宗教学から見た近代ユダヤ人のアイデンティティ――近代国民国家と宗教の定義――
本論考は、ユダヤ教・ユダヤ史を近代主義の問題として捉えなおすという問題意識から編纂された論文集の一章。西欧近代において「宗教」「民族」などの新たな法律概念・政治概念がどのように「ユダヤ教(Judaism)」を規定し、現代のユダヤ人とイスラエル国家を巡る問題へとつながっていったかを考察。
本論考の特徴は、近代主権国家の成立と「ユダヤ人解放」によって、ユダヤ人の究極的関心事が血縁共同体から近代国家へとシフトし、それによって「近代ユダヤ・アイデンティティのパラダイム転換」と「アイデンティティの危機」が生まれたと論じる点にある。特に、ナショナリズムを生みだしたロマン主義が一元論に代わる多元論という代替宗教として現れ、啓蒙主義に対抗してきたと論じ、近代のユダヤ人アイデンティティとイスラエル国家を巡る問題を捉え直している点が興味深い。この視点から論文後半では、イスラエル建国以降にユダヤ人が抱えた二重の忠誠という問題と、イスラエル国内のおける原理主義的な宗教運動と世俗主義者の間での確執が考察されている。
著者は、ユダヤ教研究を専門とする東京大学文学部教授。(今野泰三)