Brokers of Deceit: How the US Has Undermined Peace in the Middle East
1991年のマドリード中東和平会議でヨルダン・パレスチナ合同代表団のアドバイザーを務めたラシード・ハーリディによるアメリカ中東和平政策批判の書。カーター大統領以降の6人のアメリカ大統領の中東和平政策を視野に入れ、①レーガン・プラン(1982年)、②マドリード和平交渉以降のワシントン交渉(1991年~93年)、③オバマ行政でのユダヤ人入植地拡大に対する妥協という3つの歴史的モメントのなかから、アメリカの対イスラエル、対PLO政策を描き出し、とりわけアメリカのイスラエルに対する配慮や協調姿勢に対して批判を投じる。
本書の論述の出発点は、パレスチナ問題に対してアメリカが初めて和平像を提示した、1978年のキャンプ・デーヴィッド合意である。理由は、この合意に示された「和平」象が、以降のアメリカ・イスラエルの和平象の基礎となったためである。その像とはすなわち、西岸地区・ガザ地区の一部におけるパレスチナ人の「自治 autonomy」である。そこではパレスチナ人は民族自決権をもった主体とは認められない。イスラエル国内のパレスチナ人、アラブ諸国のパレスチナ人、エルサレムのパレスチナ人という多数派が「パレスチナ人」のカテゴリーからは振るい落とされる。西岸地区・ガザ地区の住民を、「マイノリティ」である「パレスチナ・アラブ」としてその処遇を決めるのだ。西岸・ガザ住民は自治を与えられるものの、それは人にのみ適応され土地には適応されない。つまり、西岸とガザを含めたエレツ・イスラエル全土のコントロールはイスラエル側が維持する、と言うことになる。
本書の究極の狙いは、キャンプデーヴィッド交渉以降の「和平」象を、パレスチナ人とシオニストの歴史的な関係において位置づけ直し、その問題性を描き出す点である。パレスチナ人の民族自決権の否認は、バルフォア宣言を起点とするイギリスの委任統治政策以来引き継がれてきた歴史的産物である。オスロ合意以降の和平交渉を経ても、超大国とシオニストのパレスチナ人の処遇に対する基本的枠組みは変わっていない、というのが著者の主張だ。
こうしたアメリカ・シオニストの対パレスチナ人政策における協調性と不変性を覆い隠すのが、和平交渉のなかで産みだされてきた「言語の腐敗」であり、これは本書を支えるもう一つの中心的テーマとなっている。「独立」「主権」「民族自決」、他者から介入されない完全な自己決定を意味するはずの概念が、パレスチナ人に当てはめられる場合、イスラエルの許容する条件においてのみ――すなわち、イスラエルの「安全」を保証する限りにおいてのみ――許容される。それゆえ、「和平」交渉の暁に何らかの形でパレスチナ国家が設立されるとすれば、それは軍事力をもたず国境や経済計画をイスラエルによって管理された「独立」国家であり、イスラエルに許容された権限・地理的領域においてのみ「主権」を行使でき、離散・分断状況にある民の大部分が一方的に振るい落とされ、囲い込んまれたごく一部の集団に対して「民族自決」の権利が与えられる。
このような欺瞞を仲介しているのは紛れもなく米国であり、そしてそれはイスラエル側との協調の上に成り立っている。本書は、和平交渉におけるアメリカ、イスラエル、PLOの力関係と、「和平」の歴史的位置づけに対して力強い問題提起を行っている。(金城美幸)