A broken trust : Herbert Samuel, Zionism and the Palestinians 1920-1925
近年、第一次大戦100周年を目前にして、委任統治領パレスチナに関する研究書が多く発刊されている。本書は委任統治領パレスチナを扱う研究のなかでも、現在のパレスチナ/イスラエルの間にある非対称の紛争構造を考える上で重要な研究であろう。
経済構造や政治構造を扱うこの分野の研究の多くは、ユダヤ系の経済、政治体制がアラブ系のそれに比して高い成長を記録していたことを示していたことを指摘している。その格差を生み出した原因は何か、という問いはこの分野での重要な議論の一つであるが、本書はそうした政治経済上の格差を生み出した原因として英国の植民地主義的統治政策を措定した。そしてこの政策を主導したのはシオニストではなく、初代高等弁務官のハーバート・サミュエルであると指摘し、彼と本国の植民地省の中東局、そして外務相カーゾンが現地アラブ住民の陳情や訪問を意図的に無視したうえでシオニストの優先権を与え続けたことを明らかにしている。
本書はサミュエル高等弁務官をはじめとして、英国政府が現地住民の、そして時には移民ユダヤ人さえも紛争に巻き込んで犠牲にしてでも強引にパレスチナを植民地化していくプロセスを明らかにすることで、委任統治領パレスチナとその後の体制の帝国主義的起源を浮き彫りにしている。パレスチナ/イスラエルにおける非対称性、政治経済的な格差、抵抗運動の歴史的背景を知る上で重要な一冊。(武田祥英)