War, Jews, and the new Europe : the diplomacy of Lucien Wolf, 1914-1919
<p>英国のパレスチナ委任統治以前の時期、特に1917年のバルフォア宣言の時期を扱う研究の多くは、英国がパレスチナを確保しようとした動機の分析において主としてシオニストと英国政府の関係を検討している。そのためこの分野にはじめて触れた読者は、この時期の英国においてシオニズムがユダヤ人政治運動の中核であったという誤った印象を受けたり、英国がパレスチナを確保しユダヤ人を中軸とした委任統治制度を敷いたことは、シオニズムの外交的成果であると考えてしまう傾向がある。このため、こうした研究からは英国においてシオニズムはほとんど受け入れられなかったという歴史的な経緯が見落とされてしまう。
本書は、英国において長い伝統を持つ英国ユダヤ教徒協会(AJA)、およびその外交部門であるコンジョイント・コミッティー(CJC)、そしてそれらの組織を統率したルシアン・ウルフの諸活動を精緻に検証し、大戦期における英国ユダヤ教徒社会の動揺、シオニズムとの対峙、英国政府との協力体制とその崩壊に関して明らかにする研究書である。
本書は、英国公文書だけでなく、AJAやCJCの内部文書、個人史料など広範な史料を駆使することで、当時の英国のユダヤ教徒社会がなぜシオニズムを敵視していたのか、そして英国にシオニズムが受け入れられなかったにもかかわらず、なぜ英国政府はバルフォア宣言という形でシオニズムを支持するに至ったのかを明らかにしており、バルフォア宣言のみならず第一次大戦期のヨーロッパにおけるユダヤ教徒を理解するにあたって重要な先行研究である。また、この二つの論点に関して、本書の著者Leveneは論文を書いているのでそちらも参照されたい。バルフォア宣言の研究をあたるときにはぜひ参照していただきたい一書である。
本書は1991年にWiener LibraryのFraenkel Prize受賞。(武田祥英)</p>