資料の読み込みと分析によってパレスチナ独自の学生運動のあり方を検討することが必要なのではないかとの示唆的なコメントがあった。
    (文責:鈴木啓之)

    本報告は、1980年代に登場したイスラエルの新しい歴史記述が、その後の歴史研究におよぼした影響を、近年台頭を見せる「ネオシオニズム」の研究潮流との関連から考察するものであった。具体的には、エルサレムのシャレム・センターなどの研究シンクタンクを中心とし、「ネオコン」的な思想とも親和性のある「ネオシオニスト」たちのユダヤ人国家観についての言説を中心として分析が行われた。新しい歴史家の登場以降、イスラエル建国時にパレスチナ人に対する追放が行われたことは、今やイスラエルでは広く受け入れられることとなったが、そのなかで本報告は、近年のネオシオニズム的潮流のなかで顕在化しているパレスチナ人の追放を合理化する言説とその論理構造を扱った。

    会場から、本報告はネオシオニストとポストシオニストの連関を論じるものだったが、ネオシオニストが仮想敵とするのは第一義的にはパレスチナ人の言説であるとの指摘や、住民移送を合理化する20世紀以降の国際関係のなかでイスラエルの言説の転回を理解する必要性など闊達な議論が行われた。また近年のイスラエル社会内の対立をイデオロギー的次元だけでなく、民営化やグローバリゼーションといった経済的観点からも捉えなおす必要性も提起された。
    (文責:金城美幸)

    2011年度第2回(通算第13回)パレスチナ研究班定例研究会

    概要

    • 日時:2011年4月25日(月)10時~16時
    • 会場:京都大学吉田キャンパス本部構内総合研究2号館4階第1講義室(AA401)
    • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
    • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS) 地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2011年度第1回)

    プログラム
      1. 報告1:田村幸恵(津田塾大学国際関係研究所研究員) 「パレスチナにおける開発援助:「NGO」からみるパレスチナ社会の伝統と変容(和平プロセスから2005年まで)」
           コメンテーター:鈴木啓之
      2. 報告2:塩塚祐太(一橋大学院社会学研究科博士前期課程)「パレスチナにおける国際援助:1993年前後の国際援助の状況とパレスチナ開発援助研究の試み」
           コメンテーター:臼杵悠

    報告

    報告では、2005年半ばまでの政治的変化を背景に、オスロ合意以降「NGO」の語で括られ市民社会的として評価されたパレスチナの社会組織の実態・型と再評価が報告された。報告者の先行研究整理は、(1)オスロ合意前後の開発援助と2001年後は様相が変遷しているためNGO機能の再評価の必要性、(2)「NGO」のうち青年組織及び慈善団体など草の根型が半数を占め、かつ2000年以降有効な活動を展開している点から「NGO」分類の必要を指摘した。

    最初に「NGO」は、持続可能な発展を求めるいわゆるNGO型と、慈善団体など草の根ベース型の団体とに組織を大きく二分した。具体的には前者の方のPNGOネットワーク傘下のNGO調査に基づき、前者の変革機能は潰えて社会維持機能の示唆にとどまった。後者の草の根慈善団体型のザカート委員会などが「NGO」の大半を占めの活動からは実際の伝統維持機能が紹介され、変容に関しては研究途上であり論証はされなかった。オスロ合意以降の援助が途上国援助に見られる「NGO」の自律的性格と政治性の剥奪よりも、異なる状況での社会維持機能に注目した。

    質問では、PNGOの機能、イスラームNGOという語の明確な定義の必要が問われた。占領下の社会サービスの提供に貢献したNGOが機能の変遷を強いられた以上、PNGOのインタビュー調査から慈善団体の貢献を論じる事に疑問が投げかけられた。また、主旨一貫性の不足があり報告者は二つの調査を利用したがまだ調査が完成していない旨を説明した。慈善団体側の社会維持機能における観点の必要性が指摘され、また市民社会論との相違性についての質問があった。   (文責:田村幸恵)

    本報告では、パレスチナにおける国際援助のこれまでの経緯を概観するため、1993年のオスロ合意前後のパレスチナ援助の先行研究のまとめを行った。パレスチナにおける国際援助においてもオスロ合意は転換点となり、それを機に膨大な援助金がパレスチナの開発に投入されるようになった。それ以前のパレスチナにおいてはアラブ諸国による資金援助が、また現場においては国際NGO、現地NGOの活動が中心的なものであった。しかしドナー間の調整機能を果たすような組織は存在せず、援助プロジェクトは個別的なものに留まった。

    1993年を機に、国際的にパレスチナを援助する合意がとられ、その額はオスロ合意直後のドナー会合で暫定期間中に20億ドルがプレッジされるに至った。また各国の政府援助機関や国連機関がパレスチナで援助介入するにあたって、援助をより効率的効果的に実施するための援助構造も同時に構築されていった。世界銀行はこの調整と指揮に中心的な役割を担い、援助に関する政治的枠組みを議論するアドホク調整委員会とプロジェクトの重複と無駄を省くための技術的枠組みを議論するコンサルテーティブ・グループを中心に、様々な調整委員会、作業部会が開かれた。そしてこれら援助のパレスチナ側の受け入れとしてパレスチナ経済委員会が組織された。

    このような援助調整作業の一連を反映して条文としてまとめられたのが1994年4月のパリ・プロトコルであり、これは翌月のカイロ協定の付録としてまとめられる。パリ・プロトコルはパレスチナの経済促進のために必要な財務、金融、貿易といった分野におけるパレスチナ側の権限を明確に取り決めたもので、またそれらに必要な議論をイスラエルと執り行うための合同経済委員会の設立があげられている。

    これら援助に関する一連の動向において、研究者の間では様々な批判がなされており、パリ・プロトコルについても占領を維持したいイスラエルの姿勢を反映させたものだと分析されている。また世界銀行など援助機関の性質に対する分析では、官僚主義的、成果主義的な組織文化が援助を進行する上で遅延と取り組みの不適切さを招いているとの指摘がなされている。このような先行研究の上で、報告者はこの援助機関の組織文化に着目した開発分野における人類学的アプローチによって、パレスチナにおける援助構造のより詳細な理解に寄与できるのではないかとの研究方針を示した。

    質疑応答では、報告者の基礎的な発表形式の不備に対する指摘も受けた。また本報告では援助構造の資金投入や政策決定といった言わば援助行程の上流部分に範囲が留まったために、その後それら政策等がプロジェクトへどう反映したかや現地への影響についても研究を進める必要があるとのコメントを得た。さらに、世界銀行を中心とした援助機関の持つ新自由主義的側面と、それによる現地社会への弊害といった点にもより注意していかなければならないとの指導を得られた。 (文責:塩塚祐太)

    2010年度

    「パレスチナ研究班」第6研究会(JCAS次世代ワークショップ)

    概要

    • 日時:2011年1月22日(土) 14:00~18:00 , 23日(日) 10:00~16:00
    • 会場:京都大学吉田キャンパス本部構内総合研究2号館4階会議室

    プログラム
      1. 鶴見太郎(日本学術振興会特別研究員)
        「ユダヤ的かつ民主的国家」の起源・序説:シオニストのパレスチナ/イスラエル紛争観をめぐって
      2. 池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター研究員)
        中東和平をめぐる新たなパースペクティブ構築のための試論:1920年代から1940年代に至るアメリカ・シオニスト運動における「パレスチナ」をめぐる議論を通じて
      3. 細田和江(中央大学政策文化総合研究所準研究員)
        「ユダヤ人」への挑戦:「カナン運動」とシオニズム
      4. 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員)
        オスロ合意以後のエルサレムにおける空間のコントロールをめぐるポリティクス
      5. 吉年誠(一橋大学社会学研究科)
        イスラエルにおける土地制度改革を巡る議論から
      6. 岩浅紀久(ITエンジニアリング研究所研究員)
        パレスチナ西岸地区における中小零細企業実態調査報告

    報告

    JCAS次世代支援ワークショップ「いま、『中東和平』をどう捉えるか―パレスチナ/イスラエル問題の構図と展開―」が、 2011年1月22、23日に京都大学にて開催されました。

    1日目のテーマは「シオニズムの世界観とパレスチナ」でした。まず、日本学術振興会特別研究員の鶴見太郎氏が、 「『ユダヤ的かつ民主的国家』の起源・序説:シオニストのパレスチナ/イスラエル紛争観をめぐって」と題して、 イスラエル国家の「ユダヤ的かつ民主的国家」という自己定義とシオニストの紛争観の起源をロシア出身のシオニストの経験と 観念と関連づけて検討しました。次に、京都大学地域研究統合情報センター研究員の池田有日子氏が、 「中東和平をめぐる新たなパースペクティブ構築のための試論:1920年代から1940年代に至るアメリカ・シオニスト運動における 『パレスチナ』をめぐる議論を通じて」と題して、アメリカ・シオニズム運動指導部の「パレスチナ」への対応とアメリカ・シオニズム運動に 存在していた「共存派」の議論を考察しました。中央大学政策文化総合研究所準研究員の細田和江氏は、 「『ユダヤ人』への挑戦:『カナン運動』とシオニズム」と題して、シオニストとは別の思想的基盤から新しい国家像を求めた 「カナン運動」について報告しました。各報告の後、大阪大学人間科学研究科特任助教の赤尾光春氏が総括コメントを行いました。

    2日目のテーマは「パレスチナ/イスラエルにおける土地と経済をめぐる政治」でした。まず、日本学術振興会特別研究員の飛奈裕美氏が、 「オスロ合意以後のエルサレムにおける空間のコントロールをめぐるポリティクス」と題して、東エルサレムでの土地・地下・上空の支配、 空間表象、生活空間をめぐるポリティクスについて報告しました。次に、一橋大学社会学研究科の吉年誠氏が、 「イスラエルにおける土地制度改革:土地の『私有化』を巡る議論を中心に」と題して、 90年代以降イスラエル社会で大きく取り上げられた土地制度改革とその問題について報告しました。 最後に、ITエンジニアリング研究所研究員の岩浅紀久氏が、「パレスチナ西岸地区における中小零細企業実態調査報告」と題して、 JICA プロジェクトとして実施した調査結果をもとに、イスラエルの占領政策がパレスチナ経済にもたらす影響、 特に中小零細企業の現状と課題およびその発展を支える国際支援の現状について報告しました。 2日目後半では、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教の錦田愛子氏が各報告に対してコメントした後、 2日間の成果を踏まえて会場を巻き込んだ白熱した議論が行われました。 最後に日本女子大学文学部教授の臼杵陽氏の総括で本ワークショップは閉会しました。 会場では、各報告の要旨とレジュメの他、ワークショップのメンバーが作成したパレスチナ/イスラエル関係のキーワード集と 年表を掲載した資料集も配布されました。

    「パレスチナ研究班」第5回研究会

    概要

    • 日時:2010年12日23日(木) 13:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室
    • JCAS次世代ワークショップ「イスラエル/パレスチナ地域をめぐる総合知の育成 :次世代研究者による知の蓄積と発信に向けて」第2回準備研究会

    • 共催:地域研究コンソーシアム(次世代支援プログラム)、京都大学イスラーム地域研究センター (人間文化研究機構(NIHU)プログラム「イスラーム地域研究」京都大学拠点)

    プログラム
      1. 田浪亜央江(成蹊大学非常勤講師)「『中東和平』とイスラエルのアラブ系政党における承認/不承認の政治学」
      2. 飛奈裕美(日本学術振興会特別研究員PD、京都大学人間・環境学研究科)「オスロ和平プロセスとエルサレム問題:空間と人口のコントロールをめぐるポリティクス」

    報告

    田浪は本報告で、イスラエルにおけるアラブ政党の政治理念からイスラエル国家に対する態度をケース・スタディとして抽出し、 イスラエルのアラブ人のユダヤ国家に対する承認/不承認が中東和平といかなる関連をもつのかを検討した。 イスラエルのアラブ政党としては長年ユダヤ人との共存を前提としたイスラエル共産党がアラブ人の民族的権利を代弁する役割を果たしてきたが、 オスロ合意後に成長したのは、むしろユダヤ人との共存を掲げず、ユダヤ国家不承認を(明示化せずとも)織り込んだ、 イスラーム運動やタジャンモウ(民族民主連合)だった。後者はイスラエルの公認政党でありながら実質的には シオニズムを否定する理念を正面から掲げてきたものの、設立者アズミー・ビシャーラが去って以来求心力を弱め、 ユダヤ国家を容認するかのような姿勢を見せ始めている。イスラエル国家を承認するかしないかという政党の存在理由にもかかわる大問題は、 現実政治のなかで抽象化し、言葉の上で操作可能なイデオロギーとなっている。質疑では、シオニスト政党へのアラブ人の投票率が高まっているなか、 アラブ政党の理念や動向だけを対象としてもイスラエルのアラブ人の政治的な立場はクリアにならないのではないか、といった指摘や、 タジャンモウの政治理念の変化の背景が不明であり説得力がないとの指摘がなされた。今後の検討課題としたい。

    飛奈は、イスラエル/パレスチナ紛争の中でもとりわけエルサレム問題に注目し、1967年にイスラエルが「併合」した (しかし国際社会は占領地の一部であるとの立場をとっている)東エルサレムにおいて、パレスチナ人の土地の収用・ ユダヤ人入植地の建設・特定の都市景観の形成を可能にしてきたイスラエルの国内法制度を明らかにするとともに、 被占領者であるパレスチナ人が占領者であるイスラエルの国内法制度を用いながら自らの土地と生活空間を守ろうとしてきたプロセスを議論した。 従来、エルサレム問題に関する議論は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームという三つの一神教の聖地として、あるいは、 ユダヤ人・パレスチナ人のナショナリズムにおいてシンボリックな意味を賦与された場所として、 研究者自身が過剰な意味づけを行ってしまう傾向があったが、本研究は、以上のような象徴的意味が付与された場所であることを前提にしつつも、 人間が日常生活を営む空間としてエルサレムを捉えなおし、その空間のあり方を強制的に変更するものであるイスラエルの占領政策が具体的に いかなるプロセスで施行され、生活者であるパレスチナ人がどのように対応してきたのかを明らかにすることを目指した。  質疑応答では、イスラエルの国内法とその適用の詳細に関する質問や、法律の適用のあり方の変遷と時の政権の性格や国際政治の動向などを 結びつけることによってより深い議論が可能になるという指摘がなされ、また、東エルサレムにおけるイスラエルの支配の 正統性を承認しない立場をとってきたパレスチナ人がイスラエルの国内法制度を利用することによって抵抗を行なっていることを どのように理解すべきかについての議論が行われた。

    「パレスチナ研究班」第4回研究会

    概要

    • 日時:2010年11月27日(土)13:00~19:00, 11月28日(日)10:00~17:00
    • 会場:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所3階306
    • JCAS次世代ワークショップ「イスラエル/パレスチナ地域をめぐる総合知の育成:次世代研究者による知の蓄積と発信に向けて」第1回準備研究会

    プログラム
      1. 細田和江(中央大学政策文化総合研究所準研究員)「『Ani Israeli運動』とイスラエルにおける『国籍』を巡る議論の変遷」
      2. 今野泰三(大阪市立大学文学研究科博士後期課)「ラビ・イェフダ・アミタルの思想と政治スタンスの変遷」
      3. 役重善洋(京都大学大学院人間・環境学研究科)「『中東和平』プロセスにおけるキリスト教シオニズムとイスラエルの『ノーマライゼーション』」
      4. 吉年誠(一橋大学社会学研究科)「イスラエルにおける土地制度改革を巡る議論から」
      5. 武田祥英(千葉大学大学院博士課程)「第一次大戦初期英国における中東分割構想の検討」

    報告

    細田和江による報告は、「ウズィ・オルナン(Uzzi Ornan: 1923- )の活動とイスラエルにおける「国籍」を巡る議論: 独立宣言における「ヘブライ」と「ユダヤ」というタイトルであった。 報告はまず、イスラエルの「ユダヤ人」言語学者にして 活動家のウズィ・オルナン(1923− )の生い立ちとその活動を追い、彼の主張の変遷とその活動がイスラエル社会に与えたインパクトなどを整理した。 またイスラエルの独立宣言において「ユダヤ」と「ヘブライ」という、ユダヤ人を表すとされている用語の意味を考察し、 社会主義シオニズム思想が本来持っていた「ユダヤ」観と現代イスラエル社会の「ユダヤ」観の矛盾を問いただした。  発表後のディスカッションでは、イスラエルにおける「国籍」と「市民権」の法的定義や用例に関してより厳密かつ詳細にまとめるべきだ、 などさまざまな角度からの貴重な指摘を受けた。こうした指摘は京都で行われる公開シンポジウムでの発表に向け、非常に有意義であった。

    今野は親族や仲間の死が宗教右派入植者のイデオロギーを再考する契機となる可能性を考察する必要性を指摘した。 この問題意識に基づき、本報告では、「ラビ・イェフダ・アミタルの思想と政治スタンスの変遷」と題して、 宗教右派入植運動グッシュ・エムニームの指導者で、1980年代後半以降、領土返還を支持するようになったラビ・アミタルに着目し、 彼の思想と遍歴を考察する必要性を論じた。参加者からは、方法論上のアドバイスや質問があったほか、 ラビ・アミタルがグッシュ・エムニームに参加した経緯や、彼が創設したメイマド運動の活動方針や支持層の分布等も考察していく 必要があるとの指摘があった。

    役重は本発表でアメリカにおけるキリスト教シオニズムを植民地主義イデオロギーの一形態として歴史的に位置付け、考察した。 アメリカ自身、イスラエルと同様、「聖書」の民族主義的解釈を建国イデオロギーの不可欠な要素とし、西洋文明の前衛として、 自らの「征服」の歴史を位置づけている。そのことがイスラエル国家への自己同一化をもたらしていると考えられる。そのことが、 アメリカ主導の「中東和平」プロセスにおいて、パレスチナ人の民族自決権の形骸化と、イスラエルの「ノーマライゼーション」が 進められてきたことの背景にあると考えられる。そのなかでアメリカのキリスト教シオニズムが果たした役割について、 具体的な事例を通じて考察した。そこでは、キリスト教シオニストの政治的影響力が、 ユダヤ人シオニストとの協力関係のなかで発揮されてきたことが確認された。数千万人のオーダーで組織化されていると考えられる キリスト教シオニストは、「イスラエル・ロビー」の大衆動員という側面において中心的役割を果たしていると考えられるのである。

    吉年は本報告では、1990年代以降のイスラエルの土地制度とその改革を巡る議論、中でも土地の「私有化」の議論について、考察した。 その際、それらの議論が、パレスチナでの近代的土地制度の歴史的発展過程の中に位置づけられうるものであると同時に、 その制度の存在自体が生み出す多様な社会集団の意図や利害関係の中から結果として生まれたものであることを明らかにした。 出席者からは、「オスマン法からイスラエル法への転換の要因についてより深く論じるべき」、 「法自体ではなくその適応のされ方をより重視すべき」といった指摘がなされた。

    武田は本研究会で第一次大戦期の英国における対中東政策について報告を行った。これを扱う研究の多くは、 英国がパレスチナの確保を決めたことの背景に、シオニストの国家建設への努力が英国政治家たちに影響を与えたことがある、と強調してきた。 しかし報告者は本発表において、英国政府首脳がシオニズムへ関心を向ける以前に、オスマン帝国における戦後処理の仕方を巡って、 想定しうる諸事態とそのそれぞれに合わせた緻密な戦後構想が存在し、中でもオスマン帝国の領土的な解体と境界線の再画定を含む戦後処理政策案に おいては、実際に行われた「委任統治」政策に非常に近しいものがすでに存在していたことを指摘した。 こうした戦後構想を策定した大戦期初期の英国首脳の議論からは、1915年6月の段階で英国政府は戦後イスラームを中心とした民衆の結束に 大きな懸念を抱き、解体後のオスマン帝国諸地域の分断統治を行う方向に大きく舵を切っていたことが明らかとなる。 当時の政策諸案は、当然のことながらいずれも戦後における英帝国全体の利益を保持するために最適化されている。 本発表では、パレスチナ統治政策案が形成されるにあたって重要なファクターとなった、大戦期の英国政策担当者たちの対アラブ観、 対イスラーム観との相互関係から、シオニストに割り当てられた役割を再検証することの重要性を指摘した。

    2010年度第8回パレスチナ研究定例研究会

    概要

    • 日時:10月11日(月・祝)12:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所 大会議室(3F)

    プログラム
      1. 今井静(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程) 「パレスチナ問題におけるヨルダンの役割:湾岸危機からオスロ合意、対イスラエル和平条約まで」

    報告

    本報告は、パレスチナ問題の転換期であるオスロ和平前後の中東地域の状況について、ヨルダンの動向を中心に考察したものである。 ヨルダンは、パレスチナ問題の主要なアクターでありながら、オスロ合意によってPLOとイスラエル政府が相互承認を果たした後は、 パレスチナ問題の当事者としての研究の対象からは外れていた。そのため、本報告ではパレスチナ問題におけるヨルダンの役割が どのように変化したのか、またその動向を決定した要因は何かという二つの問いを基に、 1990年の湾岸危機から94年のイスラエル・ヨルダン和平条約締結までの状況を考察の対象とした。

    報告者は、①PLOがパレスチナ人の代表機関として国際的な承認を得るようになったことで、 ヨルダン政府が西岸地区およびパレスチナ人に対する働きかけの正当性を失ったこと、 ②パレスチナ問題の存在を理由とする反イスラエル(または反米)の姿勢が、アラブ諸国の統一的な行動をもたらす要因としては 機能していないことが湾岸危機によって明らかとなったこと、の二点が1990年代前半のヨルダンの動向を決定したことを指摘した。 そのうえで、ヨルダンの役割がパレスチナ問題の当事者から仲介者に変化したために西岸地区よりも国内の統合に目を向ける必要が生じたこと、 そして、イスラエルに対する前線国家というそれまでアラブ諸国の中で担ってきた役割の重要性が低下したことで、 新たな役割を模索する段階にあると結論付けた。

    以上の報告に対して、出席者からは地域情勢におけるヨルダンの重要性はイスラエルとの友好関係を結んだ現在でも以前とは別の形で 継続していることや、対パレスチナ関係に加えて対イラク関係についても考察することで、当時のヨルダンの動向についてより深い分析が 加えられることなど、多数のコメントが寄せられ活発な議論が行われた。

    2009年度

    「パレスチナ研究班」第7回研究会

    概要

    • 日時:2010年3月21日(日) 12:00~17:00
    • 会場:早稲田大学早稲田キャンパス9号館9F、917号室アジア研究機構会議室

    プログラム
      1. 臼杵陽(日本女子大学教授)「委任統治期パレスチナと周辺地域の共産主義運動」
      2. 長沢栄治(東京大学教授)「エジプト共産主義運動とパレスチナ問題」

    報告

    臼杵教授の報告はパレスチナおよび周辺諸国における共産主義運動の展開を、 ユダヤ人とのかかわりに注目しながら明らかにしたものである。 対象時期としては英国委任統治期を中心に、1980年代にかけての変化が扱われた。 アラブ諸国において共産主義は、マイノリティ問題を映し出す鏡として機能し、 宗教・宗派を超えた連帯を生む可能性としての意義をもつ。だが一方で、資本主義が未発達な地域であるがゆえに、 運動の担い手は労働者や農民ではなく、一部の知識人層に限られがちである。 報告では映画『忘却のバグダード』(2002年)の冒頭部分が上映された。 そこに登場する4人のイスラエル在住イラク系ユダヤ人共産主義者と、在米アラブ系ユダヤ人研究者もやはり知識人だが、 彼らのプロフィールからは、イスラエルおよびイラクにおける共産主義運動とアラブ・マイノリティのあり方と変遷をうかがい知ることができる。 質疑では、パレスチナの抵抗文学における共産主義の位置づけや、イスラエル国内左派と共産主義者との関係、 パレスチナの他のマルクス・レーニン主義組織(PFLP、DFLP等)と共産党の関係、などが質問された。 また共産主義運動につらなるものとして、反シオニスト連盟の地域的広がりなどについてコメントがあった。 関連する論点としては、中東イスラーム世界での共産主義における無神論の問題、 また反シオニズム運動のなかでのイスラーム主義と共産主義の関係などが議論された。

    長沢教授の報告は、エジプトのユダヤ教徒知識人であるヘンリ・クリエルとアハマド・サーディク・サアドの思想と活動を通して、 エジプトにおけるパレスチナ問題と共産主義運動の展開を明らかにしたものである。報告は、近刊予定の著書の章立てに従い、 両氏の人物像とエジプト思想界における位置づけを紹介した後、活動歴を詳細に追う形で展開された。 クリエルはEMNL(Egyptian Movement for National Liberation)の創設者で、長期の国外追放生活を余儀なくされながら、 スーダンやアルジェリア独立闘争等ともつながって生涯を活動にささげ、エジプト共産主義運動に大きな影響力をもった。 これに対してサアドは、ナセル政権などによる長い投獄生活の後、共産主義、民俗学、イスラーム経済思想を含めた広い分野で多くの著作を残した。 エジプトでは1920年にエジプト社会党が結成されるが、すぐに政府の弾圧を受け、コミンテルンからの指示も受けられなかった。 1940年代に独ソ戦が始まると、イギリスの黙認のもと共産主義運動は復活するが、パレスチナ分割決議をめぐり1947年に運動は大分裂を起こす。 再統一を見るのはナセル革命後の1955年だが、その10年後にはエジプト共産党の解党宣言が出され、運動の国有化が図られた。 これら一連の流れの中で、議論の軸であり続けたのは、シオニズムへの解釈と、アラブ民族主義への対応の問題であった。 質疑では、一般の人々にアラブ人意識が芽生えた時期と契機や、運動を浸透させていく上でのエジプトの知識人層のあいだでのアラビア語使用能力、 エジプト社会におけるユダヤ人の位置づけなど、幅広い面からの質問が出された。(錦田愛子)

    「パレスチナ研究班」第7回研究会

    概要

    • 日時:2010年2月21日(日) 13:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室

    プログラム
      1. 錦田愛子(早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手)「ヨルダンの国籍付与政策とガザ難民:パレスチナ難民の高等教育をめぐる現状と課題」
      2. 飛奈裕美(京都大学アジア・アフリカ地域研究科博士後期課程)「Meron Benvenisti(エルサレム市元助役)研究紹介」

    報告

    最初の報告は、ヨルダン・ハーシム王国在住のパレスチナ人のうち、例外的に国籍を付与されていないガザ難民に注目して、 ヨルダン政府による対パレスチナ政策、国籍付与政策、また中東における国籍・市民権概念について検討を加えたものである。 またその中でも社会的差別として大きな影響力をもつ教育という側面に焦点を当て、現地調査の結果に基づく現状分析をおこなった。 報告者はまず、在ヨルダンのパレスチナ人について、異動の時期に基づき分類・整理を行ったうえで、 それぞれのおかれた法的地位が異なる点を指摘した。次にそうした枠組みの中でガザ難民の位置づけを示し、 彼らが享受している人権の範囲を政治的、経済的、社会的側面に分けて明らかにした。 続いてガザ難民が集住するジャラシュ難民キャンプを事例としてとりあげ、 そこでUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)がおこなった調査結果に基づき、人々の生活状況や教育をめぐる困難な状況について説明をこころみた。 これらの内容を踏まえ、質疑では、ガザ難民の存在がヨルダン国内でどの程度知られているのか、 ガザ難民とムスリム同胞団やハマースとのつながり、UNRWA登録をめぐり経済的な条件は関係ないのか、 といった点について質問が出た。また1980年代半ばに日本外務省が難民支援の柱として、ガザ難民についての調査をおこなっていたというコメントなど、 今後の研究の展開に有益な論点・参照点の指摘が行われた。(錦田愛子)

    本発表では、2010年3月12~16日に来日する元エルサレム市助役のメロン・ベンヴェニスティ氏の著作を元に、 彼の経歴や思想を紹介した。1934年にサブラ(イスラエル生まれのユダヤ人)第1世代として生まれたメロン氏は、 イスラエル建国者のひとりであり地理学者としてヘブライ語の地図や教科書を作成した父親の影響を強く受けて成長した。 1971~79年にエルサレム市の助役を務め、その後、ハーバード大学で政治学の博士号を修めた。 1980年代以降、「西岸地区データ・プロジェクト」を主導し、イスラエル紙ハアレツのコラムニストとして活動した。
    メロン氏の思想は、サブラとしてのアイデンティティと父親の仕事の影響を大きく受けている。 メロン氏は、パレスチナ/イスラエル紛争を、同じ土地をホームランドとしてその排他的な支配を求めて争う親密な敵同士である 2つのコミュニティ間の紛争と定義している。彼は、イスラエルの左派は地理的境界線を引くことによってパレスチナ人とユダヤ人を 分離することを目指し、右派は圧倒的な力でパレスチナ人を抑圧あるいは追放することによって パレスチナ/イスラエルの地の支配を目指していると議論したうえで、自身は、左派とも右派とも距離をとり、 パレスチナ/イスラエルの地における2つのコミュニティの共存を目指すべきとする立場をとっている(二民族一国家案)。
    質疑応答では、(1)イェシーヴァ教師・イスラエル建国過程で重要な役割を果たした地理学者・シオニストである父親の思想的影響、 (2)二民族一国家案の実現に向けた具体案の有無、(3)イスラエル国内のパレスチナ人の問題解決に関して、 「存在する不在者」の由来と実態、(4)メロン氏がエルサレム市助役に選任された経緯や彼の思想とエルサレム市政の関係、 について議論が行われた。 (飛奈裕美)

    「パレスチナ研究班」第4回研究会

    概要

    • 日時:2010年1月9日(土)13:00~17:30
    • 会場:東京大学 東洋文化研究所 大会議室

    プログラム
      1. 清水雅子(上智大学)「パレスチナ政治の動態とハマースの政治参加」
      2. 武田祥英(千葉大学)「第一次大戦期のイギリス政府におけるパレスチナ政策の検討」

    報告

    本報告では、オスロ合意に反対の立場を取ってきたハマースが、なぜ合意に基づいて設立されたパレスチナ自治政府(PA)に 正式に参加したかを説明することで、「ハマースの全体的なビジョンの中で政治参加はどのような位置づけであり、 いかなるロジックで成立しているのか」という前回の研究会の議論での最後の問いに対しアプローチすることを目指した。 2006年1月の立法評議会(PLC)選挙は、反対派の参加による競争的選挙の成立に特徴づけられるとした上で、 ハマースの選挙への参加が決定した「カイロ宣言」に着目し、その締結に至る交渉過程(「カイロ対話」)をPA在任者と反対派(ハマース)による 交渉ととらえて分析を加えることとした。
    第1部では、PA設立以降のパレスチナ政治の動態、カイロ宣言に至る政治過程、宣言の内容を概観し、分析を加えた。 つづく第2部では、ハマースにとっての政治参加の位置づけ、不参加であった第1回PLC選挙の際の内部の争点、 その文脈でのカイロ宣言の意義について分析を加えた。第3部では、PA設立と国家・社会関係の創出、 国家に平行したハマースの社会事業と正統性の獲得、アクサー・インティファーダのダイナミクスに焦点を当て、 PA在任者とハマースの間のパワー・バランスの変化が、いかに交渉の開始と帰結を導いたかを分析した。 最後に、ハマースは、PA設立以降のパレスチナ政治の動態の中でPA在任者とのパワー・バランスが変化したことで開始された対等な交渉の中で、 ハマースの論理と一貫し、運動の分裂につながらない有利な合意を結ぶことができPLC選挙に参加したと結論づけた。 また、パレスチナ内部のダイナミクスの重要性を指摘した。
    質疑応答では、選挙への参加を選んだことにより政治部門以外のハマース内部でいかなる影響があったか、 国家を持たないにもかかわらず「パレスチナ政治」なるものは存在しうるのか、といった点に関して問題提議がなされ、 個人と組織の政治参加、ファタハ・ハマース関係でなくPA・ハマース関係として分析することの妥当性、 それらを議論する際の前提を提示する必要性、方法論的問題に関して指摘がなされた。(文責:清水雅子)

    この発表では、”Jew”を集団概念として捉えるシステムが構築されたプロセスを検証した。 大戦期の英国では、苛烈な排外主義による反ユダヤ主義の高揚があった。英国において大きな影響力を行使していた ”Anglo-Jewish Association”(以下AJA)の指導者たちは、差別的に”Jew”と呼ばれた人々-英国人やロシア・東欧系の移民-を団結させることで、 ”Jew”の英国への忠誠心を示し、差別に対抗しようと考え始めた。この際彼らは、内務省の監督の下、 長年嫌悪し続けたシオニストと協力体制を構築することすら厭わなかったのである。しかし長年指導的な役割を果たしてきたAJAが、 差別的状況への応答として”Jew”の団結を喧伝したことによって、皮肉なことに、人々の多様な在り方は排除されて ”Jew”という概念に包摂されてしまった。集団概念としての”Jew”-AJAが長年反対し続けてきたもの-の創出は、 AJAの存在無しには英国では成立しえなかったと考えられる。
    質疑において、当時のユダヤ人口はロシア帝国、東欧に集中しており、 英国やアメリカの既存のユダヤ人から見ればこれらの全く異質で貧しいユダヤ人たちが、 大挙として自分達の国にくるかもしれないということこそが脅威であるはずで、この点をどう議論に組み込むのか、 とご指摘いただいた。今回の発表では抜けてしまっていた所であり、今後の検証に反映していきたいと思う。(文責:武田祥英)

    「パレスチナ研究班」第3回研究会

    概要

    • 日時:2009年11月20日(金)16:00~18:00
    • 会場:東京大学 東洋文化研究所 大会議室

    プログラム
      1. 鈴木啓之(東京外国語大学)「オスロ平和プロセス概観:内包された危機と残された問題」

    報告

    オスロ和平プロセスについて、その具体的な内容(1.)、開始や崩壊の要因やポスト・オスロと呼ぶことができる時期における和平交渉(2.)、 そしてオスロ和平プロセスに対する批判(3.)を具体的に見た。
    1.においては、1993年9月のオスロⅠ(原則宣言)署名から、2001年のタバ交渉までを概観した。 この箇所に関しては、オスロ和平プロセスはいつを終わりとして捉えられるかについて、 2000年勃発のアル=アクサー・インティファーダや1999年のシャルム・アル=シェイフ交渉を終結点として示すことができることの指摘が 会場よりなされた。
    2.においては、オスロ和平プロセス直前のマドリード和平プロセスにイスラエルやPLO、そしてアメリカを向かわせた要因を確認し、 さらにオスロ和平プロセスの崩壊について、プロセスそのものに内包された崩壊の要因、交渉当事者たちの抱える問題、 社会に蓄積された不満の3点から検討した。会場からは、入植地が建設された際にパレスチナ自治政府の警察はどのように動いたのかといった 質問が出された。また、被占領地に対する資金援助においてファタハのアブー・ジハードが果した役割、 1980年代にすでにイスラエルが被占領地において自治区への準備を行っていたとの事実、 パレスチナ自治政府が外交権を持っていないことなどについて指摘がなされた。
    3.においてはエドワード・W・サイードやマドリード和平プロセス関係者、 ハマースやなど和平プロセスの外に置かれた組織の代表からなされた批判について見た。 この箇所においては、パレスチナ人として個人を見ることに加え、その背景にある各組織としてのオスロ和平プロセスに対する 姿勢を見る必要性について指摘がなされた。
    全体を通しては、オスロ‘和平’プロセスという呼称についての指摘やこのプロセスにおける諸取り決めが未だに効力を保持していること、 占領の定義、国際社会におけるPLOの承認の時期などについて指摘がなされた。(鈴木啓之)

    「パレスチナ研究班」第2回研究会

    概要

    • 日時:2009年10月6日(火)16:00~18:00
    • 会場:日本女子大学100年館

    プログラム
      1. 今野泰三(大阪市立大学文学研究科)「西岸地区とガザ地帯におけるイスラエル入植地の類型学」

    報告

    研究会の目的: 本研究会は、NIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点・研究グループ2・中東社会史班のメンバーを中心とする定例研究会として、 外部参加者を迎えて新たに発足された勉強会である。中東和平交渉における展望と新たな可能性を探るため、 若手や中堅研究者を中心に、基本的な問題の所在や論点について知識と考察を深めていくことを目的とする。

    本初回の報告では、シオニスト入植史という観点からシオニズムを理解するためのスタート地点として、 1967年戦争以降に、ヨルダン川西岸地区とガザ地帯に建設されてきたイスラエル入植地の、 戦略上の位置づけと性格別の類型化が行われた。報告者はまず、1980年代初頭の政治地理学者による研究の論点を整理した後、 それらの研究の問題点として、1967年戦争直後に始まったヨルダン渓谷での入植フェーズにおける、 宗教シオニストと修正主義シオニストの役割が十分に論じられていない点を挙げた。 その上で報告者は、これらシオニスト諸潮流の入植者グループが建設したヨルダン渓谷の入植地を調査し、 これらシオニズム諸潮流と当時の労働党政権の関係性を見直していきたいと述べた。 質疑応答では、水利問題、米国のキリスト教右派からの支援、ロシア系移民の流入、第一次インティファーダ、オスロ合意、 「壁」建設、大イスラエル主義イデオロギーなどの重要事象と入植地の関係性等について質問が投げかけられた。 さらに、政治状況などのコンテクストを踏まえて入植地問題を捉えることの重要性や、 グッシュ・エムニームの影響力や変質の過程を踏まえた議論をすることの重要性、 また、1947年分割案以降の入植地建設と1967年戦争で新たにイスラエルが占領した領土での入植地建設との比較検討の必要性などについて、 コメントがあった。

    「パレスチナ研究班」第7回研究会 ヤコヴ・ラブキン教授連続セミナー

    概要

    • 日時:7月16日(木)16:00~18:00, 7月19日(日)14:00~17:00
    • 会場:東京大学東洋文化研究所会議室

    プログラム
      1. 7月16日(木): Is Judaism an Obstacle to Peace in Israel/Palestine?
      2. 7月19日(日): The Use of Force in Jewish Tradition and Zionist Practice

    報告

    ご自身も信仰深いユダヤ教徒であるラブキン教授は一般的に「ユダヤ人の国家」として報道されているイスラエルと宗教との関係が “逆説的なもの”であると説いている。ラブキン教授によると、ナショナリズムが強くなったヨーロッパで世俗ユダヤ人によって 提唱されたシオニズム運動はイスラエルという国家の誕生過程において重要な役割を果たしたものの、 この運動は当初から伝統ユダヤ教徒や西欧社会に高いステータスを得ていたユダヤ教徒に受け入れられなかったという。 そして以上の流れを汲む思想潮流は現在、イスラエルの在り方およびパレスチナ人との和平においてそれぞれ独自の見解を持ちえている。

    ラブキン教授は恒久平和の実現のために「二国家」解決ではなく、イスラエルが「シオニスト国家」から脱皮し、 ユダヤ人とムスリムとの共有の国家として再構築されるべきだと力説する。 しかしそれを妨げているのは特に1967年以降強力になったユダヤ人の「宗教ナショナリスト」勢力だけではなく、 米国に大きな政治力を誇示し、イスラエル「宗教ナショナリスト」を強く支持するエバンジェリカン派(福音派) キリスト教徒も同様に重要な役割を果たしている。逆に、伝統ユダヤ教徒はイスラエル国家像の再定義に大きく貢献する ポテンシャルをはらんでいると教授は強調する。